毛利 泰浩
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

酒類の免許制度においては、免許申請の拒否要件の一つとして「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の製造免許又は酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合には、税務署長は免許を与えないことができる。」と、いわゆる需給調整要件が規定されているが、本稿における考察に当たっては、仮に酒類の消費が拡大し、この需給調整の必要がなくなった場合を前提に議論を進める。
 酒税法7条1項において、酒類の製造をしようとする者は、製造しようとする酒類の品目ごとに、その製造場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければならないと規定されており、同条2項においては、一の製造場において製造免許を受けた後の1年間に製造しようとする酒類の見込数量が品目ごとに定められた数量に達しない場合には受けることができないといった「最低製造数量基準」が規定されている。この規定の趣旨は、酒類製造者は酒税の納税義務者となるため、酒税保全の観点から、採算の取れる程度の経営規模の者に限って酒類製造免許を付与することとするものであるが、この最低製造数量基準は、事業者の新規参入や既存事業者の事業展開の阻害要因となる可能性もある。
 最低製造数量基準は明治15年に制定された基準であるが、これまでの改正状況を見ると、唯一ビールについてのみ、平成6年4月に2,000キロリットルから60キロリットルへの改正が行われたが、それ以外の品目については大きな改正がされていない。
 酒税の保全のため、一定規模を製造できる酒類製造者に限定して免許を付与するという酒類免許制度の制度目的の観点からいえば、定量的・画一的な基準を設ける必要性は否定されるものではないとは思われるが、当時に比して酒類の製造技術や設備が進歩している状況などを勘案すれば、現行の最低製造数量基準の水準については検討の余地があると考えられることから、本研究においては現在の酒類製造者の製造規模、経営状況などを踏まえ、酒類の製造免許における最低製造数量基準が将来的にどうあるべきか検討を行う。

2 研究の概要

(1)酒類免許制度の概要

イ 酒類免許制度の目的

歴史の古い酒税は、明治30年代から昭和の初期にかけて我が国の租税収入の首位を占めるなど、古くから租税の中では重要な地位にあった。そのため製造者の濫立等による過当競争を防止し、酒税収入の安定を図る必要があること、高率な酒税を課すにふさわしい品質を維持する必要があることなどから、酒類の製造について免許制度が採られていると言われており、過去の判例でも、「酒税法は、酒税が我が国の租税収入中において重要な地位を占めていることから、国家財政上の重要な租税収入の確保を図り、国の財政需要を満たすという、積極的な財政政策を推進することを目的として、酒類の製造について免許制を採用していると認められるものである。すなわち、このような酒税の確実な徴収と課税の公平を担保するためには、酒類製造の事実及びそれぞれの製造数量を的確に把握する必要がある。このように、酒税の納税義務者たる酒類製造者に対する検査取締を確実なものとするために、酒類製造について免許制度を採用しているのである。」として、酒類製造免許制度の採用趣旨を示している。

ロ 酒類製造免許の種類

酒類の製造については、酒税法7条において「酒類の製造免許」、同法8条において「酒母の製造免許」、「もろみの製造免許」と3種類の免許が規定されている。
 また、「酒類の製造免許」は、同法において酒類の品目別に製造場ごとに、その製造場の所在地の税務署長の免許を受けなければならないとされていることから、酒類の製造に当たっては製造する酒類の品目ごとに免許を取得する必要があるということになる。
 なお、ここでいう酒類の品目とは酒税法で定められた品目であり、同法では酒類が17品目に区分されている。

ハ 酒類製造免許の拒否要件等

(イ) 酒税法7条2項(最低製造数量基準)

酒税法7条2項において、その製造場において製造免許を受けた後の一年間に製造しようとする酒類の見込み数量が定められた数量に達しない場合には、免許を受けることができないといった最低製造数量が品目ごとに規定されている。
 また、酒税法12条4号において、3年以上引き続き酒類の製造数量が同法7条2項に規定する数量に達しない場合は酒類の製造免許を取り消すことができると規定されている。

(ロ) 酒税法10条(製造免許の要件)

