北澤 一郎
税務大学校
研究部教授
消費税額の計算において、仕入税額控除を適用するためには、課税仕入れの相手方の氏名・名称、取引年月日、資産又は役務の内容、支払対価の額等の所定の事項を記載した帳簿及び請求書等を保存していることが必要である(消法30条7項)。
これに関して、仕入れの取引事実はあるものの、その取引先を知られたくない等の理由により、帳簿及び請求書等に記載された課税仕入れの相手方の氏名又は名称を偽っている場合、消法30条7項の規定により仕入税額控除が否認されることとなる。
このような場合において、重加算税が適用されるか否かについては、帳簿及び請求書等に記載された課税仕入れの相手方の氏名又は名称を偽ることにより、意図的に取引内容の解明を困難にしているという点で、申告納税制度の適正な維持という観点から重加算税制度の趣旨と合致しているとも考えられるところであるが、実務上は、国税不服審判所平成14年1月24日裁決(裁決事例集63集276頁、以下「平成14年裁決」という。)に基づいて、重加算税の適用が行われていないのが実情である。
この点に関して、これまで上記の場合における重加算税の適用の可否を正面から論じた研究が無かったことに加え、上記のような真実の仕入先が記載されていない帳簿及び請求書等に基づき仕入税額控除を行っている事案において、重加算税を適用する余地が無いのか疑義が生じていることから、消費税の課税要件に着目した重加算税賦課理論の研究を行う。
また、令和5年10月1日以降は、適格請求書等保存方式(いわゆるインボイス制度)が開始されたことから、インボイス制度の趣旨及び規定等を踏まえて、今後は、平成14年裁決と同様の課税事案において、消費税の仕入税額控除に対する重加算税の適用にどのような影響を与えるか、あるいは、消費税の実地調査においてどのような問題が生じるか検討を行った。
(1)平成14年裁決の概要
イ 事案の概要
本件は、家具の卸売業を営む法人である審査請求人(以下「請求人」という。)が仕入先の名称を仮装して計上した仕入金額が過大であるか否かを主な争点とする事案である。
ロ 原処分庁の処理と審判所の判断
No | 税目 | 区分 | 原処分庁の処理 | 審判所の裁決 |
---|---|---|---|---|
1 | 法人税 | 本税 | 架空仕入金額否認による更正処分 | 原処分庁による更正処分の取り消し ⇒請求人は仕入先を仮装しているものの仕入金額は正当であり当初申告の所得金額が正しいと認定 |
2 | 加算税 | 重加算税賦課決定処分 | 原処分庁による重加算税賦課決定処分の取り消し | |
3 | 消費税 | 本税 | 仕入税額控除否認による更正処分 | 原処分庁による更正処分は適法 ⇒請求人は真実の仕入先が記載されていない帳簿及び請求書等に基づいて仕入税額控除を行っているため仕入税額控除否認の処分は適法 |
4 | 加算税 | 重加算税賦課決定処分 | 原処分庁による重加算税賦課決定処分の取り消し ⇒請求人は仕入れの帳簿及び請求書等への記載に当たり仕入先の名称を仮装していたが、課税仕入れの支払対価の額を過大に計上していたのではないから、これは「納税者が『その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実』を仮装したこと」には当たらず通法68条1項に規定する重加算税の適用要件を満たさないので原処分庁による重加算税の賦課決定処分のうち、過少申告加算税相当額を超える部分の金額を取り消す |
※ 網掛けの箇所が本稿において検討すべきポイントである。
(2)問題点
本件において、請求人は、真実の仕入先が記載されていない帳簿及び請求書等に基づいて消費税の仕入税額控除を行っているため、消法30条7項及び同条8項一号の規定により消費税の仕入税額控除は否認されることとなる。一方で、請求人は、真実の仕入先が記載されていない帳簿及び請求書等、言い換えれば、仕入先を仮装した虚偽の帳簿及び請求書等に基づいて消費税の申告を行っているにもかかわらず、国税不服審判所の裁決は、重加算税を適用されないこととされている。そもそもこのような場合に重加算税が適用されないのであろうか。
本件では、国税不服審判所が、課税庁による消費税の仕入税額控除否認に係る重加算税賦課決定処分の取り消しを行っているところであるが、それでは、課税庁側はこのような場合にいったい何を立証すれば重加算税を適用することができるのであろうか。また、我が国では、令和5年10月1日からインボイス制度が開始されたところであるが、本稿においては、インボイス制度開始前と開始後に分けて検討を行うこととし、まずはインボイス制度開始前の状況と対応を検討する。
