上田 正勝
税務大学校
研究部教育官

要約

1 研究の目的(問題の所在)

外貨建て生命保険契約の課税に関しては、所得税法57条の3に基づいて、保険金についてはその収入した時点で、保険料についてはその支出の時点で邦貨換算し、邦貨建ての生命保険契約における規定を適用することになる。
 ところで、生命保険契約は、特則や特約による転換や受け取り方法の変更などにより、かなり柔軟に契約内容を変更することが可能であるところ、このような契約内容の変更の際の税務上の取扱いは、転換通達(昭和53年2月20日付直資2-36、直所3-5「契約転換制度の所得税法及び相続税法上の取扱いについて」)のような個別通達や文書回答事例などによって明らかにされているところである。
 しかし、生命保険契約が外貨建てであった場合、各種の契約内容の変更が同条に規定する外貨建取引に当たるかどうか、また、邦貨建ての場合の取り扱いをそのまま適用することが適当なのかといった検討が必要になると考えられる。
 このように、外貨建て生命保険契約に係る課税上の取扱いについては必ずしも明確とは言い切れないところもあると思われるところ、その考え方を整理することとする。

2 研究の概要

(1)生命保険契約の契約内容の変更と課税

イ 生命保険契約の契約内容の変更の類型

保険契約の関係者の変更は、生命保険契約の契約内容の大きな変更と考えられる。保険契約の関係者として、保険契約者、被保険者及び保険金受取人を上げることができるが、被保険者については、その変更は想定されていないことから、保険契約者及び保険金受取人の変更について検討する。
 保険契約者の変更は、「通常、約款において、保険契約者の変更について規定」されている。そして、「通常、約款では、保険契約者はその権利・義務のすべてを第三者に承継させることができる旨規定」されている。これは「保険契約上の権利を包括的に移転すること(契約上の地位の移転)であ」り、その中には、財産的価値がある権利も含まれる。
 課税の観点からすると、保険契約者の変更は財産的価値を有する生命保険契約の譲渡(贈与)という性質があることから、この時点で課税関係が生じる可能性があることになる。
 しかし、これについては、相続税法の規定が、保険事故等の発生時に、保険料負担割合に応じて保険金額を分割し、それぞれの保険料負担者と保険金受取人の関係に応じた課税を行うこととしており、その趣旨として、「法第3条第1項第1号及び第3号の規定を通じてみれば,生命保険金については,保険料負担者が異なつても保険事故の生じた際に課税関係を完結させることを意図していると考えられる」と指摘されている。
 このことは、所得税法の観点からすると、生命保険契約に関する課税は、保険事故等の発生時に保険金によって所得が実現すると考えて、そこで課税を行うことを原則的な取り扱いとしているとも言える。
 これらの税法の規定及びその趣旨から、保険契約に対する権利を有する者である保険契約者を変更したとしても、その時点では、原則として所得税及び贈与税の課税関係を生じさせないこととなっている。
 次に、保険金受取人は、「保険事故や給付事由の発生によって、保険金請求権を取得する者」である。
 そして、この保険金請求権は、「保険事故の発生という停止条件に加えて、保険契約者が変更権を行使しないという解除条件も付されたきわめて不安定な権利」であり、「保険事故や給付事由が発生してはじめて具体的な金銭債権となる」。
 これを受けて、相続税法基本通達3-34が規定されており、相続税法基本通達逐条解説において、「生命保険契約においては、保険金受取人は、保険事故の発生により保険金を取得するが、保険事故の発生前においては、契約者が、いつでもその生命保険契約を解約することができること、また、保険金受取人を変更することができることなどから保険金受取人の地位はきわめて不安定なものである。
 したがって、生命保険契約の保険事故発生前において、保険金受取人となるべき者が死亡したとしても、その者が契約者でもなく、保険料の負担者でもない場合には、何ら課税関係は生ずる余地がない。相基通3−34は、このことを留意的に明らかにしたものである。」と解説されている。
 そして、これらの権利関係は、保険金受取人の死亡以外での変更の際にも同様であることから、保険金受取人の変更に際しては、課税関係は生じないこととされている。
 以上の検討から、保険契約の関係者である、保険契約者及び保険金受取人の変更に際しては、課税関係は生じないこととされており、それは、適切な取り扱いであるといえる。