酒税法10条においては、「製造免許等の要件」として、酒類の製造免許、酒母若しくはもろみの製造免許又は酒類の販売業免許の申請があった場合において、同法の各号のいずれかに該当するときは、税務署長は免許を与えないことができるとされている。
 要件は1号から12号まであり、免許の申請者が過去に酒税法やアルコール事業法の規定により免許を取り消されたことのある者や滞納処分を受けた者、禁固以上の刑に処せられた者などといった「人的要件」(1号〜8号)、取締り上不適当と認められる場所に製造場等を設置する場合といった「場所的要件」(9号)、経営の基盤が薄弱であると認められる場合といった「経営基礎要件」(10号)、需給の均衡の維持のために免許を与えることが適当でない場合といった「需給調整要件」(11号)、酒類の製造に必要な技術的能力や設備を備えていないと認められる場合といった「技術・設備要件」(12号)の大きく5つに分けられる。

(2) 最低製造数量基準の概要

イ 最低製造数量基準の目的

近年の国会質問の答弁において、最低製造数量基準を定める理由について「酒税は、事業者所得等と異なり赤字企業であっても納税する必要があるため、納税が確保されるためには、一般に採算がとれる程度の製造規模であることが必要であるが、税務当局が免許申請時における個々の事業者の設備投資の状況により、今後のその製品の販売状況等を正確に判断することは困難であることから、全国的に統一的な税務行政を行うため、酒類製造の実態等を踏まえ、客観的な水準として最低製造数量基準を定めている。」と述べられている。
 また、「国民の保健衛生との関係から経営不振等による品質不良酒類の製造が行われないようにすることを考慮したもの」とも言われており、最低製造数量基準の規定趣旨は、「酒税の保全」とともに「国民の保健衛生に影響する酒類の品質維持」を担保することでもあると言える。
 なお、先述の国会質問において、最低製造数量基準の算定根拠についても問われているが、「酒類の製造方法や酒類を製造するために必要な設備等を勘案した酒類の製造者の製造コスト、経営状況等を総合的に勘案したものである。」と答弁している。

ロ 最低製造数量基準の改正の状況

酒類免許における最低製造数量基準は明治13年9月に制定された酒造税則の明治15年12月改正において、法定最低製造数量が加えられたことがはじまりである。その後の酒造に関する法律も酒造税法や酒税法と変遷をたどるが、最低製造数量基準は目的を同じくして現行の酒税法まで引き継がれている。
 最低製造数量基準のこれまでの改正の状況としては、平成6年3月にビールの最低製造数量の大幅な引き下げが行われたが、それ以外の品目については、品目に果実酒が追加されたことや焼酎が甲類や乙類に分けられたことなどによる最低製造数量の設定、古くは数量単位が「石」であったところ、「リットル」への単位変更を行ったことによる改正などにとどまり、最低製造数量基準が導入されて以降、ビール以外の品目については大きな改正は行われていない。

ハ ビールの製造免許に係る最低製造数量基準の引下げ

我が国におけるビールの製造・販売は、従来から大量生産を前提に多額の設備投資を要する装置産業として行われてきており、このような実態を踏まえ、ビールの製造免許にかかる最低製造数量基準については、他の酒類が6キロリットルから60キロリットル程度とされているのに対し、2,000キロリットルと高い水準に定められていた。
 しかしながら当時のビールの製造・販売について、諸外国においては、ミニ・ブルワリーやブルワリー・パブといわれる小規模製造場が出現・増加しており、また、ビールの小規模生産用の製造設備も開発されているという実情もあることなどから、平成5年9月の経済対策閣僚会議において公的規制の緩和の1項目としてビールの製造免許にかかる最低製造数量基準を次期酒税法改正時に引き下げることとされた。
 そのため、水準についての見直しが行われ、平成6年4月に2,000キロリットルから60キロリットルに引き下げが行われた。

(3)酒類免許制度における特例等

イ 特区制度

実情に合わなくなった国の規制が民間企業などの経済活動を妨げていることがあることから、こうした実情に合わなくなった国の規制について、地域を限定して改革することにより、構造改革を進め、地域を活性化させることを目的として平成14年に「構造改革特別区域法(平成14年法律第189号)」が創設された。
 そして同法において、酒類の製造については地域の活性化に寄与できるものとして、「酒税法の特例」として特別区域として認定された区域での免許取得時における最低製造数量基準の緩和などが規定されている。

