田名後 正範
税務大学校
研究部教授
現行所得税法において、暗号資産の譲渡による所得については事業所得又は雑所得に該当することを前提として、その所得に係る原価の計算方法も法定されたが、外貨の取引に係る為替差損益に対する所得税の課税については換算方法のみが法定されているところである。
このような状況の中で、為替差損益に対する所得税の課税において、
@ 為替差損益は雑所得として実務上取り扱われているが、譲渡所得に該当するのではないかという所得区分の問題
A 外貨(例えばドル)を他の外貨(例えばユーロ)などの別の資産に換えた場合に(円転せざるとも)為替差損益が実現し、収入計上すべきとして実務上取り扱われているが、これは適切かという課税時期の問題
B 外貨の取得原価の計算方法
などにつき、裁判で争われる例もあり、法令上の手当てを行うべきとの論説も見受けられるところである。
そこで、為替差損益に対する現行の所得税の課税関係の整理・評価を行った上で、為替差損益に対する課税を所得税法に規定する案(改正案)についての提言を行うこととする。
なお、本稿では、課税上の議論があり、裁判でも争われている投資目的の外貨での運用(外貨預金)などにより発生する為替差損益に対する課税を中心に、外貨による外国に所在する不動産の取得により発生する為替差損益に対する課税についても、検討を行うこととする。
(1)検討の前提となる概念の整理
イ 為替差損益の基因となる資産である外貨の性質
為替差損益の基因となる資産である外貨は、価値尺度であり、支払手段として用いられ、それ自体の価値の変動を観念できないという「金銭」的な性格と、我が国では必ずしも強制通用力はなく、円貨や他の外貨との関係では為替レートの変動により獲得できる円貨や他の外貨の額が変動するなど「物」的な性格を有するため、外貨を「金銭」なのか「物」なのかを画一的に決定することは困難である。
これを踏まえると、外貨が金銭的性格と物的性格を有することを踏まえて、為替差損益の所得区分及び課税時期を検討する必要があると考える。
ロ 為替差損益の発生原因となる外国為替相場の変動要因
為替差損益の発生原因となる外国為替相場の変動要因につき、国際金融論という経済学的な観点から主流とされるアセット・アプローチによると、各通貨建資産の予想収益率、つまり、各国通貨の金利が為替相場の決定に重要な役割を果たすとされている 。また、アセット・アプローチによると、為替差損益は、ある通貨と他の通貨との金利差を埋めるものであることから、利子に類似するものであるとの位置づけを与えることも可能であると考えられる。
(2)現行の所得税法の規定の整理
何かと外貨と比較されることの多い株式と暗号資産を含めて現行の所得税法の規定を整理すると、課税時期及び所得区分についてはいずれも規定がなく、取得原価の計算方法については、株式及び暗号資産については規定があり、かつ、所得税法が該当すると考えている(予定している)所得区分に応じて規定がなされているものと考えられる。
(3)裁判例の整理・分析
イ 東京地方裁判所令和5年3月9日判決(主に為替差損益の所得区分が争いとなった事件)
(イ) 裁判所の判断
裁判所は、以下の理由を示し、為替差損益は譲渡所得には該当せず、雑所得に該当する旨判示した。
A 譲渡所得とは、ある資産の所有期間中に生じた増加益を清算して課税する趣旨のものである以上、譲渡所得の課税対象となる資産とは、その価値の増加益を観念できるものを指すものというべきである。
B 貨幣とは、商品の価値尺度や交換手段として社会に流通するものを指すところ、その性質に照らせば、貨幣自体の価値の増加又は減少を観念することはできない(これは円貨であるか、外貨であるかを問わず妥当する)ものというべきである。
C 為替差損益、すなわち外貨と円貨の交換により生じた損益も、当該外貨自体の価値の増減によるものではないこととなるから、外貨は譲渡所得の対象となる資産には該当せず、他の類型の所得にも該当しないため雑所得に区分されることとなる。
(ロ) 裁判例の評価・分析
本判決の結論には、賛成である。また、本判決は、現行の課税実務を肯定したものであると考えられる。
ロ 東京地方裁判所令和4年8月31日判決(主に外国通貨によって他の外国通貨又は有価証券を取得する場合の課税時期が争いとなった事件)
(イ) 裁判所の判断
裁判所は、為替差損益を「収入すべき金額」として認識することができるかについて、次のとおり、判示した。
