石塚 亮二
税務大学校
研究科研究員

要約

1 研究の目的(問題の所在)

相互協議とは、租税条約の規定に基づき、国際的な二重課税が移転価格課税等により生じた場合又は生じると納税者が考える場合、あるいは、納税者が独立企業間価格の算定方法等に係る二国間の事前確認を求める場合において、国税庁が納税者の申立てを受けて租税条約締結国・地域の税務当局との間で協議を行う手続である。相互協議の申立ては、OECDモデル租税条約25条1に、一方又は双方の締約国の法令に定める救済手段とは別に申立てをすることができると規定されているとおり、訴訟等の国内救済手続とは別個の制度として位置付けられていることから、納税者は、移転価格課税等の租税条約の規定に適合しない課税を受けた場合、相互協議と国内救済手続を併せて申し立てることができる。
 しかしながら、両手続は別々の制度であるが故に、それぞれ異なった結論に導かれる可能性がある。その中で我が国では、国内救済手続による取消裁決又は取消判決が、権限のある当局を拘束することになる。その一方で、相互協議の合意は、国税不服審判所及び裁判所を拘束しないとされている。また、両手続について、どちらの手続が優先されるか等、調整する規定は置かれていないことから、両手続が同時進行される場合には、@二重非課税となる所得の発生及びA行政効率の問題が生じる可能性があるといわれている。これらの問題は、我が国における相互協議と国内救済手続の関係(我が国課税)によってのみ生じるわけではなく、相手国における相互協議と国内救済手続の関係(相手国課税)によっても、両手続が同時進行される場合には、同様の問題が生じ得る。
 先行研究について、我が国における相互協議と国内救済手続の関係を検討したものは一定程度見られるものの、相手国における両手続の関係を網羅的に検討したものは管見の限り見当たらない。また、欧米などでは、我が国の税務手続に存在しない和解及びこれに類似する訴訟以外の国内救済手続も有しているため、同じく、相互協議と和解等の関係においても問題が生じ得るのではないかと考えられる。
 本稿は、以上の問題意識の下で、「我が国における相互協議と国内救済手続の関係」(我が国課税)と「相手国における相互協議と国内救済手続の関係」(相手国課税)について、後者を中心に、それぞれ整理・検討するとともに、両手続が同時進行される場合の問題点及びその対応策を考察するものである。

2 研究の概要

(1)相互協議の概要

本稿における検討の前提となる相互協議の概要を整理し、相互協議の法的性質や合意の効力を確認した。相互協議は、租税条約に基づく権限のある当局間の外交交渉手段としての側面と法的な問題解決手段としての側面の二つの側面があるとされている。相互協議が、納税者に対する権利救済に当たるかどうかについての見解は分かれているが、いずれにせよ紛争解決手続であることに異論は見当たらず、その点においては、訴訟等の国内救済手続とその目的が共通するといえる。
  また、相互協議の合意の法的位置付けについては、通説が存在せず、現状において結論を見るに至っていないが、いずれの見解においても、相互協議の合意が権限のある当局に対して拘束力を持つと解されている点では共通している。

(2)我が国における相互協議と国内救済手続

我が国において相互協議と国内救済手続の両手続が同時進行される場合には、上記1の二つの問題点に加えて、相互協議による解決の難化の問題が生じる可能性があることを指摘した。その上で、我が国の権限のある当局の対応について、相互協議の結果が先行する場合と国内救済手続の結論が先行する場合に分けて検討した。

イ 相互協議の結果が先行する場合

我が国の権限のある当局は、相互協議を進めた結果、相手国の権限のある当局と合意に至ると認められる状況(仮合意)に至った段階で、納税者に対して合意案の内容に同意するかどうか確認することになっている。その際、相互協議の合意後に、両締約国が意図しない二重非課税となる所得が発生しないように配慮する必要があるため、通常、納税者が合意案に同意し、かつ、国内救済手続を取り下げた場合のみ、我が国の権限のある当局は、正式に合意することになると考えられる。
  また、その他の場合には、事実上、相互協議の合意に同意したことにならないと考えられるため、相互協議を終了し、国内救済手続を進めることになるであろう。

ロ 国内救済手続の結論が先行する場合

国内救済手続の結論が先行する場合において、我が国における国内救済手続(再調査の請求、審査請求、租税訴訟)の効力を確認した上で、我が国の権限のある当局の対応について整理した結果は、下表のとおりである。