(イ) 酒税法の特例の概要

特区で実施できる特定事業は酒類の関係では現在、特定農業者による特定酒類の製造事業として、農家民宿等を営む農業者が自ら生産した米を原料としたその他の醸造酒(濁酒)又は果実を原料とした果実酒を製造するため、これら酒類の製造免許を申請した場合には、最低製造数量基準等が適用されない。また、特産酒類の製造事業として、地域の特産物である農産物等を原料とした単式蒸留焼酎、果実酒、原料用アルコール又はリキュールの製造で、最低製造数量基準等を単式蒸留焼酎又は原料用アルコールにあっては不適用、果実酒にあっては6キロリットルから2キロリットル、リキュールにあっては6キロリットルから1キロリットルとすると規定されている。

(ロ) 特区制度による製造免許の認定状況

どの品目についても免許場数については連年増加が見られるが、免許場数と認定計画数を比較すると、その他の醸造酒については認定計画数を上回る免許場数となっているが、果実酒、リキュール、単式蒸留焼酎については、現時点では認定計画数に比して交付された免許場数が少ないことから、認定された地域の中には免許取得がない地域が複数あり、地方公共団体に地域活性化等の強い思いはあっても、酒類製造に参入を希望する事業者が少ないのではないかということも考えられる。
 しかしながら、当該地域の今後の免許場数の増加は十分にあり得るであろうし、全ての品目の免許について、年々、免許場数の増加が見られることからも、特区制度による小規模事業者の参入は酒類製造業界の活性化にも有用であると思われる。

(ハ) 特区製造者のコンプライアンスの状況

構造改革特別区域において実施される規制の特例措置は、一定期間経過後に構造改革特別区域推進本部評価・調査委員会において実施状況の評価が行われている。
 平成19年の評価・調査委員会調査結果によると、「特定農業者による濁酒の製造事業」に関して財務省(国税庁)が行った特例対象者に対する調査では、納税申告事績に問題があった製造場や、記帳義務不履行、申告・承認・届出等各種義務不履行の製造場が複数認められているほか、国税庁酒税課の部内会議において、新規免許者の酒類製造者のコンプライアンス向上について議論が交わされていることからも、小規模事業者の参入はコンプライアンスの面において課題があると認められる。

ロ 輸出用清酒に係る製造免許の特例

日本酒の輸出拡大に向けた取組み等を後押しする観点から、令和2年度税制改正により最低製造数量基準が適用除外となる日本酒輸出用の製造免許が新たに設けられた。
 当該免許の取得件数は、令和4年10月末現在で6件と現在まではそれほど多くない状況であるが、酒類の輸出は年々増加していることから、今後の免許申請の増加は期待できると考える。

(4)酒類業界の現状

イ 酒類市場全体の状況

我が国の酒類の国内市場は、少子高齢化や人口減少等による人口動態の変化、高度経済成長後における消費者の低価格志向、ライフスタイルの変化や嗜好の多様化等により、全体として中長期的に縮小してきている。
 このような状況の変化を背景に酒類の課税数量は平成11年度の10,166千キロリットルをピークに令和2年度は8,141キロリットルと年々減少が続いている。
 一方で免許場数は清酒が減少傾向であるものの、発泡酒やリキュールなどその他の品目の酒類が増加傾向にあることから、酒類全体としては近年増加傾向となっている。
 また、酒類の輸出については、日本産酒類の国際的評価の高まりを背景に近年は大きく伸長を続けており、令和3年の日本産酒類の輸出金額は約1,147億円となり、平成24年以降、10年連続で過去最高を記録している。
 なお、品目別に見ると令和3年に輸出金額が一番多額であった品目はウイスキーであり、次いで清酒、リキュール、ビールの順となっているが、その他の品目も含め酒類は全般的に前年を大きく上回る輸出金額となっている。
 現在、酒類市場は世界全体で100兆円を超える規模があるとされているが、日本産酒類は世界の酒類市場の0.1%にも満たない規模にとどまっていることを鑑みれば、海外市場の開拓は酒類業の更なる発展のために必要不可欠な取組みであり、国税庁においても酒類の輸出促進のために積極的な取組みを行っている。

