池場 征吾
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

近年、国際的な租税回避が問題となっているところ、滞納者が資産を海外に移転させるなどの徴収回避に対する国際的な相互協力の必要性は高まっており、税務行政執行共助条約の締約国は拡充しているが、相手国が徴収共助を留保している、もしくは、二国間条約に徴収共助の規定がない場合は、徴収共助の要請を断念せざる得ない状況にある。
 在外の滞納者については、滞納者の所在地調査等に時間を要していること、税務職員の事務処理負担、語学の習熟度や時差の問題等もあり、滞納整理の実施に支障が生じている状況にある。そこで、インターネットメール等の電子的手段を活用して滞納者へダイレクトに連絡をとり、迅速かつ効率的に納付指導及び面接を行うことが有効と考えられる。
 しかしながら、インターネットメール等やウェブ会議を活用する場面を想定すると、在外の滞納者に、催告書等をインターネットメール等により送付、または、ウェブ会議を活用した面接時に質問検査権に該当するような方法で財産情報の照会をした場合などは、執行管轄権の問題が惹起される。
 そこで、本研究においては、我が国における租税条約等による徴収共助、執行管轄権の域外行使や送達の経緯・現状等を把握した上で、インターネットメール等の電子的手段を活用した催告書等の送達及びウェブ会議を活用した面接・質問検査等について、諸外国の電子的手段の活用状況や我が国の民事訴訟法の改正状況も踏まえて研究を行う。

2 研究の概要

(1)租税条約等における徴収共助の状況等

イ 徴収共助制度の概要

徴収共助とは、租税債権を徴収するための公権力の行使が我が国内に限られる執行管轄権の制約がある中で、租税条約等の枠組みに基づき、相互主義の下、各国の税務当局が互いに相手国の租税債権を相手国の納税者から徴収する制度である。具体的には自国の滞納者の財産が海外に在る場合、自国から海外に在る滞納者の財産の差押え等は公権力の行使に当たり、相手国の主権を侵害するという国際法上の執行管轄権の制約の問題から差押え等は実施できないが、自国の税務当局が租税条約等による徴収共助を相手国の税務当局に要請した場合、相手国の税務当局が当該相手国の法令に基づき、滞納者の財産の差押え等を実施する。

ロ 二国間租税条約における徴収共助等

我が国が初めて締結した二国間租税条約である日米租税条約について、その締結の経緯及び徴収共助の内容を整理するとともに、OECDモデル租税条約についても整理する。

(イ) 日米租税条約

日米租税条約は、我が国初めての租税条約として、1954年に締結され、1957年、1960年、1962年に一部改定が行われ、1971年に全面的に改定されている。その後、30年以上改定されてこなかったが、日本経済の急速な成長、日米両国の経済関係の親密化、国際間の租税条約ネットワークの拡充等により我が国を取り巻く環境は大きく変わっていたことから、2003年に全面的に改定され、2013年に改正議定書に署名、2019年発効して、現在に至る。
 2013年改正前の日米租税条約27条(徴収共助)では、「この条約に基づいて他方の締約国の認める租税の免除又は税率の軽減が、このような特典を受ける権利を有しない者によって享受されることのないようにするため、当該地方の締約国が課する租税を徴収するように努める。」と徴収共助の対象を条約の濫用の場合に限定するとともに、努力義務規定としていたが、2013年改正議定書により、徴収共助は全文改正され、相手国からの要請に応じて徴収共助を行う等、その範囲が拡大されるとともに、具体的な手続き等が規定された。

(ロ) OECDモデル租税条約

OECDモデル租税条約の主な目的は、国際的な二重課税の除去、租税条約の濫用、脱税及び租税回避に対応するため、統一的な基準に基づいて問題を解決する方法を提供することにある。このOECDモデル租税条約の規定及びコメンタリーは、OECD加盟国を中心に多くの国の租税条約のモデルとなっており、我が国も、概ねこれに沿った規定を採用している。

