井上 文
税務大学校
研究部教授
租税債権は、国税徴収法などの租税法に従って納付あるいは徴収されている。しかし、租税徴収の公平性を実現するには、租税法律関係の枠内では限界もあるところ、本研究では、納税者に自主的な納付を促す実効性確保策について、諸外国及び地方公共団体の制度を整理し、国税における導入可能性を検討する。
(1)租税徴収をめぐる現状と近年の動向
イ 租税債権の法的位置づけの変化
租税債権と私債権は、経済取引では一般的に競合相手であり、相対的な優劣により認識されるが、その位置づけは主に立法政策の問題である。以下、これら租税債権の法律上の位置づけについて整理する。
(イ) 租税債権の一般的優先権(実体面の原則)
納税者の総財産に対する債権の中で、租税はすべての公課その他の債権に先立ってその換価代金から弁済を受けるとする租税債権の優先原則(税徴8)は、主に納税義務者の財産が強制換価手続により換価される場合において税収確保に貢献する。これは、租税債権が強い公益性を有するためであり、かつ、私債権のように直接の反対給付を伴わないため任意の履行可能性が低いことが理由とされる。
(ロ) 租税債権と私債権の調整(予測可能性の原則と物権公示の原則)
昭和35年に施行された徴収法は、租税債権と担保付私債権との優先劣後を決定する時期について、予測可能性の原則を基礎として物権公示の原則との調整を図るため、租税の法定納期限等を基準とし、その後に設定した抵当権等の被担保債権は、その換価代金につき租税に劣後することになっている(税徴15、16)。そのため実務上、私債権者は抵当権等の設定時に、国税滞納の有無について債務者の請求により発行される納税証明書(税通123)により確認するのが通常である。
(ハ) 租税相互間の調整(先着手主義)
昭和25年まで国税優先であった国税と地方税との関係は、現在同順位であるが、差押先着手主義(税徴12)等、徴収手続との関係において優劣関係があり、実務的には国税と地方税の徴税機関で、同一の納税者の各租税債権を、手続上の時差により争うこととなる。
(ニ) 租税徴収の自力執行権(手続面の原則)
租税徴収については、徴税機関の自力執行権により迅速かつ能率的に租税債権を確保するという行政目的の早期実現が求められている。
(ホ) 倒産法制における租税債権の優先的取扱い
倒産法制においては、租税債権の優先的取扱いが認められているが、そのうち、平成16年に全面改正された破産法は、優先弁済を受ける租税債権について、旧法と比して限定したものとした。
(ヘ) 租税債権の法的位置づけの変化
租税債権と私債権の優劣関係は、現行徴収法の制定時及び現行破産法の改正時の2度にわたって重要な改正がされ、その結果、租税債権の地位は相対的に低下した。今後も、租税債権の実体法上の優先権を強めることに社会的受容は得難く、新たな手法を検討する必要がある。
ロ 滞納整理の実務と納税者の経済行動
私債権に対して優先性を持つ租税徴収制度であるが、その運用においては、納税者個々の実情と昨今の経済情勢を踏まえた対応が求められる。以下、滞納整理実務の現状と問題点を整理する。
(イ) 申告納税制度の構造的課題と租税債権の脆弱性
申告納税制度においては、課税期間と納期限の時差が滞納を誘発する場合がある。加えて、租税債権発生時に担保権設定等の信用リスク回避手段を採れないという租税債権の脆弱性も指摘されている。
(ロ) 資金不足下における納税者行動
資金繰りが困難な時、納税者は複数ある債務に優先順位をつけて履行するが、金融機関からの借入金の返済に優先して租税債務を納付するインセンティブが働かないのはごく自然との指摘もある。この点、徴収法は間接的に納税義務の履行を強制する規定ぶりとはなっていない。
(ハ) 納税者の実情に合わせた段階的な滞納処分
徴税機関における自力執行権の行使は、実際の滞納整理の場面において、納税者の実情に応じて、催告から強制徴収権の発動まで段階的に行われており、滞納後直ちに滞納処分がされるわけではない。
(ニ) 強制徴収の制度的限界
租税債権の一般的優先権は、納税者の財産の強制換価手続など終局的な場面において税収確保に貢献し、自力執行権の行使も段階的である。そこで、現行の強制徴収制度の枠内を超えた「納税者の自主的な納付行動を誘導する仕組み」を取り入れることが可能か、諸外国及び地方公共団体における租税徴収の実効性確保策を整理したい。
