松田 雄次
税務大学校
研究部教授
国税は、金銭で納付することを原則としているが、相続税については、それが財産課税たる特殊な性格を有することから、延納によっても金銭で納付することを困難とする事由(以下、金銭で納付することを困難とする事由を「金銭納付困難事由」という。)がある場合においては、税務署長の許可を得て、その納付を困難とする金額を限度として、納税義務者の課税価格計算の基礎となった財産をもって物納することができるものとされる(相法41@A)。
なお、物納財産の収納価額は、課税価格計算の基礎となったその財産の価額(相続開始時の時価)による(相法43@)。
また、物納に充てることができる財産やその順位については、従前、第1順位の財産が@国債、地方債、不動産及び船舶、第2順位がA社債、株式及び証券投資信託又は貸付信託の受益証券とされていたが、平成29年度税制改正において見直しが行われ、相続税の物納に充てることができる財産の順位について、改正前は第2順位であった上場株式が第1順位(改正前の国債等と同順位)に引き上げられた(相法41D、相規21の2A)。
一方、相続税法上、相続等により取得した財産の価額は、その財産の取得の時における時価によるとされ(相法22)、上場株式を含め、相続財産の評価額については、相続開始後の時価の変動は考慮されない。
よって、相続開始時に高い評価額で課税されたとしても、相続開始後、株価が下落したからといって、低い評価額での課税とはならないことから、納付時において株価が下落した場合、納税義務者がその株式を納税のため、売却しようとすると不利になる。
このため、上場株式は、納税時において価格が下落する可能性があり、土地などの価格変動リスクの小さい財産と比べ、相続税の負担感の差が大きいとして、将来の納税資金のためには、上場株式よりも土地などを保有する方を選択する納税者が多いと想定され、税制が国民の資産選択に歪みを与えているとの指摘がある。
この点において、物納の場合は、原則として、相続開始時の時価が収納価額となるため、物納の申請をすれば、相続開始時から納付時までの間の10か月間に株価が下落した場合のリスクを回避することができるのであるが、物納申請の際は、延納によっても金銭で納付することを困難とする要件(以下「金銭納付困難要件」という。)があり、この要件をクリアするのは、ハードルが高いとして、この要件の見直しが金融庁の税制改正要望などによって求められている。
そこで、本研究では、物納要件の見直しに当たり必要な物納制度の改正沿革等を確認し、金銭納付困難要件に係る検討を行うとともに、上場株式を中心として、評価に関する論点を整理し、財産評価基本通達(以下「評基通」という。)の合理性を検証した上で、上場株式の物納について考察を試みることにした。
(1)物納制度
イ 物納の概要
国税は、金銭、有価証券又は電子納付の方法により納付することとされている(通則法34@)。
しかし、相続税は財産課税たる特殊な性格を有することから、国税通則法34条1項に規定された金銭等による納付手続の例外として、納付すべき相続税額を延納によっても金銭納付困難事由がある場合においては、納税義務者の申請により、その納付を困難とする金額を限度として、一定の相続財産で納付すること(物納)が認められている(相法41@)。
参考として、今日、諸外国の中で韓国は、我が国と類似の物納制度が設けられており、イギリスやフランスなど、欧州の一部の国においては、美術品等による物納が認められている。
(イ) 国税の納付手段としての物納
現在、国税の納付手段として物納が認められているのは相続税のみである。
租税は、金銭給付であることを原則とし、例外的に物納が認められ、その場合も納付される財産の使用価値(例えば、土地収用)に着目してではなく、金銭的価値に着目して物納が認められる。
(ロ) 物納による納税義務の消滅
国税の納付とは、「納税者が納税義務の内容たる給付を実現し、その義務を消滅させる行為」である。納付の手段が物納であった場合は、「物納は、公法上の代物弁済と理解され、物納の許可があった相続税は物納財産の引渡し、所有権移転の登記その他法令により第三者に対抗することができる要件を充足した時において納付があつたもの」とされる。