(3)インボイス制度開始前の重加算税適用要件の検討
イ 重加算税の意義
加算税制度は、納税義務の不履行に対する行政制裁的な措置としての性格も有するがあくまでも罰則ではなく、当初から適法に申告し納税した納税者とそうでない納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに、納税義務違反の発生を防止し、適正な申告納税の実現を図り、もって納税の実を挙げようとする行政上の措置であると考えられている。
重加算税は、納税者が隠蔽・仮装という不正手段を用いた場合に、これに特別に重い負担を課すことによって、申告納税制度の基盤が失われるのを防止することを目的とするものである。すなわち、重加算税制度とは、納税者による隠蔽・仮装という不正手段の有無に着目して、通常の加算税よりもさらに一段上の行政上の制裁を課そうというものであるから、隠蔽・仮装とは何か、あるいは納税者が行った行為が隠蔽・仮装に該当するか否かが非常に重要な論点となる。
ロ 文理解釈による重加算税適用要件の検討
通法68条1項及び2項の規定から、重加算税の文理上の必要要件は、以下の@〜Dであると考えられる。
@ 過少申告加算税(通法68条1項)及び無申告加算税(同条2項)の規定に該当する場合において
A 納税者が
B その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を
C 隠蔽し、又は仮装が行われたこと
D その隠蔽し、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき(通法68条1項)又は提出していなかったとき(同条2項)
上記から重加算税の文理上の適用要件は、以下のとおりとなる。
@' ⇒ 行為が発生している状況(税務調査等において追徴税額が発生していること)
A' ⇒ 行為の主体(納税者自身であること)
B' ⇒ 行為の対象(国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実であること)
C' ⇒ 行為の具体的事実(隠蔽又は仮装が行われていること)
D' ⇒ 行為と申告の関連性(その隠蔽又は仮装した行為に基づき納税申告書を提出していること)
以上の@'〜D'をいずれも満たす場合に重加算税の適用が可能であると考えられるが、前述の平成14年裁決における国税不服審判所の判断は、請求人が行った行為は、@'、A'、C'、D'の要件は満たすものの、B'の(隠蔽又は仮装の)行為の対象となっているのは「課税仕入れの相手方の氏名又は名称」に過ぎず、これは「B' ⇒ 国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実であること」に該当しないという解釈に基づいて重加算税の適用を否定しているものと考えられる。
ハ 「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」への該当性の検討
法人税の所得計算においては、法法22条3項により「当該事業年度の収益に係る売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価の額」に該当すれば、仕入れの相手方に関わらず損金算入が可能であると考えられる一方で、消費税の計算においては、そもそも「帳簿及び請求書等に記載された課税仕入れの相手方の氏名・名称」が正しく記載されていないと仕入税額控除を受けることができない。すなわち「帳簿及び請求書等に記載された課税仕入れの相手方の氏名・名称」を正しく記載することにより初めて仕入税額控除を受けることができるのであるから、「帳簿及び請求書等に記載された課税仕入れの相手方の氏名・名称」は「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」に該当する余地があるとも考えられるのではないだろうか。
