森田 哲也
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

組織再編税制は、主に大企業の競争力強化を目的とする合併、株式交換等の組織再編成の税制面での支援を目的として創設・拡充されてきたが、近年は、中小企業が相続税又は贈与税対策で組織再編成を利用する事例が増え、特に株式の評価額引下げを目的とする事例が目立っている。それらの事例に対しては、いわゆる評価通達6が適用される事件も見受けられるが、その適用に対しては納税者の予測可能性等が問題視され、租税回避に対しては通達の規定ではなく法令の規定により対応すべきとの批判も多い。そのため、組織再編成を利用した租税回避が行われた事例については、組織再編成に係る行為計算否認規定により対処しなければならない時期に来ているものと考える。本研究は、いわゆるヤフー事件最高裁判決で示された法人税法132条の2の判断基準を参考に、組織再編成事例に対し相続税法64条4項の当てはめを行う等、組織再編成にかかる相続税及び贈与税の問題点について一定の検討を行ったものである。

2 研究の概要

(1)組織再編成に係る相続税及び贈与税についての関係規定

平成13年度税制改正においては、企業組織法の大幅な緩和に伴って、組織再編成の形態や方法は相当に多様となっており、組織再編成を利用する複雑、かつ、巧妙な租税回避行為が増加する恐れがあった。そこで、それらに対しても適正な課税を行うことができるように、法人税法、所得税法、相続税法において、租税回避の手段を限定しない一般的な租税回避防止規定が創設された。
 平成22年度税制改正において、法人税法では、実質的な資産に対する支配の継続性や円滑な経営資源配置の観点も踏まえグループ法人税税制が導入された。グループ法人税制の規定のうち、寄附金の損金不算入(法人税法37条A)及び受贈益(同法25条の2@)の規定は、個人による完全支配関係にある法人間の寄附をその適用範囲から除外している。これは、親が株式の100%を保有する法人から子が株式の100%を保有する法人への寄附について損金不算入かつ益金不算入とすると、親から子で経済的価値の移転が無税で行われることになり、相続税等の回避に利用される恐れが強いことを理由とする。
 また、令和元年会社法改正により、株式交付の制度が新設された。株式交付は、他の組織再編成と異なり自由度が高いため租税回避的な利用が懸念される。そこで、株式交付の実態を把握するための一つの手段として、株式交付子会社の株主に対して交付した株式その他の資産の数又は価額の算定の根拠を明らかにする書類の提出が義務付けられている。
 財産評価基本通達においては、取引相場のない株式を純資産価額方式で評価する場合において、現物出資若しくは合併により著しく低い価額で受け入れた資産等がある場合には、その現物出資等の時のその現物出資等受入れ資産の相続税評価額と受け入れ価額との差額に対する法人税額等相当額は、純資産価額の計算上控除しないこととしている(評価通達186−2)。この規定は、適正な時価算定及び課税の公平の観点から設けられたものであり、現物出資、合併等の組織再編成を行うにあたり、評価会社が受け入れる不動産や株式の価格の適正な評価、合併比率や株式交換比率の適正な算定を行うことにより、相続税法の時価として取引相場のない株式等の適正な価額を求めようとするものである。その他、累積的法人税額控除の排除(評価通達186-3)、設立後3年以内の会社の評価(評価通達189)など、組織再編成よる株式評価額の引き下げ行為に対応する規定はあるものの、組織再編税制及びグループ法人税制の創設により従来は想定されていなかった方法による株式評価額の引下げが容易に、かつ、無税で行えるようになっている。
 そのような株式評価額の操作に対しては、評価通達6項が予防的な役割を果たすことになるが、その対応には限界があるといえる。

(2)資産管理会社に係る評価通達6項の適用

最高裁令和4年4月19日判決は、「相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。」と判示した。そして、通達評価額と鑑定評価額との間に大きなかい離があることをもって、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合」ということはできないとした。その上で、納税者が、租税負担軽減の意図をもって行った行為により、他の納税者の間に看過し難い不均衡を生じさせる場合には、実質的な租税負担の公平に反するというべきであると判示した。
 本判決は、過去の裁判事件の判決が通達を介して課税処分の審査をしていることに対し、平等原則の観点から評価通達6項の適用の可否を判断しているといえる。また、「租税回避型」に分類される評価通達6項事件においては、租税回避や節税の存在は、実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合の判定を行うために考慮すべき要因であることが本判決によって示されたものと考えられる。