ハ 近時における行政の実効性確保策
行政上の強制執行を中心に据える徴収法は、昭和34年の制定時からその枠組みに大きな改正はないが、近時は、新たな行政上の義務履行確保手段が論じられている。以下、行政法分野における議論を概観する。
(イ) 強制徴収制度の位置づけ
金銭納付義務に係る強制徴収制度は行政上の強制執行の典型とされるが、近時は行政目的達成のため、行政上の義務履行を促し、国民を誘導するための各種制度が設けられ、これと強制徴収制度との併用を許さないとする見解も示されていないようである。
(ロ) 間接強制と同じ機能を有する行政の実効性確保策
不利益を通じた誘導により、間接強制を促すものに行政サービスの給付拒否、(政府調達)契約関係からの排除があり、また、制裁を目的とする公表は、行政情報の利用の一形態として、国家公務員法(守秘義務等)、公文書管理法制、情報公開法制、個人情報保護法制等の関連法制度を考慮する必要があること等が指摘されている。
ニ 行政情報法制における納税者情報の取扱い
近年は情報を利用した行政手法も注目されていることから、以下、行政情報法制の変化と税務行政の対応を概観する。
(イ) 概略
我が国の行政では、かねてより職員個人に守秘義務を課すことで秘匿情報を保護しており、税務行政でも、納税者情報の秘匿が重要な要請の一つであるとの認識のもと、紙媒体に始まり電磁的記録媒体のものまで行政文書として管理している。
これらの納税者情報は後に公文書管理法の対象となり、国税庁では、情報公開法制においても、非公知情報を不開示とするなど慎重に対応し、また個人情報保護法制下でも、個人・法人等に関わらずその情報の保護と管理を徹底している。
一方、番号法の施行により、社会保障・税・災害の特定分野において、国税庁は他官庁と情報提供ネットワークシステムによりその一部を共有するに至っており、近年になり、納税者情報の取扱いについて柔軟かつ多角的な対応が求められている。
(ロ) 国家公務員法及び国税通則法における守秘義務
国家公務員には、罰則規定により担保された守秘義務が課されており(国公100@、109十二)、更に、税務職員には各税法により質問検査権の権限が与えられていることから、通則法上の罰則規定(税通127)により一般の公務員よりも重い守秘義務が課されている。
(ハ) 守秘義務下における納税者情報の開示
A 法令の規定よる守秘義務解除
法令に情報の開示・回答等の規定がある場合には、守秘義務違反とはならない。納税者情報についても、このような規定が多々あるほか、かつて昭和25年から税法上の高額所得者公示制度により申告情報の公示がなされていた時期があった。
B 違法性阻却事由により守秘義務違反が問われない場合
違法性阻却事由によっても守秘義務違反が問われない場合があり、税務職員がマスコミの取材に応じて税務調査等の結果を公表した行為について正当な理由があれば守秘義務が免除されるとした例がある。なお、違法性阻却事由とは、社会的に相当な行為で、目的の正当性、手段の相当性、補充性、緊急性等の要素が勘案される。
(ニ) 情報公開法制における納税者情報(個人と法人の相違)
A 行政情報に関する開示請求と不開示規定
平成13年に施行された情報公開法は、国民の「知る権利」とも表される情報開示請求権を規定し、税務当局における申告申請書及び税務調査書類等の納税者情報も開示請求の対象とした上で、不開示とすべき情報を規定する。なお、平成18年度に廃止された高額所得者公示制度に係る名簿は、年間3万件もの開示請求がされていた。
B 納税者情報の有無自体の回答について
個人に関して、所得税の確定申告書を提出した事実の有無は、そもそも存否応答拒否(対象文書の有無自体を答えない。)となる。一方、法人等に関して、法人税の確定申告書を提出した事実の有無は、すべての内国法人にその提出が義務付けられていること(法人税74)等から存否応答拒否とはならず、他法令により公知の事実となっているか否かを中心に、個別に不開示部分を判断する。
C 納税者情報開示に関する判断基準
情報公開法制において、個人に関する情報保護の中核的部分はプライバシーであるとされる一方、法人等に関しては、その権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものを不開示としている。これら個人と法人等の判断の相違は、今後の納税者情報の取扱いを検討する上で重要な視点と考える。