消法28条は、消費税の課税標準を課税資産の譲渡の対価の額とする旨を定め、事業者の売上げに対して課税を行う旨を規定し、同法30条において、多段階の取引に係る税の累積を排除するため、課税標準額に対する消費税額から当該課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額を控除する旨を規定している。岡根秀規教授は、所得税や法人税が、所得を課税標準とし、売上げ(収益)と仕入れ(費用)をそれぞれ課税標準を構成する要素として同列に扱っているのに対し、消費全般に負担を求める間接税である消費税は、あくまでも売上げ(収益)のみを課税標準とし、仕入れについては当該課税標準から切り離した上で、別途、仕入税額控除という形で前段階で課された税負担の調整を行っていると述べておられる。
その点、消費税計算における課税仕入れは、重加算税の適用可否という観点からは、課税標準から切り離しつつも、仕入税額控除を行うことを通じて「税額等の計算の基礎となるべき事実」に該当すると考えられるが、一方で「課税仕入れの相手方の氏名・名称」が「税額等の計算の基礎となるべき事実」に該当する根拠は見当たらない。
ニ 要件事実論からの検討
通法68条1項の「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」が具体的に何を指しているか、要件事実論からの検討を行う。重加算税の適用要件となるべき課税要件事実とは、課税上の法律効果を発生させる具体的事実を指すと考えられる。区分記載請求書等保存方式においては、免税事業者や一般消費者からの仕入れについても仕入税額控除の対象となるため、仕入れの相手方が誰であるかは、仕入税額控除の適用上問題とされないことから、消費税の仕入税額控除の法律効果を発生させる具体的事実は、課税仕入れ自体の存否であると考えられる。
したがって、現実に仕入れ等の取引事実さえあれば、帳簿及び請求書等に記載された課税仕入れの相手方の氏名又は名称に偽りがあったとしても重加算税の適用における課税要件事実には該当しないものと考えられる。すなわち、消費税法における、通法68条1項の「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」に含まれるのは、取引自体がまったくの架空取引で存在しないものであるか、あるいは取引金額に偽りがあると認められる場合であり、取引自体が存在し、かつ取引金額に偽りがなく、単に帳簿及び請求書等に記載された課税仕入れの相手方だけを偽ることは、「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」に該当せず、重加算税の適用要件は満たさないと考えられる。
ホ 国税庁事務運営指針の検討
国税庁は、平成12年に加算税の取扱いについて定めた事務運営指針を発遣した。消費税に関しては、消費税額に影響する消費税固有の不正事実として、以下の@〜Dが例示されているが、本稿で検討している「帳簿及び請求書等に記載された課税仕入れの相手方の氏名又は名称に偽りがあるものの課税仕入れの取引自体は存在し取引金額にも偽りが無い場合」は含まれない。
@ 課税売上げを免税売上げに仮装する
A 架空の免税売上げを計上し、同額の架空の課税仕入れを計上する
B 不課税又は非課税仕入れを課税仕入れに仮装する
C 非課税売上げを不課税売上げに仮装し課税売上割合を引き上げる
D 簡易課税制度の適用を受けている事業者が、資産の譲渡等の相手方、内容等を仮装し、高いみなし仕入率を適用する
ヘ 判例からの検討
重加算税の適用要件に関して、いわゆる「つまみ申告」の事案である、最高裁平成6年11月22日判決(民集48巻7号1379頁、以下「平成6年判決」という。)及び最高裁平成7年4月28日判決(民集49巻4号1193頁、以下「平成7年判決」という。)を題材に、その射程並びに相互の関係をどのように解すべきか検討を行った
(イ) 両判決からの平成14年裁決の検討
平成6年判決に照らして考えると、判決文において「過少申告行為そのものとは別に隠蔽、仮装と評価すべき行為」が必要であるとされているところ、平成14年裁決では「仕入れの相手方の氏名を偽る行為」があるものの、これは偽りの内容が相手方の氏名にとどまる限り真実の所得金額あるいは税額を隠蔽しようとする意図は認識しようがないのであるから、重加算税は適用できないと考えられる。
また、平成7年判決に関しては、納税者が単に仕入れの相手方の氏名を偽っているというだけでは、判決文でいう「納税者が、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合」であるとは言えないため、重加算税を適用することができないと考えられる。
(ロ) 重加算税適用が可能となる場合
A 「税額を過少に申告することを意図した上でその意図を外部からもうかがい得る特段の行動」の認定
