橋 麻莉
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

デジタルプラットフォームを介した取引は、近年、世界経済において急速に拡大し、その影響力を強めている。しかし、その急成長の一方で、プラットフォーム事業者は仲介的な立場にとどまり、特に国際的な取引に関しては、所得情報の把握に課題が残されている。この問題意識は、政府税制調査会における議論や、平成31年度税制改正による情報照会制度の導入といった国内の動きにも反映されている。しかし、既存の制度が収集する情報の範囲は、なお限定的である。
 他方、国際的な動向として、OECDはモデルルール「Model Rules for Reporting by Platform Operators with respect to Sellers in the Sharing and Gig Economy」(略称「MRDP」)を策定し、各国・地域に対してプラットフォーム事業者による取引情報の報告義務化と、それに基づく国際的な自動的情報交換の実施を推奨している。これを受けて、欧州連合(EU)はさらに一歩踏み込み、第7次行政協力指令「Directive on Administrative Cooperation 7」(略称「DAC7」)により、EU域内のプラットフォーム事業者に加え、域外の事業者にもEU居住者に関する情報報告義務を課す制度を導入した。
 本稿の目的は、OECDのMRDP及びEUのDAC7に代表されるプラットフォーム情報報告制度の日本への導入可能性を検討し、その際に想定される制度的課題を分析することにある。具体的には、日本がこれらの国際的枠組みに準拠した情報報告制度を導入する場合における制度設計の選択肢、既存の制度との整合性、必要となる法改正及びシステム改修のコスト、さらに国際的な情報交換体制の構築に向けた課題について、詳細に検討を行う。

2 研究の概要

第1章では、シェアリングエコノミーやギグエコノミーといった新たな経済形態の拡大によって生じた税務執行上の問題を取り上げ、現行の源泉徴収制度、消費税との関係性、情報照会制度の限界等の状況を整理するとともに、プラットフォーム情報報告制度の必要性を明らかにする。
 第2章では、OECDが策定したMRDPの制度設計を研究する。MRDPは、プラットフォーム事業者に対して、販売者(ユーザー)に関する取引情報の報告を義務付けることで、個人間取引や短期賃貸等の捕捉困難な所得を可視化しようとするものである。報告された情報は、OECDが整備する多国間情報交換協定を通じて、販売者の居住地国等に提供されることとなっている。
 第3章では、EUがMRDPを基に制度化したDAC7について分析を行う。MRDPがソフトローであるのに対し、DAC7は法的拘束力を有するハードローであり、EU居住者の取引を仲介する域内外のプラットフォーム事業者に報告義務を課している。ただし、EU域外の国・地域の制度がDAC7と同等と評価された場合には、当該国・地域に所在する事業者の報告義務は免除される。これらの法技術の組合せは、EU市場へのアクセスを梃子として、第三国に制度の追随を促す、いわゆるブリュッセル効果の一形態であり、OECDと連動しつつ、DAC7を国際的な報告ルールとして浸透させるEUの戦略的意図を示すものと解される。
 第4章では、DAC7の執行における実務的課題を整理する。DAC7により、プラットフォーム事業者には販売者に関する情報収集及び検証(いわゆるデューデリジェンス)義務が課され、取得・報告される情報の取扱いに際しては、EU一般データ保護規則(GDPR)が適用される。これらの要因により、DAC7の導入及び運用には税務当局・事業者双方にとって相応のコストが伴うことが試算されており、人的・技術的インフラの整備が必要となっている。また、DAC7は所得課税にとどまらず、VAT(付加価値税)政策との連携の下、ViDAやCESOPを通じて間接税分野にも応用されている。
 第5章では、日本におけるプラットフォーム情報報告制度の導入について、その課題と展望を論じる。MRDP/DAC7が要請するデューデリジェンスを可能とするには、マイナンバー制度との連携やITインフラの強化が求められるが、現行の法定調書との接続可能性、番号法や個人情報保護法との整合性、プラットフォーム課税の応用等の考えられる論点について検討する。

3 結論

プラットフォーム経済において、適正かつ公平な課税を実現するためには、MRDP/DAC7に示される国際的な枠組みを参照しつつ、日本においても既存の法定調書を基盤としたプラットフォーム情報報告制度、すなわち「プラットフォーマー調書」の導入が求められる。
 もっとも、その導入にあたっては、法制度の設計に加え、既存のITインフラの改修、さらには納税者や事業者との協力関係に基づく執行体制の整備といった多岐にわたる課題が存在する。短期的には、国内における情報収集体制の強化を通じて居住者情報の把握を図る一方、長期的には、国際的な枠組みに整合的な制度設計を通じて、情報交換ネットワークへの参加を検討する必要がある。


目次

項目 ページ
はじめに 159
第1章 プラットフォーム経済と税務上の課題 161
第1節 新たな経済形態への課税アプローチ 161
1 源泉徴収義務の適用可能性 161
2 消費税との関連 163
3 プラットフォーム事業者の報告義務 164
4 情報報告と法定調書の類似性 164
第2節 政府税制調査会における議論 165
第3節 情報照会制度 167
第4節 プラットフォーム情報報告制度の必要性 168
第2章 OECDモデルルールの構造 170
第1節 MRDPの基本設計 170
1 背景と政策目的 170
2 制度概要 171
3 国際的な情報交換 175
第2節 制度的意義と課題 176
1 情報ギャップ是正としての意義 177
2 制度の限界と主要国の参加動向 177
第3章 EU指令(DAC7)の立法 180
第1節 EU法の域外への波及 180
1 ブリュッセル効果による制度輸出 180
2 域外事業者への適用 181
3 DACシリーズ初の仕組み 182
第2節 DAC7の立法過程と構造 183
1 MRDPを参照したEU指令 183
2 目的の改変 184
3 DAC7の制度概要(MRDPとの比較) 186
第3節 EU域外プラットフォーム事業者の報告義務 190
1 域外事業者への直接的な適用 190
2 同等性決定 191
第4節 DAC7の政策的影響 194
1 国際標準の設定 194
2 制度設計への示唆 197
第4章 DAC7の執行 199
第1節 プラットフォーム事業者の負担 199
1 デューデリジェンス義務 199
2 GDPRとの整合性 200
3 EU域外事業者の対応例 202
4 業界の反応 204
第2節 制度導入の財政的影響 206
1 欧州委員会による費用便益分析 206
2 ドイツの実施例 209
第3節 裁判例に基づく法的制約 211
1 DAC関連判決 212
2 比較法的視点による調整 215
第4節 VAT政策との連携 215
1 DAC7のVATへの活用 216
2 VAT in the Digital Age(ViDA) 217
3 CESOP決済データによる補完 218
第5節 今後の展望 220
1 制度横断的な情報収集 220
2 コンプライアンス負担と執行 220
3 EUにおける税制の見直し 222
第5章 日本版プラットフォーマー調書の課題 224
第1節 制度導入の前提条件 224
第2節 法定調書との接続 225
1 法定調書の概要 225
2 法定調書の種類と分類 226
3 支払調書の提出義務 227
4 本人確認とデューデリジェンス 230
5 個人情報保護との関係 231
第3節 国際的な情報交換の実現 235
1 法定調書の自動的情報交換 235
2 新しい情報交換ネットワークへの参加 236
第4節 プラットフォーム課税の応用可能性 237
1 国外事業者への適用 237
2 制度的課題 238
第5節 技術主導の税務執行への転換 240
1 情報管理の要請 240
2 技術への投資と協力関係 241
結語 制度横断改革の必要性 242

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