上田 正勝
税務大学校
研究部教育官

要約

1 研究の目的(問題の所在)

相続等に係る生命保険契約等に基づく年金に係る雑所得の金額の計算については、所得税法施行令185条に規定されるとおり、各年分に受け取る年金額のうち、相続税の課税対象となった年金受給権に相当する金額を規則的に配分した金額を含まない金額を雑所得に係る総収入金額に算入することとされている。
 ここで、当該年金が外貨建てで支払われる場合、所得計算の際に為替変動の影響を受けることになるが、為替変動の影響を考慮した上で、同条をいかに適用するべきか、特に総収入金額に算入されない部分の金額をいかに取り扱うべきか、必ずしも明らかとは言い切れないところもあると思われる。
 そこで、相続等に係る生命保険契約等に基づく年金が外貨によって支払われる場合の課税の在り方について、為替変動による影響を中心に検討を行うこととする。

2 研究の概要

(1)相続等に係る生命保険契約等に基づく年金に対する課税制度

イ 制度の概要

生命保険契約等に基づく保険金が相続税等の課税対象となるのは、保険料の負担者(通常は保険契約者)と保険金受取人が異なる場合である。
 保険法においては、このような場合に保険金受取人が取得する保険給付請求権は、「保険金受取人が自己の固有の権利として原始的に取得するものであり、保険金受取人が相続人であっても、被相続人である保険契約者・被保険者の権利を承継的に取得するのではないから、それは死亡した被保険者の相続財産に属さない」と解されているが、租税法においては、相続税法3条及び5条により、相続等によって取得したものとみなされることによって相続税等の対象とされている。
 相続税等の対象となる保険金を一時金で受け取る場合は、相続税等が課されるのみである。他方、年金として受け取る場合は、相続時点における年金受給権に対して相続税等が課されたのち、年金を受領する際に所得税が課されることとなるが、平成22年7月6日最高裁判決(以下、「生保年金二重課税判決」とする。)を受けて、相続税等と所得税の関係が大きく変わることとなった。

ロ 生保年金二重課税判決以前

相続税等と所得税の関係については、「相続税法が相続財産を時価で課税する一方、所得税法は相続財産のキャピタル・ゲイン(含み益)につき相続時には原則として課税を繰り延べ、相続後に生じたキャピタル・ゲインと合わせ一括して課税」する構造を取っており、贈与等により取得した資産の取得費等の引継ぎを定める所得税法60条が明文で規定されている。
 つまり、「前者は相続による経済的価値の移転に着目した課税であり、後者は資本所得への課税であり、従来理論的には、両者に「二重課税は存在しない」と整理」されていた。
 ここで、相続等の対象となる資産が含み益を有していた場合の理論的に素直な課税方法としては、「みなし譲渡所得課税」方式が考えられる。
 しかしこれは、「特に相続に際して納税者の理解が得られにくいという難点」を指摘することができる。というのも、「現実に収入がないところに課税が行われることは納税者感情にそぐわない」ことに加えて、「相続においては被相続人(譲渡人)の地位を相続人が承継するため、理念的には別人格への課税である「譲渡人への所得課税」と「譲受人への相続課税」が、共に相続人に対して同時に課される」ことになり、「相続人からすると「所得税と相続税が二重に課税される」という印象を拭い難く、課税への抵抗感が大きくなる」からである。
 そのため、無償取引に対しては、特定の場合を除いて、みなし譲渡所得課税に代えて、所得税法60条1項によって「相続人の所得計算において被相続人における取得費等が引き継がれること」を規定し、「相続財産の含み益への所得課税を、原則として相続人における実現時に繰り延べること」としているのである。
 このような理論によって規定された制度の下、相続等に係る生命保険契約等に基づく年金については、相続等による経済的価値の移転として相続時点における年金受給権に対して相続税等が課されたのち、各年分の受取年金額の全額を総収入金額とし、その年金額に対応する支払保険料を必要経費として雑所得を計算していた。
 しかし、この取り扱いには、「被相続人が保険料を負担していた場合の生保給付金は、一時金受取ならば所得非課税、年金受取ならば雑所得課税とされ、その不均衡が夙に指摘されていた」ところである。
 この不均衡の内容を理論的に分析すると、一時金で受け取る場合、その一時金(年金受け取りにおける相続時点における年金受給権に相当する)に対して相続税等が課されることは同じであるが、所得課税については、「被相続人死亡という同一原因により相続A+α(注:Aは支払保険料であり、αは所得=受取保険金−支払保険料)と所得αが同時に発生するため、法解釈上そのいずれをも「相続により取得するもの」と解さざるを得ず、両者に同号が適用されてしまう」ことから、年金の場合に雑所得が課税されることとなる受取年金額−支払保険料によって計算される所得に相当する受取保険金−支払保険料が非課税となるからである。
 これは、「法の欠陥と言わざるを得」ず、一時金で受け取る場合に軽課されてしまっていることが問題であったと説明することができるのであるが、結果的に「生命保険金につき課税上不均衡な取扱いが行われていた」と言える状況であったことも確かである。
 このように、隠れた問題点もあったとはいえ、当時は、生命保険契約についても、被相続人による支払保険料を引き継ぐという課税繰り延べを前提とした課税制度となっていた。そして、「法の欠陥」によって、一時金で受け取る場合に軽課されることから、結果的に不均衡が生じていたのである。