納税者(買手)が、取引先(売手)を秘匿するため請求書等の作出を行いつつ、一方で真実の売手からの請求書等及び真実の記載をした帳簿の保存が無ければ消法30条7項により仕入税額控除の適用を受けられないということを認識しながら、「税額を過少に申告することを意図した上その意図を外部からもうかがい得る特段の行動」として「帳簿及び請求書等に記載された売手の氏名又は名称を仮装」することにより仕入税額控除を受けようとしたということを立証できれば、重加算税を適用できる余地があると考えられる。その点、買手が「仕入税額控除を受けられないことを認識していたか否か」という、主観的な要素の認定に当たっては、買手と売手が共謀していたか否かという客観的な要素を判断材料とすることも考えられる。ただし、買手が「帳簿及び請求書等に記載された売手の氏名又は名称を仮装」していた理由が売手の秘匿であるなど「自らの税額を過少に申告すること」以外を意図していたと主張した場合、課税庁として買手による「税額を過少に申告する」意図を立証するのは非常に困難であると考えられる。
B 架空取引の認定
重加算税を適用するためのもう1つの考え方は、「帳簿及び請求書等に記載された売手の氏名又は名称」が仮装されている取引に関して、まったくの架空取引であるか、あるいは取引金額に偽りがあるということを立証することにより、当該取引に係る仕入税額控除を否認するとともに、「買手がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していた」ことから重加算税を適用することが考えられる。
「帳簿及び請求書等に記載された仕入れの相手方の氏名又は名称」が仮装されている取引に関して、「仕入れの相手方の氏名・名称」だけが真実と異なっており、「支払対価の額等」については誤りが無いと裁判所に事実認定された場合、「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」には仮装が無いことになるため重加算税を適用できないことになると考えられる。重加算税の適用を行うためには、帳簿及び請求書等に記載されている偽りの相手方以外からの仕入れも無いこと、あるいは偽りの相手方以外から仕入れがある場合であっても仕入金額等に誤りがあることを立証する必要がある。
ト 小括
インボイス制度開始前の区分記載請求書等保存方式においては、平成14年裁決と同様の事案について、消法30条7項によって仕入税額控除が否認される一方で、通法68条1項の文理解釈、要件事実論及び判例のいずれの検討においても、帳簿及び請求書等に記載された課税仕入れの相手方の氏名又は名称を偽っているだけでは、重加算税の適用対象とならないと考えられる。また、国税庁事務運営指針においても、「帳簿及び請求書等に記載された課税仕入れの相手方又は名称に誤りがあるものの課税仕入れの取引自体は存在し取引金額にも偽りが無い場合」は、「重加算税を課す消費税固有の不正事実」に該当しないと考えられる。ただし、帳簿及び請求書等に記載された課税仕入れの相手方の氏名又は名称を偽っている点に関して、納税者が取引の相手方を秘匿する等の理由により請求書等の作出を行いつつ、一方で真実の仕入先からの請求書等及び真実の記載をした帳簿の保存が無ければ消法30条7項により仕入税額控除の適用を受けられないということを認識しながら、「税額を過少に申告することを意図した上その意図を外部からもうかがい得る特段の行動」として「帳簿及び請求書等に記載された取引先の氏名又は名称を仮装」していたと認定できる場合、あるいは該当取引自体が架空取引である場合は重加算税を適用できる余地があると考えられる。
(4)インボイス制度開始後における重加算税適用に関する検討
インボイス制度開始後において、平成14年裁決と同様の調査事案を想定し、インボイスに記載された売手の氏名又は名称及び登録番号を偽って記載した場合に、重加算税の適用対象となるか否かを検討する。
イ 仕入税額控除の可否
インボイス制度開始後は、記載事項を満たしたインボイスの保存が仕入税額控除の要件になるところ、売手の氏名又は名称及び登録番号に偽りがあるインボイスを保存していた場合、「災害その他やむを得ない事情により、当該保存をすることができなかったことを当該事業者において証明した場合」を除き、原則として仕入税額控除は適用されないと考えられる。
ロ 重加算税適用の可否