ハ 税務行政執行共助条約における徴収共助等

税務行政執行共助条約は、締約国の税務当局間における租税に関する情報の交換、徴収における支援及び文書の送達について定めた多国間租税条約である。
 我が国では、2011年11月3日税務行政執行共助条約及び同改正議定書に署名、2013年10月1日に発効した。税務行政執行共助条約では税務当局間の相互支援として、「情報の交換」(4条〜10条)、「徴収における支援(徴収共助)」(11条〜16条)、「文書の送達(送達共助)」(17条)が規定されており、我が国も締約国間のこの相互支援に参加することとなった。
 条約の締結を受けて、平成24年度(2011年)税制改正では、租税条約実施特例法及び関連法律を改正し、徴収共助及び文書送達等に関する国内法を整備した。

ニ 徴収共助の状況等

我が国における二国間租税条約及び多国間租税条約等による税務当局間の徴収共助のネットワークは拡充しており、我が国が徴収共助を要請できる国又は地域は、税務行政執行共助条約の締約国の増加及び二国間条約の締結・改正の進捗により、令和5年(2023年)5月1日現在で約80の国・地域に拡大している。
 一方、我が国と二国間条約を締結していても、徴収共助の規定がない、または、徴収共助が租税条約(租税の免除又は税率の軽減等)の濫用に限定されている国、税務行政執行共助条約の締約国間においても、徴収共助の規定を留保している国には、一般的な租税滞納事案を対象とする徴収共助の要請は断念せざるを得ない状況にある。

ホ OECDの国際的な租税債権への取組

OECDでは、国際租税債権管理の課題や各国の取組等を報告している。当該報告では、国境を越えて移動する労働者や富裕層等は、未払いの税金があることに気づかずに移動、または、徴収を回避するために意図的に移動する可能性があること、言語の壁があり海外に送達された通知の内容を理解できない可能性があるとして、これらの海外に居る納税者に対するアプローチの例として、@期限や支払い等の重要な情報を翻訳する、A納税者に電子メール等の通信手段を求める、B国内のコールセンターが国際電話できるようにする、C外国の銀行口座やクレジットカードによる支払いを可能にする、D滞納したまま出国した場合に罰金と利息を課す政策等を挙げている。
 また、滞納者が出国したり、資産を海外に移転させないために、実際に各国が採っている予防措置として、@納税者の資産に先取特権を取得する、A法人の滞納に取締役の納税義務を課す、B破産・清算手続の開始、C滞納者氏名の公表、D行政サービスの利用拒否、E一時的な事業の閉鎖・許可の撤回、F出国制限等を挙げている。

ヘ 小括

在外に居る滞納者に対する滞納処分については、徴収共助のネットワークは拡充しているものの、徴収共助の要請に要する時間・労力、相手国の税務当局の事務・費用負担及び執行管轄権の制約等を考慮すると、自国の徴収職員が滞納発生の早期の段階で執行管轄権の制約を受けない滞納処分(納付催告等)を効率的に実施していく必要があると考える。

(2)国家管轄権

イ 執行管轄権の域外適用

域外における執行管轄権の行使は、その国の主権を侵害することとなり、許されない。領域外において、逮捕、令状送達、捜査、税務調査、文書提出命令等の執行管轄権の行使を行うことはできない。領域外において、執行管轄権が行使できるのは、条約に基づく場合、または、相手国の同意がある場合に限られる。規律(立法)管轄権の場合は、自国領域外に適用されうることを前提にして、どのような条件を満たせば行使が許されるのか、法分野そして事項ごとに議論されるのに対して、執行管轄権の場合は、国家がどのような行為をすれば執行管轄権の行使に該当するか、特に外国に所在する私人に対する非強制的な行為の内、どのようなものが執行管轄権の行使に該当するかが争点となる。
 最近では通信手段が発達したために、外国から電話またはEメールによる事情聴取を行うことが許されないのか等の問題が出てきている。

