上田 正勝
税務大学校
研究部教育官
競馬の払戻金に関する課税について、馬券購入のための支出の性質とそれが必要経費または収入を得るために支出した金額(以下、「必要経費等」とする。)となる理由の整理を中心に検討した上で、最高裁平成27年3月10日判決(刑集69巻2号434頁)(以下、「平成27年最高裁判決」とする。)における大谷裁判官の意見において必要性が指摘されている「課税の公平、安定性の観点から、課税対象を明確にして妥当な税率を課すなどの特例措置」にどのようなものがあるかについても検討を行うこととする。
(1)所得税法における支出
イ 馬券購入のための支出の性質
馬券購入のための支出の性質は、娯楽のための支出と考えられるが、一般的な娯楽とは異なり、所得税法の対象となり得る「財産の得喪」と結びついた娯楽のための支出であることから、所得を得るための支出としての性質も有すると考えられる。
ロ 個人が行った支出の所得税法における取扱い
個人が行った支出を所得税法上どのように取り扱うかということについては、その支出が必要経費となるか家事費となるかという議論になる。
通説的な理解としては「家事費とは、衣服費・食費・住居費・娯楽費・教養費等のように、個人の消費生活上の費用のことで、必要経費には算入されない」ものであり、「家事関連費は、接待費・交際費などにその例が多いが、必要経費と家事費の性質を併有している費用であって、その主たる部分が業務の遂行上必要であり、かつその必要である部分を明確に区分できる場合等は、その部分に限って必要経費に算入される」ものである。
他方、一時所得では、家事費及び家事関連費も、一時所得の金額の計算における控除項目とすることができる。
ただし、一時所得の控除項目としての「支出した金額」については、「(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)」と規定されていることから、雑所得の場合における「必要である部分を明らかに区分することができる」という要件とは異なる要件として「直接要した金額」に該当するか否かの判断が必要となる。
よって、馬券購入代金の所得税法上の取扱いを検討するためには、まず、所得区分に関する検討が必要となる。
(2)馬券収入の所得区分
イ 競馬法の概要
日本中央競馬会は券面金額十円の勝馬投票券を券面金額で発売することができ、勝馬投票券十枚分以上を一枚をもつて代表する勝馬投票券を発売することができる。
払戻金については、勝馬投票の的中者に対し、払戻対象総額(売得金の額の70%〜80%)を、各勝馬投票券に按(あん)分して払戻金として交付する(パリミュチュエル方式)。
ロ 私法関係及び経済関係の分析
(イ) 私法関係の分析
競馬は、刑法においても賭博罪にあたるものを、競馬法という特別法によって公認されているが、私法においても競馬法の許可によって違法性が阻却されている。
つまり、通常の私法上の契約関係とは異なり、競馬法の規定する販売方法等以外の方法は、私法上も刑法上も許されないものであるということができる。
(ロ) 経済関係の分析
払戻金は、売得金の額の70%〜80%に当たる払戻対象総額を、的中した勝馬投票券に按分したものである。
これを、経済的な活動として分析すると、まずは、馬券を購入した時点で20〜30%の損失が生じている、ということができ、馬券購入者全体を通してみた場合、元本を毀損する経済活動であるということができる。
(ハ) 小括
馬券の販売及び払戻は、@刑法的にも私法的にも競馬法の規定に従う必要があるということ、また、A経済的には、全体として元本を毀損する経済活動であるということができる。
ハ 馬券収入の所得区分
馬券収入の所得区分判定に関して検討するが、多くの馬券訴訟においては、一時所得か雑所得のいずれに該当するかという論点で争われていることから、本稿においてもこれらの所得区分に関して検討する。
(イ) 一時所得と雑所得
第一に、利子所得から譲渡所得までの8種類の所得類型に該当しない所得という点については共通しており、一時所得と雑所得が補充的所得分類として規定されていることが分かり、これを、以下「除外要件」とする。
第二に、この除外要件を満たす、積極的な定義に当てはまらないバスケットカテゴリーとしての所得が、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得であること」(以下「非継続要件」とする。)、及び、「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものであること」(以下「非対価要件」とする。)という二つの要件を満たすか否かで、一時所得となるか雑所得となるかが分けられるという規定となっている。また、非継続要件から「一時の所得であること」(以下「一時の所得要件」とする。)を分離する説もある。
