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吉川 保弘

税務大学校総務課
課長補佐


はじめに

 日本企業がグループ企業内における財物の譲渡に付すべき価格、すなわち移転価格について真剣に考慮し始めたのは、欧米企業の例に比べればそんなに古いことではない。
IRSの日系企業に対する移転価格攻勢は、米国関税局のダンピング調査に端を発したことはよく知られているが、これはまさに日本企業を震撼させるに十分な事件であった。
それは、問題となる課税額が膨大な金額となったこと、それを解決をするために莫大な費用額を要すること、解決までに長年月がかかること、さらに解決には政府間協議を待たなければならないなど困難な障害にぶつかることとなったためである。
我が国企業の中には、これらの障害を克服するため松下電器工業(株)のように米国のAdvance Pricing Agreement制度(以下、APAという。)を選択する企業や訴訟で自社の価格の正当性を訴えていく方法を選択する企業などが出現している(1)。そして、どちらかというと我が国の移転価格課税問題が米国の日系企業に対する移転価格課税の強化に触発された経緯もあって、我が国企業の主たる関心は米国を始めとする進出先国の移転価格税制や執行にあるように思われる。
我が国においても、移転価格課税制度が導入されて6年を経過し既に40件を越える課税が行われており(2)、国税庁において執行に携わる人員も強化されつつあり、今後益々移転価格課税事案が増加するものと考えられる。このため、我が国企業にとって、我が国における移転価格税制についての備えが極めて重要となってこよう。
移転価格においては、その付される価格の適正性を如何に担保するかということが極めて重要となってきている。
移転価格が適正かどうかの判断基準として、独立企業間価格基準を採用する国が増加し、国際的な流れとなっており、我が国も同様である。
我が国企業にとって、関係会社間の国外関連取引に係るトランスファープライスィングルールが独立企業間価格基準を満たしているかどうかポイントとなるが、独立企業間価格基準は細部にわたって世界的に統一されているわけではない(3)。我が国においては、措置法66条の4に規定する基準を遵守することが求められている。
欧米企業では、早くから多国籍化を図ってきたこととそれに対応する税制すなわち移転価格税制が確立されていたことと相まって、グループ企業内における財物の譲渡に付すべき価格に関する検討、すなわち関係企業間の移転価格に関するプライスィングルール作りについての検討も進んでいったものと考えられるが(4)、欧米企業で一般的に採用されているプライスィングルールが措置法66条の4に言う独立企業間価格基準たりえるのかどうかという基本的な問題がある。
ところで、我が国の移転価格税制は、法人がその国外関連者と行う取引の対価の額が独立企業間価格と異なることにより課税所得が減少している場合には、その取引が独立企業間価格で行われたものとみなして計算を行うという基本的な仕組みを採用している(5)
この仕組みを「基本的に確定決算に基づく申告納税制度の下で納税義務者自身による規制税制」(6)と理解すると、我が国の移転価格税制が機能するには、前提として、企業の関連者間取引の対価が独立企業価格であるかどうかの確認を企業自らできるシステムが確立されていることが重要と考えられるが(7)、紛争防止に効果があると考えられる我が国の事前確認制度の利用状況をみても、システムが十分に機能していないことを伺わせる。
その背景として、外資系企業でない日本法人の移転価格税制適用による増額更正は、よほど慎重に行われるべきであるという(8)我が国企業の意識に加え、我が国の連結決算制度における関係会社間の移転価格基準の開示が求められていないなど移転価格に関する企業会計制度の未整備(9)からくる主観的な移転価格基準の設定、第三者間取引の把握の困難さ(10)等が考えられる。
このことは、企業が置かれている状況と法が規定している企業自ら独立企業間価格を確認して申告するという仕組みとの間に齟齬が生じ易いことを示唆しているものと思われる。
そして、各国に認められる租税高権(11)を前提とすれば、各国間で法的な調和は採れてないことの方が自然であって、加えてその法を基に行う執行にも相違があって当然である。小松芳明教授は、価格操作規制税制に関しては、制度自体、会計制度等及び執行経験について、我が国と諸外国、特に米国との間には諸点において相違、問題があると指摘しておられる(12)。そうだとすれば、元来移転価格を始めとして国際間の課税問題は、各国間の相互協議を前提としなければならない本質的なものを含んでいると考えられる。
そこで、本稿は第1に主として欧米企業が採用している移転価格基準の実態を明らかにし、具体的な方法を紹介する。その際、我が国における企業会計制度にも触れ、その問題点を明らかにする。
第2に、これらの方法で算出した価格が日本の措置法66条の4に定める独立企業間価格となりうるのかどうかの検討を加える。そして、我が国の移転価格税制が申告納税制度(セルフアセスメントシステム)を採用しているという側面を考慮した場合における独立企業間価格の把握の問題についても言及することとしたい。
第3に、企業にとって予測可能性、経営の安定確保といった点で算定した移転価格が関係各国の政府から何の指摘もないということが最も望ましいわけではあるが、例えば、日米双方が満足しうる価格は見つけることができるのであろうか。このような問題点についても検証する。
そして、最後に以上の検討を通じて、どのようにこれらの問題点について考えていくのかということについて触れたい。

〔注]

(1) 平成4年11月10日付読売新聞(朝)松下電器産業(株)のAPAに関する記事
平成3年3月17日付日本経済新聞(朝)富士通(株)の米国での対応記事。この件に関しては国際税務11巻5号P13「富士通アメリカのIRS提訴を巡って」において紹介されている。本文に戻る

(2) 山川博樹稿「移転価格税制の執行」JICAPジャーナル 456号 P33本文に戻る

(3) 小松芳明稿「国際的価格操作の規制と独立企業間価格」日本税理士連合会刊「リアランス」P60本文に戻る

(4) 米国では1918年(大7)に根拠規定が導入され、1954年(昭29)以降現行の482条となっている。
英国は1970年(昭45)に国際的移転価格課税の根拠規定として所得税法485条を制定した。
ドイツ(西ドイツ) では1972年(昭47)に制定されている。
フランスでは、1935年(昭10)に内国法人と外国法人の取引において国内所得の国外移転防止のための租税一般法が制定されている。
以上の記述は本庄資・西川信夫著「国際取引課税の実務」大蔵財務協会に拠った。 本文に戻る

(5) 水野勝著「租税法」有斐閣 P431 本文に戻る

(6) 小松芳明稿「国際的価格操作の規制と独立企業間価格」日本税理士連合会刊「リアランス」P61 本文に戻る

(7) 羽床正秀編「移転価格税制詳解」大蔵財務協会P47の(3)において独立企業間価格を算定するための帳簿書類は、法人が申告を行うに当たりすでに入手し保管していることが前提となっている旨記述されている。 本文に戻る

(8) 吉牟田勲稿「移転価格」日本税理士連合会編「民商法と税務判断(商事・金融編)」P325 本文に戻る

(9) 昭和63年5月26日企業会計審議会第一部会「セグメント情報の開示基準」、昭和56年8月国際会計基準第14号「セグメント別財務情報の報告」 本文に戻る

(10) 金子宏著「移転価格税制の法理論的検討−わが国の制度を素材として」樋口陽一・高橋和之編「芦部信喜先生古稀記念祝賀/現代立憲主義の展開(下)」有斐閣 P459。この点に申告調整型移転価格税制のアキレス腱があると指摘されている。 本文に戻る

(11) 小松芳明著「租税条約の研究(新版)」有斐閣 P1 本文に戻る

(12) 小松芳明稿「国際的価格操作の規制と独立企業間価格」日本税理士連合会刊「リアランス」P60 本文に戻る

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