ハ 生保年金二重課税判決とその影響

この判決により、相続税等の課税対象となる経済的価値である年金受給権の取得時の時価とは、将来受け取る年金額の割引現在価値に相当し、年金の各支給額のうち現在価値に相当する部分は、相続税の課税対象となる経済的価値と同一のものとして、所得税の課税対象とならないとされた。
 他方、「各年の受領年金に非課税部分(すなわち相続税評価A+α相当分)をどのように配賦するか、という問題について明示的には触れておらず、この点は国の対応に委ねられ」ることとなった。
 そこで、「相続人等が相続等により取得した年金受給権に係る生命保険契約等に基づく年金の支払を受ける場合におけるその年金については、課税部分と非課税部分に振り分けた上で、課税部分の所得金額についてのみ課税対象とするため、(中略)所得税法施行令を改正して、相続等に係る生命保険契約等又は損害保険契約等に基づく年金に係る雑所得の金額の計算規定が新たに設けられ」ることとなった。

ニ 「最高裁判決研究会」報告書の分析

この平成22年最高裁判決は、「相続税と所得税の課税関係の問題に一石を投ずる内容」であったことから、「判決の趣旨及びその射程等について整理」がなされ、「最高裁判決研究会」報告書としてまとめられた。
 この報告書における整理を抜きにして、相続等により取得した年金受給権に係る生命保険契約等に基づく年金の課税関係について検討することはできないことから、これを分析する。
 まず、生保年金二重課税判決において、

  • ・ 将来にわたって相続人が受け取るべき年金の金額の現在価値の合計額と受取年金総額との差額は、各年の年金の現在価値をそれぞれ元本とした場合の「運用益」の合計額に相当する、
  • ・ 本件年金は、被相続人の死亡日を支給日とする第一回目の年金であるから、その支給額と被相続人死亡時の現在価値とが一致するものと解され、本件年金の額は、すべて所得税の課税対象とならない、

と判示されていることから以下の結論を導いている。

 このように最高裁判決は「運用益」との概念を導入し、各年の年金の支給額を相続時の現価に相当する部分とその余の部分とに分ける立論を行っている。この判示内容に鑑みれば、今般の最高裁判決の解釈としては、「運用益」部分には所得税を課する趣旨と考えることが相当である。

こうして、判決の文言に沿って、「運用益」部分には所得税を課する趣旨であるとの結論を導くとともに、「仮にこの「運用益」部分を所得税非課税としてしまうと、所得概念を包括的に捉えることを立法の指針としている我が国所得税の基本的枠組みとの間で不整合が生じることとなる」と整理している。
 また、相続人が受け取るべき年金の金額の現在価値の合計額と相続税評価額との関係については、最高裁判決は「B(筆者注:将来にわたって受け取るべき年金の金額を被相続人死亡時の現在価値に引き直した金額の合計額)そのものが「相続税の課税対象」ではなく、あくまで「相続税課税対象のA(筆者注:相続税法24条による評価額)は、Bに相当する」」と判示していると整理されている。
 そして、この判示は、さらに詳しく「将来にわたって受け取る定期金の総額の割引現在価値(将来収益の束の割引現在価値)そのものではなく、あくまで法定の評価方法によって評価がなされた経済的価値(「相続税法24条により評価された経済的価値」)が相続税の課税対象となっていると捉えた上で、所得税法9条1項16号を当てはめ、「運用益」の合計額については、各年分において課税しても、所得税法9条1項16号で排除しているところの相続税と所得税の二重課税とはならないとしているものと解される」と分析されている。
 つまり、相続税の課税段階で、A=BとしてAの金額に対して相続税の課税を行い、所得税法9条1項17号の対象についても、Bを計算し直す必要はなく、相続税の課税対象となったAの金額となる。
 その結果、所得税が課されるべき「運用益」の合計額は、「受取年金総額−A(所得税法9条1項17号による非課税)」によって計算されることが明らかにされた。