本件各取引前までに保有していた外国通貨(A)の為替変動リスクに影響されることのない他の種類の外国通貨(B)又は有価証券を取得することができる権利の確定により、それまでの保有資産のうち上記取得に要した外国通貨(A)の占めていた部分が、新たに保有することになった他の種類の外国通貨(B)又は有価証券に置き換わり、それ以降、外国通貨(A)の為替変動リスクによってその円換算額が影響されない価値として保有されることが確定することになる。
そうすると、同権利の確定によって、外国通貨(A)の為替変動リスクを負っていた間の円換算額の増減分の価値、すなわち、同取引時点における為替レートによる当該他の種類の外国通貨(B)又は有価証券の取得価額の円換算額から、その取得のために要した外国通貨(A)の取得価額の円換算額を控除した差額に相当する経済的価値の流入又は流出(収入又は損失)が生ずることになるといえるところ、これは、本件各取引に係る為替差損益にほかならないから、本件各取引に係る為替差損益について、その収入の原因となる権利が確定するのは、本件各取引の時点であるということができる。
(ロ) 裁判例の評価・分析
本判決の結論には、賛成である。また、本判決は、現行の課税実務を肯定したものであると考えられる。
ハ 東京地方裁判所令和7年2月5日判決(主に外国通貨によって外国の不動産を取得する場合の課税時期が争いとなった事件)
(イ) 裁判所の判断
裁判所は、為替差損益が発生し、実現したといえるかについて、次のとおり、判示した。
外貨につき為替差益が生じている状態において当該外貨を用いて不動産等の資産を購入した場合、すなわち、当該資産の取得等のために払い出された外貨の払出時における円換算額から当該外貨の取得時の円換算額を控除した差額が正である場合には、当該外貨が当該資産に置き換わったことにより、当該為替差益に相当する経済的価値が確定し、所得として実現したといえる。仮に当該資産の購入時に当該外貨を新たに取得して(すなわち、その時点で円を当該外貨に両替して)当該資産を購入する場合には、当該為替差益を含む金額の円が必要となるのであり、当該外貨は当該為替差益分を含む経済的価値を有し、その価値によって当該資産を購入したと認められることからも、上記のように、当該為替差益に相当する経済的価値が確定し、所得として実現したということができる。したがって、当該為替差益は、「収入すべき金額」に該当する。
(ロ) 裁判例の評価・分析
本判決の結論には、賛成である。また、本判決は、現行の課税実務を肯定したものであると考えられる。
(4)アメリカにおける課税の整理
アメリカでは為替差損益の性質について、利子としての性質やキャピタル・ゲインとしての性質があるとの議論が行われ、特に法制化の前段階においては、利子等価アプローチを中心に議論がなされ、最終的には、利子としての性質があるものとして、通常所得として課税されているという点は、重要であると考える。
(5)為替差損益に対する課税関係の整理
イ 為替差損益の所得該当性
所得税法上の課税すべき所得とは、各人が収入等の形で新たに取得する経済的価値、すなわち経済的利得であると観念すると 、為替差損益はある外貨を円貨若しくは別の外貨又は別の資産に換えることにより、新たに円貨若しくは別の外貨又は別の資産という経済的価値を取得することから、所得税法の規定により課税すべき所得に該当すると考えられる。
ロ 為替差損益は収入か、それとも所得か
次の理由から、収入金額となるものは「外貨」(物)の流入であり、為替差損益は「所得の金額」になるものと考える。
(イ) 外貨(例えばドル)を他の外貨(例えばユーロ)に換える取引は、「交換」に類似するものと考えられ、その取引により、他の外国通貨(ユーロ)を取得することとなることから、「収入金額」を「経済的価値の流入」であると考えると、他の外国通貨(ユーロ)を取得することは、まさしく、ユーロという経済的価値の流入であると考えられる上、収入すべきことが確定する権利は、他の外国通貨(ユーロ)を取得する権利であると考えられ、為替差損益ではないと考えられる。
(ロ) 所得税法36条1項が「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益」と規定し、「物」を先に観念し、経済的利益は「物」又は「権利」以外のものを規定していると考えられることからも、外国通貨の物的性格を重視して「金銭以外の物」に該当すると考える方が条文の規定と整合的である。さらに、所得税法が、あえて収入金額と必要経費との差額をもって所得の金額と規定していることとも整合的である。
ハ 為替差損益の所得区分
上記(3)イの裁判所が判断した理由である@外貨は価値尺度たる貨幣であるから価値の増減を観念できず、A為替差損益は外貨自体の価値の増減ではなく、外貨は譲渡所得の対象となる資産に該当しないとの理由により、為替差損益は、譲渡所得には該当せず、雑所得に該当するものと考える。