(ホ) 個人情報保護法制における納税者情報
個人情報保護法制は、個人の権利利益の保護のため、「自己情報コントロール権」の思想から、自己情報の開示請求、訂正請求等の各種規定を導入している。なお、平成17年に施行された行政機関個人情報保護法は、令和4年にすべて新個人情報保護法に統合された。
(ヘ) 番号法における他官庁との特定個人情報の流通
平成25年に制定された番号法により、個人番号(番号2D、7@)と紐づけられた特定個人情報(番号2G)は、社会保障、税、災害の3分野限定で他官庁との流通が認められるに至っており、国税庁と地方公共団体等との間で必要な情報の連携が期待されている。また、法人番号(番号2N、39@)は、個人番号と異なり利用範囲の制約がなく一般に公表され官民での自由な利活用と新たな価値の創出が期待されている。
(2)諸外国及び地方公共団体における租税徴収の実効性確保策
イ 租税滞納の信用格付けへの影響
クレジットカード決済が普及し、信用取引の割合が高い諸外国の中には、消費者の信用力を把握する指標に、租税債権も事実上加味している国が存在しており、これらの国には、我が国と異なる法制度や消費者の信用力を収集し提供する民間企業が存在する。
(イ) 米国における連邦租税滞納の個人信用情報への影響
米国のクレジットスコアは社会保障番号をキーに表示され、クレジットカードや住宅ローン審査のほか、就職や入居審査にも影響する。
また、個人の信用情報を集積する消費者信用報告機関は、多角的なサービスを提供する民間の営利企業で、金融・信用情報の分野における個人情報の保護に関する連邦法の一つであり1970年に制定された公正信用報告法により規制されている。
1974年プライバシー法の制定により、内国歳入法は、申告書及び申告書情報を秘密として扱うと規定し、租税滞納情報も同様とする。一方、連邦租税の滞納により、内国歳入法の規定に基づき連邦租税リーエンという一種の物的担保権が網羅的に成立するところ、一定の第三者へ対抗するには、州等の事務所(登記所)での登録を要する。
そして、一度この連邦租税リーエンが登録されると、滞納の事実は外部に公示され、その情報を公正信用報告法における消費者信用報告の一つとして活用することを許されている消費者信用報告機関が収集することで、結果、滞納者の信用スコアに影響が生じる。
なお、ここで特筆すべきは、公正信用報告法が連邦租税リーエン情報の正確性を担保していること、また、内国歳入法でもその登録の適正手続条項を導入したことで、滞納者情報の利用と滞納者の権利保護が両立している点にある。
(ロ) その他の国における租税滞納の信用情報への影響
豪州国税庁には信用格付け機関に対して事業者の滞納情報を提供する裁量権が認められている。また、ドイツでは、SCFUFA(一般債権保護協会)という民間企業が銀行等から租税滞納情報を入手し信用情報として提供している。
ロ 滞納者名の公表制度
滞納者名の公表が、租税の滞納抑止と徴収行政の適正化に有効との指摘は30年以上前からあったが、急速な情報技術発展に伴い広がったインターネットは新たな問題を惹起し、その導入論は変化を呈している。
(イ) 制裁的公表の行政法上の位置づけと司法による権利救済
公表制度は情報の提供であり、法の根拠も必要ないとされてきたが、制裁的公表に関しては、現在の通説において目的如何を問わず法的根拠を要する。一方、行政処分性については否定的な見解が多く、権利救済は抗告訴訟ではなく損害賠償請求によるしかないが、事前の差止請求は可能と解されている。また、行政処分ではなく非権力的事実行為であるとすると行政手続法上の事前手続も要しないこととなる。
(ロ) 諸外国における租税滞納に関する公表制度
韓国では、2004年から法人・個人の高額・常習滞納者名簿を国税庁HPで公開しており、現在は事前案内を行い6ヶ月以上疎明の機会を与え、審議委員会を経た上で滞納から1年経過、滞納額2億ウォン(約2,200 万円)以上を公開している。また、ポルトガル、ハンガリー、ギリシャでも、近年、法人・個人の租税滞納者を開示している。
(ハ) 我が国における租税滞納及びその他の公表制度
