森田 哲也
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

所得税法には、同法60条、60条の3など贈与、相続又は遺贈に係る規定が多く設けられている。これらの所得税法の規定と、相続税法におけるみなし規定の関係については、生命保険金に係る相続税と所得税の二重課税以外、これまであまり問題とされず整理されていない分野であると思われる。
 近年、信託による不動産や株式の移転、ジョイントテナンシーに基づく不動産権の移転等が、みなし規定により相続税及び贈与税の課税対象となる事例が見受けられるようになっている。相続税法のみなし規定の適用を受けた納税者は、その対象となった財産については、所得税法においても本来の相続財産等と同様の取扱いを受けると考えるのではないだろうか。本稿は、この問題意識を出発点として、相続税法のみなし規定の効果が及ぶ範囲、対象財産の取扱いについて、公表されている譲渡所得の取扱いを中心に検討を行うことを目的とする。

2 研究の概要

(1)相続税法のみなし規定について

イ みなし規定の効果が及ぶ範囲

税法には様々な「みなし規定」が公平負担の見地から設けられている。この「みなし規定」とは、ある事柄を、それとは別な事柄を一定の法律関係については同一のものとして、前者について生じる効果を後者についても同一の効果を生じさせる機能をもつ規定である。
 「みなし規定」については、相続税法15条(遺産に係る基礎控除)など、その条文においてその効果の及ぶ範囲を定めている場合が多いが、条文に効果が及ぶ範囲の定めがないものであっても、相続税法66条(人格のない社団又は財団等に対する課税)など内容によってそれが決まるものがある。
 それらの規定に対し、相続税法第1章第2節(相続若しくは遺贈又は贈与により取得したものとみなす場合)のみなし規定により贈与等により取得したものとみなされた効果が及ぶ範囲は条文の定めもなく疑問が生ずる。

ロ 租税特別措置法におけるみなし贈与等の取扱い

所得税に係る租税特別措置法(以下「措置法」という。)である、措置法9条の7(相続財産に係る株式をその発行した非上場会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例)1項及び同法39条(相続財産に係る譲渡所得の課税の特例)1項は、その相続又は遺贈による財産の取得には、「相続税法又は…の規定により相続又は遺贈による財産の取得とみなされるものを含む。」と規定されている点が共通している。両規定の創設及び改正の経緯から、所得税法に係る措置法の特例においては、相続税法のみなし規定の効果は及ばないとの文理を重視した解釈が行われているものと考えられる。
 一方、相続税法の規定は、当然、その特例である措置法の規定に影響を及ぼすと解することは妥当であり、相続税法と相続税法の特例である措置法は、一体(包括的なもの)と解すべきであり、相続税法と所得税法の関係とは異なるものと考えるべきとの見解がある。
 小規模宅地等の特例(措法69の4)は、相続税法の信託規定(相法9の4E)を準用するが、この準用規定は、信託法改正に伴う平成19年税制改正により設けられた規定であり、同年に廃止された「土地信託通達」に定められていた従来の取扱いを法令上明確化したものとされている。
 この取扱いは、信託は、信託を含む法律関係から離れて、実質的な経済関係に直目した課税を行なおうとする信託税制の原則に基づくものと考えられる。
 小規模宅地等の特例の取扱いとは異なり、農地等の納税猶予(措法70の4等)及び非上場株式等の納税猶予(措法70の7等)は、信託の受益権を取得した者を対象外としていると考えられている。その理由は、受託者に財産の管理運用を委任する信託が特例の趣旨になじまないこと、農地法3条が原則として信託を禁止するなど、特例の規定が準拠する農地法及び経営承継円滑化法が信託の利用を前提としていないこと、相続税法のみなし規定の擬制の効果が税法ではない法律に及ぶとは考えられないことなどである。このように、相続税法の措置法の特例にみなし規定の効果が及ぶかについては、個々の特例ごとにその創設の経緯、趣旨等から判断するほかないものと考えられる。