ロ 独占禁止法の域外適用

我が国の域外適用の例として独占禁止法が挙げられることが多い。当初は域外適用に消極的であったが、公正取引委員会が設置した独占禁止法渉外問題研究会は1990年2月に「ダンピング規制と競争政策」、「独占禁止法の域外適用」をテーマとして報告書を公表した。「独占禁止法の域外適用」の報告書では、「外国企業が日本国内に物品を輸出するなどの実質的な活動を行っており、その場合に我が国独占禁止法違反を構成するに足る行動があれば、独占禁止法違反として、規制の対象になる。外国企業の支店あるいは子会社が日本国内に存在することは、独占禁止法適用上の必要条件ではない。」として、独占禁止法の域外適用を許容すべきと報告、積極的な姿勢に転じた。
 しかしながら、1994年から1997年にアメリカで起こったファックス用感熱紙事件について、1996年に日本政府は、米国の刑事訴追が日本の主権を侵害しており、国家管轄権に関する国際法上の原則に反するとの意見書を提出した。意見書は、国際法の枠組み(管轄権の権原−不干渉)をきちんと踏まえ、それに基づいて米国競争法の域外適用を批判したものであり、これにより日本政府の見解は依然として競争法の域外適用に消極的なままだと受け取られた。
 その後の独占禁止法の域外適用について、2001年の「外務省委託研究報告書 競争法の域外適用に関する調査研究」による報告では、属地主義である刑事規定を除くと、対象となる行為と我が国との間の「密接関連性」を前提として国際法上許されるという考え方が明確に示された。
 そこから独占禁止法も改正され、2002年に外国事業者に対する送達規定の整備、2005年に課徴金減免制度の導入、2009年に株式取得の事前届出制の導入、外国競争当局との情報交換等、実際に独占禁止法の域外適用を可能とする環境が整備されてきた。

ハ 個人情報保護法の域外適用

経済活動とIT技術の急速な進展に伴い、国境を越えて財産や情報が頻繁に流通・連絡されるようになり、個人情報も海外のIT事業者や海外に設置しているサーバで管理されるケースが多くなっている。特に、海外のIT事業者については、我が国の行政指導等に応じるのかという問題もあり、個人情報保護法においても域外適用が課題とされてきた。
 平成27年(2015年)改正により、「適用範囲(同75条)」の規定を新設、「国内にある者に対する物品又は役務の提供に関連してその者を本人とする個人情報を取得した個人情報取扱事業者が、外国において当該個人情報又は当該個人情報を用いて作成した匿名加工情報を取り扱う場合についても、適用する。」とし、海外の事業者が我が国の個人情報を取り扱う場合にも適用されることとなった。しかし、同75条は一部の条文のみに適用されており、個人情報保護委員会の権限は、「指導及び助言(同41条)」や「勧告(同42条1項)」のような強制力を伴わないものに限られ、間接強制を伴う「報告及び立入検査(同40条)」や「命令(同42条2項・3項)」は適用の対象とされていなかった。個人情報保護委員会が2019年4月25日に公表した「個人情報保護法いわゆる3年ごと見直しに係る検討の中間整理」では、「平成27年改正法の立法時においては、日本の行政機関が、外国の事業者に対して、その外国の領土内で報告徴収・立入検査(同40条)や命令(同42条2項・3項)を行うことは、外国の主権との関係上困難であると考えられ、外国の事業者に対して、報告徴収等は規定されなかった。仮に、外国の事業者に本法の義務規定に違反する行為があると認められ、指導・助言又は勧告を行っても改善されない等、より強力な措置をとる必要がある場合には、委員会が、個人情報保護法に相当する外国の法令を執行する外国の当局に対して、その外国の法律に基づく執行の協力を求めて(同78条)、実効性を確保することとされた。しかし、このような状況について、外国事業者とのイコールフィッティングの確保の観点から問題であるとの指摘がある。」と、外国事業者が罰則等の間接強制により担保された報告徴収・立入検査や命令の対象とならないことが問題として挙げられていた。
 令和2年(2020年)改正では、同75条にて限定列挙していた条文を明記せず、域外適用の範囲を個人情報保護法全体とした。

(3)域外への送達

イ 行政文書の送達

行政処分は、行政機関における法定手続きにより処分を決定し、その意思表示が相手方に到達したとき、すなわち、相手方が現実にこれを了知できる状態に置かれたときにその効果を生じる。特に相手方の権利義務に重大な影響を及ぼす行政処分を実施する場合、送達が用いられることが多い。
 行政文書の送達については、行政庁等が行政処分を行う際にとるべき手続を定める行政手続法にも規定がなく、各行政法にいくつかの送達規定を設け、その多くが民事訴訟法の規定を準用して送達している。国税通則法は、民事訴訟法の規定を準用せず、1章(総則)4節(送達)に12条(書類の送達)、13条(相続人に対する書類の送達の特例)、14条(公示送達)と独自の規定を定めている。
 また、行政法における域外への送達規定は、民事訴訟法の規定を準用するものが多いが、特許法及び国税通則法は、民事訴訟法の規定を準用していない。