ロ ウイスキー製造業界の状況

(イ) 課税数量の推移

ウイスキーの課税数量は、昭和46年のウイスキー輸入全面自由化を契機に大きな増加が見られていたが、その後はウイスキーの増税(昭和59年)などの影響により減少に転じている。しかしながら、平成20年以降はまた増加傾向となっており、その要因としては、国内での「ハイボール」ブームや、海外でのいわゆるジャパニーズ・ウイスキーの評価・人気が国内にも還流しているものと考える。

(ロ) 製造場数の推移

ウイスキーの製造場数は課税数量に比例し、近年は増加傾向であり、令和2年度においては134場と過去最高の製造場数となっている。
 なお、ウイスキーの製造は、同じく蒸留酒である焼酎などと比較しても製造工程が長く、最初の投資から製品の販売までの期間が長いことから、ある程度の資金力がないと新規参入が困難な業界である。そのためか近年の参入事業者を見ると、日本酒メーカーや焼酎メーカーが多角経営することでの参入が目立っている状況である。

(ハ) 製造場における製造数量の状況

令和2年度の134場の製造場における製造数量を見ると、製造場のうちの14.2%、休場している製造場を除くと21.1%の製造場の製造数量がウイスキーの最低製造数量として定められた製造数量6キロリットル以下となっている。なお、分布で多い範囲としては製造数量10キロリットル以上60キロリットル未満の製造場で25場、次いで6キロリットル未満が19場となっている。

ハ ワイン(果実酒)製造業界の状況

(イ) 課税数量の推移

果実酒の課税数量は、ワイン人気の高まりなどから平成27年以降大きく増加し、平成29年には382千キロリットルまで増加が見られたが、その後は高い水準を維持しているもののほぼ横ばいで推移している。

(ロ) 製造場数の推移等

果実酒の製造場は増加傾向であり、令和2年には662場まで増加している。特に近年急激な増加が見られるが、この増加要因は旺盛な需要を背景に特区制度による果実酒製造免許の最低製造数量の不適用や緩和によるものが大きいのではないかと考える。

(ハ) 製造場における製造数量の状況

令和2年度の662場の製造場における製造数量を見ると、製造場のうちの32.9%、休場している製造場を除くと44.0%の製造場の製造数量が果実酒の最低製造数量として定められた製造数量6キロリットル以下となっている。ただし、これは特区制度による免許取得の増加も要因の一つであると考える。

ニ 清酒製造業界の状況

(イ) 課税数量の推移等

清酒の課税数量は、酒類全体の消費量の減少、さらにはリキュール等の他の品目の消費量の増加等により、昭和48年の1,766千キロリットルをピークに減少を続け、令和2年には414千キロリットルまで大きく減少しているが、一方で清酒の課税数量をタイプ別に区分してみると、普通酒については減少傾向であるが、純米酒及び純米吟醸酒といった高品質な清酒については連年増加傾向となっている。こうしたことから、課税数量は減少をたどっているものの、出荷単価は上昇し、出荷金額もわずかではあるが増加基調が見られる。

(ロ) 製造場数の推移等

清酒の製造場数は年々減少を続けており、令和2年の清酒の製造場数は1,709場と昭和31年の4,135場をピークに大きく減少している。これは、酒類消費量の減少等に伴う事業者の廃業や事業規模縮小により、免許の取消しや消滅が発生している一方で、清酒製造免許の取得の要件には需給調整要件があり、当該要件により新規事業者が清酒市場に参入できないことが要因の一つであると考える。

(ハ) 製造場における製造数量の状況

令和2年度の1,709場の製造場における製造数量を見ると、製造場のうちの49.0%、休場している製造場を除くと62.0%の製造場の製造数量が清酒の最低製造数量として定められた製造数量60キロリットル以下となっている。なお、分布で一番多い範囲としては製造数量10キロリットル以上60キロリットル未満の製造場が507場と全体の約30%を占めている。