インボイス制度開始後において、平成14年裁決と同様に、売手の氏名又は名称及び登録番号を偽ったインボイスを発行し、そのインボイスに基づいて買手が仕入税額控除を適用していることを想定し、重加算税適用の可否を検討する。重加算税適用の可否を検討するに当たって、まず第一に、取引事実そのものの有無について、場合分けを行う。
(イ) 取引事実が無い場合
実際には仕入れの取引事実が無いにもかかわらず、買手が仕入税額控除を適用するために、架空の取引内容を記載した偽りのインボイス(違法販売業者によって販売されたインボイスを含む。)に基づき仕入税額控除を適用している場合、買手は「その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」を隠蔽又は仮装していると言えるため、重加算税の適用対象となると考えられる。
(ロ) 取引事実がある場合(税務調査において取引事実が無いと認定できなかった場合を含む。)
買手と売手の共謀の有無に関して、@買手と売手が共謀している場合、A買手と売手が共謀していない場合(買手と売手の共謀の有無が不明である場合を含む。)の2パターンに分けて検討する。
A 買手と売手が共謀している場合
(A) 真実の売手がインボイス発行事業者である場合
取引事実があり、かつ買手と売手が共謀して、かつ真実の売手がインボイス発行事業者に該当するケースとして、売手が売上除外を意図して買手と共謀して、売手が他のインボイス発行事業者又は架空のインボイス発行事業者の氏名又は名称及び登録番号を偽って記載し交付したインボイスに基づき、買手が仕入税額控除を適用することが考えられる。
真実の売手はインボイス発行事業者であったが、買手が売手の売上除外に協力するため、売手が他のインボイス発行事業者の氏名又は名称及び登録番号を偽って記載し交付したインボイスに基づき仕入税額控除を行っている場合については、平成14年裁決と同様の観点から、他のインボイス発行事業者の氏名又は名称及び登録番号を使用したインボイスに基づき仕入税額控除を適用していることから、消法30条7項の規定により仕入税額控除が否認される一方で、重加算税については、買手の行為は単に「売手の氏名又は名称及び登録番号を仮装」したインボイスに基づき仕入税額控除を適用したに過ぎず「その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」を隠蔽又は仮装したことにならないため、重加算税の適用対象にならないと考えられる。
一方で、2(3)ヘ(ロ)Aと同様の考えにより、真実の売手の氏名方は名称及び登録番号を記載したインボイスの保存が無ければ消法30条7項により仕入税額控除の適用を受けられないということを買手が認識しながら、「税額を過少に申告することを意図した上その意図を外部からもうかがい得る特段の行動」として「インボイスに記載された売手の氏名又は名称を仮装」していたと認定できる場合は重加算税を適用できる余地があると考えられる。
(B) 真実の売手がインボイス発行事業者でない場合
取引事実があり、かつ買手と売手が共謀して、かつ真実の売手がインボイス発行事業者に該当しないケースとして、以下のa及びbのケースが考えられる。
a 買手がインボイス発行事業者でない売手からの仕入れに対して仕入税額控除を適用するために売手と共謀して、売手が他のインボイス発行事業者又は架空のインボイス発行事業者の氏名又は名称及び登録番号を偽って記載し交付したインボイスに基づいて仕入税額控除を適用した場合
買手と売手が共謀した上で、売手がインボイス発行事業者でないにもかかわらず、仕入税額控除を適用するため、売手が他のインボイス発行事業者又は架空のインボイス発行事業者の氏名又は名称及び登録番号を偽って記載し交付したインボイスに基づき買手が仕入税額控除を適用した場合、買手と売手が共謀していたという点から、売手が改ざんを行った場合においても売手がインボイス発行事業者ではないことを買手が認識しながら仕入税額控除を適用していたと考えられるから、買手は「その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」を隠蔽又は仮装していると言えるため、重加算税の適用対象になる余地があると考えられる。