ハ みなし贈与財産等の所得税法における取扱い

みなし贈与財産等について所得税法上の取扱いが明らかにされているものに、当該財産を譲渡した場合の取得費及び特別控除額の取扱いがある。

(イ) 特別縁故者が取得した資産の取得費(国税庁HP質疑応答事例)

特別縁故者が相続財産の分与により相続財産を与えられた場合、相続税法上は遺贈により取得したものとみなされる。一方、当該財産を譲渡した場合における当該財産の取得費は、所得税法上遺贈により取得したものとみなす規定がないことから所得税法60条の適用はなく、分与時の価格で取得したことになるとされている。

(ロ) 共有持分の放棄により取得した財産の取得費(国税局研修資料)

土地の共有者の一人が、その持分を放棄したとき、その者の持分は、他の共有者がその持分に応じ贈与により取得したものとみなされる(相9、相基通9−12)。当該持分を取得したとみなされた者が、その後当該土地を譲渡した場合の取得費は、所得税法60条に規定する「贈与」には、相続税法の規定にみなし贈与を含むとする規定がないことから同条の適用はなく、当該持分の取得費は零円とされている。

(ハ) 信託の残余財産の取得費(国税庁HP質疑応答事例)

土地を信託財産とする受益者等課税信託が、被相続人の死亡により終了し信託の残余財産である土地を帰属権利者として指定された受益者が取得した場合、相続税法上当該土地を遺贈により取得したものとみなされる。受益者がその後当該土地を譲渡した場合の取得費の計算については、所得税法60条1項の趣旨を踏まえ、同項の適用があるとするのが相当とされている。

(ニ) 信託の残余財産に係る措置法35条3項の適用(国税庁HP文書回答事例)

帰属権利者が取得した残余財産の土地は、相続税法上遺贈により取得したものとみなされるが、措置法35条3項は、相続又は遺贈(死因贈与含む。)により取得した場合に限定され、相続税法の規定により遺贈等による財産の取得とみなされる場合を対象に含む旨は規定されていないことから、特例の適用はできない。

ニ 所得税法におけるみなし贈与財産等の取扱いの問題点

上記の事例から、相続税法のみなし規定の効果は所得税法及び所得税法に係る措置法の特例には及ばないと言える。しかし、上記(ハ)のように規定の趣旨を重視し、経済的実質を重視した取扱いが認められる例もある。
 所得税法及び所得税法に係る措置法における相続税法により贈与又は遺贈により取得したものとみなされた財産の取扱いについて、再度、適用関係及びその理由を検討する必要があると考える。

(2)税法の解釈と借用概念

イ 税法法規の解釈の在り方

税法の解釈、特に租税実体法の解釈においては、法文からはなれた自由な解釈を許すことは、租税法律主義の原則が税法の解釈を通じて崩れることとなるため許されず、基本的には厳格な解釈が要請される。現在の裁判所の立場も、租税法規の解釈を文理解釈に限る、いわゆる厳格解釈の手法を採用していると考えることができる。もっとも、文言だけからは、いくつかの解釈の可能性が考えられるような場合には、法条の趣旨や法規の目的を斟酌し、解釈することが必要となる。

ロ 借用概念の解釈

借用概念について問題となるのは、それを他の法分野で用いられているのと同じ意義に解すべきか、それとも徴収確保ないし公平負担の観点から異なる意義に解すべきかの問題である。この点については、統一説が多数説とされ、別意に解すべき特段の事由がない限り、借用概念は他の法分野におけると同じ意義に解釈するのが、租税法律主義=法的安定性の要請に合致しているといえる。

ハ 別意に解すべき事由のある場合

この別意に解すべき特段の事由があり、借用概念について民法におけると異なる意味で解釈することが許されるとされた判例として、負担付贈与に関する最高裁昭和63年7月19日第三小法廷判決をあげることができる。最高裁は、「所得税法60条1項1号にいう『贈与』には贈与者に経済的な利益を生じさせる負担付贈与を含まないと解するのを相当」と判示した。
 同法60条1項1号所定の「贈与」の意義を同条の立法趣旨に即して解釈するならば、受贈者が何らの負担も負わない単純贈与と、負担付贈与のうち、受贈者の負担が、贈与者に対して、何らの経済的利益ももたらさないもののみを意味すると解することができる。この判決は、所得税法60条の規定にいう「贈与」の意義を民法における「贈与」の意義よりも狭く解釈している点に特徴があり、私法からの借用概念ではなく、所得税法上の固有概念として、これらの「贈与」概念をとらえているものと考えられる。

