西田 昭夫
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

近年、情報通信技術や金融技術が急速に進歩し、これらの活用が拡大し、経済活動や決済手段の多様化、グローバル化が進み、納税者が国外に金融資産を移したり国外の金融商品を購入したりするなど、租税を取り巻く環境が一層複雑困難化する状況にある。これに対し、課税庁においては、金融機関等が国外への送金又は国外からの受金を報告する枠組み(国外送金等調書制度)や納税者が国外財産を報告する枠組み(国外財産調書制度)を整備し、また、共通報告基準(Common Reporting Standard)に基づく非居住者に係る金融口座情報を各国税務当局間で自動的に交換する制度(CRS情報制度)を導入するなどして、課税上問題があると見込まれる国外の資産や所得を把握し、積極的に税務調査を実施するなどして、このような状況に対応しているところである。しかしながら、国外の資産に係る所得が適正に申告されていないのではないかという疑問の声が一部にあり、また、CRS情報から得られるものは主としてストックの情報であり、税務調査において、納税者が国外に保有する資産の形成過程を解明し、うまくいった事例がある一方、執行管轄権の制約があり、納税者の協力が得られずに十分な解明に至らないケースもあるとされる。
 そこで、推計課税の意義・本質等を整理検討した上で、課税庁の把握した納税者の資産が国外にあり、調査非協力等によりその増加の原因や実態を解明することが困難な場合、推計課税で対応し得るのかを考察する。

2 研究の概要

(1)推計課税の概要

イ 沿革

所得税法156条は、推計による更正又は決定について規定しているところ、同条の規定は、シャウプ勧告後の昭和25年に設けられたものである。シャウプ勧告において、推計課税は、帳簿記録をつけない納税者は、標準率(推計)によって更正決定され、標準率は帳簿の欠如が税の軽減ではなく、むしろ重課の可能性を意味する程度まで引上げられるべきであるとして、正しい記録をつけるための誘引策として位置付けられるとともに、制裁的な側面も有していたと思われる。

ロ 推計課税及びその規定の意義

(イ) 所得税法156条は確認規定と解されること

最高裁において、所得税法に推計課税の規定が創設される前に行われた推計課税が適法であると判断されており、判例上、明文の規定がなくても当然に推計課税をすることができるとされており、また、推計課税に係る規定のない消費税等についても、裁判例において、推計課税が認められている。したがって、所得税法156条は、新たな課税方式を創設したものではなく、推計課税ができることを確認的に規定したものと解される。

(ロ) 青色申告の特典

所得税法156条は、推計による更正決定について、青色申告書に係る不動産所得、山林所得及び事業所得を除く旨規定しており、青色申告制度の導入とともに、青色申告の手続上の特典の一つとして、設けられたとされている。

(ハ) 公平負担

納税者が帳簿書類等を作成・保存していない場合や税務調査に非協力である場合、課税庁において、直接資料がなく課税できないということは、不誠実な納税者が不当に税を免れ、誠実な納税者と比較し、税負担の公平を欠くこととなり、到底許されるものではないというところに、推計課税の意義があると解される。

ハ 推計課税の本質

(イ) 推計課税の適法性について

A 推計の必要性

推計課税をなし得るのは、@納税者が帳簿書類等を備え付けておらず、収入・支出の状況を直接資料によって明らかにすることができない場合、A帳簿書類等を備え付けてはいるが、その内容が不正確で信頼性に乏しい場合、B納税者又はその取引関係者が調査に協力しないため、直接資料が入手できない場合とされている。

B 推計の合理性

推計が合理的であるためには、一般的に、@推計方法のうち、当該具体的事案に即し一応の合理性があるものが選択されるべきこと(推計方法の合理性)、A推計の基礎事実が確実に把握されていること(資料の合理性・正確性)、B選択した具体的推計方法自体ができるだけ真実の所得に近似した数値が算出されるような客観的なものであること(納税者への適用の合理性)を必要とすると解されている。課税処分において通常用いられる推計方法は、比率法、効率法、資産負債増減法に大別され、そのうち、比率法は、更に本人比率、同業者率、実調率に細分される。