(ニ) 経営状況

清酒製造業界全体としては欠損又は低収益事業者の割合が事業者全体の58.3%と非常に厳しい状況である。
 なお、清酒の製成数量規模別に事業者1者平均の売上総利益率と営業利益率をみると、近年では全事業者の1者平均に比して製成数量100キロリットル以下の事業者の1者平均の方が売上総利益率、営業利益率ともに上回る結果が出ており、これは小規模事業者が普通酒から純米吟醸酒など高品質な酒類の製造にシフトすることで、数量減、売上減でも利益が確保できるような事業展開を行っていることが要因であるのではないかと考える。

ホ ビール製造業界の状況

(イ) 課税数量の推移

ビールの課税数量は、平成6年の7,413千キロリットルをピークに令和2年には1,828千キロリットルまで減少している。
 これは、低価格の発泡酒やチューハイ、ビールに類似した酒類(いわゆる新ジャンル)の台頭が大きな要因であると考えられる。

(ロ) 製造場数の推移等

ビール製造業者は過去にはアサヒ、キリン、サントリー、サッポロ、オリオンの大手ビールメーカー5社のほぼ独占となっていたが、平成6年4月にビールの年間最低製造数量が2,000キロリットル以上から60キロリットル以上に緩和されたことで小規模な醸造所が続々と参入し、依然、出荷量のシェアは大手5社が多くを占めているものの、平成15年には337場と大幅な増加が見られた。
 その後に発泡酒等低価格商品の台頭などによる課税数量の減少などのあおりを受けて、製造場数の減少が見られたものの、「冬の時代」を耐えしのいだ醸造場が、その品質を上げ、クラフトビールの国際コンクールで日本のクラフトビールが金賞を受賞したことを皮切りに、毎年、国内外のコンクールにおける受賞が続いていることや、世界的なクラフトビール・ブームも手伝い、製造場数は平成26年度以降、再び増加に転じ、令和2年は514場となっている。

(ハ) 製造場における製造数量の状況

令和2年度の514場の製造場における製造数量を見ると、製造場のうちの69.1%、休場している製造場を除くと78.7%の製造場の製造数量がビールの最低製造数量として定められた製造数量60キロリットル以下となっている。なお、分布で多い範囲としては製造数量6キロリットル未満が152場(全体の29.6%)、次いで製造数量10キロリットル以上60キロリットル未満が143場(全体の27.8%)となっている。

(ニ) 経営状況等

ビール製造業界については、ビール製造のみを業とする者は全体の約7%程度であり、また、事業者の総売上高のうちビール売上高の占める割合が10%未満の事業者が全体の約45%を占めているなど、多くの事業者が他に主の事業があるところ、兼業としてビール製造業界への参入を行っている。そのためか、経営状況を見ても事業者の退出入は少なくないものの、近年の大手5社を除く1者平均の売上総利益率は40%前後、営業利益率は5%から10%と、他の製造業と比しても遜色のない経営状況となっている。

(5)最低製造数量基準の適法性(酒税法違反被告事件「最高裁平成元年12月14日第一小法廷判決」)

この事件は、被告人が自己消費の目的で免許を受けずに清酒を製造したことで酒税法51条1項の無免許酒類製造罪で起訴された事件であり、「どぶろく裁判」と呼ばれているが、同判決は、酒税法において酒類製造について免許制を採用し、免許付与の条件として法定数量を定めることについて必要性と合理性を認めることができると判示している。

イ 判示内容

この事件は、自己消費を目的とした酒類の製造を違法として処罰することの合憲性が争点となったものであり、本研究の目的とは若干逸れるが、同判決は、「酒税法が、その七条一項において酒類製造について免許制を採用し、二項で免許付与の条件として法定数量を定め、五四条一項で無免許による酒類製造を罰して自己消費目的の酒類製造を禁止しているのは、国が国家財政上重要な酒税収入の確保を図るという財政政策的見地から採用した法的規制措置であり、しかも、その目的において一応の必要性と合理性を認めることができ、また、その規制手段においてそれが著しく不合理であることが明白であるとは認められない。」と判示している。