ニ 贈与概念を借用する問題点

借用概念である「贈与」について、税法上の意義に問題が生じるのは、同じ借用概念である「相続」及び「遺贈」とは異なり、贈与は民法に典型契約として規定されているもので、契約自由の原則の下では、無償性を中心とする贈与の属性の濃淡の程度によって相対的に判断されるものと言えるためと考えられる。民事上の紛争を処理するにあたり無償契約に関する規定と有償契約に関する規定のいずれの規定を適用すべきかという観点から贈与の概念が問題とされ、個別の事件の解決を図るため弾力的な解釈適用を行うのが普通であり、民法の贈与はそのような機能ないし性質を有している。私法上の概念の内容について、私法上の判断も一つでない以上、結局問われるべきは、借用概念か否かではなく、租税法規が私法概念とその意味内容を借用しているかどうかであり、それを決定するのは、租税法規の文脈、体系、構造及び趣旨目的であると考えられている。

ホ 民法上の贈与

民法549条は、「贈与とは、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾することによって、その効力を生ずる。」と規定している。同条は、贈与が、贈与者が受贈者に対して無償で、ある財産を与えることを約束することによって成立する諾成・片務・無償の契約であることを示している。
 民法では財産権の譲渡のみならず、それ以外の方法でなされる無償の財産的出捐、たとえば債権の免除、用益物権の設定も贈与に含むとされている。

へ 遺留分算定の基礎となる財産に算入される贈与

民法1043条1項は、「遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。」と規定している。
 遺留分算定の基礎となる財産に算入される贈与とは、民法が贈与契約として規定するものに限らず、広くすべての無償処分を意味し、寄附行為、無償の信託の利益の供与、無償の債務免除なども含み、無償の人的又は物的担保の供与も含まれるものと解されている。無償の信託の利益の供与としては、他益信託が考えられる。

ト 他益信託設定の原因となる贈与

民法上の贈与が、口頭をもっても有効に契約が成立することからすると、親族間の他益信託の場合、委託者と受託者が信託契約を締結する際には、委託者と受益者の間に、贈与の合意が成立していると認められるものと考える。「直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税」(措置法70条の2の2)が、信託がされる日までの申告書の提出を手続要件としていることから考えると、委託者と信託会社が信託契約を締結するに先立ち、委託者と受益者の間で贈与の合意があることが想定できる。
 四宮和夫教授は、信託契約の性質に関して、「私益の他益信託を設定する生前行為は、受益者に受益権を与える行為でもあるから、その背後には、委託者・受益者間に一種の原因関係(対価関係)が存するはずである。」とし、「対価関係は、信託の場合、大抵は贈与であるが、有償の場合(例、担保・売買)もありうる。」と述べている。
 このように、他益信託の契約の原因関係として委託者と受益者の間に贈与が成立していると観念できる場合には、所得税法上の贈与に、無償で財産が移転する合意がありその移転の手続として信託が利用されている場合が含まれると解釈することも可能であると考える。