(ロ) 馬券の払戻金による所得の所得区分
A パリミュチュエル方式から考える非継続要件
馬券の払戻金はパリミュチュエル方式によって計算されることから、馬券の購入金額に対する払戻金額の期待値は、基本的に、各勝馬投票法に対して定められた払戻率と考えることができる。
また、このような期待値を論じる際に重要となる概念に、大数の法則があり、試行数が大きくなればなるほど、全体的な分布は理論上の分布(割合)に収束していく。
この大数の法則と馬券収入の期待値を組み合わせると、十分に多くの試行(馬券の購入)がなされるならば、馬券の購入金額に対する払戻金額の割合は、期待値つまり払戻率(70〜80%)に収束していくということができることから、馬券を「継続的行為」として購入し続ける場合、20〜30%の赤字に収束するということになる。
このことから、「継続的行為」として馬券を購入することによる収入は、通常であれば、客観的に利益を上げることができないことが明らかということができ、そのような行為は、所得税法の適用に際し「営利を目的とする」ものとはいえないというべきである。
逆に、「営利を目的とする」ためには、「大数の法則が予定する範囲から逃れる」必要があるが、そのためには、結局、「『充分な数』プレイしないようにすればよい」ということになることから、「継続的行為」といえないこととなる。
つまり、馬券の払戻金による所得は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」という要件の営利性と継続性を両立させることができない所得であることから、通常は、非継続要件に該当し、一時所得となる性質を有するものである。
B 賭事と博戯
競馬は賭博の一種であり、その賭博とは、刑法において、平成7年改正前は、「博戯又ハ賭事」と規定されていた。
当事者の行為によって勝敗が決まる博戯と決まらない賭事では、偶然性の大小が異なり、偶然性の小さい博戯と偶然性の大きい賭事は異なるものとされていたが、この区別には実益がないとして、「賭博」と規定されることとなった。
馬券購入者が馬券を購入するという行為は、レースの結果に影響を及ぼさないので賭事に該当するが、経済的利益という意味においては、賭け方の工夫によって、馬券購入者が損益という結果に関与する余地がある。
これは、所得税法の適用に際して、馬券購入者の賭け方の工夫やノウハウによっては、馬券の購入金額に対する払戻金額の期待値が、JRAの定める払戻率を超える可能性があるということであり、その期待値を100%以上とすることができるノウハウを有するのであれば、営利性と継続性を同時に満たすことが可能となることから、そのノウハウに従って継続的に馬券の購入を行うのであれば、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に該当することになる。その結果、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」(非継続要件)に該当しないこととなり、雑所得となる可能性が生じるということを意味していると考えられる。
C 営利性と継続性の両立可能性
このノウハウの例が、平成27年最高裁判決において示された「独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入」という考え方である。
これに関して、最高裁平成29年12月15日判決は、平成27年最高裁判決における「独自の条件設定と計算式」が、最高裁平成29年12月15日判決における「期待回収率が100%を超える馬券を有効に選別し得る独自のノウハウ」にあたり、「期待回収率が100%を超える馬券を有効に選別し得る独自のノウハウに基づいて長期間にわたり多数回かつ頻繁に当該選別に係る馬券の網羅的な購入をして100%を超える回収率を実現」したことから、「『営利を目的とする継続的行為から生じた所得』として、一時所得ではなく雑所得に該当する」と判示した。
さらに、東京高裁令和2年11月4日判決において、通常の払戻率を有意に超えた払戻率を獲得できるノウハウが存在しているといえるとしても、「回収率が総体として100%を超えることが期待し得る独自のノウハウを有していたとまでは認められず、これに基づき馬券を選別して購入を続けていたということはできない」と判示されている。
つまり、本来の期待値(70〜80%)を有意に超えていれば、数理としてはノウハウが存在しているといえるものの、その期待値が100%以上でないのであれば、所得税法の適用においては、営利性と継続性が両立しえないことから非継続要件を満たし、馬券の払戻金額は一時所得となるのである。
D 期待回収率が100%を超える馬券を有効に選別し得る独自のノウハウ