ロ 民事訴訟法の外国における送達

民事訴訟法における送達を受けるべき者が在外に居ても、送達を受けるべき者が我が国内に支店・営業所等を有する場合は、同103条(送達場所)により、送達を受けるべき者の住所、居所、営業所又は事務所に送達することができる。我が国内に送達場所等がなく、直接域外に送達する場合、同108条(外国における送達)に「外国においてすべき送達は、裁判長がその国の管轄官庁又はその国に駐在する日本の大使、公使若しくは領事に嘱託してする」とあるが、訴状等の送達は公権力の行使に当たり、条約及び相手国との同意がない場合は執行管轄権の問題を生じるため、我が国と相手国との間で条約等の合意により、相手国の協力である「国際司法共助」が必要となる。我が国では1972年に民訴条約及び送達条約に批准、同年に公布、発効している。我が国と条約の締約国間では、原則として条約に定める手続きに沿って、送達しなければならない。

ハ 国税通則法の外国における送達

国税通則法117条では、「国内に住所を有していない、又は有しないこととなる場合に、申告書の提出その他国税に関する事項を処理する納税管理人を選任して、税務署長にその旨を届け出なければならない。」と規定しており、在外に居る納税者に対する送達について、納税管理人が居る場合は、納税管理人に送達している。納税管理人が居ない場合、又は、我が国に送達すべき者が居ない場合等は在外に居る納税者に直接送達することとなる。
 公示送達を規定する国税通則法14条1項では、「外国において送達につき困難な事情があると認められる場合」に限り公示送達ができるとされていることから、この反対解釈として、外国にある名あて人に郵便による送達を行うことが前提になっているようにも読める。当該規定(昭和37年法律第66号)は、国際通信の発達の状況にかんがみたものであり、民事訴訟法と異なり、「外国における送達」の規定等を整備することなく、「郵便による送達」は外国にある名あて人に対しても拡張され得ることとなった。「外国において送達につき困難な事情がある」とは、国交が断絶しており、又は開かれていないこと、国際郵便に関する条約関係がないこと、戦乱その他の非常事態の生じた地域で送達に重大な支障があること等の事情をいい、通常の事態で送達につき困難な事情がないと認められる場合には、外国にある名あて人に対しても郵便による送達をすべく、公示送達によることはできないと解されており、実務もこれによっている。
 域外に郵送する場合、租税条約等の締約国であるか否か、また、租税条約等締約国であっても郵送による文書の送達を認めない権利を留保しているかによって、対応が分かれる。税務行政執行共助条約では、他の締約国の領域内の者に対し、郵便により直接に文書の送達を実施することができる(同17条3)が、締約国であっても、同17条3に規定する郵便による文書の送達を認めない権利を留保(同30条1e)している場合、直接郵送できない。郵送による送達を認めない権利を留保している国に居る送達すべき者については、公示送達を行い、公示送達を行った旨の通知を郵送する。租税条約等の締結がない、相手国等の同意がない場合に行政処分性のある督促状を送達する場合、執行管轄権の問題を生じる余地がある。

(4)域外における行政処分

イ 域外における行政処分と執行管轄権

行政庁は、行政目的を達するために様々な行為を行うが、行政処分とは「公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう」とされており、行政処分は公権力の行使に当たることから、行政処分を域外において実施する場合、条約や相手国との同意がない限り、相手国への主権侵害となり、執行管轄権の問題を生じることとなる。
 しかし、国際法上、どこまでが執行管轄権の行使に当たるのか、極めて不分明であり、立法実務上も、外国に対して行政処分の効力を及ぼさないように見える「命令」を「請求」に読替する規定が多数存在し、また、外国人・外国事業者が日本国内に代理人・管理人・代表者を設置することを求める規定も、行政処分の地理的範囲が国内にしか及ばないことを前提にしているように見える。これに対して、外国居住者に対しても処分の公示送達を行うことを認める規定や、外国事業者に対して刑事罰の適用を定める規定も存在しており、行政処分の地理的範囲に関して一貫した考え方がとられているのか、国内法的に未整理の状態にある。