(3)資産管理会社におけるみなし贈与課税等

合併、株式交換等の組織再編成を利用して相続税及び贈与税の負担を減少させる方法には、時価によらない不公平な価格により合併比率、交換比率等を算定して、交付する株式の数量、価格等を決定することにより、株主間で持ち分価値の移転を図る方法と組織再編成により株式評価額引き下げ後に株式の贈与を行う方法がある。相続税法9条の対象となるのは前者であり、後者については相続税法64条の適用が想定される。
 相続税法9条の適用においては、時価の算定が非常に重要であるが、企業価値の評価方法には多種多様なものがあることから、資産管理会社が組織再編成を行う場合、どのようにその企業価値を評価すべきかについては、明確な考えは示されていない。そこで、相続税法9条の適用の検討にあたり、合併比率等が公平であるかの判断にあたっては、まず、独立当事者間の取引に比肩しうるような公正な手続を経て組織再編成が行われているか否かを判断するべきであろう。そして、その決定された合併比率等に疑義が認められる場合には、組織再編成が、会社間の行為であることから、評価通達による評価ではなく、法人税法基本通達の規定に即して、当事会社の「1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」により算定した比率との間にどの程度の乖離があるかを審査することが合理的な方法であると考える。
 相続税法9条の適用がある場合に注意すべき事項として、組織再編成の一連の行為のなかで、会社の規模、業務内容といった会社の実態や、配当金額、資産額といった評価通達の類似業種比準方式における比準要素に顕著な変化がある場合には、類似業種比準方式による評価は適正な時価の算定するにふさわしい方法ではないこと、組織再編成により受けた経済的利益を算定するにあたり株式の評価する際には、評価通達6項の適用が認められることを挙げることができる。
 評価通達6項は、現実の法律関係を基礎としつつ、評価通達を形式的に適することが著しく不適当である場合に適用される。これに対し、相続税法64条は、現実の法律関係を基礎とする限り、それを前提として財産評価を行うと税負担が不当に減少する場面に適用されることから、両者の適用範囲は異なるものと考えられる。また、相続税法9条は、贈与には該当しないが、株主間の利益の移転をもたらす行為がある場合に適用されるため、株式の評価額を引き下げる行為の後に、株式を贈与するケースでは機能しない。そういった場合には、相続税法64条1項の適用が必要とされるであろう。しかし、複数の行為を一連の行為として一体的にとらえること、一連の行為全体について経済的合理性の欠如を立証することは困難が伴うものであるといえるため、組織再編成が行われた事例においては、相続税法64条4項が重要な役割を果たすものと考える。

(4)組織再編成における相続税法の行為計算否認規定

相続税法64条4項は、企業組織法制の大幅な緩和に伴って組織再編成の形態や方法が相当に多様となり、組織再編成を利用する複雑かつ巧妙な租税回避行為が増加するおそれがあったことから法人税法132条の2とともに新たに創設された規定である。組織再編成は、必ずしも一般的な取引慣行や取引相場があるわけではなく、その不当性について従来の経済合理性基準に基づき判断することが困難であるといえる。
 相続税法64条4項が同条1項の従来の不当の解釈では対応できない新たな租税回避行為に対応するために創設されたという立法の経緯と趣旨から、同条4項の「不当」は同条1項とは異なり、法人税法132条の2と同様に、組織再編成に係る租税法の規定をその趣旨に反し相続税の租税回避手段として濫用したかどうかにより判断すべきである。相続税法64条1項の「不当」との解釈に相違が生じたとしても、法人税法の場合と同様、創設の背景及び趣旨から特に問題とならないものと考える。
 相続税法64条4項適用の効果としての引き直し計算について、例えば、法人税法132条の2の適用が認められた事例において子会社間の欠損金の引継ぎが否認された会社の親会社の株式が相続税の評価の対象となった場合、当該株式の評価においては子会社同士の欠損金の引継ぎがないものとして株式を再評価する方法が考えられる。問題となるのは、組織再編成により課税を受けることなく、親子会社間で財産や事業を移転することにより株式の評価が下げられた場合の引き直しの方法である。このように課税減免規定など、税法固有のルール(評価通達の定めを含む。)を適用する(回避する)がために、ある行為がなされたような場合は、正常な行為計算を観念し得ないケースに該当するものと考えられる。
 このような場合には、規定の濫用がなかったものとして、すなわち、会社間の資産移転がなかったものとして評価する方法が考えられる。


目次

項目 ページ
はじめに 380
第1章 組織再編成に係る相続税及び贈与税についての関係規定 382
第1節 組織再編成税制における関係規定 382
1 組織再編税制に係る行為計算の否認規定の創設 382
2 株式交付制度 383
第2節 グループ法人税制における関係規定 385
第3節 組織再編成に係る財産評価基本通達の規定 386
1 低額な資産又は株式の受け入れに対する規定 387
2 累積的法人税額控除の排除規定 388
3 設立後3年内の会社の評価 388
4 評価通達6 389
5 小括 390
第2章 資産管理会社に係る評価通達6の適用 391
1 評価通達6の意義及び趣旨 391
2 評価通達6に規定する「著しく不適当」の判断基準 392
3 評価通達6項と租税回避 393
4 最高裁が示した評価通達6項の判断基準 394
5 資産管理会社の株式等に係る評価通達6項事案 400
6 小括 412
第3章 組織再編成に係るみなし贈与課税等 414
1 組織再編成おける相続税法9条の適用 415
2 相続税法64条1項の適用 430
3 小括 437
第4章 組織再編成における相続税法の行為計算否認規定 439
第1節 相続税法64条4項の意義 439
1 相続税法64条4項の意義 439
2 相続税法64条4項の趣旨 439
3 適用場面 441
第2節 適用要件 444
1 行為の主体となる法人 444
2 合併等をした法人等の行為又は計算 446
3 「不当」に減少させるの意義 447
4 適用の効果 454
第3節 相続税法64条4項の具体的適用 458
1 事例の概要 459
2 相続税法64条4項の要件へのあてはめ 460
3 引き直し計算 462
結びに代えて−今後の課題 463