区分記載請求書等保存方式においては、売手が課税事業者であるか免税事業者であるかということとは関係なく仕入税額控除を行うことができるため、「売手の氏名又は名称を仮装」したことは、「その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」を隠蔽又は仮装したことにならないと考えられるのに対して、インボイス制度開始後は、インボイスの作成及び交付はインボイス発行事業者に限定されており、インボイス発行事業者以外の免税事業者や一般消費者からの仕入れについては、原則として仕入税額控除は適用されないこととなるため、真実の売手がインボイス発行事業者でないにもかかわらず「売手の氏名又は名称及び登録番号をインボイス発行事業者に仮装」したインボイスに基づき買手が仕入税額控除を適用した場合は重加算税の適用対象になる余地があると考えられる。
b 売手が取引排除の回避を意図して買手と共謀して、売手が他のインボイス発行事業者又は架空のインボイス発行事業者の氏名又は名称及び登録番号を偽って記載し交付したインボイスに基づいて仕入税額控除を適用した場合
買手と売手が共謀した上で、売手がインボイス発行事業者でないにもかかわらず、仕入税額控除を適用するため、売手が他のインボイス発行事業者又は架空のインボイス発行事業者の氏名又は名称及び登録番号を偽って記載し交付したインボイスに基づき買手が仕入税額控除を適用した場合、売手が改ざんを行った場合においても、買手と売手が共謀していたという点から売手がインボイス発行事業者ではないことを買手が認識しながら仕入税額控除を適用していたと考えられるから、買手は「その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」を隠蔽又は仮装していると言えるため、重加算税の適用対象になる余地があると考えられる。
(C) 真実の売手がインボイス発行事業者であるかどうか不明である場合
この場合は、取引事実がある場合で、かつ買手と売手が共謀している場合を想定しているため、真実の売手がインボイス発行事業者であるかどうか不明であるとは考えづらい。
仮に、取引事実が無いとは認められず、かつ買手と売手が共謀しているという事実が伺えるものの、真実の売手が判然としないという場合は、上記の(A)及び(B)において検討を行ったとおり、真実の売手がインボイス発行事業者であるか否かにより、買手に対する重加算税の適用可否が左右されると考えるならば、真実の売手がインボイス発行事業者であるかどうかが不明の状態で重加算税を適用することは困難であると考えられる。
この場合に、重加算税を適用できるようにするためには、課税庁が真実の売手がインボイス発行事業者でないことを立証し、真実の売手がインボイス発行事業者でないため仕入税額控除の対象とならないことを買手が認識しながら、売手が売手の氏名又は名称及び登録番号を偽って記載し交付したインボイスに基づき仕入税額控除の適用を受けていたと立証できれば重加算税を適用する余地があると考えられる。
なお、税務調査においては、上記の(B)と同様に、売手の氏名又は名称及び登録番号を偽ったインボイスに基づき買手が仕入税額控除を適用していたということに関して、当該インボイスが売手を偽ったものであり本来ならば仕入税額控除を適用することができないことを買手がどこまで認識していたかが重加算税の適用可否のポイントとなると考えられる。
B 買手と売手が共謀していない場合(買手と売手の共謀の有無が不明である場合を含む。)
取引事実があり、かつ買手と売手が共謀していない場合(買手と売手の共謀の有無が不明である場合を含む。)において、上記のAと同様に、@真実の売手がインボイス発行事業者である場合、A真実の売手がインボイス発行事業者でない場合、B真実の売手がインボイス発行事業者であるかどうか不明の場合の3つのケースに分けて検討を行う。
(A) 真実の売手がインボイス発行事業者である場合
真実の売手がインボイス発行事業者であったが、買手が売手の氏名又は名称及び登録番号を明らかにしたくないなどの理由で、買手がインボイスに記載された売手の氏名又は名称及び登録番号を偽り、そのインボイスに基づき仕入税額控除を適用することが考えられる。
この場合、買手が偽りのインボイスに基づき仕入税額控除を行った目的が、取引先の秘匿等にとどまる限り真実の所得金額あるいは税額を隠蔽しようという買手の意図は認識しようがないのであるから、買手の仕入税額控除否認に際し重加算税は適用できないと考えられる。
(B) 真実の売手がインボイス発行事業者でない場合
買手がインボイス発行事業者以外からの仕入れに対して仕入税額控除を適用するために他のインボイス発行事業者又は架空のインボイス発行事業者の名称を偽って記載したインボイスに基づいて仕入税額控除を適用することが考えられる。