ロ 物納の要件
物納の許可の要件は、「実体要件と手続要件とに分けることができ」、実体要件は、「@納税義務者が物納の対象となるべき租税について具体的な租税債務を有すること、A納税義務者について租税債務を金銭で履行すべからざる正当な事由があること、B納税義務者について租税債務を金銭で履行すべからざる正当な事由がある租税債務の金額を物納の金額の限度とすること、C物納に充てるべき財産が納税義務者の物納の対象たる租税の課税価格の基礎となった財産であること」であり、手続要件は、「物納の許可が納税義務者の申請にもとづいて行わるべきこと」であるとされる。
ハ 沿革
相続税の物納制度は、日中戦争の拡大に伴う相次ぐ相続税の増税を背景に、昭和16年に初めて導入された。
新設された物納制度の概要は、@物納申請は、期限までに行う必要があること、A金銭納付困難事由が必要であること、B物納財産は、相続により取得した財産で法施行地内にあること、C物納財産は、管理又は処分をするのに不適格な財産(以下「管理処分不適格財産」という。)でないこと、D原則として超過物納は認められないこと、E物納財産の収納価額は、原則として相続開始時の価額であること及びF収納の時までに当該財産の状況に著しい変化が生じたときは、収納の時の現況により当該財産の収納価額を定めることができる(以下「収納価額の改訂」という。)ことなど、これらは、現在の物納制度に受け継がれている。
(2)金銭納付困難事由について
金銭納付困難要件の判定方法について、これまで議論されてきた点は、主に2点である。
1点目は、いつの時点において、この「金銭納付困難」の判断を行うべきかという点(金銭納付困難事由の判定時期に係る議論)であり、2点目は、「金銭納付困難」の判断を行う場合は、納税資金に相続人固有の金銭資産を含めるか否かという点(納税資金源に係る議論)である。
イ 金銭納付困難事由の判定時期に係る議論
議論の1点目は、金銭納付困難事由の判定時期についてである。
金銭納付困難事由の判定時期については、学説には、@相続開始の時、A納期限の時、B許可時の三つの説がある。
しかし、学説的には三つの説があるものの、実務上、国税局又は税務署の担当者(以下「担当者」という。)は、金銭納付困難事由について、@相続開始の時点ではなく、納税義務者が相続開始前から所有している財産(固有財産)や近い将来における金銭収入(貸付金の返還、退職金の給付等)をも含んで計算した物納の許可限度額を、A納期限の時(物納申請時)に審査し、その後のB許可時(物納財産の収納時)までに生じた事情を考慮して判定している。
よって、金銭納付困難事由に係る判定方法のうち、その判定時期自体は、実務の面では、事務運営上、弾力的な判断が行われているが、@「相続開始の時」とする説は、納税資金に相続人固有の金銭資産を含めるべきではないとの考えを基とし、A「納期限の時」とする説は、納税資金に相続人固有の金銭資産を含めるとの考えが基となっている。
すなわち、金銭納付困難事由の判定時期に係る議論の帰着は、次の納税資金源に係る議論の帰着に左右されることになる。
ロ 納税資金源に係る議論
議論の2点目は、「金銭納付困難」の判断を行う場合は、納税資金に相続人固有の金銭資産を含めるか否かという点である。
(イ) 納税資金源に係る三つの説
A 納税資金に相続人固有の金銭資産を含めるべきではないとする説
相続税の税源に着目して、納税資金には相続人固有の金銭資産を含めず、相続財産に限るべきであるとする考え方である。
B 納税資金に相続人固有の金銭資産を含めることを支持する説
相続税の性格に着目して、納税資金には相続人固有の金銭資産を含めるとする考え方である。
C Aの説に一定の理解は示すものの、Bの説を支持する説
立法論としては、Aの説に一定の理解は示すものの、実定法においては、納税資金を相続財産に限るとの制限を付けていないことや物納は金銭納付の例外として認められることなどを理由とするものである。
(ロ) 相続税の性格からの検証