C 実額反証

審査請求又は訴訟の段階になって、納税者から帳簿等による実額に基づく反論がされることがあり、一般にこれを「実額反証」という。
 課税庁が「推計の合理性」を主張し、「推計の合理性」が認められれば推計により算出された所得金額が真実の所得金額であると推認されることとなり、「実額反証」はこれを覆すものである。そして、「推計の必要性」があり、やむを得ず推計課税が行われ、訴訟に至って初めて納税者から実額の主張立証が行われることについての課税庁と納税者との衡平性や、納税者は、所得金額の計算の基となる経済取引の実態を最もよく知っている者として、自己に有利な証拠を提出するのが容易であることも踏まえれば、「実額反証」は、一般的に、納税者による単なる反証ではなく納税者が立証責任を負うものであると解されている。
 「実額反証」の立証の程度については、合理的疑いを容れない程度の立証が必要であると解される。また、「実額反証」の立証の範囲については、@その主張する収入金額がすべての取引先からのすべての取引についての補足漏れのない総収入金額であること、Aその収入と対応する必要経費が実際に支出されたこと、B直接費用については、収入金額との個別対応の事実、間接費用については、期間対応の事実を主張立証する必要があるという三位一体説の考え方が妥当であると思われる。

(ロ) 推計課税の本質についての各説

A 事実上推定説

実額課税、推計課税といっても、それぞれ独立した二つの課税方法があるわけではなく、両者の違いは、原処分時に客観的に存在した納税者の所得額(真実の所得額)を把握するための方法が、前者は伝票類や帳簿書類などの直接資料によるのに対し、後者はそれ以外の間接資料によるという点にあるにすぎず、いずれにせよ、最終的に問題となるのは、真実の所得額がいくらであるかということであり、推計課税を間接資料と経験則を用いて真実の所得金額を事実上の推定により認定するものであると考える見解であり、従来の支配的な考え方とされている。

B 補充的代替手段説

推計課税について、課税標準を実額で把握することが困難な場合、税負担公平の観点から、実額課税の代替的手段として、合理的な推計の方法で課税標準を算定することを課税庁に許容した実体法上の制度であると解した上で、真実の所得を事実上の推定によって認定するものではないから、その推計の結果は、真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足りるとする見解である。

ニ 資産負債増減法に係る推計の合理性の判断の在り方

(イ) 推計方法の合理性

所得税法156条は、「税務署長は、・・・その者の財産若しくは債務の増減の状況・・・によりその者の各年分の各種所得の金額・・・」を推計することができる旨規定しており、資産負債増減法を推計方法の一つとして例示している。また、最高裁判決において、資産負債増減法による推計の合理性が認められており、資産負債増減法は、推計方法として合理性のあるものということが確立されている。

(ロ) 資料の合理性・正確性

資産負債増減法は、期首における資産及び負債の額と期末における資産及び負債の額とを比較し、その差額を当該年分の純資産増加額とし、それを基礎として所得金額を算出するものである。そのため、期首及び期末の財産状態に関する資料が十分に捕捉されていることが必要である。具体的には、期首の資産額と負債額及び期末の資産額と負債額とを正確に捕捉し、かつ預金利息等の推計により算出される所得以外の所得(非課税所得を含む。)に係る金額及び支出のうち必要経費にならない生活費、公租公課等を捕捉することが重要とされる。

(ハ) 納税者への適用の合理性

一般的に、納税者がどのようにして資産を増加させたのかという原因が不明であり、課税庁において資産増加の裏付けができなくても、単に納税者の資産の増加が認められれば、当該納税者に対する資産負債増減法の適用には合理性があると解される。ただし、資産負債各勘定科目等の金額のうち、推計により算出した所得金額に多大な影響を与え得る勘定科目等について、納税者の実態や置かれた状況を踏まえた適切な金額が算出されていない場合、当該納税者に対する資産負債増減法の適用に合理性があるとは認められないとすることもあり得るだろう。

(2)国外資産等を把握する制度

イ 国外送金等調書制度

平成10年、外為法の改正により国境を越える資金移動が大幅に自由化される中で適正な課税の確保を図るという観点から、国際的な取引や海外での資産形成などの課税庁による把握の端緒とするための資料情報制度を整備するため、金融機関がその顧客の国外送金等に係る調書を税務署に提出することなどを定める内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律が規定された。