パリミュチュエル方式によっている競馬等の公営競技においては、「期待回収率が100%を超える馬券を有効に選別し得る独自のノウハウ」とは、他の馬券購入者たちよりも正確な本来あるべき予想オッズと、実際のオッズの乖離を見つけ、その乖離がある馬券を、手持ち資金管理の観点と乖離の程度に応じた金額で購入することが必要となる購入方法であり、その予想理論から見いだした実際のオッズとの乖離がある馬券を購入するという行為を確実に行うことが必要となる。というのも、その理論に基づいた馬券購入という行為を確実に行わなければ、自らの予想理論から購入を見送るべき期待値の低い馬券の購入実行及び予想理論から購入するべき期待値の高い馬券の購入見送りが、全体の期待回収率を減少させ、ノウハウを無効化していくからである。
一方、期待回収率が100%を超える馬券を有効に選別し得る独自のノウハウとは、自らの予想理論に基づくあるべきオッズと実際のオッズとの乖離に着目した購入方法であるはずであることから、的中する可能性そのものは低い馬券を購入することも当然に生じるし、むしろそれが必要不可欠となる購入方法である。
つまり、このノウハウは、必然的に相応の確率で外れ馬券が発生することが前提となる方法であることから、これが「個々の馬券の的中に着目しない」購入と表現されることになる。
E カナダにおけるギャンブル収入課税
「独自のノウハウ」に類似するものとして、カナダのギャンブル収入課税において「『システム』の有無」というメルクマールが存在する。
これらは完全に同じものではないとしても、「日本での『一体の経済活動』該当性に関する独自のノウハウの有無という考慮要素と、所得源泉の判断に関する『システム』の有無というカナダの考え方に類似するものがある」のではないかと思われる。
ただし、実際の争訟においては、カナダでは、「ギャンブル収入について、それが基本的に非課税であるという前提に立った上で」、課税庁が「システム」の存在を立証するという形態の訴訟となる。
そして、継続的に収入を得ているという結果があったとしても、「継続的に収入を得ているという結果から、システムの存在を推認することを否定している。」
一方、我が国においては、課税対象であることを前提として、「独自のノウハウ」が無ければ外れ馬券の購入費を控除できない一時所得、有れば控除できる雑所得という争いとなり、課税庁は「独自のノウハウ」が無いと主張し、納税者は有ると主張するという形態の訴訟となっているため、カナダとは課税庁と納税者の主張する方向性が逆になっている。
そして、ギャンブルにおいては、通常はそのような「システム」や「独自のノウハウ」は無いのが一般的であるという点については、両国とも同様であるため、「システム」や「独自のノウハウ」の存在についての立証が不十分となった場合、カナダでは非課税となるが、我が国では(最終的には裁判官の自由心証主義による判断となるが)一時所得となる可能性が高いということとなる。
F 立証可能性
我が国においては、「独自のノウハウ」の存在についての立証が十分にできなかった場合、納税者が求める判決が得られない可能性が高くなる。
一方、競馬でコンスタントに利益を上げている者は、各種の要素を調べ、それぞれ独自の方法で総体として利益を上げている可能性がある。
しかし、課税庁や裁判官に対して、確かに期待値100%以上の回収率(=営利性と継続性の両立)を可能とする独自のノウハウがあり、それに基づいて馬券を購入しており、かつ、そのノウハウ以外の馬券購入が無い(もしくは区分できる)と立証できるかという問題が生じる。
その点、過去のデータから統計的手法によって予想モデルを作り、それに従って必要な馬券のみを購入している場合、その立証は、利用したデータ、作成したモデル、実際の買い目とその払戻金などの事実を提示することによって、比較的容易なものとなると思われる。
他方、その予想モデル等の独自のノウハウが、本人の経験の蓄積としてしか存在しないという場合、その独自のノウハウを客観的に立証するのは極めて困難であると思われる。
また、実際の買い目やその結果についての記録が無い場合も、独自のノウハウの存在だけではなく、そのノウハウに沿った馬券購入を確実に行ったということを立証する上で、大きなマイナス要素となるであろう。
ただし、そのような場合でも、裁判官は、継続して利益を上げ続けているという結果からノウハウの存在を推認することも可能であるが、所得区分の確定について判決を待つしかないという場合が生じることから、納税者の課税に対する予測可能性を低下させることになる。
その意味でも、何らかの特例措置が求められるといえる。
(3)所得税法における馬券購入のための支出(一時所得となる場合)
馬券購入のための支出は、必要経費(払戻金を得るために必要な支出)と家事費(娯楽のための消費支出)の性質を併有している費用であることから、家事関連費に該当することになる。