我が国の相続税は、相続等により遺産を取得した者を納税義務者として、その者が取得した遺産を課税物件として課税する「遺産取得課税方式」を基本とした「法定相続分課税方式」であり、納税資金源も課税物件である相続財産に限定すべきという考え方もある。
他方、所得税を例とすれば、所得税の課税物件は、個人の所得であり、個人の所得に応じて課税されるが、その納税資金源は個人の所得に限定されない。
例えば、仮に、相続によって取得した金銭資産により所得税を納税したとしても、その点に関する議論は見受けられない。
納税は、課税の後の問題であり、課税と納税とは別個に考える必要がある。
相続税は、相続人の租税債務であり、その債務の引き当てとして、相続人の固有資産による納税について制限を設ける必要はない。
加えて、相続税が滞納となった場合において、徴収職員が相続財産ではなく、相続人の固有財産を差し押さえることについての違法性はない。
よって、納税時においては、「相続税の納税資金源を相続財産に限定する必要はない。」との結論に帰着する。
このことは、金銭納付困難要件の判定及び物納の許可限度額の計算(「金銭納付を困難とする理由書」の作成)に当たっては、相続財産のほか、納税義務者自身の相続財産以外の所有財産の状況などを考慮することを容認するものである。
(ハ) 相続税の性格以外の背景からの検証
平成4年の税制改正時から解説されるようになった「納税義務者が相続により取得した財産(相続財産)・・・のほか、納税義務者自身の相続財産以外の所有財産の状況などを考慮することとした。」とする金銭納付困難要件の解釈は、物納申請件数の急激な増加や、本来、納税資金に充てるべき資金を財テクに充てていた納税義務者を排除することを目的とした、平成3年のバブル崩壊を背景(相続税の性格以外の背景)とする政策的な側面からによっている部分もある。
平成4年当時と現在とでは、明らかに相続税を取り巻く経済社会の構造は変化しており、政府与党からも「納税者の支払能力をより的確に勘案した物納制度となるよう、延納制度も含め、物納許可限度額の計算方法について早急に検討し結論を得る。」との方針が示されている。
一方、平成18年税制改正から金銭納付困難要件を判定する際には、相続財産だけではなく、納税義務者の固有の財産も対象として判定することが明らかにされ、金銭納付困難要件の判定方法が法令に規定されたことから、その法令の改正には、「相続税の納税資金源を相続財産に限定する。」ことの理論的根拠が必要であり、ハードルが高い。
しかし、法令の改正は困難としても、法の適正な運用のため、通達改正による対応や、より納税者の立場に立った事務処理への転換は、その可能性を残してないかを検討すべきとした課題は残る。
ハ 金銭納付困難要件緩和の可能性
(イ) 通達改正による対応
法令解釈通達である相続税法基本通達(以下「相基通」という。)は、延納及び物納の許可限度額についての算式及びその算式に係る詳細を定めている。
しかし、法の適正な運用のため、通達改正による対応を試みたい。
そこで、現行の相基通について、金銭納付困難要件の判断基準の緩和に資するため、改善すべき点を3点抽出し、改正案を提言する。
A 換価の容易な財産の価額(相基通38−2)
換価の容易な財産が定義され、納税義務者の事情を考慮するということができないため、現行のなお書きに続けて、「ただし、当該財産の換価により将来にわたって現在の生活の維持が困難となる場合など、個別の事情があるときは、その事情を勘案して当該財産を換価することの要否について判定して差し支えない。」と追加することにより、金銭納付困難要件の判断基準の緩和を図る。
B 生活のため通常必要とされる1月分の費用(相基通38−2)
生活保護法の規定を基にした最低限度の生活を維持することの基準となる金額を根拠としている部分は削除し、「申請者及び申請者と生計を一にする配偶者その他の親族の資力・職業・社会的地位等の個別事情を勘案して社会通念上適当と認められる範囲の金額」として簡素化することにより、金銭納付困難要件の判断基準の緩和を図る。