ロ 転換

生命保険契約の契約内容を変更する方法として多く利用されるのが転換制度である。
 転換特則は、「民法上の更改契約(民法513条〜518条)をモデルとして「生命保険契約(転換契約)の申込みと承諾によって新しい生命保険契約(転換後契約)を成立させると同時に、新たな生命保険契約に責任準備金等の転換価格を持ち込んだ既契約(被転換契約)を消滅させる」ことを主たる条項として作成された約款」である。
 そのため、「新契約と既契約は同一性をもたず、既契約について存する抗弁は転換後契約に引き継がれない」こととなる。
 しかし、「契約転換制度の本来の趣旨である「被転換契約について有していた保険契約者の地位の引継ぎ」の精神を生かすため」、「一定の要件のもとに保険契約者の便宜を図って」おり、「その点で、契約転換の法的性質は単なる「更改」とは異なる」ものである。
 つまり、「旧契約と新契約は別個の契約であるとしつつ、実質的には保険契約者の地位の継続性を認めるという観点」を有した条件付きの契約となっていると捉えることができる。
 転換を経済的に見ると、転換契約は、「解約控除をせずに、既存の生命保険の責任準備金(契約者価額としての保険料積立金)を新契約の責任準備金に充当」する制度である。
 また、保険数理の観点からは、転換とは「契約者価額の責任準備金を原資」として「原保険契約とは保険種類を異にする保険種類へ移行する仕組み」であるとされ、責任準備金を清算したり目減りさせたりすることなく新契約に引き継ぐという点で、経済的実質における継続性を認めることができる。
 このような継続性も存在することから、税務上も、「@転換前契約と保険契約者及び被保険者が同一であること、A契約者配当の権利を引き継ぐこと、B転換前契約の死亡保障の範囲内(死亡保険金、保険期間)での危険選択を行わないこと、C告知義務違反による契約解除や自殺による保険金支払免責等の場合での転換前契約への復帰が認められること、及びD転換前契約を解約処理するものでないこと」という性質を持ち、「転換前契約の責任準備金等を転換後契約の責任準備金等に引継ぐ方法により行なわれる契約転換は、実質的に契約内容の変更であり、転換に伴う所得税及び贈与税の課税関係は生じない」と取り扱うことを明らかにしている。
 同時に、契約者に対する貸付金が転換時に、責任準備金との相殺により精算された場合について、契約者と保険料負担者との関係に応じて所得税または贈与税の課税関係が生じることも明らかにしている。
 これまで見てきたように、転換に際して、責任準備金が流出する部分を除いて、転換に伴う所得税及び贈与税の課税関係は生じないこととする現在の取り扱いは、保険契約者の変更に関して所得税法の観点から検討したときと同様に、生命保険契約に関する課税は、保険事故等の発生時に保険金等による所得が実現すると考えて、そこで課税を行おうとすることとも整合性が取れたものであり、適当なものであるといえる。
 ところで、転換通達の、「転換前契約の死亡保障の範囲内(死亡保険金、保険期間)での危険選択を行わないこと」との文言からは、死亡保障の生命保険契約をやはり死亡保障の生命保険契約に転換する場合を主に想定しているようにも思われる。
 しかし、転換特則において、新旧契約がともに死亡保障の生命保険契約でなければならないというわけではない。
 ここで、保険事故の内容を変更するような転換が行われた場合にも、「実質的には、契約の継続性を失わないものとして、これを契約内容の変更と解すべきもの」として捉えることができるかという点について検討する。
 法形式的には、新旧契約の継続性を担保する条項があることは部分的に契約の継続性を保たせているといえる。
 また、経済的視点から見ると、保険契約の経済的実質である将来の保険事故発生に対応する保険料積立金は転換前後を通じて外部に流出することなく継続しており、その意味で、実質的に継続性があるということができる。
 これを前提に課税関係を検討するのだが、そこで、所得税法における保険料支出の性質について検討する。
 まず、保険料を支払った時点においては、支払保険料は消費支出であり、保険金収入が実現しなかった場合、支払保険料は所得を減算するものとはならない。
 しかし、保険契約から収入が生じ所得が発生すれば、過去に消費支出として支払った保険料が、「その収入を得るために支出した金額」として所得の減算項目となることができるのである。
 このことからすると、生命保険契約に関する課税を検討する際には、生命保険契約から何らかの所得が実現した時点を中心に検討する必要があるといえる。
 所得の実現という視点で、保険料積立金が転換前後を通じて外部に流出することなく継続しているという経済的実質を見ると、転換の際に所得は実現していないということになり、所得の実現がない時点では、保険事故の内容を変更したとしても、課税関係は生じないと考えることが適当である。
 以上の検討から考えると、保険事故の内容を変更するような転換も含めて、転換時点においては、所得税及び贈与税の課税関係は生じないとする現行の転換通達の取り扱いは適当であるということができる。