国内救済手続の結論 相互協議への影響等
(法的整理)
備考
再調査の請求
による決定
全部取消し 相互協議申立ての取下げ又は相互協議の終了。 権限のある当局を拘束する旨の規定はないが、租税条約の規定に適合しない課税がなくなるため、相互協議の対象とはならなくなると考えられる。
一部取消し 一部取消し後の課税所得又は税額を対象とした上で相互協議を行う。権限のある当局は、再調査の請求による決定にかかわらず、独自の判断で合意することが可能。 権限のある当局を拘束する旨の規定はない。
棄却・却下 権限のある当局は、再調査の請求による決定にかかわらず、独自の判断で合意することが可能。 権限のある当局を拘束する旨の規定はない。
審査請求
による裁決
全部取消し 相互協議申立ての取下げ又は相互協議の終了。 国税通則法102条1項により、裁決は権限のある当局を拘束する。
一部取消し 取り消された部分は権限のある当局を拘束するため、裁決後の課税所得又は税額を増額させる合意はできないが、減額させる合意は可能。 ただし、権限のある当局は、国税不服審判所が本案審理の過程で検討した内容及びその結論を相当程度尊重する必要があると考えられる。
棄却 権限のある当局は、裁決にかかわらず、独自の判断で合意することが可能。 棄却裁決は権限のある当局を拘束しないとされている(不服審査基本通達102-2(注)を参照)。ただし、権限のある当局は、国税不服審判所が本案審理の過程で検討した内容及びその結論を相当程度尊重する必要があると考えられる。
却下 権限のある当局は、裁決にかかわらず、独自の判断で合意することが可能。 却下裁決は権限のある当局を拘束しないとされている(不服審査基本通達102-2(注)を参照)。
租税訴訟
による判決
全部取消し 相互協議申立ての取下げ又は相互協議の終了。 行政事件訴訟法33条1項により、取消判決は権限のある当局を拘束する。
一部取消し 取り消された部分は権限のある当局を拘束するため、判決後の課税所得又は税額を増額させる合意はできないが、減額させる合意は可能。 しかしながら、権限のある当局は、判決の前提となった事実関係に明らかな重大な誤りが認められる場合など、ごく限られた場合を除き、裁判所の解釈・適用と異なる判断をして相互協議で合意する余地はほとんどないと考えられる。
棄却 権限のある当局は、判決にかかわらず、独自の判断で合意することが可能。 権限のある当局を拘束する旨の規定はない。しかしながら、権限のある当局は、判決の前提となった事実関係に明らかな重大な誤りが認められる場合など、ごく限られた場合を除き、裁判所の解釈・適用と異なる判断をして相互協議で合意する余地はほとんどないと考えられる。
却下 権限のある当局は、判決にかかわらず、独自の判断で合意することが可能。 権限のある当局を拘束する旨の規定はない。

ハ 実務における対応策

実務上、両手続が同時進行される場合において、@二重非課税となる所得の発生、A行政効率の問題及びB相互協議による解決の難化の三つの問題が生じる可能性があることを踏まえると、納税者が両手続を希望する場合には、相互協議を先行させた方が良いと考える。そして、相互協議の結果が出るまでは、不服申立ての段階で国内救済手続の進行を停止させておくことが望ましいとする対応策を示した。その結果として、相互協議の合意と国内救済手続の結論のいずれか一方のみが実施されることになるため、納税者に両手続の機会を確保するとともに、両手続の抵触による問題は、事実上、回避されることになる。

(3)相手国における相互協議と国内救済手続

我が国にとって相互協議の主要な相手国である米国、英国、ドイツ及びインドにおける和解、訴訟等の国内救済手続の概要を確認した上で、当該4か国の相互協議と国内救済手続の関係を整理・検討した。その結果、まず当該4か国は、我が国における税務手続には存在しない和解等の争訟手続以外のその他の国内救済手続を有していることが把握された。
  続いて、相手国における両手続の関係について、相互協議の結果が先行し、両当局間で正式に合意する場合には、我が国との租税条約の規定等により、いずれの国においても、相互協議の合意は必ず実施されることになると考える。
  一方で、国内救済手続の結論が先行する場合には、各国の取扱いにより、相互協議への影響は異なっている。相手国の権限のある当局は、その後の相互協議において、@国内救済手続の結論から逸脱することができる場合、A逸脱することができず、我が国に対応的調整(我が国での救済)を求めるのみとなる場合及びB相互協議を実施することができなくなる場合の三つのケースがあることを示した。詳細は、下表のとおりである。