小田原市は、平成12年、著しく誠実性を欠く市税滞納者につき、必要と認めるとき、審査会による事前聴取等を経て公表する条例を制定したが、裁量権等に批判もあり実施されていない。
一方、租税滞納以外の制裁的公表は増加傾向にあり、その根拠規定も多岐にわたる。令和2年には、新型コロナウイルス蔓延に伴う施設使用制限の指示等を受けたパチンコ事業者名が公表され、緊急時には「公表」が重要な行政手法となり得ることを印象付けた。
ハ 行政サービスの給付拒否
近年、地方公共団体において増加している、融資及び許認可等の申請時に地方税完納を求める動きを概観し、国税への導入可能性を検討する。
(イ) 行政サービスの給付拒否の実例
行政上の義務違反に対する制裁として、一定の行政サービスの給付拒否が有効とされ、近年、市町村税滞納に対する導入が盛んである。租税に保育料、公営住宅家賃、介護保険料などを加えることも多く、条例や要綱をその根拠とし、申請時に納税証明書を求める方法のほか、申込窓口で納税状況を確認するものもある。
(ロ) 国税滞納による更なる行政サービスの給付拒否の検討
租税滞納と行政サービスの給付拒否については、政策的合理性がなければ違法な権限の結合として許されず、生存権侵害にも留意すべきとされる。国税で唯一、昭和46年に導入された自動車重量税と自動車検査証交付のように条件を満たすものは俄かに見当たらず、今後、導入するにしても、通知や意見聴取等の事前手続を要すると解され、行政コストの面での検討も必要となる。
ニ 入札参加資格審査における納税証明書添付
特定の業種・業態の事業者にとって、公共事業、物品調達等の契約当事者として膨大な支出をしている国及び地方公共団体との契約関係からの排除は、大きな経済的不利益となることから、入札参加資格申請における納税証明書の活用状況を概観する。
(イ) 公共契約の概説と権利救済
公共契約は、会計法又は地方自治法等のなかに規律が整備され、実際は指名競争入札が多く、国等の事業主体により競争参加資格の設定、更に指名基準の設定等がなされる。また、一般的には私法上の契約であるとされており、民事法によって規律されるほか、現状、行政事件訴訟法上の処分性が否定されるのが通例である。
(ロ) 公共契約の広がりと近年の議論
行政サービスの民間事業者への業務委託請負等が増大する一方、事業者間の価格引下げによる労働賃金不払等が指摘され、公共契約の基準に労働関係法の遵守等を義務付ける公契約条例制定等が議論されている。これにより、社会的義務を履行しない事業者の法律に基づく排除が図られる可能性がある。
(ハ) 公共契約における租税滞納情報
現在、国の機関では、競争入札の参加資格として、法人税あるいは所得税及び消費税等の完納が求められており、国税庁からの協力要請に基づき、入札参加資格審査における納税証明書添付が浸透しているが、今後の公共契約に係る法整備を注視し、全税目に係る租税債務履行への理解を求めるべきと考える。
(3)納税者情報の取扱いと租税徴収の実効性確保策
イ 納税者の申請に基づく納税証明制度
(イ) 納税証明書の法制化と入札参加資格申請への添付に係る経緯
納税証明制度は、昭和34年に全文改正された徴収法において新たに採用された「予測可能性の原則」のための手段として法制化された。平成11年には、消費税の滞納防止策の一つとして、国税庁が入札参加資格審査における納税証明書の添付を要請している。
(ロ) 納税証明制度の評価と今後の可能性
現在、入札参加資格、各種認定ほか多くの目的に利用され、納税証明制度は当初の目的を超えて租税の公証手段として広く浸透しているといえる。また、令和5年からは一部の入札申請関係ポータルにおいて、申請者の納税証明事項と同内容の納税者情報を自動で添付する仕組みが導入されている。
従前から、金融機関等に対し融資先である納税者の同意を得た上で、法人番号を利用し租税滞納情報を示せないかという指摘もあったところ、納税者情報の取扱いは、技術発展に伴い今後も変化していくものと思われる。
ロ 租税滞納が信用情報に与える影響(信用スコアの今後も含めて)
(イ) 我が国における租税滞納情報をめぐる制度設計
現在我が国において、租税滞納情報が外部に出るのは、滞納処分における不動産等の財産の登記・登録情報、関係者への通知等に限定される。米国との比較でいえば、我が国の租税徴収制度において、一定額以上の租税滞納の事実が網羅的に公示される制度は存在しない。この点について、国税徴収法精解は徴収手続の中で実体法上の優先権を駆使することとして、あえて租税滞納情報を財産上に公示する制度を選択しなかったとしている。