C 臨時的収入の額(相基通41−1)
納税義務者個々の事情を総合勘案する必要性を感じることから、現行のなお書きに続けて、「おって、法第41条第1項に規定する『金銭で納付することを困難とする事由』があるかどうかは、当該金銭収入をも考慮した上で判定するものとするが、その判定については、納税義務者個々の事情を総合勘案して行っても差し支えない。」と追加することにより、金銭納付困難要件の判断基準の緩和を図る。
(ロ) より納税者の立場に立った事務処理への転換
現行の国税庁が示す「金銭納付を困難とする理由書」は、平成18年の改正法の施行に伴い、一部改正された相基通を基本として整備されたものであるが、その内容は厳密である。同通達の一部改正が行われれば、「金銭納付を困難とする理由書」についても様式や記載方法が変更となり得、物納要件の判断基準の緩和を図ることに資する。
しかし、延納や物納を選択しなかった他の納税義務者との公平性を保つ観点からも、金銭納付困難要件の厳密な審査は、継続する必要がある。
より納税者の立場に立った事務処理への転換とは、納税義務者の生活(生活水準を含む)の維持や個々の事情を勘案した「金銭納付を困難とする理由書」の作成・指導を目的とするものであり、安易な要件審査を意図するものではない。
他方、仮に、同通達の一部改正が行われなかったとしても、国民の理解と信頼が得られるよう、現行の同通達に基づく厳密な金銭納付困難事由がなければ、申請は受け付けないなどということがあってはならない。
納税義務者の申出に、真摯に耳を傾けることは、行政庁のあるべき姿としての基本である。
ニ 金銭納付困難要件の認定
税務署長による調査の範囲は、納税義務者から提出された「金銭納付を困難とする理由書」の記載誤りや相続税申告書及び添付された前年の源泉徴収票等に基づいて確認をすれば足り、国税通則法74条の3(当該職員の相続税等に関する調査等に係る質問検査権)を根拠とする預貯金の額を調査するための「金融機関に対する取引照会」や国税通則法46条(納税の猶予の要件等)に基づく国税を一時に納付することができないことを判定するための「納付能力調査」は行うことができず、真実性の裏付けは、納税義務者から提出された情報の真実性により担保されると考えるべきである。
とりわけ、金銭納付困難要件の認定に当たって、納税者の申出を無視し、行政庁の偏見や独断によることは、納税者の自由や財産に不当な侵害をもたらすおそれがある。
ホ 要件の認定に係る課題
税務署長による要件の認定は、客観的な判断に基づくのが妥当であるが、物納申請に係る金銭納付困難要件の認定は、個別性が強く、税務署長は、独自の判断で決断せざるを得ない。
金銭納付困難要件緩和に資するための改正案は、担当者の裁量に委ねられるようなものでもあるとも思われ、物納事案が減少している現在、担当者は経験も少なく、個別の事情をどの程度勘案して判断すればいいのか、判断できるのか、そういった問題が発生する。
よって、「均質的な金銭納付困難要件の認定」という点においては、課題が残る。
しかし、時代のニーズに的確に対応した金銭納付困難事由の考え方をもって、要件の認定を行うことにより、課題を克服することは、行政の果たすべき役割や任務として然るべきであると考える。
(3)上場株式の評価
イ 裁判例が示す株式評価の合理性
株式の評価に係る合理性等を判断した先例的な裁判例として、大阪地裁昭和59年4月25日判決(訟月30巻9号1725頁)(以下「大阪地裁昭和59年判決」という。)がある。
この判決は、控訴審(大阪高裁昭和62年9月29日判決(税資159号順号5977))、上告審(最高裁平成元年6月6日第三小法廷判決(税資173号順号6325))においても同旨の判断がされ、確定している。
(イ) 評基通169の合理性
大阪地裁昭和59年判決は、評基通169の合理性について、相続開始前3か月間の株価の変動を考慮することは、「株価は、日日上下することがあるため、相続開始時に一時的に騰貴した株価をもつて相続財産の評価額にするは不合理であるところから、これを避ける趣旨で定められたものと解す」と判示し、また、上場株式の価額を相続開始後の株価変動を考慮しないで評価することについては、租税回避のための株価の恣意的操作の防止や相続税の課税の公平の観点から、必要かつ合理的なことであるとの判旨を示している。