ロ 域外への督促状の送達

督促状について、最高裁は「督促は、滞納処分の前提となるものであり、督促を受けたときは、納税者は、一定の日までに督促に係る国税を完納しなければ滞納処分を受ける地位に立たされることになる」ことを理由に、国税通則法75条1項の「国税の関する法律に基づく処分」に当たるとしている。督促状の送達が行政処分となることから、在外の滞納者への督促状の送達は執行管轄権の域外行使ではないかとの指摘もありうる。
 実際、在外の滞納者への督促状の送達が執行管轄権の域外行使に当たるかどうかについては、考え方が分かれており、次のようなものがある。

(イ) 執行管轄権の域外行使の当たるとする考え方

督促状の送達により一定の期日経過後に滞納処分を受ける法的効果が発生することから、裁判上の「送達」と類似した法的効果を有している。すなわち事実の了知に加えて、一定の租税徴収手続進行の意味を持つことから、在外への督促状の送達が執行管轄権の域外行使に当たるとする。
 他方、公示送達は、在外者への送達である点は同じであるが、日本の大使等に嘱託して送達する場合とは違って、被送達者の所在する外国においては送達国の行為は何ら見出すことができないから、外国の同意は必要ないと考えられるとしている。

(ロ) 執行管轄権の域外行使に当たらないとする考え方

送達が郵送という実力行使性の乏しい手段により国外送達のなされる限り、執行管轄権の域外行使に当たらないとする。
 他には、督促状の送達を直接論じてはいないが、送達について、「他国の領土内で自ら活動するのではないのだから、送達が他国の主権侵害になるという観念を捨てるべき」、執行管轄権の行使について、「国際法上明らかに許されないのは、一国の政府職員が、同国の国内法に基づく物理力の行使を、国境を越えて行うことであり、執行管轄権はこの最狭義で捉えるべき」との考え方がある。

ハ 域外への催告書の送達

催告書は、滞納者に滞納税額がいくらあるか、速やかに納付するよう催告する等、単に滞納国税の納付義務がある旨の観念の通知に過ぎず、行政事件訴訟法3条1項にいう行政処分その他の公権力の行使に当たらない。
従って、催告書の送達には行政処分性はなく、在外に居る滞納者に催告書を送達しても執行管轄権の問題は生じない。

ニ 域外における質問検査権の行使

我が国の徴収職員による在外の滞納者に対する電話等による接触等が単に滞納者の現況や滞納国税の納付義務を確認する等の納付相談である場合、行政処分性はなく、相手国への主権侵害に当たらず、執行管轄権の問題は生じない。
 一方、国税徴収法141条の「質問及び検査」により財産の有無及び所在等電話等で聴取することが、「公権力の行使」に当たり、相手国への主権侵害となるとすれば、電話等による質問検査権の行使はできないこととなる。しかしながら、最近では通信手段が発達したために、外国から電話またはEメールによる事情聴取を行うことが許されないか等の問題が出てきている。

ホ 小括

督促状の送達については、「納税者は、一定の日までに督促に係る国税を完納しなければ滞納処分を受ける地位に立たされること」になり法的効果を生じる行政処分とされているものの、域外への郵便による督促状の送達は、送達を受けるべき者が郵便物の受領を拒否できることからも実力行使性に乏しい。また、督促状の送達により後行処分である差押え等の滞納処分が可能となるものの、当該差押え等は域外で行われずに我が国内にて行われるに過ぎず、督促状の送達自体は物理的な強制力を伴うものではない。従って、域外への督促状の送達は、行政処分としての効力が生じるとはいえ、それ自体は物理的な強制措置ではなく、執行管轄権の域外行使として相手国の主権を侵害するとまではいえず(相手国も許容しうる)、実施可能と考える。
 また、インターネットメールやウェブ会議を活用した質問検査権の行使についても、国税徴収法141条の「質問及び検査」は任意調査であり、相手方が質問に答えない場合又は検査を拒否した等の場合には行うことができないこと、相手国において直接に物理的な強制力を伴うものではないこと、経済活動のグローバル化・デジタル化が一層拡大する中、在外の滞納者に電話、インターネットメールやウェブ会議を活用してダイレクトに連絡をとり、迅速かつ効率的に納付指導及び面接を行うニーズが我が国以外にも高まっていることから、執行管轄権の域外行使として相手国の主権を侵害するとまではいえず(相手国も許容しうる)、実施可能と考える。