そして、この家事関連費は、一時所得か雑所得かによって取扱いが異なることとなるため、それぞれの所得区分に応じて検討を進める。
イ 一時所得となる場合の馬券購入のための支出
「期待回収率が100%を超える馬券を有効に選別し得る独自のノウハウ」が存在しないか、存在したとしても、馬券購入の際に、その独自のノウハウを適切に利用していない場合、馬券の払戻金による所得は一時所得となり、その収入を得るために支出した金額は、所得税法45条及び所得税法施行令96条の適用の有無を論じる必要は無い。
その結果、馬券購入のために支出した金額は、一時所得の金額の計算方法を規定する所得税法34条2項の「直接要した金額に限る」という要件をクリアすることで、一時所得の控除項目とすることができる。
競馬法が、個別に勝馬投票券を発売する旨規定していること、及び、当選馬券に対して払戻金が支払われる旨規定していることから、収入を得るために直接必要な金額とは、当選馬券を購入した金額のみとすることが、馬券購入とその払戻金の支払いに関する競馬法の規律に従う必要がある私法上の契約関係に基づいた所得税法への当てはめとして適当であると考える。
ロ 馬券購入の実態からの検討
各実施主体の規約等つまり意志表示は、競馬法の規律に適合する法形式で契約を結ぶことであるが、競馬法の規律に関して必ずしも正確に理解しているとは限らない馬券購入者の内心の効果意志を、実際の馬券購入の実態から推測し、実質的な解釈を行うのであれば、直接要した金額の範囲をある程度(@多数の組合せを一枚のマークカードで購入する場合A一つのレースにおける複数の買い目B1日単位など)拡大するような緩和的な取扱いを定めることも、必ずしも不合理なものというわけではないと思われる。
ただし、その場合、執行上の問題(例:外れ馬券を拾い集めて当選馬券の払戻金による所得金額を0円にしてしまう)も予想されるところ、このような問題に対応するための取扱い(例:本人確認が確実に行われているインターネット口座等において馬券購入が行われる場合にのみ、「直接要した金額」の範囲を拡張する。)も同時に定める必要がある。
さらに、推測される馬券購入者の内心の意志からすると、馬券の購入は、当選馬券の払戻金による収入を得るためにのみ必要なものであり、他の一時所得とは無関係であることから、他の一時所得との通算が生じてしまわないように、「直接要した金額」の範囲を緩和的取扱いとして拡張したとしても、当選馬券の払戻金による収入金額を限度とするよう定める必要がある。
また、ギャンブル等については、税務上の問題以外にも、ギャンブル等依存症の問題も生じており、こうした社会的要請への対応として、馬券購入時の本人確認及び競馬主催者による馬券購入者の購入履歴の保存及び国等の機関への情報提供が、今後、有用ないし必要となる可能性はあると思われるところ、例えば、馬券購入時に適切に本人確認が行われることや、履歴の残るインターネット口座での購入に誘導するという政策目標に資するための税制上の優遇措置として、一定の要件を満たすインターネット口座を通じて購入した場合や適切な本人確認が行われた上で購入馬券の名寄せが行える場合であれば、それらから得られる情報に基づいて、外れ馬券を「直接要した金額」とすることができる範囲を1年単位とするという立法措置も検討に値するであろう。
(4)所得税法における馬券購入のための支出(雑所得となる場合)
イ 馬券購入のための支出のうち業務の遂行上必要な部分の区分
「期待回収率が100%を超える馬券を有効に選別し得る独自のノウハウ」が存在し、その独自のノウハウに従って継続して馬券を購入している場合、馬券の払戻金による所得は雑所得となり、馬券購入のための支出は、必要経費と家事費の性質を併有している費用であることから、家事関連費となる。
そのため、所得税法45条による必要経費不算入に該当しないためには、「家事上の経費に関連する経費の主たる部分が(中略)雑所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合」に該当しなくてはならない。
ロ 独自のノウハウと外れ馬券
雑所得となるためのノウハウとは、自らの予想理論に基づくあるべきオッズと実際のオッズとの乖離に着目した購入方法であるはずであることから、的中する可能性そのものは低い馬券を購入すること、つまり、必然的に相応の確率で外れ馬券が発生することが必要不可欠となる購入方法である。
そのような独自のノウハウに従って馬券を購入したことによって生じた外れ馬券購入のための金額は、家事関連費に該当するものの、そのノウハウに従って購入している限りにおいて、すべての馬券購入が必要不可欠であることから「雑所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合」に当たり、家事関連費として必要経費不算入とはならないと考えられる。