ホ 所得税法施行令185条

こうして、所得税法施行令185条が定められたところ、その内容は、「具体的には、相続税の課税対象部分以外を所得税の課税対象とし、確定年金、終身年金等の種類に応じて、その年金の残存期間年数、支払総額等を基に、所得税の課税対象となる一単位当たりの金額を計算し、これに経過年数を乗じて、その年分における雑所得に係る総収入金額を算出するもの」であり、所得税の課税対象となる「運用益」相当額を計算するために規定されたものである。
 ここで、ある金額を元本として運用を行い、元利合計として毎年一定額の収入を得るとした場合の運用益の計算方法としては、いくつか考えることができる。
 それは、@複利キャッシュフロー法、A定額簡便法、B割引債引直し法、C階段状方式である。
 @複利キャッシュフロー法は、含み益として年度を越えて繰り延べられる運用益が生じないことから理論的に包括的所得概念に最も馴染むものであるということはできそうである。
 とはいえ、現実の所得税法は原則として未実現利益に課税しないことから、計算上、年度を越えて含み益が繰り延べられることになる方法も考えることができる。
 それが、償還時期の異なる割引債の束であると考え、それぞれ独立のものと見て、それぞれについて課税を考える考え方であるB割引債引直し法である。@とBの違いは、Bにおいては、満期2年以降の割引債は、未実現の利息が実現するまで繰り延べられているということであるが、所得税法は原則的に未実現利益に課税しないことから、Bの計算方法も合理的なものということができよう。
 また、割引率による複利運用によって運用益が生じるという理論からすると正確性に欠ける部分があるとしても、「実務の現実的運用を考慮に入れれば」ある程度の簡便法も許容されるであろう。
 そのような簡便法としては、まずはA定額簡便法が考えられる。
 そして、@複利キャッシュフロー法またはB割引債引直し法に近似させることを目指す簡便法としてC階段状方式も考えられる。
 これらの各方法において、各年度の課税額は変化するものの、年金支払期間を通じて考えれば、運用益として課税される金額の合計額は同じ金額となる。
 そして、実際の所得税法施行令185条においては、年度が進むに応じて所得税の課税対象額が大きくなっていく方向のC階段状方式が採用された。
 この方法は、これまでの検討のとおり、生保年金二重課税判決を受けて、相続税等の課税対象となった経済的価値、つまり、相続税評価額に対する所得税課税を行わないための計算方法を施行令によって明らかにしたものであり、所得税を非課税とする必要がある相続税評価額と所得税を課税すべき運用益相当額を各年に配分する方法として、十分に合理的な計算方法となっている。

(2)受け取る年金が外貨建てであった場合へのあてはめ

イ 相続税法24条

前述した趣旨に基づいて規定された所得税法施行令185条において、受け取る年金が外貨建てであった場合、どのように考えられることになるか検討する。
 報告書は相続税課税対象額(相続税法24条により評価された金額)が、「将来にわたって相続人が受け取るべき年金の金額の現在価値の合計額」に相当するとしているところ、年金(相続税法における定期金)が外貨建てであった場合に、相続税法24条により評価された金額が、どのように計算されるかを考える必要がある。
 同条は、@解約した場合の解約返戻金の金額、A一時金で受け取る場合の一時金の金額、B給付を受けるべき金額の一年当たりの平均額に予定利率に応じた複利年金原価率を乗じた金額のいずれか多い金額を評価額とするのであるが、年金を外貨で受け取る場合、Bは将来の年金額が外貨建てで確定しているものの、為替変動があることから事前に円換算額で年金額を確定させることができないこととなる。
 しかし、@及びAの数値も、保険契約からは外貨建ての金額が得られるのであって、その後、その外貨建ての財産の邦貨換算(財産評価基本通達4−3)が行われることによって邦貨建ての評価額が得られていると考えることもできることから、Bの数値も、外貨建てで得られる@及びAの数値と比較するのであれば、まずは外貨建ての年金額を用いて外貨建ての数値を得て、その多寡を比較した後、外貨建てで最も多い金額に対して外貨建ての財産の邦貨換算を行うという計算も適当なものと言えそうである。
 また、保険数理から考えても、将来の年金支払いのための年金開始時における年金原価は、将来の支払いが外貨建てで行われることから、保険会社としては同一の外貨で計算する必要があり、その計算の基本的な部分は、まさに予定利率による複利での割引、つまりBの計算を外貨建てで行うこととなる。
 さらに、@解約返戻金やA一時金は、この年金原価に対して契約に基づく所定の控除等を行った金額となることから、保険数理から見ても、その時点での外貨建て年金保険契約の価値は外貨建てで計算することが合理的だといえる。
 相続税法上は、最終的に邦貨換算が必要となるが、外貨建てで@ABを比較し、それによって得られた外貨建ての金額を、相続時の為替レートで邦貨換算した金額を相続税課税対象額とすることが、相続税法の解釈適用としても、保険数理に基づく合理性という点でも適当であると考える。