相続税法22条にいう「時価」の概念は、「課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」であり(評基通1(2))、相続開始時における実際に市場で取引される需要と供給との釣合いがとれた実勢価額を意味するのであり、相続後、倒産等の理由により無価値となった株式について評価上のしんしゃくを行うことはできず、同地裁の判断は、妥当であろう。
(ロ) 相続開始後の上場株式の減価に係る検討
大阪地裁昭和59年判決は、「一般に、株式会社が会社更生法の適用を受けたためにその株価が暴落しても、将来会社が再建されてその株価が高騰することもあり得るから、会社更生法の適用を受けたためにその株価が暴落したからといつて、このことを理由に、直ちに災害減免法第四条を適用して、相続税を免除することは相当でないというべきである。」と判示し、相続開始時から相続税の申告までの間に相続財産の価格が下落した場合の損害に係る判断として、現実に相続財産を相続することにより損害を被ることが予測される場合には、相続の放棄又は限定承認をもつて、これに対処すべきであり、相続財産について未だ分割の行なわれていない場合についても、他の相続人と協議して、速やかに相続財産である本件株式を物納するか、或いはこれを他に売却するなどして、その納付義務を遅滞なく履行すれば、将来の株価の暴落による損害を回避することも充分に可能であつたというべきであるとの判旨を示している。
この判旨を支持する見解がある一方で、相続財産評価額の事後的減額を完全に否定することは財産権保障を定めた憲法29条に違反する可能性もあるとの見解もある。
実際、上場株式等について、「相続発生から相続税の申告までの間に著しく価格が下落した場合には、下落後の価格を相続税評価額とする救済措置を講じること」と見直しを求める声がある。
ロ 評価の特例に係る検討
金融庁から「相続時以後、通常想定される価格変動リスクの範囲を超えて価格が著しく下落した上場株式等については、評価の特例を設けること。」との要望もあり、この要望を容認する見解は複数ある。
しかし、そもそも、株式を保有する以上、株価変動のリスクは伴うのであって、騰貴することも下落することもあり得るのであるが、下落にばかりに目を向けて株式評価の特例を設けることは、課税の公平の観点からすれば、適当とは言い難い。
大阪地裁昭和59年判決は、最高裁において確定し、司法判断が示された以上、相続開始後、下落した株式の評価に係る特例的な立法措置を設けることは、現行制度の下では困難であるが、他方、相続後の株価下落は、相続人の担税力を損なうものであり、「担税力に即した課税」の観点からすれば疑問が残り、アメリカの連邦遺産税においては、このような事態に備えた立法的制度(以下「代替評価法制度」という。)が措置されている。
アメリカにおける上場株式の遺産税評価は、相続開始日の時価のみに基づいて行われているところ、我が国における上場株式の相続税評価は、相続開始日の終値又は相続開始日の属する月以前3か月間の毎日の終値の月平均額のうち最も低い価額によって評価することを認めているという評価上のしんしゃくを取り入れた一定の配慮がなされている。
また、アメリカにおいては、相続開始後、下落した株式の評価に係る立法的制度として、代替評価法制度が措置されているが、この制度は、総遺産に含まれる全ての財産に係る評価制度であり、価格が下落した財産のみを選択して代替評価を用いることはできない。
よって、アメリカの代替評価法制度を倣って、価格が下落した上場株式等について、新たな立法的措置(評価の特例)を設けることは、妥当性に欠ける。
一方、我が国の物納制度において、株式の価値が急激に低下した場合、理論上、物納は救済的措置になり得るが、これは、物納制度創設の趣旨からすれば、副産物として存在するとみるのが妥当とも考えられなくもない。
(4)株式の物納