ロ 国外財産調書制度

納税者による国外資産の保有が増加傾向にある中で、国外資産に係る所得税や相続税の課税の適正化が喫緊の課題となったことから、国外資産を保有する居住者がその保有する国外資産について申告する仕組みとして、国外財産調書制度が創設され、平成26年1月から施行された。
 その年の12月31日において、その価額の合計額が5,000万円を超える国外財産を有する居住者は、その年の翌年の3月15日までに、その国外財産の種類、数量及び価額その他必要な事項を記載した「国外財産調書」を、所轄税務署長に提出しなければならないこととされている(国外送金等調書法5条1項)。
 国外財産調書の提出があった場合、軽減措置として、記載された国外財産に関して所得税・相続税の申告漏れが生じたときであっても、加算税を5%減額する。他方、国外財産調書の提出がない場合又は提出された国外財産調書に国外財産の記載がない場合(記載が不十分な場合を含む。)、加重措置として、所得税(死亡した者に係る所得税を除く。)の申告漏れが生じたときは、加算税を5%加重する(国外送金等調書法6条)。

ハ CRS情報制度

外国の金融機関を利用した国際的な脱税及び租税回避に対処するため、OECDが平成26年に非居住者に係る金融口座情報を各国税務当局間で自動的に交換するための共通報告基準(CRS)を策定・公表し、我が国は、平成27年度税制改正においてCRSに基づく非居住者の金融口座情報の税務当局への報告制度を整備し、平成30年から情報交換を開始した。
 非居住者に係る金融口座情報を報告する義務を負う金融機関は、銀行等の預金機関、生命保険会社等の特定保険会社、証券会社等の保管機関及び信託等の投資事業体とされている。また、報告の対象となる口座は、普通預金口座等の預金口座、キャッシュバリュー保険契約・年金保険契約、証券口座等の保管口座及び信託受益権等の投資持分とされ、報告の対象となる口座情報は、口座保有者の氏名・住所、納税者番号、口座残高、利子・配当等の年間受取総額等とされている。

(3)資産増加の原因が不明な場合の推計課税の具体的検討及び問題点

資産負債増減法による推計課税においては、資産増加の原因まで明らかにする必要はないとされていることからすれば、課税庁がCRS情報等により国外資産の増加を把握した場合、調査非協力等のため当該資産の増加の原因が不明であったとしても、資産負債増減法を用いた推計による課税処分を行うことは理論的には可能であると思われる。なお、この場合所得類型は雑所得となるだろう。
 これに対し、納税者は、訴訟において、@資産増加の原因は借入金であるなどとする簿外資産等の存在に係る主張、A資産増加はカジノで得た利益であり一時所得であるなどとする所得分類に係る主張、B資産増加は株の譲渡益であるなどとする直接資料に基づく実額反証に係る主張をすることが考えられる。
 納税者のこのような主張の成否は、納税者がどのような取引資料を保存しているかに依拠するものであるところ、納税者が簿外資産等の存在を主張するなどして推計の合理性(資料の合理性・正確性)について争う場合、補充的代替手段説の立場であれば、納税者には簿外資産等の存在について合理的疑いを容れない程度の完全な立証が必要となり、その立証は事実上推定説の場合に比べ困難なものとなるだろう。しかしながら、裁判例は、事実上推定説と補充的代替手段説に分かれており、裁判所が簿外資産等の存否について補充的代替手段説に立って判断するとは限らない。
 また、国境を越える経済活動であれば、通常、そのような経済活動に係る取引資料等は存在するのが自然であり、納税者がこれらの資料をすべて保存していることも当然に考えられる。しかしながら、課税庁がこれらの資料が納税者の手元に保存されていることを前提として推計課税を行うことは、現実的には不可能である。そして、課税庁による国外資産の把握状況が十分ではなく、多くの簿外資産等がある場合、納税者は、自己に不利となる簿外資産等の存在については主張立証せず、自己に有利となる簿外資産等の存在のみを主張立証することができる。しかしながら、訴訟の段階に至って初めて納税者からこのような主張立証がされた場合、納税者の主張立証後に実施される課税庁による納税者の取引関係者に対する調査や証拠資料の収集は、ただでさえ執行管轄権の制約があることに加え、確認すべき個々の経済取引がなされてから相当の年月を経過してなされるため限界があり、納税者の主張に対する反論が困難であることは容易に想像できる。その結果、納税者の立証に成功した範囲において課税処分が取り消されると、納税者は自己に有利な事実しか主張立証しないため、課税処分取消後の所得金額が真実の所得金額(実額)であるといえないばかりか、かえって、推計した所得金額よりも真実の所得金額(実額)から遠ざかっていることさえ考えられる。
 したがって、課税庁がCRS情報等により納税者の国外資産が増加していることを捕捉できたとしても、執行管轄権の制約などがある以上、納税者の協力が得られず、その原因や態様が不明の場合、課税庁が訴訟において課税処分を維持することができるだけの十分な資料を収集しているとは限らないのであり、そのような状況において推計課税をすることは現実的に考えて困難であり、何らかの対応策を検討する必要があるだろう。