しかしながら、上記の理由では学説からの理解を得られていないと考えられることから、為替差損益が譲渡所得には該当せず、雑所得に該当する理由の補充を試みると、@外貨は「資産」に該当する、A外貨の交換は「譲渡」にも該当する、しかしながら、B資産である外貨の交換による為替差損益は、「(資産の譲渡)による所得」、資産の譲渡による値上がり益には該当しないため、為替差損益は譲渡所得には該当しないものと考える。
また、為替差損益は、外貨の金銭的性格に着目すると、外貨は価値尺度たる貨幣であるから、一定期間の蓄積による価値の増減を観念できず、また、外貨と円貨との相対的な換算レートの変動により、つまり、外貨の価値の増加か、円の価値の減少かのいずれか又は両方によって生じるものである。
さらに、あくまでも、為替差損益の基となる為替レートの変動は、主に外貨と円との金利差によるものであることから、外貨又は円の金利の変動により生ずるものであり、その性格は金利(利子)の代替であり、利子に類似するものであるとも考えられる。
ニ 為替差損益の課税時期
為替差損益の課税時期につき、問題となっているのは、外貨を円転せずに他の外貨や有価証券などの他の資産に換えた場合に、元々有していた外貨の為替差損益が実現したとして課税すべきか否かである。
ドルをユーロに換えた場合において、取得したユーロには経済的価値があり、外部から流入していることから収入すべき対象(所得税の課税対象)はユーロである。よって、その収入の原因となる権利はユーロを取得する権利であることから、所得税法36条の権利確定主義により、ドルをユーロに換える取引を発注し、ドルを引き渡した時点でユーロを取得する権利は確定するものと考えられる。つまり、新たな経済的価値を持ったユーロが外部から流入したことにより、所得税法36条の収入すべき金額として実現したものと考えられる。
ホ 為替差損益の計算における取得原価の計算方法
為替差損益の計算における取得原価の計算方法については、「総平均法に準ずる方法」によって算定するのが合理的であると考えられる。
また、外貨を贈与又は相続により取得した場合など、自国通貨から外貨に変わった場合に、取得原価を当初取得時の価額により計算するべきか否かという問題は、所得税法に何らの規定もない中で、論点になるものと考えられる。
(6)為替差損益に関する所得税法の改正案の提言
イ 為替差損益の所得区分
為替差損益についても、暗号資産と同様に、取得原価の規定の中で考えられる所得区分を規定することで、十分なのではないかと考える。
ロ 為替差損益の課税時期
為替差損益は、裁判における結論を経て課税時期を明確化したリストリクテッド・ストック(報酬として交付された譲渡制限付株式は、譲渡制限解除時に課税)に近い状況にあるものと考えられることから、リストリクテッド・ストック並びで、明確化のために法制上の措置を行うことが考えられる。
ハ 為替差損益の計算における取得原価の計算方法
為替差損益の計算における外貨の取得原価の計算方法を総平均法に準ずる方法で計算することを法令に規定し、その中で、該当すると考えられる所得区分(事業所得又は雑所得)も併せて法令に規定することが適当であると考えられる。
また、自国通貨が外貨に変わった場合の外貨の取得原価の計算方法も法令に規定する必要があると考えられる。
本稿では、為替差損益に係る@所得区分の問題、A課税時期の問題及びB取得原価の計算方法の問題の3点について、所得税等における法令の規定に整合しているかどうかの検討を行ったところ、整合していると評価できるとの結論が得られた。
よって、為替差損益に対する所得税の課税について、所得税法等に規定する必要性や緊急性は必ずしも高いとまでは言えない。
しかしながら、法令上の手当てを行うべきとの論説も見受けられることも踏まえ、上記2(6)のとおり、個別に法令に規定する際の案を提示した。
また、これらをまとめて規定する案も提示するとともに、将来は、金融所得課税の一体化の対象とすることも提言した。
| 項目 | ページ |
|---|---|
| はじめに | 15 |
| 第1章 検討の前提となる用語の意義等の整理 | 17 |
| 第1節 金銭の意義 | 17 |
| 第2節 外貨の意義・性質 | 18 |
| 1 金銭的性格 | 19 |
| 2 物的性格 | 19 |
| 第3節 通貨交換取引の意義 | 20 |
| 第4節 外国為替相場の変動要因 | 20 |
| 第5節 外国為替相場の決定理論及び為替差損益の性質 | 21 |
| 1 アセット・アプローチへの変化 | 21 |