ロ 所得税

こうして得られた相続税課税対象額をもとに、所得税法においては、各年の年金の支給額を相続税課税対象額と所得税課税対象となる「運用益」部分に分けることが、判例の趣旨に則った所得税課税といえる。
 前述のとおり、外貨年金の場合、この相続税課税対象額は、外貨建てのまま相続税法24条を適用することで得られる外貨建ての金額を、相続時における為替レートで円換算したものとなる。
 それに対して、各年の年金の支給額に対する所得課税に際しては、受け取り時の為替レートによる円換算が必要となる。
 その結果、相続税課税対象額(相続時レートを適用)と所得税課税対象となる部分(年金受取時の為替レートを適用)の分け方を考える際に、この為替変動をどのように捉えるかが問題となる。
 ここで、相続税課税対象額は、既述のとおり、外貨建てのまま相続税法24条の評価を行った後に、相続時の為替レートで邦貨換算したものであり、その「相続税課税対象額」を、どのように捉えるかということを考える必要がある。
 一つは、「相続税の課税対象となる経済的価値」とは、「将来収益の束の割引現在価値」であって、外貨のまま相続税法24条を適用して計算した外貨建ての評価額であって、邦貨換算はあくまで、その後の処理であると捉えて、所得税法が参照すべき外貨建て定期金の相続税評価額とは邦貨換算前の外貨建ての金額であるという考え方である。
 この場合、(受取年金総額)−(相続税課税対象額)=(「運用益」)によって所得課税を行う際に、所得税法9条の規定によって非課税となるものが外貨建ての「相続税課税対象額」であることになり、この外貨建ての「相続税課税対象額」について、為替変動によって邦貨換算額が変動したとしても、それは非課税所得に包含され非課税となると解釈できることとなる。
 しかし、相続税法の適用に際しては、外貨建ての相続財産は、原則として、それぞれの財産ごとに邦貨換算した金額が相続税評価額となるはずであって、外貨建て定期金の「相続税課税対象額」とは、24条の計算によって得られた外貨建ての金額を相続時の為替レートで邦貨換算した金額となるべきものであると考える。
 つまり、所得税課税を行う上で考慮する「相続税課税対象額」は、相続税の課税が行われた時点で、邦貨建てで固定されることとなるが、むしろ、相続税課税は相続時の時価で課税することとも整合性のとれる取扱いであるといえる。
 そうすると、(受取年金総額)−(相続税課税対象額)=(「運用益」)の計算式における(相続税課税対象額)は、相続時の為替レートで邦貨換算した金額で固定されることとなり、為替変動の影響を受けるのは(受取年金総額)と、それに連動して変動する(「運用益」)ということになる。
 このように、「最高裁判決研究会」報告書によって整理された生保年金二重課税判決の趣旨に則った所得課税を考えると、相続時の為替レートと実際に年金を受け取った際の為替レートの差から生じる為替差損益に相当する金額には所得税法9条の非課税規定は及ばず、課税所得を構成するべきであるということになる。