ハ 保険金支払方法の変更に対する課税

生命保険契約には、同一の保険契約のままで保険金の支払方法のみを変更する手続きもあるところ、保険金を一時金で受け取る場合と年金で受け取る場合とでは課税関係が変わってくることから、支払方法の変更に対する課税関係が問題となる。
 これについては、いわゆる分割払い通達によっているところであるが、この取り扱いを理論的に分析すると、保険事故等発生時点において約定されている受け取り方法に応じた課税をいったん行うということを基本としている。
 つまり、保険事故が発生する前に年金受取を選択していれば、保険事故発生時に年金として確定することから、年金としての課税を行い、逆に、保険事故が発生した後に年金受取を選択した場合は、保険事故が発生した時点で一時金として確定することから、一時金としての課税を行った後に、それを原資とした年金として課税を行うということになる。
 このことは、保険事故発生によって保険金受取人に保険金受取請求権が生じたことによって、保険契約の内容が保険金受取人と保険者(保険会社)との間の金銭債権になるという私法上の性質とも適合しており、妥当な取り扱いであるといえる。

(2)外貨建て生命保険契約に関する検討

生命保険契約が外貨建てであった場合、邦貨建ての場合の取り扱いをそのまま適用することが適当なのか必ずしも明白であるとは言い切れないところ、外貨建て生命保険契約への適用の適否に関して検討する。

イ 所得税法における外貨建取引の換算

外貨建取引の換算は、所得税法57条の3に規定があり、外貨建取引が行われた時点でのみ換算を行い、その結果、為替差損益は、その取引によって生じる所得区分に包含されることとなる。

ロ 契約当事者の変更

まず、契約者の変更であるが、相続税法の規定とその趣旨から、外貨建て生命保険契約であっても、原則として所得税及び贈与税の課税関係を生じさせないことになる。
 これを所得税法の観点から、課税上の弊害を生じることとなるか検討したところ、所得税の原則的な所得計算に特段の問題は生じず、契約者変更の際に課税関係を生じさせないという取扱いを外貨建て生命保険契約にそのまま当てはめることにつき、問題はないと考える。
 次に、保険金受取人の変更に際しては、相続税法基本通達3-34でも確認されているとおり、課税関係は生じないこととされている。
 その理由は、保険金請求権が、「きわめて不安定な権利」であることを元にしているところ、保険契約が外貨建てであったとしても、その権利の不安定性に違いはないことから、保険金受取人の変更の際に課税関係を生じさせないという取扱いを外貨建て生命保険契約にそのまま当てはめることにつき、問題はないと考える。

ハ 転換

転換の前後の生命保険契約が外貨建てである場合、「新契約成立と同時に旧契約が消滅する」という観点からは外貨建取引にあたり、その時点で為替差損益を計算する必要があるということになる。しかし、既述のとおり、旧契約との継続性を担保する条項が存在し、経済的実質からも税務上も、保険契約そのものに継続性があると解釈する場合は、転換による所得税法上の所得の実現はなく、外貨建取引にあたる取引はないということになる。つまり転換時に為替差損益を認識しないことが適当である。
 ただし、もしこの取り扱いによって課税上の不都合が生じるのであれば、適切な取り扱いを定める必要がある。しかし、所得が実現しなければ支払保険料は課税とは無関係のまま終わるだけであり、保険金等の収入によって所得が実現し所得税の課税が行われる場合には、その時点でそれまでの支払保険料の邦貨換算額が費用として控除されるという所得計算の構造において、転換時に課税を行わないと課税の機会を逃すというような課税上の不都合は生じないと思われる。
 よって、邦貨建て生命保険契約では課税関係が生じないような転換の際に敢えて為替差損益を認識するような取り扱いをする必要性はないと考えられる。