チ 信託の原因となる贈与の課税時期

信託契約の原因関係として書面によらない贈与が成立していると認められるとし、それが履行された時が贈与財産の取得時期であるとすると、履行の時期については、委託者が信託財産を受託者に移転した時期と受益者が現実の給付を受けた時期のいずれかが問題となる。受益権が信託財産に対して物的相関関係に立つ物権的権利であることを考えると、その財産権について信託契約が締結され、受託者に占有又は登記が移転されれば、受益者がその財産権自体の現実の給付を受けなくても、履行を終えたものということができると考えられる。よって、贈与の履行の時期は、委託者が信託財産を受託者に移転したときと考えられ、信託課税の課税時期は契約時が原則であることから、口頭の贈与よりも信託の課税時期が先に到来することとなる。
 これに対し、信託の原因関係としての贈与が死因贈与のように停止条件が付されている場合、その贈与に係る贈与税の課税時期は、その停止条件の内容が信託契約に定められていることから、結果的に信託課税の課税時期と同じく、受贈者が受益者としての権利を取得した時となるものと考える。原因関係としての贈与の存在を認めたとしても、結果的に相続税法9条の2による課税となるものと考えられる。

リ 民法上の贈与と相続税法のみなし贈与の関係

相続税法は、みなし贈与の規定を設け、実質的に贈与による財産の取得と異ならないような経済的利益の享受については、贈与によるものとみなして贈与税課税することを定めている。
 この相続税法のみなし贈与規定の対象となる行為については、その当事者の主観的意思さえ明らかであるならば、民法上の贈与概念に含まれると認められるものと考える。
 例えば、著しく低い価額の対価による財産の譲渡で、対価と時価との差額を贈与の意思をもってするものは負担付贈与となり、贈与税の扱いにおいては、相続税法7条の規定により譲渡者の贈与の意思の有無にかかわらず、対価と時価との差額の贈与と見なされる。
 信託に関する権利もみなし贈与の対象となる財産であるが、委託者と受託者との間の信託契約とは別に、委託者と受益者の間の贈与の意思及び両者の合意の存在が認められる場合もあると考える。
 民法上の贈与の無償性とは、主観的な観念であって、両当事者の合意によって財産的出捐が対価を伴わぬものとされることであるとされる。当事者の贈与の意思、無償性を立証することは難しく、課税要件事実の判定が容易でないのが実情である。
 そこで、課税の公平及び担税力にみあった課税を行うために、そのように贈与とすべき財産的出捐を贈与税の課税要件とするための立法的措置がみなし贈与の規定であるといえる。みなし贈与規定の要件に合致する限り当事者の意思の有無を問わず、無償による財産的出捐が行われた場合には、贈与が行われたものとみなされることになる。

(3)無償譲渡に係る所得税課税の構造

イ みなし譲渡課税

最高裁昭和50年5月27日第三小法廷判決(民集29巻5号641頁)は、譲渡所得の本質が、清算課税説であることを明らかにしたうえで、「所得税法33条1項に言う『資産の譲渡』とは、有償無償を問わず資産を移転させるいっさいの行為をいうものと解すべきである。そして、同法59条1項(…)が譲渡所得の総収入金額の計算に関する特例規定であって、所得のないところに課税譲渡所得の存在を擬制したものではないことは、その規定の位置及び文言に照らし、明らかである」と判示した。このように譲渡所得を発生させる譲渡には贈与のような無償による財産の移転が含まれると解釈することが、現在の判例の立場であると考えられる。

ロ 相続等における課税の繰り延べ

(イ) 取得価額の引継ぎによる繰り延べ

最高裁平成17年2月1日第三小法廷判決(裁判集民事216号279頁)は、課税の繰り延べを認めた所得税法60条1項1号の趣旨について「譲渡所得課税の趣旨からすれば、贈与、相続又は遺贈であっても、当該資産についてその時における価額に相当する金額により譲渡があったものとみなして譲渡所得課税がされるべきところ(法59条1項参照)、法60条1項1号所定の贈与等にあっては、その時点では資産の増加益が具体的に顕在化しないため、その時点における譲渡所得課税について納税者の納得を得難いことから、これを留保し、その後受贈者等が資産を譲渡することによってその増加益が具体的に顕在化した時点において、これを清算して課税することとしたものである。」と判示している。