ロ 判示内容に対する評釈等

当該判示に対して一部の学説では、「酒類製造を自由に認めると、酒税の適正な確保が不可能になるという立法事実が酒税法制定時には一般的に正しかったとしても、本件のような少量の清酒を自己消費で製造する場合には、現代社会の生活環境など諸々の要因を考慮に入れると、酒税収入の減少をもたらすような状況が生み出されると考えることは難しい。すなわち、本件のような事実関係の下では、酒税法を支えてきた立法事実は現代の社会事実と合わなくなってきているということである。裁判所は、立法が規制対象としている行為を現代社会の事実に照らして正確に判断すべきであった。」といった制定時は容認できるとしても、現代においては、すでに合理性に欠ける制度となっているのではないかといった指摘がある。

ハ まとめ

当事件では、酒類製造において免許制を採用していることや、免許付与の条件として最低製造数量を規定していることは、その目的に一応の必要性と合理性を認めることができ、また、その規制手段においてそれが著しく不合理であることが明白であるとは認められないと判示していることから、最低製造数量基準を規定していること自体には違法性はないと判断できる。
 ただし、一部の学説で言われているとおり、拒否要件等が制定された当時と現代社会は大きく変化しており、少なくとも免許取得の拒否要件として定められた最低製造数量の水準の妥当性については、社会経済等を踏まえた検証が必要ではないかとの主張にも一理あるのではないかと考える。

(6)最低製造数量基準の役割・効果

イ 酒税の保全

酒税は、平成に入るまではほぼ毎年のように収入を伸ばしていたが、昭和63年度の2兆2,021億円をピークにその後は減少を続け、令和3年度は1兆1,760億円となっている。また、同様に国税収入に占める酒税収入の割合も減少傾向で、昭和の終わりには国税収入の5%程度を占めていたところ、令和3年においては1.7%まで減少している。
 なお、酒税収入に対する滞納割合は大きく減少を続け、平成20年代以降は、0.1%に満たない滞納割合で推移している。また、酒税の滞納割合は他の税目の滞納割合に比して非常に低い水準で推移している。
 「酒税の保全」とは、制度の導入時に示された目的や過去の判例などを見ると「酒税収入の安定的かつ効率的な確保」と解される。
 酒税収入の金額面での安定的な確保という観点では、酒税収入は年々減少し、過去と比較すると国税収入に占める酒税収入の割合も低くなっている状況にあり、金額面での「安定的な確保」という点を問えば十分ではないとも言えるが、酒税収入額の減少は免許制度の問題というより、我が国の人口動態の変化や、消費者の低価格志向、嗜好の多様化等による酒類の消費量の減少という今日の経済情勢が大きな要因であると考えられ、酒税収入額が減少しているものの、滞納者は非常に少ない状態を維持している。つまり、課税された酒税は円滑かつ確実な徴収が行われていることを踏まえると、最低製造数量基準に基づく免許制度も酒税の保全の確保に有用な制度であると考えることができる。
 しかしながら、@実際に酒類製造業界に参入している事業者の中には酒類の製造量が品目ごとに定められた最低製造数量に満たない事業者が少なくない状況にあること、A酒税法10条の免許の拒否要件として経営基礎要件や技術・設備要件などがあり、当該要件で経営に不安等のある事業者の排除が可能であること、B酒税においては、「保全担保制度」や「酒類業組合法」さらには小規模事業者への「税率の特例」など、酒税の保全のために様々な政策等が採られていることなどを考慮すると、最低製造数量基準がなくとも現状と同様に酒税の保全は確保できるのではないかとも考えられる。