ニ 保険金支払方法の変更

支払方法の変更が行われた生命保険契約が外貨建てであった場合、邦貨建て生命保険契約と同様に、邦貨換算した実際の収入金額から邦貨換算した実際の支出金額を差し引いて所得を算出していることになり、所得税の原則的な所得計算に特段の問題は生じないといえる。

ホ 小括

以上のことから、生命保険契約における契約内容の変更に際して、課税上の取り扱いは、外貨建て生命保険契約についても同様であると考える。

(3)外貨建て生命保険契約に基づき年金を受け取る場合

保険契約に基づき年金を受け取る場合は、所得税法施行令183条又は同185条によって雑所得の金額を計算することになる。
 しかし、支払われる年金が外貨建てであった場合の計算については、年金支払いが行われる期間中の為替変動を考慮すると、計算過程において規定されている「年金の支払総額」を事前に邦貨建てで計算することが不可能であるため、規定の適用に際して困難が生じることとなる。
 これについては、東京国税局文書回答事例「相続等に係る米ドル建保険年金の邦貨換算及び所得計算について」において解決策が示されていることから、この文書回答事例を用いて検討する。
 この文書回答事例において、「生命保険契約等に基づき支払われる年金(旧相続税法対象年金を除きます。)で保険金受取人等が支払を受けるもの(以下「相続税法対象年金」といいます。)については、課税部分と非課税部分に振り分け、課税部分を総収入金額に算入することとされており、本件年金のように年金の支払開始日において支払総額が確定している年金(確定年金)の場合、その算入額は…「確定年金の支払総額」を基礎として算定することとされています」とした上で、「ここでいう「確定年金」が年金の支払開始日において支払総額が確定している年金であること(所得税法施行令第185条第1項第1号)からすれば、「確定年金の支払総額」についても年金の支払開始日における支払総額であるところ、…「確定年金の支払総額」は必要経費算入額の算定にも用いられるものであり、年金の支払が外貨建で行われる場合には、年金の支払開始日における為替レート(TTM)で邦貨換算した金額になると考えられます。しかしながら、相続税法対象年金の場合に、「確定年金の支払総額」を年金の支払開始日における為替レート(TTM)で邦貨換算した金額とすると、その後に支払を受ける年金の額についても年金の支払開始日における為替レート(TTM)で換算したものとなり、結果的に各年金支払日における為替レートの変動を反映したものとはいえないこととなる可能性があります。」と指摘している。このように、為替変動の影響を受ける「年金の支払総額」に関して、「所得税法施行令第185条第1項第8号に規定する年金の支払総額のうちに保険料の総額の占める割合(必要経費割合)は、必要経費の額(保険料の総額)を年金支払期間に応じて比例的に配賦することを擬制する技術的なものであることからすれば、必要経費割合の算定に当たって総収入金額や必要経費の額のように邦貨換算額で算定することが絶対的に求められているとまでは解されず、原則的には邦貨換算額で算定するとしても、年金の支払が外貨建で行われる相続税法対象年金のように、年金の支払総額を邦貨換算額で算定することが困難又は不合理な結果となる事例においては、他の合理的な算定方法も許容されると考えられます」として、「これらの点を踏まえると、本件年金に係る所得計算において総収入金額に算入する金額は、米ドル建の「確定年金の支払総額」を基礎として「総収入金額算入額」を算定した上で、本件年金が支払われる各年の為替レートで邦貨換算した金額とするのが相当です」としている。
 これは、相続税の対象となった年金に関する二重課税排除のために、相続税課税済の年金を各年の年金に規則的に順次配賦するという所得税法施行令185条の趣旨に合致するものであるといえ、年金として雑所得課税されることとなる課税割合部分の所得計算としては優れたものである。