(ロ) 利子、配当所得課税の繰り延べ

大阪地裁令和3年11月26日判決(税資271号順号13635)は、所得税法67条の4の趣旨について、「最高裁平成22年判決についての検討を踏まえ新設された規定である。最高裁平成22年判決の考え方からすれば、定期預金の既経過利子や株式の配当期待権に対する課税についても、違法な二重課税が生じているのではないかという疑義が生じかねないことから、所得税法60条1項による課税の繰り延べと同じ性質の課税である旨を法令上明らかにすることで、上記解釈上の疑義を立法的に解決したものと解される。」と判示している。
 所得税法60条1項による課税の繰り延べの性質とは、被相続人による当該資産の取得時から相続時までの間に被相続人の下で潜在的には発生していた増加益に対する譲渡所得課税は、相続時に被相続人に対するものとして行うのではなく、譲渡時に相続人に対するものとして、相続時から資産譲渡時までの間に相続人の下で具体的に顕在化した増加益に対する譲渡所得課税に合わせて行うこととして、繰延をすることを意味する。

(ハ) 相続等における課税の繰り延べの構造

所得税法60条及び67条の4の規定から、譲渡所得の基因となる資産及び利子、配当等の収入が生じる資産が個人間で贈与等により移転した場合、土地の増加益及び利子等については、課税の繰り延べをすることで、被相続人等の前所有者の保有期間の増加益等すなわち、前所有者の下で実現しなかった増加益等を含めて、これが実現した段階で相続人等に所得税を課すことが所得税の構造であるといえる。
 被相続人等の保有期間中に発生した未実現の所得については、実現した時点で相続人等の所得とともに課税するという所得税の構造からすると、贈与等以外の理由による財産の無償移転があった場合にも同条の適用が認められると解釈すべきであると考える。

3 結論

イ 総括

相続税法の規定により、取得原因を贈与又は遺贈により取得されたものとみなされた財産に係る取得後の譲渡所得における取扱いについては、みなし規定の効果の及ぶ範囲、民法上の贈与等の借用概念、譲渡所得税課税の構造という観点から判断すべきものと考えられる。

ロ 質疑応答事例等について

(イ) 特別縁故者の取得費

相続人不存在の場合には、相続財産法人が設立される。特別縁故者の財産の取得は、法人からの贈与の性格を持つものであり、当初は一時所得の対象とされていた。相続税法4条により遺贈により取得したものとみなされる現行の課税は、財産分与が遺贈に近似するという実質面をみれば妥当だとしても、法的構成として民法の制度と適合しない面がある。また、特別縁故者が被相続人の取得費を引き継ぐとした場合、相続財産法人が保有期間中の財産の増加益も所得税の対象となることになる。相続財産法人は法人税法上、普通法人であることから当該増加益は本来法人に帰属し、法人税の対象となるべきものといえる。所得税法60条の文理を重視した解釈と譲渡所得課税の構造から、特別縁故者に同条を適用することは不合理であると考えられる。分与財産の取得費を時価とする取扱いは法人からの贈与による承継という民法上の法的性質を重視した取扱いであるが、被相続人の資産保有期間中の増加益が清算されないという問題が残されていることから、相続税と所得税の取扱いの整合性を図ることが公平性の観点から望ましい。

(ロ) 共有持分の放棄の取得費

共有者が多数存在する所有者不明土地における持分放棄と、親子など親族間における共有持分の放棄は区別する必要がある。贈与する意思を持ってする債権放棄が、民法上の贈与に当たるとされることからも、同じく単独行為である持分の放棄が親族間において行われた場合には、当事者間の放棄の意思表示と持分の移転という登記の手続から贈与の合意があるとして所得税法60条による取得費の引継ぎを認め、含み益を実現させるべきであると考える。相続登記の義務化により多くの未登記不動産の持分の集約が行われるようになると思われることから、持分の放棄又は贈与による方法のいずれによっても、贈与税、譲渡所得に係る税負担が公平になるような取扱いがされるべきと考える。