ハ 所得税法施行令185条の文理

現行の所得税法施行令185条において、この為替差損益相当額を所得税の課税対象とすることができるかを検討する。
 同条は、所得税の課税対象となるべき「その余の部分」の金額を求めるための計算を規定しているが、その具体的方法は、「最高裁判決研究会」報告書の分析における引き算ではなく、相続税評価割合とそれに応じた課税割合という割合を用いるものである。
 そのため、引き算方式であれば全額が課税所得に含まれるべきであった為替変動によって生じる所得の変動分が、この割合の計算によって課税部分と非課税部分にそれぞれ振り分けられることとなってしまうのである。
 これは、生保年金による収入を、相続税課税対象額を引き算する方式ではなく、割合を用いて課税部分と非課税部分に分ける方法を施行令185条が定めたことと、外貨建ての場合に年金受け取り開始以降の為替変動によって生じる所得計算への影響を考慮する規定がないことから生じており、外貨建て生保年金に対して、同条は、生保年金二重課税判決の趣旨に沿った課税という観点で、万全とは言いきれないおそれがあると思われる。

(3)改正私案

非課税部分に相当する金額に包含される為替差損益相当額にも所得課税がなされることが、最高裁判決の趣旨に基づくものであると考えられるところ、現行の施行令185条においては、外貨建て年金の場合についての十分な規定がなされていないと考えられる。それならば、解釈によって為替差損益相当額を課税対象とすることも可能であろうが、非課税となる計算を行うことが、現行の施行令185条の文理にできる限り準ずる方法で計算したものであると考えることもできる。
 また、為替差損益相当額にも所得課税を及ぼすとしても、実際の計算に際して、どの段階でどのように円換算するかについて異なる解釈が生じる余地もある。
 そのため、施行令改正によって一定の方法を示すことが適正・公平な課税のために好ましいと考える。
 また、実務の現実的な運用を考慮した簡便法を導入することが好ましい可能性もあり、その場合は施行令の改正が必要であろう。
 そこで、ここまでの検討に基づいて、施行令を改正する改正私案を2案提案する。

イ 相続税課税対象額部分から生じる為替差損益に相当する金額を別途総収入金額に算入する方法

同条1項(旧相続税法対象年金)及び2項(旧相続税法対象年金以外)において、ともに7号が別途総収入金額に算入するものを定めていることから、これと同様に、同号内もしくは他の号を新設して、外貨建て年金の場合には、1号から6号の規定において総収入金額に算入されなかった部分の金額について、相続時点と年金を受け取った時点の為替変動分から計算される為替差損益相当額を総収入金額に算入すると定める方法である。
 これは、現行の規定から雑所得の総収入金額に算入すべき金額として配分される年金額については、当然その収入時の為替レートが適用されるため、明示的に手当てすべきなのは、1号から6号の規定において総収入金額に算入されなかった部分の金額についてであることから、その部分についての最小限の改正を行うものであり、素直な方法であるといえる。
 (メリット)
 最小限の改正で済む。
 (デメリット)
 計算が複雑である。

ロ 相続税課税対象額を計算する際に用いた為替レートで将来の収支を固定する方法

既述のとおり、相続税課税対象額は、相続税法24条で計算した外貨建ての評価額を相続時における為替レートで円換算した金額となるが、その計算は数学的に、将来の年金額を相続時における為替レートで固定して円換算したと仮定し、その円換算後の年金を相続税法24条によって評価を行うという計算を行ったと捉えなおすこともできることから、これを利用した改正案も考えられる。
 つまり、一種の簡便法として、相続税評価において利用された為替レートを将来の年金収入に対しても常に適用し、1号から6号の規定を用いて総収入金額に算入すべき金額を計算するとみなすみなし規定を定めたうえで、各年分で受け取る年金の全額に対して、相続時の為替レートと年金受け取り時の為替レートの差額から為替差損益に相当する金額を計算し、別途、7号と同様の規定によって総収入金額に加算するという方法でも、同様の結果を得ることができる。
 (メリット)
 外貨建て生保年金を、為替差損益に相当する金額を加減算するという調整を行う以外は、所得税法上は円建ての生保年金と同様に取り扱うことができるようになる。その結果、現行の施行令185条等をすべてそのまま利用することができるという高い利便性を得ることができる。
 (デメリット)
 相続税評価において利用された為替レートを将来の年金収入に対しても常に適用する、というみなし規定と為替差損益相当額の加減算を行うための規定の創設が必要となる。