(4)国外資産に係る所得の推計課税が困難な場合の課税の在り方

イ 推計課税が困難な場合の課税の在り方について

行政関係における国家の行為は、実体的に適法であると同時に、外観上もそれが適法に行使されたものと認められるものでなければならない。そのため、租税訴訟においては、実体的に適法であるか否かのみでなく、手続的公正の原則も含めた課税処分自体を捉えて、これが十分に合理性を持つかどうかが判断されるべきとされていることからすれば、推計課税の合理性の有無については、納税者の協力の程度(推計の必要性)と相関的に判断されるものであると解される。また、「推計の必要性」と「推計の合理性」との関係について、「推計の必要性」は、「推計の合理性」に係る証明度の軽減を許容するための要件であるため、その正当性の根拠を具体的に主張立証する必要があるとして、その関係を証明度という観点から指摘する見解もある。この見解も併せて、手続的公正の原則としての「推計の必要性」と実体的な適法性としての「推計の合理性」との相関的な関係という観点から推計課税の在り方を考えると、課税庁が入手し得る資料の限定性や調査時間及び調査対象の制約といった事情を明らかにして「推計の必要性」の正当性の根拠を具体的に主張立証することにより、「推計の必要性」が認められれば、「推計の合理性」は、証明度が軽減されることとなり、課税庁の把握した資料等が限定されるとしても、その状況において所得金額が合理的に算出されていればよいということになる。すなわち、推計により算出された所得金額が合理性を有するか否か(「推計の合理性」の有無)は、推計により算出された所得金額が、真実の所得金額に最も近似するものとして合理的に算出されているか否かということよりも、納税者の協力を十分に得られない状況において収集された資料等に基づいて合理的に算出されているか否かを重視すべきこととなる。
 現行法上、ある者のある年分の所得は、適用法令の選択(減価償却の方法、青色申告など)により変化するものであり、「客観的に真実の所得額」がただ一つ存在すると考える必要はなく、手続に依存して決定されるものとする見解がある。そして、所得をこのように解釈すると、推計課税について、手続的な要件で振り分けられた、いわゆる実額課税とは別の課税方式として構成することは可能であり、この場合、推計課税の内容は、それが必要とされる場面での手続的な必要性と実体的な所得課税の理念とを考慮しつつ、合理的に決定すればよいとする見解がある。この見解を踏まえると、推計課税が困難な場合の新たな課税方式として、「推計の必要性」と「推計の合理性」との相関的な関係を重視する考え方を取り入れて、「手続的な要件」と「実体的に所得と観念できる合理的な所得金額の計算方法」について規定を整備することが考えられる。

ロ 「手続的な要件」の内容について

(イ) 国外資産に係る所得の推計課税が困難である場合

国外資産に係る所得については、執行管轄権の制約などがある以上、納税者の協力が得られず、その原因や態様が不明の場合、課税庁が訴訟において課税処分を維持することができるだけの十分な資料を収集しているとは限らない状況であり、推計課税が困難であるといえる。そうすると、手続的な要件の一つとしては、課税庁がこのような状況を明らかにすることが考えられる。
 具体的には、CRS情報等により納税者の国外資産が増加していることは把握できたものの、納税者から当該資産に係る資料の提示又は提出がなく、また、執行管轄権の制約などから限られた時間において調査を尽くしても資産増加の原因やその態様も不明であることを明らかにすれば、国外資産に係る所得の推計課税が困難である場合という手続的な要件を満たすことになる。

(ロ) 国外財産調書を提出しない場合、又は、提出したが記載がないか不十分である場合

国税庁が公表している資料によれば、国外財産調書の提出がない又は記載不備のものが一定数あることが想定されるところ、これに対し、課税庁が実地調査等において国外財産調書の提出を求めたり記載内容を是正したりすることは、課税庁の人員に限りがあることからすると限界があるだろう。また、シャウプ勧告においては、推計課税について、正しい記録をつけるための誘引策として提言されているところ、納税者自らが国外資産の状況について正確に記載した国外財産調書を作成・提出し、適正な申告を行うことを促すことは、シャウプ勧告の推計課税についての提言に沿うものである。
 これらのことを踏まえ、「手続的な要件」を考えると、国外財産調書を提出しない場合、又は、提出したが記載がないか不十分である場合を「手続的な要件」とすることが考えられる。