(ハ) 信託の残余財産の取得費

所得税法60条の趣旨を重視し、信託財産の帰属権利者として取得した財産に取得価額の引継ぎを認めるという質疑応答事例の結論は、方向性を本稿と同じくする。原則として贈与等の無償の財産移転については未実現利益の課税は繰り延べることが譲渡所得課税の構造であるといえる。そして、委託者と帰属権利者との間に信託契約の締結に先立ち財産を無償で譲渡する旨の合意が成立していたと認められ、信託契約の原因関係としての贈与が観念できる場合には、同条の贈与には相続税法のみなし規定の対象となった他益信託における帰属権利者としての財産の取得を含むと解釈することが可能であると考える。

(ニ) 信託の残余財産の特別控除の適用

相続税法のみなし規定の効果は所得税の措置法の特例には及ばないと考える。措置法の特別控除の規定は、本来課税されるべきところを政策的な見地から特に軽減するものであることから租税公平主義に照らし解釈は厳格にされるべきであって、条文の文言を離れて濫りに拡張解釈や類推解釈をすることは許されない。そして、措置法の特例については手続要件も厳格に規定されており、相続、遺贈(死因贈与)という取得原因を登記事項証明書等により証明するという申告手続の要件を満たすことができない限り、特別控除の規定の適用を認めることはできないものと考えられる。信託の設定にあたり、将来適用を受ける措置法の特例がある場合には、その形式的な要件を満たすことができる内容の信託契約を締結することが必要である。


目次

項目 ページ
はじめに 101
第1章 相続税法のみなし規定について 103
第1節 みなし規定の効果が及ぶ範囲 103
1 みなし規定の分類 103
2 みなし規定の効果が及ぶ範囲 105
第2節 租税特別措置法におけるみなし贈与等の取扱い 106
1 所得税に係る租税特別措置法におけるみなし相続等の取扱い 106
2 相続税に係る租税特別措置法におけるみなし贈与等の取扱い 108
第3節 みなし贈与財産等の所得税法における取扱い 111
1 特別縁故者が取得した資産の取得費(国税庁HP質疑応答事例) 111
2 共有持分の放棄により取得した財産の取得費(国税局研修資料) 112
3 信託の残余財産の取得費(国税庁HP質疑応答事例) 113
4 信託の残余財産に係る措置法35条3項適用(国税庁HP文書回答事例) 114
5 所得税法におけるみなし贈与財産等の取扱いの問題点 115
第2章 税法の解釈と借用概念 118
第1節 税法法規の解釈の在り方 118
第2節 借用概念の解釈 119
第3節 別意に解すべき事由のある場合 120
1 所得税法60条の贈与概念 120
2 民法上の贈与概念を借用する問題点 122
第4節 民法上の贈与等 126
1 贈与 126
2 遺留分算定の基礎となる財産に算入される贈与 128
3 他益信託の設定の原因となる贈与 130
4 原因関係の贈与の課税時期と信託の課税時期 132
5 民法における贈与概念と相続税法のみなし贈与の対象となる行為 135
6 小括 138
第3章 贈与財産等に係る所得税課税の構造 140
第1節 みなし譲渡課税 140
1 所得税法59条の趣旨 140
2 法人に対する受益権の移転 143
3 所得税法59条の贈与と信託行為 144
第2節 贈与等における課税の繰延 145
1 取得価額の引継ぎによる課税の繰り延べ 145
2 利子、配当所得の繰り延べ 146
3 所得税67条の4適用に係る疑問 148
第4章 みなし贈与財産等の取扱いの検討 150
第1節 特別縁故者の分与財産 150
1 特別縁故者への相続財産の分与の制度 150
2 相続財産分与の法的性質 151
3 分与財産の相続税法上の取扱い 152
4 相続財産法人の税法上の取扱い 152
5 特別縁故者への所得税法60条適用について 155
第2節 共有持分の放棄 157
1 共有持分の放棄の法的性質 157
2 放棄持分の税法上の取扱い 159
3 親子間の共有持分の放棄について 160
第3節 信託により取得した財産の譲渡所得の取扱い 162
1 信託行為による財産の取得と相続税法の取扱い 162
2 所得税法60条の取得費の引継ぎ 164
3 措置法35条3項の適用について 165
第4節 小括 167
むすびに代えて 169