ハ 小括

このように2案を考えたところであるが、ロ案の方が、簡便法を作り出すためのみなし規定の創設が必要となるものの、それによって、すべての外貨建て年金を円建て年金の計算と同様に取り扱うことができるようになる上に、加減算すべき為替差損益相当額の計算も簡便なものとなるという(納税者にとっても課税庁にとっても)高い利便性を得られるというメリットがあることから、ロ案による施行令改正を行うことが望ましいと考える。

(4)為替変動による損失が生じる場合への配慮

現行の相続税法24条で評価した場合、課税割合が小さくなることが多いと考えられる。その場合、相続時よりも円高となり為替差損相当額が生じると、為替差損益相当額の加減算を行う前の年金による雑所得の金額が為替差損相当額を吸収しきれずに雑所得の合計金額がマイナスとなってしまう可能性が考えられる。
 雑所得の損失は、他の所得区分との損益通算も、損失の繰り越しもできないことから、円安の年には為替差益相当額を全額課税されるのに対して、円高の年には為替差損相当額の一部が切り捨てられる場合が生じることになり、納得感の得られにくい制度になってしまうおそれがある。
 もちろん、雑所得となる為替差損の問題は外貨預金等でも生じるものであって、為替差損益に対する課税とはそういうものであるということもできる。
 しかし、生保年金による収入は一つの生命保険契約から定期的に数年から十数年間連続して生じる収入である。そのような収入から生じる為替差損益相当額については、一つの生命保険契約から生じるある程度の一体性を有する所得であるともいえる上に、生保年金二重課税判決の趣旨に則った課税所得計算は、(受取年金総額)−(相続税課税対象額)を課税所得の合計額とすることを理想とするものであり、年金受取期間全体を通じて捉えた時に、損失の切り捨てによって、課税所得の合計額にあまりに大きな差が生じることは、好ましいものではないともいえる。
 さらには、雑所得として課税されない相続税課税対象額の各年分への割り当て方法については、複数の方法があるところ、方法によって、切り捨てられる損失の額が変動することになるということを考慮すると、為替差損相当額を通常の外貨預金から生じる為替差損と同様に各年分で切り捨てるのではなく、最終的に全期間を通じて所得となるべき金額の総額に近づけるために、なんらかの繰り延べ策を措置することも検討に値すると考える。

イ 外貨建て年金収入にかかる為替差損益相当額について損失の繰り延べを認める方法

年金収入は数年から十数年間程度連続して発生し、その間、為替レートは上下どちらにも変動しうるものであることから、株式等の譲渡損失と同様に確定申告を連続することを条件に3年程度の繰り延べを認める制度を措置することが考えられる。
 (メリット)
 時期を選択できないことをある程度緩和することができる。
 3年程度の繰り延べであれば、これまでに既に存在する制度に類するものであり、無理の無い制度である。
 (デメリット)
 損益通算できないまま失われる為替差損相当額が生じることを完全には避けることができない。

ロ 年金から得られた外貨を他の資産と交換するまでは為替差損益を認識しない方法

(3)ロ案を採用した場合であれば、その為替差損益相当額の認識時期について、為替レートを固定するみなし規定と合わせて、この規定が適用される年金の受け取りは外貨建て取引に該当しないものとみなす規定を定めることによって、年金から得られた外貨を同一の外貨以外の他の資産に交換するまで繰り延べる方法が考えられる。
 その場合、(3)ロで提案した為替差損益相当額を加減算する部分の施行令改正は、年金によって得られる外貨については、その取得価額を相続時における為替レートによって計算し、他の資産と交換する際に雑所得の総収入金額に算入するという規定に変更することとなる。
 (メリット)
 (3)ロ案との相性が良い。
 (3)ロ案による、相続税評価において利用された為替レートを将来の年金収入に対しても常に適用する、というみなし規定の効果で、年金によって得られる外貨の取得価額を容易に把握することができる。
 損益通算できないまま失われる為替差損相当額が自動的に生じることを避けることができる。
 (デメリット)
 為替差損益相当額の実現時期についてのみなし規定も必要となる。
 納税者に所得の実現時期を自由に選択することを新たに認めるものであって、他の雑所得の損益を相殺できる時期を選択することによる別の節税策を生じさせる可能性がある。