物納が認められるためには、現行制度においては、厳密な金銭納付困難要件を満たす必要がある。
仮に、今後、その判断基準が緩和され、要件を満たすことができたとしても、物納の許可の申請に係る物納財産たる株式が相続税法施行令18条二号で定める「管理処分不適格財産」に該当しないことが必要となる。
イ 上場株式の物納の有利性
株式の場合、単に著しく価格が下落したことのみの理由では管理処分不適格財産にはならない。
また、相基通43−3(9)注書きにより、上場株式の価額が証券市場の推移による経済界の一般的事由に基づき低落したような場合には、収納価額の改訂を行わないとされ、収納価額の改訂により減額されることなく、その収納価額は、課税価格計算の基礎となったその財産の価額であるため、納税義務者にとっては、有利である。
よって、物納制度は、株式の価値が急激に低下した場合において、理論上、納税者救済の機能を果たす。
ロ 収納価額の改訂の問題
相基通43−3は、収納価額の改訂を行う場合の例を列挙している。
その中で「(9)震災、風水害、落雷、火災その他天災により法人の財産が甚大な被害を受けたことその他の事由により当該法人の株式又は出資証券の価額が評価額より著しく低下したような場合」と定めている。
災害減免法においては、上場株式や非上場株式の区別なく、災害のやんだ日から2か月以内に、納税地の所轄税務署長に申請すれば、被害のあつた日以後において納付すべき相続税のうち、その税額にその課税価格の計算の基礎となった財産の価額のうちに被害を受けた部分の価額の占める割合を乗じて計算した金額に相当する税額を免除するといった救済の措置が講じられている(災害減免法4、災害減免令11@A)。
一方、租税特別措置法69条の6(特定土地等及び特定株式等に係る相続税の課税価格の計算の特例)は、特定非常災害発生日において所有していた特定株式等に係る相続税の課税価格に算入すべき価額は、その特定非常災害の発生直後の価額とすることができると規定しているが、上場株式を除外している(非上場株式は除外されていない。)。
よって、災害に起因して上場株式の株価が下落した場合は、物納財産の収納価額を減額する改訂要因に該当し、納税義務者は、相基通43−3(9)注書きにより担保されていた株価が下落した場合の損害のリスク回避という有利性を失う。
ハ 無価値となった株式の問題
(イ) 上場株式の問題
上場株式については、倒産等により無価値となったとしても、相続税法施行令18条二号で定める「管理処分不適格財産」に該当しないことから、株式がすべて消却されない限りは、物納が認められる。
また、この場合において、相基通43−3(9)注書きが適用され、直ちに収納価額の改訂の要因とはならない。
なぜなら、著しく低い価額での収納価額の改訂を行った場合、その後、将来、会社が再建されてその株価が高騰することもあり得、収納価額と売払い時の価額が大きく乖離することになり不合理が生じるためである。
ただし、将来、会社が再建されず、その株価が無価値のままであったとすれば、国に相当の損失を与えることになる。
(ロ) 非上場株式の問題
非上場株式の場合、財務局等が発行会社等への随意契約による処分を試み、それが不調に終わったときには、一般競争入札により処分することとなるが、倒産等の場合、通常は一般競争入札に必要な書類(有価証券届出書及び目論見書)の提出が困難であり、物納は認められない。
仮に、その財産による物納が認められたとしても、非上場株式については、相基通43−3(9)注書きの適用はなく、収納価額の改訂が行われ、著しく低い価額での物納となる可能性がある。
よって、非上場株式の価値が急激に低下した場合には、物納が救済的措置となる可能性は薄く、納税義務者は延納による納付手段を選択せざるを得ない。
今回の研究は、上場株式による物納の課題として、金融庁等から令和6年度に税制改正要望された@金銭納付困難要件の見直し、A上場株式に係る相続税評価方法の見直し及びB株式の物納に焦点を当てて行った。
制度は、時代のニーズに的確に対応すべきものであり、金銭納付困難要件の考え方は、変革期を迎えているとの筆者なりの判断から、若干の所見を示した。