国内救済手続 国・地域
(和解等)
相互協議への影響
不服申立て 米国 A 不服申立ての結論から逸脱することができず、相手国に対応的調整(相手国での救済)を求めることを目的とするのみとなる。
英国 A 不服申立ての結論から逸脱することができず、相手国に対応的調整(相手国での救済)を求めることを目的とするのみとなる。
ドイツ @ 不服申立ての結論から逸脱することができる。
インド @ 不服申立ての結論から逸脱することができる。
租税訴訟 米国 A 租税訴訟の結論から逸脱することができず、相手国に対応的調整(相手国での救済)を求めることを目的とするのみとなる。
英国 A 租税訴訟の結論から逸脱することができず、相手国に対応的調整(相手国での救済)を求めることを目的とするのみとなる。
ドイツ @ 租税訴訟の結論から逸脱することができる。
インド A 租税訴訟の結論から逸脱することができず、相手国に対応的調整(相手国での救済)を求めることを目的とするのみとなる。
和解等のその他の国内救済手続 米国
(その他の国内救済手続全般)
A その他の国内救済手続の結論から逸脱することができず、相手国に対応的調整(相手国での救済)を求めることを目的とするのみとなる。
英国
(ADRを含む話し合い)
@ その他の国内救済手続の結論から逸脱することができる。
ドイツ
(通達に基づく事実関係に関する合意)
A その他の国内救済手続の結論から逸脱することができず、相手国に対応的調整(相手国での救済)を求めることを目的とするのみとなる。
インド
(ITSC、AAR及びVSV)
A

B
・インド居住者がVSVという制度によって係争中の紛争を解決した場合には、その結論から逸脱することができず、相手国に対応的調整(相手国での救済)を求めることを目的とするのみとなる。
・その他の場合には、相互協議を実施することができなくなる。

3 結論

上記2の検討事項と相互協議に関する国際的な議論の動向を踏まえ、相手国において相互協議と国内救済手続が同時進行される場合の問題点及びその対応策を考察した。
 まず、両手続が同時進行される場合には、上記2(3)でも示したとおり、我が国課税の場合に生じ得る三つの問題点に加えて、相互協議アクセスの不可の問題が生じる可能性があることを指摘した。二重課税の排除は、租税条約の主要な目的の一つとなっているため、この問題点については、BEPS行動計画14(相互協議の効果的実施)の各国・地域が最低限実施すべき措置(ミニマムスタンダード)に関するピアレビュー等を通じて、相互協議へのアクセスが可能となるように改善されることが望まれる。
 続いて、我が国の権限のある当局の対応について、相手国が行った移転価格課税処分に係る事案で和解、訴訟等の国内救済手続の結論が先行したことを理由に、相手国の権限のある当局がその後の相互協議において一切譲歩しないとする場合であっても、対応的調整(減額)を行うことが可能かどうか検討した。検討の結果、我が国の権限のある当局は、最善の努力を行う義務が課されていることから、単純に、相手国の権限のある当局が一切譲歩しないことを理由に相互協議を終了することはできないと考えられ、相手国課税の内容が相当に合理的なものと認められる場合には、国際的な二重課税を排除するため、合意により対応的調整に応じる可能性はゼロではないと考える。
 最後に、相手国課税について、納税者が両手続を希望する場合の対応策を検討した。上記の問題点を踏まえると、基本的には相互協議を先行させた方が良いと考えている。しかしながら、相手国によって国内救済手続の取扱いは異なっており、相互協議を先行させる際に、国内救済手続を停止させておくことが可能かどうか等、不明な点もあるため、我が国課税の場合のように、両手続の抵触による問題を確実に回避できる対応策を示すことは現状困難であった。納税者は、主に相互協議による解決の難化及び相互協議アクセスの不可の問題が生じる可能性があることを踏まえ、各国・地域における両手続の関係や国内救済手続の救済状況を考慮して適切な判断を行う必要があるところ、その判断に当たって有用な情報を得る方法としては、我が国では、国税庁の相互協議室が受け付けている事前相談を活用することが挙げられる。加えて、各国・地域の税務当局は、BEPS行動計画14による勧告に従い、納税者に対して確実性と予測可能性を確保する必要があることから、自国のMAP(相互協議に係る)ガイダンスの中で、相互協議と国内救済手続の関係が網羅的かつ明示的に公表されることになれば、納税者が判断を行う上での一助になると考えられる。結果的に、各国・地域別の対応策を詳細に検討することが可能となれば、相互協議の実効性を高めることにも繋がるはずである。