ハ 年金額のうち相続税課税対象額部分として得られる外貨については他の資産と交換するまでは為替差損益を認識しない方法

(3)イ案を採用した場合に計算される相続税課税対象額部分から生じる為替差損益相当額を加減算する部分の施行令改正を、年金額のうち、相続税課税対象額部分として得られる外貨については、その取得価額を相続時における為替レートによって計算し、他の資産と交換する際に雑所得の総収入金額に算入するという規定に変更する。
 (メリット)
 (3)イ案との相性が良い。
 施行令185条が採用する階段状方式は、割引債引直し法に近似させる簡便法であるが、これを割引債ではなく、受取年において元利合計が受取年金額になる外貨定期預金(計算としては割引債と同じ)と同様であると考えれば、年金支払時においては、その「元本」として理解される相続税課税対象額部分については、外貨定期預金の元本が同じ外貨の普通預金になることと同視することができることから、所得税法施行令167条の6第2項の対象に含むと解釈することによって、年金受け取り時には為替差損益が実現していないとする理論であり、為替差損益の実現という点で、現行の施行令167条の6第2項との整合性が高い。
 (デメリット)
 所得税課税部分については年金受け取り時にその時点の為替レートで取得すると同時に、相続税課税対象額部分については、相続時の為替レートで取得したということになり、将来の円転等の時点での外貨の取得価額の計算が複雑化することとなる。

ニ 小括

このように3案を考えたところであるが、ロ案が、(3)ロ案との相性が良く、(3)ロ案を規定する改正がなされるのであれば、その際に、為替差損益相当額を加減算する部分の施行令改正を、年金によって得られる外貨については、年金受け取りは外貨建て取引に該当しないものとみなして、その取得価額を相続時における為替レートによって計算し、他の資産と交換する際に雑所得の総収入金額に算入するという規定に変更することによって、損益通算できないまま失われる為替差損が自動的に生じうることを避けることができる上に、年金によって得られた外貨について、その取得価額を容易に把握することができるとともに、外貨預金と同様に、実際に円転等する時まで為替差損益に関する課税が繰り延べられることから、納税者の納得を得られやすい制度となるものと思われる。

3 結論

年金を外貨で受け取る場合、趣旨からすると、相続時における為替レートと年金受け取り時の為替レートの差から生じる為替差損益相当額も、所得税の課税対象に含まれることが適当であると考えられる。
 また、将来の為替変動を考慮すると、所得税法施行令185条等を条文の字義どおりにそのまま適用することには、解釈による解決が不可能であるとまでは言わないものの、かなりの困難性と解釈の幅が存在すると言わざるを得ない。
 今後、外貨建て年金保険がより一般的なものとなっていく可能性も十分あることから、外貨建て年金に関して雑所得の総収入金額に算入すべき金額を計算するための円換算及び為替差損益相当額の加減算の方法に関して明確化するための施行令改正が望まれる。
 改正の内容は、2(3)ロの「相続税評価において利用された為替レートを将来の年金収入に対しても常に適用した上で、1号から6号の規定を用いて総収入金額に算入すべき金額を計算するとみなすみなし規定を定めたうえで、受け取る保険金額の全額に対して、相続時の為替レートと年金受け取り時の為替レートの差額から為替差損益相当額を計算し、別途、7号と同様の規定によって総収入金額に加算するという方法」が、すべての外貨建て年金を円建て年金の計算と同様に取り扱うことができるようになるという高い利便性と応用可能性を得られるというメリットがあることから、この方向性での改正が考えられる。
 さらに、為替差損相当額についての配慮を行うのであれば、年金の受け取りは外貨建て取引に該当しないとの規定も合わせて整備した上で、「別途、7号と同様の規定によって総収入金額に加算する」の部分を、年金によって得られる外貨については、その取得価額を相続時における為替レートによって計算し、他の資産と交換する際に雑所得の総収入金額に算入する、という規定に変更した形での施行令改正が望ましいものであると考える。


目次

項目 ページ
はじめに 160
第1章 相続等に係る生命保険契約等に基づく年金に対する課税制度 161
第1節 制度の概要 162
1 生保年金二重課税判決以前 162
2 生保年金二重課税判決以後 167
第2節 受け取る年金が外貨建てであった場合へのあてはめ 178
1 相続税法24条 178
2 所得課税 180
第2章 改善方法の検討 194
第1節 総収入金額算入額の算定方法の明文化 194
1 法令整備の必要性 194
2 改正私案 194
3 小括 200
第2節 為替変動による損失が生じる場合への配慮 200
1 為替変動による損失が生じる場合の弊害 200
2 改正私案 201
3 小括 204
おわりに 205