この場合、買手は売手がインボイス発行事業者ではないことを認識しながら、売手の氏名又は名称及び登録番号を偽ったインボイスに基づき仕入税額控除を適用していたと認められれば、買手は「その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」を隠蔽又は仮装していると言えるため、重加算税の適用対象になる余地があると考えられる。
平成14年裁決でポイントとなった、「仕入先の名称を仮装する」という行為が、通法68条1項でいうところの「その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」に該当しないという点については、区分記載請求書等保存方式においては、仕入先が課税事業者であるか免税事業者であるかということとは関係なく仕入税額控除を行うことができるところ、インボイス制度においては、仕入税額控除を行うためには、仕入先がインボイス発行事業者である必要があるため、単に「売手の氏名又は名称及び登録番号を仮装する」という行為であっても、その結果、本来適用することができなかった仕入税額控除を適用することができるようになったという点で、「その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」に該当し重加算税を適用することが可能であると考えられる。
売手を偽ったインボイスに基づき仕入税額控除を適用していたということに関して、税務調査では、当該インボイスが氏名又は名称及び登録番号を偽ったものであり本来ならば仕入税額控除を適用することができないということを申告時に買手がどこまで認識していたかが重加算税の適用可否のポイントとなると考えられる。
ただし、買手が、公表サイトの確認や相手方に対する本人確認やその他の方法を使ってもインボイスに偽り等があることを把握できなかった場合で、買手が自らに落ち度が無いことを立証した時は、消法30条7項における「災害その他やむを得ない事情により、当該保存をすることができなかったことを当該事業者において証明した場合」に該当し、仕入税額控除が適用されることとなる。以下の「重加算税適用の可否」においては、上記のような場合は、そもそも仕入税額控除が適用されるため加算税を適用する余地が無いため検討の対象外とする。
(C) 真実の売手がインボイス発行事業者であるかどうか不明である場合
上記のA(C)と同様に、真実の売手がインボイス発行事業者であるか否かにより、重加算税の適用可否が左右されると考えるならば、真実の売手がインボイス発行事業者であるかどうかが不明の状態で重加算税を適用することは困難であると考えられる。
この場合に、重加算税を適用できるようにするためには、課税庁が真実の売手がインボイス発行事業者でないことを立証し、真実の売手がインボイス発行事業者でないため、買手がこのままでは仕入税額控除の対象とならないことを認識しながら、売手の氏名又は名称及び登録番号を偽ったインボイスに基づき仕入税額控除の適用を受けていたと立証できれば重加算税を適用する余地があると考えられる。
なお、税務調査においては、上記の(B)と同様に、売手の氏名又は名称及び登録番号を偽ったインボイスに基づき仕入税額控除を適用していたということに関して、当該インボイスが売手を偽ったものであり本来ならば仕入税額控除を適用することができないことを買手がどこまで認識していたかが重加算税の適用可否のポイントとなると考えられる。
インボイス制度が開始される前は、消費税調査において課税仕入れの相手方(売手)の氏名又は名称を偽っているものの取引の事実はあり支払金額には誤りが無いと認められる事案について、平成14年裁決により、消法30条7項に基づき仕入税額控除が否認される一方で、加算税については、「取引先(売手)の氏名又は名称を偽ること」は、通法68条1項でいう「国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」に該当しないことから重加算税は適用されないこととされていた。本稿において、改めて通法68条1項の文理解釈、要件事実論及び過去の最高裁判例から検討を行ったが、原則として重加算税の適用対象にはならないと考えられる。
ただし、帳簿及び請求書等に記載された課税仕入れの相手方(売手)の氏名又は名称を偽っている点に関して、買手が売手を秘匿する等の理由により請求書等の作出を行いつつ、一方で真実の売手からの請求書等及び真実の記載をした帳簿の保存が無ければ消法30条7項により仕入税額控除の適用を受けられないということを認識しながら、「税額を過少に申告することを意図した上その意図を外部からもうかがい得る特段の行動」として「帳簿及び請求書等に記載された売手の氏名又は名称を仮装」していたと認定できる場合は重加算税を適用できる余地があると考えられる。