ハ 実体的に所得と観念できる合理的な所得計算方法及び所得類型

(イ) 実体的に所得と観念できる合理的な所得金額の計算方法

国外資産に係る所得について、課税庁が調査を尽くしたものの、資産増加の原因やその態様も不明であり推計課税をすることが困難な場合を「手続的な要件」の一つとしているところ、「推計の必要性」と「推計の合理性」との相関的な関係を重視する推計課税の考え方を踏まえると、「実体的に所得と観念できる合理的な所得金額の計算方法」は、そのような状況において収集された資料等に基づいて合理的に所得金額が算出されていればよいということになる。
 そして、納税者の財産若しくは債務の増減の状況に基づいて所得を推計する資産負債増減法が推計方法として合理性があり、国外資産の増加があり、その原因が不明であったとしても、資産負債増減法を用いて推計課税を行うことが理論的には可能であることからすれば、国外資産の増加しか把握できていない状況においては、「課税庁が取引の相手方に対する調査その他の方法により期首及び期末の国外資産の状況を把握した場合、当該期末の国外資産の額から当該期首の国外資産の額を差し引いた金額(課税庁が増減の原因及び態様を把握している国外資産を除く。)」(国外資産増加額)をもって所得金額とすることが適正であり、かつ合理的な計算方法だろう。また、このように算出された所得金額は、比率法などの他の推計方法により算出される平均値的な所得金額とは異なり、納税者の国外資産の増加という個別的事情から直接算出されたものであるという点においても優れていると思われる。
 この場合、納税者が、訴訟において、課税時に課税庁の把握していない簿外資産等の存在について主張したとしても、「手続的な要件」を充足している限り、課税庁は、課税時に把握していない当該簿外資産等の存在を考慮して国外資産増加額を算出する必要がないのであるから、かかる主張は、「実体的に所得と観念できる合理的な所得金額」の判断に影響を与えるものではなく、失当ということになるだろう。

(ロ) 所得類型

資産増加の原因が不明であるということは、所得の発生原因及びその態様の解明が困難ということであり、所得類型については、利子所得(所得税法23条)から一時所得(所得税法34条)までのいずれにも該当するような事情があるとは認められないことから、「課税庁が雑所得に該当するものとすることができる」旨の規定を整備することが考えられる。

ニ 納税者による実額の主張について

推計課税が困難な場合、新たな課税方式を創設するという考え方は、実額課税とは別個の課税方式を構成するというものであり、納税者による実額の主張を認める考え方と認めない考え方があるだろう。

(イ) 実額の主張を認める考え方

新たな課税方式は、実額課税とは別個の課税方式ではあるものの、実質的には推計課税の一態様という見方もできるのであり、推計課税と同様に実額の主張(実額反証)を認めるという考え方である。実額の主張を認める根拠としては、訴訟において最終的に問題となるのは、所得金額がいくらであるかということであり、「直接証拠は間接証拠を破る」という原則に照らせば、実額の主張を新たな課税方式においても認めるということが考えられる。

(ロ) 実額の主張を認めない考え方

新たな課税方式は、実額課税とは別個の課税方式であり、実額による主張は意味のないものであるとする考え方である。実額の主張を認めない根拠としては、@納税者が調査に協力せず、課税庁をしてやむなく新たな課税方式による課税処分をせざるを得ない事態に追い込んでおきながら、実額の主張を許容することは、国外資産の秘匿を助長することにつながる、A新たな課税方式により算出した税額が実額よりも多ければ争い、少なければ受け入れるという納税者の行動を防ぐということが考えられる。