(5)電子的手段を活用した域外への送達及び質問検査

イ 電子的手段を活用した域外への督促状の送達

電子的手段を活用した域外への督促状の送達は、以下の理由から執行管轄権の問題を生じる余地はあるものの相手国の主権を侵害するとまではいえず(相手国も許容しうる)、実施可能と考える。

@ 電子的手段を活用した域外への督促状の送達は、職員が相手国にて直接活動を行うわけではなく実力行使性に乏しい。

A 督促状の送達により後行処分である差押え等の滞納処分が可能となるもの、当該差押え等は相手国で行われずに我が国内にて行われるに過ぎず、督促状の送達自体は物理的な強制力を伴うものではない。

B 送達を受けるべき者が、電子的手段を活用した送達を受けることに事前に同意している場合は、任意性が確保されており、我が国の法に服して法的効果が生じることを想定できていると思われる(令和6年(2024年)税制改正による処分通知等の電子交付は、事前にメールアドレスを登録して、e-Taxにより処分通知等を受け取ることに同意を得ることとしている)。

C 滞納者のメリットとしては、督促状が送達できない場合、公示送達が実施されて送達の法的効果が発生するにも関わらず、滞納者には督促状を公示送達した旨の通知しかされずに督促状の内容を知ることができないが、督促状が送達されていれば、滞納税額等を知ることができ、差押え等の滞納処分を受ける前に税務職員に相談することも容易となる。

D インターネットが普及した現在、我が国だけではなく、相手国も同様の手段を採るニーズがあると思われること、また、一部の国において、法的な通知等を電子的な手段により通知している例もあることから、相互主義の観点から相手国も許容しうる手段ではないか。

ロ 電子的手段を活用した域外への催告書の送達

域外への催告書の送達については、単に滞納国税の納付義務がある旨の観念の通知に過ぎず、行政処分その他の公権力の行使に当たらない、何ら法的効果はないことから、在外に居る滞納者に電子的手段を活用した催告書を送達しても執行管轄権の問題は生じない。

ハ 在外に居る滞納者へのウェブ会議等を活用した面接及び質問検査

我が国の税務署職員と在外に居る滞納者との面接内容が、滞納者の近況や納付計画等を相談する場合は行政処分性がなく、執行管轄権の問題は生じない。我が国の税務署職員による情報収集が国税徴収法141条の「質問及び検査」により、財産の有無及び所在等を聴取する場合は、執行管轄権の行使に当たるから、相手国の同意なしには許されないが、以下の理由からウェブ会議等を活用した在外の滞納者への質問検査は、執行管轄権の問題を生じる余地はあるものの相手国の主権を侵害するとまではいえず(相手国も許容しうる)、実施可能と考える。

@ 国税徴収法141条の「質問及び検査」は任意調査であり、相手方が質問に答えない場合又は検査を拒否した等の場合には行うことができないこと。

A ウェブ会議等を活用した在外の滞納者への質問検査は、職員が相手国にて直接活動を行うわけではなく、ウェブ会議というインターネット上で行われ、実力行使性に乏しい。

B ウェブ会議を我が国に設置しているサーバ上で行うとすれば、滞納者が我が国の会議室に来るようなイメージで実施されること。

C 在外に居る滞納者も我が国に移動する必要がないこと、税務職員と面接等を行うことにより、差押え等の滞納処分が実施される前に納付計画等を相談できる等のメリットがあること。

D インターネットが普及した現在、我が国だけではなく、相手国も同様の手段を採るニーズがあると思われ、相互主義の観点から相手国も許容しうる手段と認識しうるのではないか。

E 特に、租税条約等の締約国(郵送を拒否してない国)には、質問検査権の行使として、照会文書を送達しても問題ないとも思われることから、租税条約等の締約国にはウェブ会議等を活用した質問検査権を行使しても、Dと同様に許容しうる手段と認識しうるのではないか。