こうして所得税法45条の適用がないことが確認されたことによって、所得税法37条の要件の該当性について検討されることとなる。
その際、このような購入方法は、「一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有する」ものと認定されるものでもあるため、所得税法37条の適用においては、そのノウハウによる収入のために必要不可欠である一連の購入から生じた外れ馬券は、同条1項前段の「直接に要した費用」に当たり、必要経費に算入できると考えることができる。
ハ ノウハウの存在以外の理由で雑所得となる場合
他方、独自のノウハウが存在し、外れ馬券を含む「一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有する」ものではないにもかかわらず、当選馬券による収入が雑所得となる可能性として、他の業務(例えば、ユーチューバー等の配信による所得)の付随収入として馬券収入が事業所得や雑所得となる場合も考えられないではない。
このような場合については、「『営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得』と規定される非継続要件は、『何らかの継続的行為に関連して一時の所得が得られる場合』を一時所得の範疇から除く趣旨ではなく、『一時の所得自体が、反復継続して得られる場合』に、そのような『一時の所得』を一時所得の範疇から除くものと解すべき」であり、ユーチューバー等の配信のような「何らかの継続的行為」に関連して、独自のノウハウに基づかない「一時の所得」である当選馬券の払戻金による収入が得られたとしても、それだけでは一時所得の範疇から除かれるものではない、つまり、当選馬券の払戻金による所得は一時所得となると解することが適当であると考える。
それでも、万一、このような場合に当選馬券の払戻金による収入が付随収入として雑所得となるという主張が認められたとしたとしても、独自のノウハウに基づかずに購入された外れ馬券は、所得税法37条の適用においては、業務(ユーチューバー等の配信)との関連性はあるといえるかもしれないが、それ以前に、所得税法45条の適用上、家事関連費となり、「雑所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分する」必要が生じることとなる。
そして、独自のノウハウが存在しないのであれば、必然的に相応の確率で外れ馬券が発生することが必要不可欠となる購入方法ではなくなるため、外れ馬券を含むすべての馬券購入が必要不可欠であるということにはならず、当たり馬券の購入のための金額は、「雑所得を生ずべき業務の遂行上必要」な部分として区分することは可能かもしれないが、外れ馬券の購入のための金額は、娯楽としての支出(家事費としての性質)と業務の遂行上必要な部分を区分することは不可能であり、区分できない家事関連費として必要経費不算入となるべきと考える。
ニ 記録の重要性
(イ) 家事関連費の区分のための記録の必要性
所得区分の検討において、「実際の買い目やその結果についての記録が無い場合も、独自のノウハウの存在だけではなく、そのノウハウに沿った馬券購入を確実に行ったということを立証する上で、大きなマイナス要素となるであろう」と指摘したところであるが、この記録は、家事関連費のうち、「雑所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分する」という場面でも重要なものとなる。
既述のとおり、ノウハウに沿った購入馬券は、外れ馬券であっても当選馬券を得るために必要不可欠であるが、ノウハウに沿っていない購入馬券は、当選馬券を得るために必要不可欠であるということにならない。
そのため、これを「明らかに区分する」ことができれば、ノウハウに沿っていない外れ馬券の購入のための金額のみを必要経費不算入となる家事関連費とすることによって、ノウハウに沿った馬券購入のための金額は、必要経費に算入できる金額として区分できるが、記録がないために、この区分ができない場合、文理解釈を厳格に行うならば、必要な部分を明らかに区分することができない家事関連費として、すべての外れ馬券(記録の状態によっては当たり馬券も含まれる可能性もある)の購入のための金額を必要経費不算入とすべきであるという結論となると思われる。
(ロ) 所得税法232条2項(事業所得等を有する者の帳簿書類の備付け等)
また、雑所得となる場合は、令和2年度税制改正において導入された所得税法232条2項における「雑所得を生ずべき業務」を行っている場合にあたると考えられることから、現在においては、帳簿書類等の備え付けが必要となるはずである。