(5)検討すべき課題について

「手続的な要件」と「実体的に所得と観念できる合理的な所得計算方法及び所得類型」についての規定を整備するという考え方は、実額課税とは別個の新たな課税方式を構成するものであり、結果として、通常の所得計算による課税方式(実額課税)と、これとは異なった新たな所得計算による課税方式との二つが併存することとなる。この場合、納税者は、通常の所得計算により申告を行うか、申告せずに新たな課税方式による課税処分を受け入れるか、有利な方を選択し得る立場にある。納税者による実額の主張を認めないことにより、このような選択をある程度防ぐことができるものの、完全に防ぐことは困難であろう。
 解決策の一つとして、新たな課税方式による課税処分に制裁的な性格を併せ持たせることが考えられる。例えば、新たな課税方式により算出された所得については、他の所得とは分離して高めの税率を適用することが考えられる。ただし、資産増加の原因やその態様も不明であり、所得類型がいずれに該当するかを推定することさえ困難な場合にどの程度の税率をもって適正なものといえるのかという課題が残るだろう。
 他の解決策として、納税環境整備の問題として手続法で解決を図るということが考えられる。すなわち、国外資産の増加の原因や実態を不明な状況にしたのは、納税者が確定申告書や国外財産調書を提出しなかったり、調査に非協力であったりといった、適正公平な課税の実現を妨げる納税者の不誠実な行為に起因するものであることからすれば、これに対しては、課税処分のみで対応するのではなく、行政上の強制執行制度である執行罰などのような他の対応策も併せて検討することが考えられる。

3 結論

本研究は、国外資産を把握する制度の進展を踏まえ、課税庁の把握した納税者の資産が国外にあるため、調査非協力等によりその増加の原因や実態を解明することが困難な場合に、推計課税で対応し得るのかを推計課税の意義、学説及び裁判例等から考察し、新たな課税方式を提言したものである。国外資産を把握する制度としては、OECDが令和4年10月に暗号資産に係る報告の枠組みを公表するなど、今後も進展が見込まれているところ、他方において、執行管轄権の制約などから資産形成過程の解明等が困難なケースもあり得るだろう。また、経済取引が複雑化・高度化している状況においては、国外に限らず国内における取引の実態を解明することが困難なケースもあり得るのであり、推計課税の重要性も今後増すものと思われる。そのような意味では、本研究は飽くまでも国外資産に的を絞って、新たな課税方式を提言したのであるが、これを推計課税制度全体の問題として考える必要があるかもしれない。
 そして、このような状況において、適正公平な課税の実現を図っていくには、推計課税の在り方のみならず、情報申告(報告)制度の在り方や調査非協力、調書等の提出義務違反に対する対応策なども併せて検討していくことが重要であると思われる。


目次

項目 ページ
はじめに 20
第1章 推計課税の概要 22
第1節 沿革 22
1 推計課税の規定 22
2 シャウプ勧告における推計課税の位置付け 22
3 昭和40年所得税法の全文改正 25
第2節 推計課税の意義 26
1 所得税法156条は確認規定と解されること 26
2 青色申告の特典 29
3 公平負担 31
第3節 推計課税の本質 33
1 推計課税の適法性について 33
2 推計課税の本質についての各説 55
第4節 資産負債増減法に係る推計の合理性の判断の在り方 63
1 資産負債増減法の本質及び合理性(推計方法の合理性) 64
2 資産負債増減法と他の推計方法との優劣関係 66
3 資料の合理性・正確性 72
4 納税者への適用の合理性 82
第2章 国外資産等を把握する制度 85
第1節 国外送金等調書制度 85
1 国外送金等調書制度の趣旨 85
2 国外送金等調書制度の概要 86
3 国外送金等調書の提出状況 87
第2節 国外財産調書制度 87
1 国外財産調書制度の趣旨 87
2 国外財産調書制度の概要 88
3 国外財産調書の提出状況 90
第3節 CRS情報制度 90
1 CRS情報制度の導入経緯及び趣旨 91
2 CRS情報に係る自動的情報交換の仕組み 92
3 CRSの内容 93
4 CRS情報交換の実施状況 94
5 CRS情報制度の実施にかかる課題等について 94
第4節 国外資産等を把握するための各種制度の比較・分析 95
1 CRS情報と国外財産調書の比較・分析 95
2 国外財産調書と国外送金等調書の比較・分析 97
第5節 米国の制度(FBAR) 98
第3章 資産増加の原因が不明な場合の推計課税の具体的検討 100
第1節 事例検討 100
1 事例 100
2 検討 101
3 想定される納税者の主張及びそれに対する判断の在り方 107
第2節 問題点 112
第4章 国外資産に係る所得の推計課税が困難な場合の課税の在り方 116
第1節 推計課税が困難な場合の課税の在り方について 116
1 新たな課税方式の創設 116
2 新たな課税方式を創設する上で参考となる法令について 121
3 「手続的な要件」の内容について 122
4 実体的に所得と観念できる合理的な所得計算方法及び所得類型 125
5 実額の主張について 128
第2節 検討すべき課題について 129
1 新たな課税方式に制裁的な性格を併せ持たせることについて 129
2 納税環境整備の観点からの解決策について 131
おわりに 132