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出村 仁志

広島国税局
所得税課


序論

 現在、税に対する国民の意識が高まりつつあり、日本の税制の在り方についても活発な論議がなされている。そのことは、取りも直さず、現在の国民経済及び国民生活における租税の影響が、著しく増大していることの現れであると見ることができる。換言すれば、租税の問題が国民生活のほとんどあらゆる局面に何らかの意味で関連を持っていることを示している。したがって、今日、各種の取引等を行うに当たっては、その租税効果(tax effect)を予め知っていることが極めて重要であり、それが経済的意思決定の要因ともなっていると言えるであろう。
もとより今日では、日本国憲法第84条がいわゆる租税法律主義を宣明しており、その内容については説の分かれるところであるが、その意義は国民の経済生活に法的安定性と予測可能性とを保証することにあると思われる(1)。つまり、予め定立された法律の根拠によってのみ、国家は租税を賦課・徴収することができるのであるから、上述のような納税者側の予測可能性といった要請は、そのことにより原則的に保証されている。
しかし、多くの先進諸国でもそうであるように、日本でも、税制の対象である経済現象の複雑化等に伴い、租税制度及び租税法規が今日著しく複雑化しつつある。したがって、もはや形式的な法律のみでは、納税者の具体的な予測可能性の要請を十分に満たしているとは言い難い面があり、そこに現在各種通達の果たしている役割の大きさがある。それが「通達行政」と言われるゆえんであろう。ところが、通達は租税法律主義における「法律」ではなく、したがって、そこで言われる法的安定性に含まれないものであるため、租税法律主義等の見地から各種の問題点が惹起 されていることは周知のとおりである。
以上のような、法的安定性、予測可能性をめぐる問題に対し、米国で正式に採用されているルーリング(ruling)制度を日本でも採用しようという見解があり(2)、本稿はそれに否定的見解を述べようとするものである。後述するように、ルーリングにはいくつかの種類があるが、概括的に言えば、納税者からの申請に対して米国内国歳入庁(以下IRSと略称)が税法の法令の解釈、適用について文書で見解を表明するという制度である。一見して、その機能は日本における個別通達に類似しているとも思われる。ところが、前述のとおり日本における通達にはその法的性質に問題がある。そこで、ルーリングの導入について考える場合にも、それが米国の法体系の中でどのような位置付けを持って運用されているかをその前提として明らかにする必要がある。そこで、本稿では米国におけるルーリングの法的位置付け、法的性質を中心として検討し、その上で日本における通達のそれとの違いを明らかにすることをその主な目的としたい。
そこで、まず第1章では米国の行政法的背景を概観する。後述するように、ルーリングは法律の一般的授権の下に発せられている。この点で日本の通達とは明らかに異なるところであるため、その背景となっている行政法原理、とりわけ委任立法の仕組みを概観する必要がある。次に、第2章では税務行政における具体的な委任立法としての「規則(regulations)」 の法的性質を考察する。その上でルーリングを委任立法の一形態としてとらえ、規則と同様のものであるとしてその法的性質を明らかにする。第3章では日本における通達との異同を述べ、結論でルーリングのような制度を日本で採用することについての問題点を摘示する。

(1)  金子 宏「租税法」70頁以下他本文に戻る

(2)  金子 宏「財政権力」基本法学6権力159頁以下本文に戻る

 碓井光明「アドバンス・ルーリングに学ぶ」税理Vol.27 No.9 2頁以下

 昭和60年度の国税に関する税制改正建議書(日本税理士会連合会)

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