また、インボイス制度開始前は取引の相手方(売手)が課税事業者であろうが免税事業者であろうが関係なく仕入税額控除が行えたのに対し、インボイス制度開始により、取引の相手方(売手)がインボイス発行事業者であるか否かにより仕入税額控除の可否が変わることになったことを踏まえ、インボイス制度開始後における平成14年裁決と同様の調査事案において、「インボイスに記載された氏名又は名称及び登録番号を偽ること」は、重加算税の適用対象になるかどうかの検討を行った。
その結果、インボイス制度開始後においては、買手と売手の共謀の有無にかかわらず、真実の売手がインボイス発行事業者で無ければ、単に「売手の氏名又は名称及び登録番号を仮装する」という行為であっても、本来適用することができなかった仕入税額控除を適用することができるようになったという点で、「その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」に該当し重加算税を適用することが可能であると考えられる。
真実の売手がインボイス発行事業者である場合であっても、インボイスに記載された売手の氏名又は名称及び登録番号を偽っている点に関して、真実の売手の氏名又は名称及び登録番号を記載したインボイスの保存が無ければ消法30条7項により仕入税額控除の適用を受けられないということを買手が認識しながら、「税額を過少に申告することを意図した上その意図を外部からもうかがい得る特段の行動」として「インボイスに記載された売手の氏名又は名称を仮装」していたと認定できる場合は重加算税を適用できる余地があると考えられる。
結論としては、インボイス制度開始後においては、取引の相手方(売手)の氏名又は名称及び登録番号に偽りがある事案に関しては、真実の売手がインボイス発行事業者であるか否かが重要なポイントであると考えられる。
項目 | ページ |
---|---|
はじめに | 98 |
第1章 問題の出発点 | 100 |
第1節 平成14年裁決の概要 | 100 |
1 事案の概要 | 100 |
2 審判所が認定した事実 | 100 |
3 審判所の判断 | 100 |
第2節 消法30条の趣旨 | 103 |
1 仕入税額控除制度の趣旨 | 103 |
2 仕入税額控除のための帳簿等の保存の趣旨 | 103 |
3 仕入先の記載に係る判例の検討 | 104 |
第3節 平成14年裁決の問題点 | 107 |
第2章 インボイス制度開始前の重加算税適用要件の検討 | 109 |
第1節 重加算税の意義 | 109 |
第2節 文理解釈による重加算税適用要件の検討 | 110 |
1 通法の定め | 110 |
2 重加算税適用に係る文理上の適用要件 | 110 |
3 「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」への該当性の検討 | 112 |
4 「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」の意義 | 113 |
第3節 要件事実論からの検討 | 114 |
第4節 国税庁事務運営指針の検討 | 115 |
第5節 判例の検討 | 116 |
1 平成6年判決 | 116 |
2 平成7年判決 | 118 |
3 両判決に対する考察 | 119 |
4 両判決からの平成14年裁決の検討 | 123 |
5 重加算税の適用が可能となる場合 | 123 |
6 小括 | 125 |
第6節 まとめ | 125 |
第3章 インボイス制度開始後の重加算税適用要件の検討 | 127 |
第1節 インボイス制度の概要 | 127 |
1 インボイス発行事業者の登録 | 127 |
2 インボイス発行事業者の義務 | 127 |
3 インボイスの記載事項 | 128 |
4 インボイス類似書類等の交付禁止及び罰則 | 129 |
5 仕入税額控除制度の変更 | 130 |
第2節 インボイス制度における重加算税適用に関する検討 | 132 |
1 仕入税額控除の可否 | 132 |
2 重加算税適用の可否 | 133 |
第4章 まとめ | 143 |
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