(ロ) 我が国における信用情報を扱う民間会社と個人信用スコアの今後
我が国で、個人の消費者信用情報を扱うのは、「信用情報機関」と呼ばれる三社であり、金融庁の監督のもと過剰貸付けを防止することがその役割とされ、スコアリングなど多様なサービスが提供される状況にはなっていない。しかし、近年は様々な業種において「個人信用スコア」サービスの展開が試みられ、個人情報保護法制における消費者信用情報の保護に関する個別法の整備も将来的な課題であるとされる。
今後、個人信用スコアがどのような広がりをみせるか不透明ではあるが、その普及とともに個人信用情報に係る法整備が検討される場合、租税滞納は重大な信用不安である旨の周知に努め、税法改正等による個人滞納情報の公示について議論する余地はあると思われる。
ハ 諸外国における法人の納税者情報開示の動向
近年、諸外国で法人の納税者情報を開示する動きがあるが、我が国では、会社法及び金融商品取引法に基づき、投資家等への情報提供のため、上場企業等について財務諸表が開示されるに留まる。
将来的に、法人の性質に鑑みて納税者情報について必要と認める範囲で開示されるとなれば、租税滞納についても、明白なコンプライアンス違反であることを理由に、併せて開示を検討する余地があろう。
ニ 国税における滞納者名公表に関する一考察
(イ) 滞納者名公表制度に求められる制度設計
滞納者名公表は、滞納処分の補充的位置づけとして、条理上肯定し得る範囲で実施するのが相当であり、法的根拠規定を設けて、立法政策的に導入する必要がある。また、事前手続の過程で自主納付等が望める可能性が高いことから、公表前に聴聞・弁明等の事前手続を要すると認められ、国税審議会に新たな分科会を設けて諮問を経ることも考えられる。さらに、滞納金額及び滞納期間などの公表基準も明確化する必要がある。
(ロ) 滞納者名公表制度導入の実現可能性(緊急性の欠如と事務量増加)
国税滞納という義務違反は、過日の新型コロナ等、生命・身体が侵害されるおそれのある場合と比べると、その緊急性は低いと解されることから、立法に向けた合意形成が困難であることが予想される。
また、現在想定される事前手続等を含めた制度設計では、かえって事務量の増加が想定され、行政コストの観点からも、現状その導入は非現実的と思われる。そのため導入に当たっては、滞納者名公表を制裁的公表と位置づける妥当性を今一度検証し、取引の相手方保護のための情報の公表と捉えられないかなど、多角的な視点で再考する必要がある。
本研究は、行政の実効性確保における近年の議論を踏まえ、納税者情報を用いる租税徴収の新たな行政手法を考察したものであるが、ここ数年の急速な技術発展による情報活用の高まりに、行政情報法制及び権利救済手続の整備が追い付かず、地方公共団体を中心に、条例あるいは要綱を根拠とする間接強制策の導入が盛んであることが確認された。
国税徴収においても、租税債権の相対的地位の低下、強制処分に至るまでの期間経過に鑑み、強制徴収制度と併用する実効性確保策が求められるところ、事前手続等に厚い現在の行政手続法を礎にした議論を踏まえると、新たな行政サービス給付拒否及び滞納者名公表の導入は困難との結論を得た。
一方、諸外国の影響による、個人信用スコアの普及を受けた法整備、法人の納税者情報開示の動向について注視し、納税者情報の取扱いの柔軟化、個人と法人の区別化の検討を含めて、実効性確保策を引続き模索していくことが重要と考える。
項目 | ページ |
---|---|
はじめに | 278 |
第1章 租税徴収をめぐる現状と近年の動向 | 280 |
第1節 租税債権の法的位置づけの変化 | 280 |
1 租税債権の一般的優先権(実体面の原則) | 280 |
2 租税債権と私債権の調整(予測可能性の原則と物権公示の原則) | 281 |
3 租税相互間の調整(先着手主義) | 282 |
4 租税徴収の自力執行権(手続面の原則) | 282 |
5 倒産法制における租税債権の優先的取扱い | 283 |
6 租税債権の法的位置づけの変化 | 284 |
第2節 滞納整理の実務と納税者の経済行動 | 284 |