すると、帳簿書類等の備え付けがないのであれば、雑所得であるという主張が認められる可能性は、従前よりもさらに低下すると考えられ、雑所得であるという主張が認められたとしても、家事関連費としての区分について必要な部分を明らかに区分できないとされる可能性が高まるものと思われる。
(5)特例措置の検討
ここまでは、基本的に現在の法令を前提とした解釈を行ってきたところ、平成27年最高裁判決における大谷裁判官の意見において指摘されている何らかの特例措置について、どのような措置が考えられるか立法措置も視野に入れて検討することとする。
イ 考えられる特例措置
(イ) 法令改正を要しない措置
必ずしも法令改正を要しないものとして、既述のとおり、一時所得となる場合であっても一定の範囲(同一レースや同一開催日など)における外れ馬券の購入金額について、当選馬券の払戻金による収入金額を限度として、一時所得の収入を得るために要した金額に含めることを認める、という取扱いが考えられる。
これは、競馬法の規定に従うべき私法関係の解釈からは逸脱するものの、馬券購入者の内心の意志を実質的に汲むものであることから、納税者の納得感も高まるものと思われる。
また、法令改正を行わなくとも、いわゆる緩和通達を定めることで実施可能と考えられる。
ただし、この場合、特別控除(50万円)を超えた所得を得た場合、確定申告する必要が生じることは変わりなく、納税者の事務負担はあまり軽減されない。
さらに、雑所得となるか否かの争点は常に生じ得ることとなる。
このように、「課税の公平、安定性の観点から、課税対象を明確にして妥当な税率を課すなどの特例措置」というには不十分なものと言えるところ、これを解決するには、以下の法令改正を要する特例措置が必要となるが、その際、この控除範囲の拡大を踏まえた計算を取り入れた制度とすることも有効であろう。
(ロ) 法令改正を要する措置
既存の制度に類する措置として、@当選馬券の払い戻しに関して公営競技実施主体に情報申告を義務付ける、A当選馬券の払い戻し時に源泉分離課税を行う、B公営競技に関する所得を申告分離課税とする、Cインターネット口座での購入について、金融所得における特定口座に類する仕組みを導入し、当該口座内においては、年間の総合収支に対する分離課税を認める、D所得区分にかかわらず年間の総合収支に対する課税とするが、必要経費等に算入できる金額については、公営競技に関する収入金額を限度とする、E払戻率を引き下げた上で非課税とする、というような措置が考えられることから以下詳述する。
A 情報申告の義務付け
これは、当選馬券の払い戻しに関して、公営競技実施主体に情報申告を義務付ける制度を導入するものである。
メリットとしては、当選馬券等の払戻金に関する情報が課税当局に把握されていることを意識することによって、自主的な申告を促すと同時に、申告がなされない場合に課税庁が調査すべき対象を把握しやすくするものであり、申告納税の趣旨に合致する制度である。
また、情報申告を行うために公営競技実施主体において保存される情報は、ギャンブル等依存症対策としても有用な情報となり得る。
デメリットとしては、@払戻金の支払い時の本人確認に関する制度の整備が必要となること、A一定の金額以下の払戻金については情報申告を不要とするような手当が無ければ、公営競技実施主体の事務負担が大きくなること、B本人確認ができない、もしくは拒否する者とのトラブルが発生する可能性が生じること、C一時所得の特別控除(50万円)以上の利益を上げた場合に、申告が必要となるという点では、納税者の事務負担は減少しないこと、D雑所得となるか否かの争点は常に生じ得ること、などが考えられる。
B 源泉分離課税の導入
これは、当選馬券の払い戻し時に源泉分離課税を行うものであり、現行制度において、当選馬券の払戻金による所得には何らかの課税が行われるということを前提として、それを簡素な仕組みで完結させるという意味で、極めて簡素かつ有効な制度である。
また、他の特例措置を採用した場合に、本人確認ができない者等に関して生じ得る問題について、そのような者に対して源泉分離課税を行うことで容易に補うことができる。
デメリットとしては、@公営競技実施主体の事務負担が増加する(ただし、本人確認に係る事務負担よりは小さいと思われる)、A一時所得の特別控除(50万円)の適用が受けられなくなり、年間の当選馬券が50万円以下の者の税負担が増加する、B累進課税でなくなり、担税力に応じた課税でなくなる(低所得者には負担増、高所得者には負担減)、Cギャンブル等依存症対策としての効果がない、といった点が考えられる。
C 申告分離課税の導入
公営競技に関する所得を申告分離課税とするものである。
その際、必要経費等をどのような範囲とするかは、公営競技実施主体による本人確認と記録の作成及び保存がどの程度行われるかに応じて、すべての外れ馬券等の購入費用までとすることも含め検討可能である。