次に、上場株式の評価に関して、相続開始後、下落した株式の評価に係る特例的な立法措置を設けることは、司法判断が示されたことにより、現行制度の下では困難であると考えられ、アメリカの代替評価法制度に倣った立法的措置を我が国の相続税において講ずることは、評価方法や物納制度の有無の違いから適当であるとは、一概には言えないとの結論に帰着した。
なお、相続開始後、下落した株式による物納は、理論上、納税義務者にとっての救済的措置となり得るが、管理処分不適格財産と判断された場合や下落後の価額での収納価額の改訂が行われた場合は、納税者救済の機能を果たすことはできない問題を含んでいる。
項目 | ページ |
---|---|
はじめに | 233 |
第1章 物納制度 | 237 |
第1節 物納の概要 | 237 |
1 国税の納付手段としての物納 | 238 |
2 物納による納税義務の消滅 | 238 |
第2節 物納の要件 | 242 |
1 実体要件 | 242 |
2 手続要件 | 245 |
第3節 沿革 | 245 |
1 相続税の導入 | 245 |
2 延納制度の導入 | 246 |
3 延納制度の改正の変遷 | 246 |
4 物納制度の導入 | 249 |
5 物納制度の改正の変遷 | 250 |
第2章 金銭納付困難事由について | 253 |
第1節 金銭納付困難事由の判断に係る議論 | 254 |
1 金銭納付困難事由の判定時期に係る議論 | 254 |
2 検証 | 256 |
3 検証結果 | 257 |
第2節 納税資金源に係る議論 | 257 |
1 納税資金源に係る三つの説 | 257 |
2 相続税の性格からの検証 | 259 |
3 相続税の性格以外の背景からの検証 | 264 |
第3節 金銭納付困難要件緩和の可能性 | 266 |
1 法令の規定 | 266 |
2 通達改正による対応 | 267 |
3 より納税者の立場に立った事務処理への転換 | 269 |
第4節 金銭納付困難要件の認定 | 270 |
1 物納申請者からの情報の提出 | 270 |
2 税務署長による調査 | 271 |
3 小括 | 273 |
第5節 要件の認定に係る課題 | 274 |
第3章 上場株式の評価 | 276 |
第1節 上場株式の評価方法 | 276 |
1 評価の原則 | 276 |
2 評基通の定めによる上場株式の評価 | 276 |
第2節 裁判例が示す株式評価の合理性 | 277 |
1 事案の概要 | 277 |
2 大阪地裁昭和59年判決の考察 | 278 |
第3節 相続開始後の上場株式の減価に係る検討 | 281 |
1 相続開始後の株価の暴落を理由とした相続税の減免に係る判断 | 281 |
2 評価額の事後的修正の要望 | 284 |
第4節 評価の特例に係る検討 | 287 |
1 相続開始後の株価変動の考慮に係る司法判断 | 289 |
2 代替評価法制度 | 289 |
3 新たな立法的措置(評価の特例)に係る考察 | 291 |
第4章 株式の物納 | 294 |
第1節 株式の物納の順位 | 294 |
第2節 管理処分不適格財産 | 295 |
1 有価証券の収納手続 | 296 |
2 上場株式が管理処分不適格財産となる場合 | 297 |
3 非上場株式が管理処分不適格財産となる場合 | 297 |
第3節 収納価額の改訂 | 299 |
1 株式の収納価額の改訂が行われる場合 | 299 |
2 株式の収納価額の改訂が行われる時期 | 300 |
3 相基通43−3(9)注書きに基づく株式の収納価額 | 300 |
4 災害減免法等と相基通43−3(9)との関係 | 301 |
第4節 無価値となった株式の物納 | 305 |
1 上場株式 | 305 |
2 非上場株式 | 306 |
第5節 小括 | 307 |
結びに代えて | 310 |
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