1 申告納税制度の構造的課題と租税債権の脆弱性 | 285 |
2 資金不足下における納税者行動 | 285 |
3 納税者の実情に合わせた段階的な滞納処分 | 286 |
4 強制徴収の制度的限界 | 286 |
第3節 近時における行政の実効性確保策 | 287 |
1 強制徴収制度の位置づけ | 288 |
2 間接強制と同じ機能を有する行政の実効性確保策 | 288 |
第4節 行政情報法制における納税者情報の取扱い | 289 |
1 行政情報法制の変遷 | 289 |
2 国家公務員法及び国税通則法における守秘義務 | 290 |
3 守秘義務下における納税者情報の開示 | 291 |
4 納税者情報に係る行政文書と公文書管理法 | 294 |
5 情報公開法制における納税者情報(個人と法人の相違) | 295 |
6 個人情報保護法制における納税者情報 | 298 |
7 番号法における他官庁との特定個人情報の流通 | 299 |
第2章 諸外国及び地方公共団体における租税徴収の実効性確保策 | 302 |
第1節 租税滞納の信用格付けへの影響 | 302 |
1 米国における信用情報のスコアリングと信用情報機関 | 302 |
2 米国の金融・信用情報分野における個人情報保護法 | 303 |
3 米国における内国歳入法とプライバシー法 | 306 |
4 米国における租税徴収手続と連邦租税リーエンの登録 | 307 |
5 米国における滞納者の信用スコアの低下と権利保護 | 309 |
6 その他の国における租税滞納の信用情報への影響 | 311 |
第2節 滞納者名の公表制度 | 312 |
1 公表制度の行政法上の位置づけ | 312 |
2 制裁的公表における権利救済 | 314 |
3 諸外国における租税滞納に関する公表制度 | 316 |
4 我が国における租税滞納及びその他の公表制度 | 318 |
第3節 行政サービスの給付拒否 | 320 |
1 行政サービス給付拒否の概要と法的性質 | 320 |
2 行政サービス給付拒否の実例 | 321 |
3 行政サービス給付拒否に関する近年の議論 | 323 |
4 国税滞納による行政サービス給付拒否の考察 | 323 |
第4節 入札参加資格審査における納税証明書添付 | 325 |
1 公共契約の概説と指名競争における契約手続 | 325 |
2 公共契約の法的性質と権利救済 | 327 |
3 公共契約の広がりと近年の議論 | 329 |
4 公共契約における租税滞納情報の取扱い | 330 |
第3章 納税者情報の取扱いと租税徴収の実効性確保策 | 333 |
第1節 納税者の申請に基づく納税証明制度 | 333 |
1 現行の納税証明制度 | 333 |
2 納税証明書の主な証明事項等 | 335 |
3 納税証明制度の評価と今後の可能性 | 336 |
第2節 租税滞納が信用情報に与える影響 (信用スコアの今後) | 338 |
1 現在の我が国における租税滞納情報 | 338 |
2 諸外国における租税滞納の個人信用情報への影響 | 340 |
3 我が国において信用情報を扱う民間会社の実態 | 341 |
4 我が国における信用スコア導入の可能性と租税滞納情報の取扱い | 342 |
第3節 諸外国における法人の納税者情報開示の動向 | 344 |
1 諸外国及び我が国における法人の納税者情報開示の状況 | 344 |
2 我が国における法人の納税者情報開示の可能性 | 344 |
3 我が国における法人の租税滞納情報開示に関する検討 | 345 |
第4節 国税における滞納者名公表に関する一考察 | 346 |
1 法的根拠規定の必要性について | 346 |
2 強制徴収制度に対する位置づけ(手段の補充性) | 346 |
3 事前の手続規定及び諮問機関等設置の必要性について | 347 |
4 公表方法及び公表基準の設置(手段の相当性) | 347 |
5 事後の救済規定の必要性について | 348 |
6 滞納者名公表制度導入の実現可能性(緊急性の欠如) | 348 |
7 我が国における国税滞納者名公表に関する見解 | 349 |
結びに代えて | 351 |
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