これは、Bで検討した源泉分離課税のデメリットのうち、一時所得の特別控除(50万円)の適用が受けられなくなり、年間の当選馬券が50万円以下の者の税負担が増加する問題を解消することができる。
また、公営競技間での損益通算が可能となる。
そして、最大のメリットは、所得区分に関する争いが生じる余地が無くなるということである。
デメリットとしては、本人確認に関する制度の整備が伴わなければ、申告された所得金額の適否を確認できなくなることから、情報申告と同様の問題(所得区分に関する問題を除く)が生じることとなる。
D 特定口座に類する仕組みを導入し、年間の総合収支に対する申告分離課税を認める
これは、馬券のインターネット購入に際して作成する口座を、金融所得における特定口座に類するものとするための要件を定め、当該口座内においては、年間の総合収支に対する申告分離課税を認めるものである。
すでに本人確認が行われているインターネット購入のための口座を活用し、公営競技の実施主体が顧客の購入履歴を詳細に保存することを特定口座の要件とし、特定口座において購入した馬券に限って申告分離課税を導入することによって、Cにおいて検討した申告分離課税におけるデメリットを、部分的にではあるが効果的に解消することができる。
また、公営競技の実施主体が特定口座における顧客の購入履歴を詳細に保存することをもって、雑所得となる場合の納税者の帳簿保存義務を代替したものとみなした上で、それ以上には、独自のノウハウの存在を示すための要件を求めることなく雑所得として年間の総合収支に対する課税を行うこととすることによって、課税要件の明確化を行い、さらに、その年間総合収支に対して源泉徴収の上で申告不要とすれば、課税の公平、安定性が高まり、さらに、納税者の事務負担も減少することとなる。
また、公営競技の実施主体において購入履歴の詳細な保存がなされることによって、ギャンブル等依存症対策としても有用な情報となり得る。
デメリットとしては、@インターネット口座における購入以外については、特例措置の影響が及ばないこと、A累進課税でなくなり、担税力に応じた課税でなくなる(低所得者には負担増、高所得者には負担減)ことが考えられる。
ここで、デメリット@については、特定口座以外で購入した馬券から生じた払戻金に対しては源泉分離課税を行うことで補完することができる。そして、結果的に、税負担として有利な特定口座の利用に誘導する効果も生じ、購入履歴の保存によってギャンブル等依存症対策に資することにもなると考えられる。
また、デメリットAについては、特定口座における年間収支について、例えば、一定の所得金額までは10%、それを超えた場合は20%の税率とするような方法で、ある程度の累進性を持たせることが可能となると思われる。
E 公営競技に関する収入金額を限度として必要経費等の算入を認める
これは、公営競技に関する所得を総合課税の対象としたまま、所得区分にかかわらず年間の総合収支に対する課税とすることを認めることとした上で、必要経費等に算入できる金額については、公営競技に関する収入金額を限度とする制度である。
これについては、アメリカ連邦税法に類似の制度があり、総合課税の原則を守ることによって、分離課税のデメリット(累進課税でないため担税力に応じた課税でなくなる)を解消すると同時に、ギャンブルの一種である公営競技に関する所得から生じた損失(損失のもととなる外れ馬券等の購入金額は本来家事関連費であり、独自のノウハウを有しなければ必要経費に算入できない費用である)が一時所得内や雑所得内であっても他の所得に影響を与えないよう担保することができる措置であると言える。
デメリットとしては、現に所得区分が存在する我が国の所得税法においては、所得区分の判定についての解決をもたらさない措置となることから、雑所得となるか否かの争点が残ることがあげられる。
F 払戻率を引き下げた上で非課税とする
これは、払戻金が非課税とされているスポーツ振興投票の払戻率が約50%(非課税の宝くじと同水準)であることを参考に、公営競技においても、払戻率を約50%に引き下げた上で、払戻金による所得を非課税とするものであり、課税の安定性の観点では、最も簡便で分かりやすい方法でもある。
問題点は、@経済的に見れば、馬券が的中せず、所得を得られなかった者にも税負担が生じることになり、担税力に応じた課税とはならないこと、A公営競技の射幸性に基づく娯楽性を大きく減殺してしまい、これまで公営競技でギャンブルを楽しんでいた者が非合法なオンラインカジノ等に手を出してしまうおそれが生じることである。
健全な娯楽としての公営競技の娯楽性を維持するためには、払戻率を変更することは慎重であるべきと思われる。
ロ 小括