 次いで、必要経費算入額であるが、「その年の…総収入金額算入額…に必要経費割合を乗じた金額とされているところ…必要経費割合の算定の分母となる「年金の支払総額」は…年金の支払開始日における「確定年金の支払総額」です。そして、本件年金に係る所得計算においては、「総収入金額算入額」は米ドル建の「確定年金の支払総額」を基礎として算定することを相当としていますので、必要経費割合の算定においても米ドル建の「確定年金の支払総額」を用いることが合理的と考えます。一方、必要経費割合の算定の分子となる「保険料の総額」は、本来は各保険料支払日における為替レート(TTM)で邦貨換算した金額の合計額が相当であると考えられますが…分母となる「確定年金の支払総額」を米ドル建の金額としていることから、分子についても米ドル建の金額とせざるを得」ない、としており、これは、総収入金額算入額の計算と理論的な整合性のある適当な取り扱いであるといえる。
 そして、「必要経費割合が技術的なものであることに鑑みれば、必ずしも各保険料支払日における邦貨換算額の合計額と一致しなければならないものではないと考えます。したがって、本件年金に係る所得計算において必要経費に算入する金額は、上記イで算定した「総収入金額算入額」(邦貨換算額)に、米ドル建の「保険料の総額」及び「確定年金の支払総額」を基に算定した必要経費割合を乗じた金額とするのが相当です。」としている。
 確かに、所得税法施行令185条1項8号は「当該年金(中略)の額(第一号から第六号までの規定により総収入金額に算入される部分の金額に限る。)」に必要経費割合を乗じて計算した金額を必要経費に算入する旨規定しており、同項1号の規定によって総収入金額に算入される部分の金額は、邦貨で既に計算されていることから、これに必要経費割合を乗じることは同条の規定に忠実である。
 しかし、計算によって得られた数値を精査したならば、年金が支払われた年の為替レートで換算された総収入金額算入額に必要経費割合をかけて必要経費算入額を求めていることから、この必要経費算入額というのは、保険料についても年金が支払われた年の為替レートで邦貨換算されていることが分かる。
 これは各保険金支払い時における為替レートが総収入金額算入額の計算を経由して保険料の換算に適用されることを意味しており、所得税法57条の3に規定する外貨建取引の換算方法、即ち「当該外貨建取引を行つた時における外国為替の売買相場により換算した金額」を用いるという規定との整合性には疑問があるように見える。
 そして、これらの疑問点も「邦貨換算額で算定することが困難又は不合理な結果となる事例」と捉えるならば、文書回答事例において照会者が示した必要経費の計算方法以外の「他の合理的な算定方法」を模索する意義はあるものと考える。
 これについては、私見であるが、必要経費割合をかけるべき金額をドル建の総収入金額算入額とし、それによって計算されるドル建の必要経費算入額に、実際の各保険料支払日における支払保険料の金額と為替レートを用いて総平均法に準ずる方法によって計算した単価に当たる為替レートをかけたものを邦貨建の必要経費算入額とすると取り扱うこととすれば、所得税法施行令183条及び185条の規定からは逸脱することになるが、所得税法57条の3の趣旨に沿った必要経費算入額を求めることができる、他の合理的な計算方法であると考える。
 この差異は、生保年金の所得計算を規定する同令185条のとおりに計算した場合、外貨建取引の計算方法を規定する所得税法57条の3の趣旨に若干そぐわない部分が生じてしまったものと説明できよう。しかし、生保年金の所得計算は同令185条に従う必要があり、その結果が他の条文との関係で問題が生じるというのであれば、それは、法令改正によって対処するべきものである。
 実際問題としては、支払保険料の平均為替レートが円安水準となる場合もあり、また、将来の年金受給時の為替レートが今後どうなるかも不明であるため、この計算の差異を利用して過度な節税を目論むというようなことはあまり想定できないと思われる。
 これまでの検討から、東京局文書回答事例の方法は、所得税法施行令185条1項8号の規定に忠実であり、また、計算過程が少なく簡便であり、課税上の弊害も考えられないことから、これを変更してまで同条の規定から多少なりとも逸脱する異なる計算方法を導入するべきではないと考える。
 ただし、中長期的な観点でみれば、生保年金が外貨建てであった場合の所得計算方法について、所得税法57条の3の趣旨も考慮した法令改正が行われることが、より望ましいであろう。