目次

項目 ページ
はじめに 325
第1章 相互協議の概要 330
第1節 租税条約と国内法の関係 330
1 国際法と国内法の関係 330
2 条約の国内的効力 331
3 条約の自動的執行力(国内適用可能性) 332
4 条約の国内法的序列 332
5 我が国における条約と国内法の関係 333
6 我が国における租税条約と国内租税法の関係 336
第2節 相互協議の規定 337
1 OECDモデル租税条約及びコメンタリーの位置付け 337
2 OECDモデル租税条約における相互協議の規定 339
3 国連モデル租税条約における相互協議の規定 341
第3節 相互協議の法的性質 342
1 相互協議の類型 342
2 相互協議の法的性質 346
3 相互協議の合意 347
第4節 仲裁手続 356
1 仲裁制度の概要 356
2 OECDモデル租税条約における仲裁手続 357
3 我が国が締結している租税条約の仲裁手続 358
第5節 小括 359
第2章 我が国における相互協議と国内救済手続 362
第1節 我が国における国内救済手続 362
1 不服申立てと租税訴訟の関係 362
2 不服申立ての種類 363
3 再調査の請求 363
4 審査請求 365
5 租税訴訟 366
第2節 国内救済手続の効力 367
1 再調査の請求による決定の効力 367
2 審査請求による裁決の効力 368
3 租税訴訟による判決の効力 368
第3節 相互協議と国内救済手続の関係 369
1 相互協議と国内救済手続の違い 369
2 相互協議と国内救済手続が併せて申し立てられる理由 369
3 相互協議と国内救済手続の関係(相互協議の結果が先行する場合) 370
4 相互協議と国内救済手続の関係(国内救済手続の結論が先行する場合) 371
5 相互協議と国内救済手続が同時進行される場合の問題点 375
6 我が国の権限のある当局の対応 377
7 実務における対応策 379
第4節 小括 381
第3章 相手国における和解、訴訟等の国内救済手続と相互協議 386
第1節 米国の国内救済手続 386
1 不服申立て 386
2 租税訴訟 388
3 その他の国内救済手続 390
4 相互協議と国内救済手続の関係 394
5 まとめ 395
第2節 英国の国内救済手続 396
1 不服申立て 396
2 租税訴訟 397
3 その他の国内救済手続 397
4 相互協議と国内救済手続の関係 401
5 まとめ 402
第3節 ドイツの国内救済手続 404
1 不服申立て 404
2 租税訴訟 405
3 その他の国内救済手続 406
4 相互協議と国内救済手続の関係 407
5 まとめ 408
第4節 インドの国内救済手続 410
1 不服申立て 410
2 租税訴訟 411
3 その他の国内救済手続 412
4 相互協議と国内救済手続の関係 414
5 まとめ 416
第5節 小括 417
1 相互協議と不服申立ての関係 418
2 相互協議と租税訴訟の関係 418
3 相互協議とその他の国内救済手続の関係 419
第4章 相手国において相互協議と国内救済手続が同時進行される場合の対応 421
第1節 相互協議に関する国際的な議論の動向(BEPSプロジェクト) 421
1 BEPSプロジェクト 421
2 BEPSプロジェクトの最終報告書 422
3 BEPS行動計画14(相互協議の効果的実施) 423
4 BEPS行動計画14のピアレビュー 424
5 BEPS行動計画14のミニマムスタンダード2.6 426
6 相手国で和解等があった場合における相互協議へのアクセス 426
第2節 我が国の権限のある当局の対応 428
1 相手国において相互協議と国内救済手続が同時進行される場合の問題点 428
2 我が国の権限のある当局の対応 429
3 実務における対応策 433
第3節 小括 434
結びに代えて 437

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