特例措置については、合計7案考えたところであるが、「D 特定口座に類する仕組みを導入し、年間の総合収支に対する申告分離課税を認める」案が、所得区分に関する争いを終わらせることができること、納税者(馬券購入者)の事務負担がほとんど生じないこと、購入履歴の保存がギャンブル等依存症対策として活用できること、といったメリットが大きく、「課税の公平、安定性の観点から、課税対象を明確にして妥当な税率を課すなどの特例措置」として優れているものと考える。
さらに言えば、この方法で年間の総合収支に対して課税する場合、一般的な馬券購入者は、長期的には勝てないと考えられることから、結果的に、大半の馬券購入者には納税額が生じないことになると思われる。
そして、納税額が発生する馬券購入者にとっても、年間トータルですべての外れ馬券も含めてなお利益が出ている時のみ納税するという納得感を得やすい税負担のみで、安心して楽しむことができるようになると考えられる。
また、こうした環境が整備されることは、「課税の公平、安定性」のみにとどまらず、公営競技をこれまで以上に安心して楽しめる健全な娯楽とする一助にもなると思われることから、事務負担が生じる公営競技の実施主体にとっても、長期的にはメリットのある案ではないかと考える。
馬券購入に関する私法関係の検討により、払戻金による所得が一時所得となる場合、収入を得るために直接必要な金額とは、当選馬券を購入した金額のみとする現行の取扱いが、馬券購入とその払戻金の支払いに関する競馬法の規律に従う必要がある私法上の契約関係に基づいた所得税法への当てはめとして適当であることを明確に示すことができたと同時に、馬券購入の実態から推測される馬券購入者の内心の意志を考慮し、一定の範囲(一つの注文行為で同時に購入した馬券、同一レースでの購入馬券、1日単位での購入馬券など)で外れ馬券の購入金額を直接要した金額に含めるという緩和的な取扱いを定めることも、必ずしも不合理なものというわけではないということを示すことができた。
また、馬券の購入費用が家事関連費に該当するということから、これまでの馬券訴訟において必ずしも重視されてこなかった記録の重要性について新たに指摘できたものと考える。
さらに、平成27年最高裁判決における大谷裁判官の意見において指摘されている何らかの特例措置については、7案考えたところであるが、特定口座に類する仕組みを導入し、年間の総合収支に対する申告分離課税を認める特例措置が、所得区分に関する争いを終わらせることができること、納税者(馬券購入者)の事務負担がほとんど生じないこと、購入履歴の保存がギャンブル等依存症対策として活用できること、といったメリットが大きく、「課税の公平、安定性の観点から、課税対象を明確にして妥当な税率を課すなどの特例措置」として優れているものと考えた。
もちろん、この案に限らず、どの案であっても、実現のハードルは高いと思われるが、公営競技に関する課税について「課税の公平、安定性」を向上させることを目的とした改正が行われる際の参考となれば幸いである。
| 項目 | ページ |
|---|---|
| はじめに | 112 |
| 第1章 所得税法における支出 | 114 |
| 第1節 馬券購入のための支出の性質 | 114 |
| 1 日本標準産業分類 | 114 |
| 2 賭博の性質 | 114 |
| 3 小括 | 115 |
| 第2節 個人が行った支出の所得税法における取扱い | 115 |
| 1 所得税法45条(家事関連費等の必要経費不算入等) | 116 |
| 2 所得税法37条(必要経費) | 118 |
| 第2章 馬券収入の所得区分 | 122 |
| 第1節 競馬法の概要 | 122 |
| 1 競馬法の概要 | 122 |
| 2 私法関係及び経済関係の分析 | 123 |
| 3 小括 | 124 |
| 第2節 馬券収入の所得区分 | 125 |
| 1 一時所得と雑所得 | 125 |
| 2 馬券の払戻金による所得の所得区分 | 130 |
| 第3章 所得税法における馬券購入のための支出 | 143 |
| 第1節 一時所得となる場合 | 143 |
| 1 一時所得となる場合の馬券購入のための支出 | 143 |
| 2 馬券購入の実態からの検討 | 144 |
| 3 執行上の問題 | 149 |
| 第2節 雑所得となる場合 | 151 |
| 1 雑所得となる場合の馬券購入のための支出 | 151 |
| 2 ノウハウの存在以外の理由で雑所得となる場合 | 153 |
| 3 記録の重要性 | 155 |
| 第4章 特例措置の検討 | 157 |
| 1 考えられる特例措置 | 157 |
| 2 小括 | 163 |
| おわりに | 165 |
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