ロ 酒類の品質・安全性の確保

行政による規制は大別して経済的規制と社会的規制に分かれる。経済的規制とは経済の状態を最適にするための規制であり、社会的規制とは非経済目的、すなわち環境、安全などの規準水準の達成を民間主体に強制するものである。
 酒類製造における免許制度、また、免許取得において条件として定められた最低製造数量基準は、行政による参入規制であり、制度の目的が酒税の保全であることから経済的規制であると考えられるが、一方で不適格者の市場参入を排除することで酒類の品質や安全性を確保するなどといった消費者の安全を目的とした社会的規制の側面があるとも考える。
 薬事法違憲判決(最高裁昭和50年4月30日大法廷判決「行政処分取消請求事件」)は、薬局開設の許可における距離制限規定に関して争われた事件であるが、同判決において、「許可制の合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するより緩やかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要するもの、というべきである。」と示された。
 つまり、最低製造数量基準の目的の一つである酒類の品質や安全性の確保という社会的規制(消極的目的規制)の面のみで見ると、本来、競争を制限することなく、事業活動に規制を課すことが妥当であり、制度が容認されるためには、事業活動に対する規制では参入規制に比べて目的を十分に達成することができないと認められることが必要となると考えられる。
 「酒類業の健全な発達」は国税庁の任務の一つであり、その取組みの一つとして酒類の品質の向上や安全性の確保を掲げ、酒類の安全性に関して問題を把握した場合にはその原因究明を迅速に行い再発防止に向けた適切な対応を行うとともに、酒類業者のコンプライアンスの維持向上を図るために指導や講習会での周知を行っている。
 仮に、免許取得の条件である最低製造数量基準がなかった場合、小規模事業者が参入可能となることで、コンプライアンスに対する意識が希薄な事業者が現れてくることも想定されるが、これらの国税庁の取組みは財務省設置法を根拠とするものであり、法的権限や措置のない行政指導などであること、また、事業者の急激な増加は、業界団体や監督官庁である国税庁における管理や指導にも影響してくることから、事後の規制の実効性は十分に担保できなくなることも想定されるため、酒類の品質や安全性の確保のために最低製造数量基準を規定することは容認できると考える。

3 結論

酒税の保全の観点から考えると、現状、最低製造数量に満たない事業者が少なくない状況にあることや、酒税法10条の免許の拒否要件や保全担保制度など酒税の保全のために様々な政策等が採られていることを考慮すると、最低製造数量基準がなくとも酒税の保全は確保できるのではないかとも考えられるが、仮に最低製造数量基準が廃止となった場合には、小規模な事業者が多数参入してくることが考えられ、その場合は法令上の各種義務の遵守などのコンプライアンス低下の懸念や最低製造数量基準のもう一つの目的である酒類の品質・安全性が確保できなくなるおそれがあることから最低製造数量基準については引き続き維持する必要があると考える。
 ただし、最低製造数量の水準については、最低製造数量を下回る製造場が少なくない状況であることからも、仮に今後、酒類の消費が拡大し、需給調整の必要がなくなった場合には社会情勢等の現状を踏まえた数量の適正な水準についての検討を行う必要があるのではないかと考える。
 なお、検討に当たっては、制度の目的は異なるが特区制度についても有用と考えることから、特区制度の拡大も含め、かつ、税務当局における免許申請審査事務や法令遵守の指導などの徴税コストの増加も踏まえて判断すべきであると考える。


目次

項目 ページ
はじめに 220
第1章 酒類製造免許制度等の概要 222
第1節 酒類免許制度の概要 222
1 酒類免許制度の沿革 222
2 酒類免許制度の目的 224
3 酒類製造免許等の種類 225
4 酒類製造免許の拒否要件等 228
第2節 最低製造数量基準の概要 235
1 最低製造数量基準の目的 235
2 最低製造数量基準の改正の状況 237
3 ビールの製造免許にかかる最低製造数量基準の引下げ 239
第3節 特区制度 240
1 酒税法の特例の概要 241
2 特区制度による製造免許の認定状況 242
3 特区製造者のコンプライアンスの状況 243
第4節 輸出用清酒製造免許 244
1 輸出用清酒製造免許の概要 244
2 免許の取得状況 245
第2章 酒類業界の現状 246
第1節 酒類市場の状況 246
1 酒類の課税数量 246
2 免許場数の状況 248
3 酒類輸出取引の状況等 248
第2節 各品目の業界の状況 250
1 ウイスキー製造業界の状況 250
2 ワイン製造業界の状況 253
3 清酒製造業界の状況 256
4 ビール製造業界の状況 263
第3章 最低製造数量基準の在り方 268
第1節 最低製造数量基準の適法性 268
1 事件の概要 269
2 判示内容 269
3 判示内容に対する評釈等 270
4 小括 271
第2節 最低製造数量基準の役割・効果 271
1 酒税の保全 272
2 社会的要請に対する対応 279
第3節 最低製造数量基準の今後の在り方 284
1 最低製造数量基準の必要性 284
2 基準数量の適切性 285
3 小括 285
結びに代えて 287