(4)法令整備の必要性

外貨建て生命保険契約によって年金を外貨で受け取る場合の計算方法については、法令上明らかとされておらず、保険商品を開発する保険会社が、国税当局の行う文書回答手続を利用することにより、保険会社が合理的と考えた一定の計算方法によって差し支えないか照会した結果、国税当局より「貴見のとおりで差し支えない」旨の回答が行われているという状況であり、それが公表されることによって多くの納税者の参考になることは好ましいことである。
 しかし、今回示したとおり、外貨建て生命保険契約によって年金を外貨で受け取る場合の合理的な計算方法については他にも成立しうると考える。
 他方、今後、高度外国人材の移住促進などの政策によって、外貨建て生命保険契約による外貨建て年金もより一般的なものとなっていくことが想定される。そのような中で、外貨建て年金による所得の計算方法が、現在のところ実害がないとはいえ、法令上、明らかでないものがあるというのは好ましいものではないと思われる。

イ 私案

そこで、私案として、法令改正によって外貨建て年金による所得の計算方法を明確化する場合の計算方法を考えてみることとする。

(イ) 東京国税局文書回答事例の方法

外貨建てでなければ計算できない「確定年金の支払総額」と必要経費割合の計算として通貨を揃える必要がある部分のみを外貨建てとし、それ以外の項目については、所得税法施行令183条及び185条の規定どおりに計算するものである。

(メリット)

現行の所得税法施行令183条及び185条の規定に最も忠実であり、また、計算過程が少なく簡便である。
 法令改正の必要がないか、あっても最小限の改正で済む。

(デメリット)

保険料を実際に支払った際の為替レートが計算に反映されないことから、所得税法57条の3との整合性には、法令改正をしたにもかかわらず疑問が残ることになる。
 また、必要経費割合を同一の通貨で整えることが必要となる計算方法であることから、保険料の支払い通貨と年金の受け取り通貨が異なる場合や、保険料の支払い通貨が転換等により途中で変化した場合には対応できない。

(ロ) 必要経費算入額まで外貨建てで計算した後に邦貨換算する方法

必要経費割合を計算する段階までは東京国税局文書回答事例の方法と同様であるが、その必要経費割合を用いて必要経費算入額も外貨建てで計算した後、実際の各保険料支払日における支払保険料の金額と為替レートを用いて総平均法に準ずる方法によって計算した単価に当たる為替レートをかけたものを邦貨建の必要経費算入額とする方法である。

(メリット)

所得税法57条の3の規定の趣旨に適合するものである。

(デメリット)

(イ)案よりも計算過程が増える分、計算が複雑化する。
 また、(イ)案と同様に、保険料の支払い通貨と年金の受け取り通貨が異なる場合等には対応できない。

(ハ) 必要経費割合を保険料の総額(円)、年金の支払総額(外貨)で計算

邦貨建てで確定できない年金の支払総額だけを外貨として、必要経費割合の計算の際の分子である保険料の総額については、実際の各保険料支払日における支払保険料の金額と為替レートを用いて邦貨換算した総額(円)を用いる方法である。

(メリット)

所得税法57条の3、所得税法施行令183条及び185条の現行の各規定の趣旨に適合するものである。
 また、保険料の支払い通貨がどのように変遷していても、すべて支出時点のレートで邦貨換算されることから対応可能である。

(デメリット)

必要経費割合に単位を意識することは、数学的には問題ないとしても計算の簡便性は低下する。

(ニ) 保険料の総額(円)を年金の支払年数で均等に配分

所得税法施行令183条及び185条の規定において、年金の支払総額とは、変動しない年金額に年金支給年数を乗じたものとして計算されている。
 そして、これらの規定において、年金の支払総額が確定していない年金の場合の計算も規定されているが、その内容とは、年金の支払い期間が未確定な場合の年数の見積もり方法を示して、その見積り年数を利用して年金の支払総額を見積もっていると分解することができる。
 すると、これらの規定から、年金の支払い期間の見積もり方法だけを分離し、保険料の総額(同条185条の場合は課税割合に対応する金額)を年金の支払い期間の見積り年数で割って、均等に配分することも十分合理的であると考える。