3 まとめ

滞納者との連絡については、電話連絡しても不在、文書を送付しても連絡がとれない場合があり、現状の連絡手段だけでは非効率な状況にある。特に、海外に移動した我が国の滞納者との接触は、滞納者の所在地調査等に時間を要すること、税務職員の事務負担、語学の習熟度や時差の問題等もあり、より非効率な状況にある。
 我が国の租税条約等による徴収共助のネットワークは拡充しているものの、徴収共助の要請に要する時間・労力、相手国の税務当局の事務・費用負担及び執行管轄権の制約等を考慮すると、自国の徴収職員が滞納発生の早期の段階で電子的手段を活用して滞納者へダイレクトに連絡をとり、迅速かつ効率的に滞納者と接触を図り、納税催告や納付相談により自主的に納付を促すことが有効と考える。電子的な手段を活用した送達及び面接等は、滞納者の所在を問わずに連絡することができる上、滞納者もスマートフォンやパソコン等を用いてどこに居ても通知等の確認や面接ができることから、容易に滞納者と接触できる。
 在外の滞納者に対する電子的な手段を活用した送達及び面接等は、我が国における租税条約等の締約状況を鑑みると、相手国と執行管轄権の問題を生じるケースはほとんどないと思われるし、執行管轄権の問題を生じる余地があるとしても、先に述べた理由から相手国も主権侵害であると問題にすることはないように思われる。


目次

項目 ページ
はじめに 373
第1章 租税条約等における徴収共助の状況等 375
第1節 租税条約等における徴収共助の状況 375
1 徴収共助制度の概要 375
2 二国間租税条約における徴収共助等 375
3 租税に関する相互行政支援に関する条約における徴収共助等 382
第2節 我が国の徴収共助の状況等 389
1 我が国の徴収共助の状況 389
2 経済協力開発機構(OECD)の国際的な租税債権への取組 389
3 小括 390
第2章 国家管轄権 391
第1節 国家管轄権の分類 391
1 立法管轄権 391
2 執行管轄権 392
3 司法管轄権 392
第2節 国家管轄権の域外適用 392
1 立法管轄権の域外適用 394
2 執行管轄権の域外適用 396
3 独占禁止法の域外適用 397
4 個人情報保護法の域外適用 402
第3章 送達 406
第1節 行政文書の送達 406
1 行政文書の送達 406
2 行政法における域外への送達 406
第2節 民事訴訟法の送達 407
1 民事訴訟法の送達 407
2 外国における送達 409
第3節 国税通則法の送達 414
1 国税通則法の送達 414
2 域外への送達 416
第4節 独占禁止法の送達 418
1 独占禁止法の送達 418
2 外国事業者への送達 419
第5節 特許法の送達 421
1 特許法の送達 421
2 在外者への送達 422
第4章 域外における行政処分 423
第1節 域外における行政処分と執行管轄権 423
1 域外における行政処分と執行管轄権 423
2 行政処分の域外適用の範囲 424
第2節 域外への督促状及び催告書の送達 425
1 域外への督促状の送達 425
2 域外への催告書の送達 427
第3節 域外における質問検査権の行使 427
第4節 小括 428
第5章 電子的手段を活用した納付催告等 430
第1節 令和4年民事訴訟法改正におけるIT化の状況 430
1 令和4年民事訴訟法改正におけるIT化の概要 430
2 裁判所からの送達をIT化 430
3 ウェブ会議を活用した証人尋問等 431
4 外国に所在する者に対するITを用いた送達及び証人尋問 431
第2節 各国裁判所における電子的手段の活用状況 432
1 電子的手段を活用した送達 432
2 ウェブ会議を活用した国際証拠調べ等 433
第3節 我が国の電子的手段を活用した納付催告等の状況 436
1 国税関係の電子的手段を活用した納付催告等の状況 436
2 地方税関係の電子的手段を活用した納付催告等の状況 437
第4節 各国の電子的手段を活用した納付催告等の状況 438
1 米国の状況 438
2 英国の状況 440
3 オーストラリアの状況 440
4 その他の国の状況 441
第5節 電子的手段を活用した催告書等の送達の検討 442
1 電子的手段を活用した催告書等の送達の可否 442
2 電子的手段等を活用して送達する場合の情報セキュリティ対策 444
第6節 ウェブ会議等を活用した面接及び質問検査等の検討 445
1 ウェブ会議等を活用した面接及び質問検査等の可否 445
2 ウェブ会議等を活用する場合の情報セキュリティ対策 447
第7節 電子的手段を活用した納付催告等の総括 448
結びに代えて 450

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