| 2 アセット・アプローチによる金利と為替相場の関係 | 21 |
| 3 為替差損益は利子に類似すること | 22 |
| 第6節 小括 | 23 |
| 1 為替差損益の基因となる資産である外貨の性質 | 23 |
| 2 為替差損益の発生原因となる外国為替相場の変動要因 | 24 |
| 第2章 現行の所得税法の規定の整理 | 25 |
| 第1節 株式 | 25 |
| 1 所得区分 | 25 |
| 2 課税時期 | 25 |
| 3 取得原価の計算方法 | 26 |
| 第2節 外貨 | 26 |
| 1 沿革 | 26 |
| 2 換算方法 | 26 |
| 3 所得区分 | 27 |
| 4 課税時期 | 27 |
| 5 取得原価の計算方法 | 28 |
| 第3節 暗号資産 | 29 |
| 1 所得区分 | 29 |
| 2 課税時期 | 29 |
| 3 取得原価の計算方法 | 30 |
| 第4節 小括 | 30 |
| 第3章 裁判例の整理・分析 | 31 |
| 第1節 東京地方裁判所令和5年3月9日判決 | 31 |
| 1 事案の概要 | 31 |
| 2 争点(本稿関係部分) | 31 |
| 3 裁判所の判断 | 31 |
| 4 本判決に関する判例評釈 | 33 |
| 5 小括(筆者の評価・分析) | 34 |
| 第2節 東京地方裁判所令和4年8月31日判決 | 35 |
| 1 事案の概要 | 35 |
| 2 争点(本稿関係部分) | 36 |
| 3 裁判所の判断 | 36 |
| 4 本判決に関する判例評釈 | 37 |
| 5 小括(筆者の評価・分析) | 41 |
| 第3節 東京地方裁判所令和7年2月5日判決 | 42 |
| 1 事案の概要 | 42 |
| 2 争点 | 43 |
| 3 裁判所の判断 | 43 |
| 4 小括(筆者の評価・分析) | 44 |
| 第4章 アメリカの為替差損益に対する課税 | 45 |
| 第1節 アメリカにおける為替差損益の性質の考え方 | 45 |
| 1 1986年改正に至る経緯 | 45 |
| 2 1980年財務省討議草案 | 46 |
| 3 内国歳入法典 | 47 |
| 4 個別通達 | 48 |
| 第2節 アメリカにおける為替差損益の課税関係 | 48 |
| 1 988条取引 | 48 |
| 2 為替差損益(外貨損益)の計算方法 | 48 |
| 3 為替差損益(外貨損益)の所得区分 | 49 |
| 4 為替差損益(外貨損益)の実現 | 49 |
| 第3節 小括 | 50 |
| 第5章 為替差損益に対する課税の整理・評価 | 51 |
| 第1節 為替差損益は課税すべき所得か否か | 51 |
| 第2節 為替差損益は収入か、それとも、所得か | 52 |
| 1 現行課税実務等の整理 | 52 |
| 2 筆者の考え(私見) | 53 |
| 第3節 為替差損益の所得区分 | 56 |
| 1 国会での議論の整理 | 56 |
| 2 学説の整理 | 57 |
| 3 裁判例の整理 | 60 |
| 4 上記1から3までを踏まえた筆者の評価・私見 | 60 |
| 第4節 為替差損益の課税時期 | 63 |
| 1 現行の取扱いの概要 | 63 |
| 2 筆者の評価・私見 | 64 |
| 第5節 為替差損益の計算における取得原価の計算方法 | 71 |
| 1 現行の取扱いの概要 | 71 |
| 2 筆者の評価・私見 | 71 |
| 第6章 為替差損益の課税に関する改正案の提言 | 73 |
| 第1節 為替差損益の所得区分 | 73 |
| 1 基本的な考え方 | 73 |
| 2 現行法における所得区分に関する規定の整理 | 73 |
| 3 改正案の提言 | 74 |
| 第2節 為替差損益の課税時期 | 76 |
| 1 基本的な考え方 | 76 |
| 2 現行法における課税時期に関する規定の整理 | 76 |
| 3 改正案の提言 | 78 |
| 第3節 為替差損益の計算における取得原価の計算方法 | 79 |
| 1 基本的な考え方 | 79 |
| 2 自国通貨が外貨に変わった場合の取得原価の計算方法の考え方 | 79 |
| 3 自国通貨が外貨に変わった場合の取得原価の計算方法の整理 | 80 |
| 4 改正案の提言 | 82 |
| 第4節 所得区分等を包括的に規定する案 | 83 |
| 第5節 将来的な為替差損益の課税方法 | 84 |
| おわりに | 86 |
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