(メリット)

計算が最も簡便である。
 また、所得税法57条の3の趣旨に適合するものである。
 さらに、保険料の支払い通貨がどのように変遷していても、すべて支出時点のレートで邦貨換算されることから対応可能である。
 他にも、変額保険などの外貨建て以外の理由で年金の支払総額が確定していない年金の場合であっても対応可能である。

(デメリット)

各年分における総収入金額と必要経費算入額が、邦貨建ての金額では比例的に対応しないことから、各年の為替レートによっては、損失が出る年分が生じる可能性が増える。(損益通算ができない雑所得であることから弊害は大きい。)

ロ 小括

私案として4つの法令改正案を提示したところであるが、そのメリットとデメリットを考えると、(ハ)案の必要経費割合を保険料の総額(円)、年金の支払総額(外貨)で計算する方法が、簡便性低下のデメリットがあったとしても、所得税法57条の3、所得税法施行令183条及び同185条の各規定の趣旨に適合するものである上に、保険料の支払い通貨がどのように変遷していても対応可能である点は非常に大きなメリットであると考える。
 もちろん、現状において課税上の弊害が目立つというわけではない制度に対する改正が行われるのか、さらには、改正される場合でも、立法担当者が実際に法案を作成する際に、どのような案を採用するかということは、その時点での政策判断によるところが大きく、最終的にどのような制度となるかは分からないが、これまでの文書回答事例や本稿における検討などを参考に、法令において外貨建て年金に関する規定が整備されることが望ましいと考える。

3 結論

まず、生命保険契約における契約内容の変更に際して、税務上どのように扱うべきかについては、契約者の変更は相続税法によって変更時点では原則的には課税関係が生じないと定められている。
 次に、転換については、保険事故の内容を変更するものであったとしても、経済的実質における継続性と所得としての実現があるかという観点から、これも転換時に課税関係を生じさせるものではなく、それは外貨建て生命保険契約についても同様であると判断した。
 さらに、保険事故発生によって生じる保険金の受取方法の変更については、保険事故発生によって生命保険契約は保険金受取請求権として保険金受取人において実現することから、受取方法の変更を申し出た時期が保険事故発生の前か後かによって判断する現在の分割払い通達による取り扱いが妥当であり、それは外貨建て生命保険契約についても同様であると判断した。
 他方、外貨建て生命保険契約に関する課税を考えた際に、年金で保険金を受け取る場合の課税方法を定める現行の所得税法施行令の規定は、外貨で年金を受け取る場合には明確にされていないところがあり、法令の趣旨を踏まえた合理的な計算方法を考えたところ、合理的と思われる方法が複数考えられることも分かった。
 今後、外貨建て年金保険もより一般的なものとなっていくことが想定されることもあり、これまでの文書回答事例や本稿における検討などを参考に、法令において外貨建て年金に関する規定が整備されることが望まれる。


目次

項目 ページ
はじめに 102
第1章 生命保険契約の契約内容の変更と課税 103
第1節 生命保険契約の契約内容の変更の類型 103
1 保険契約の関係者の変更 103
2 転換 106
第2節 保険金支払方法の変更に対する課税 116
1 保険事故発生後の生命保険契約 116
2 保険金支払方法の変更 117
3 保険金支払方法の変更に対する課税 117
第2章 外貨建て生命保険契約に関する検討 119
第1節 所得税法における外貨建取引の換算 119
1 所得税法における外貨建取引の換算 119
2 為替差損益の所得区分 121
3 小括 122
第2節 契約内容の変更の場合の課税の要否 122
1 契約当事者の変更 122
2 転換 123
3 保険金支払方法の変更 125
4 小括 125
第3章 外貨建て生命保険契約に基づき年金を受け取る場合 126
第1節 外貨建て生命保険契約に基づき年金を受け取る場合 126
1 年金による雑所得の計算方法 126
2 外貨建て生命保険契約に基づき年金を受け取る場合の検討 127
3 差異の生じる原因 134
4 小括 135
第2節 法令整備の必要性 135
1 私案 136
2 小括 140
おわりに 141