柿原 勝一
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

国税庁の使命である「納税者の自発的な納税義務の履行」の実現に向けては、当局として、納税者の税務コンプライアンスを取り巻く状況(納税者本人の規範意識や経済状況、納税義務の不履行に伴うペナルティの程度、当該ペナルティに直面する可能性等)を踏まえ、調査等の在り方について改善を行うほか、制度改正の申し入れ等を行うことが必要となる。
 現行法上、税務調査において非違が把握された場合には、申告内容に応じて過少申告加算税、無申告加算税、重加算税等を課すことが予定されているとともに、納税者の態様等に応じて各種の加算税加重・減算措置を課すことがあり、近年も関連の改正が行われている。
 一方で、昭和37年の国税通則法制定以降、骨格となる加算税の基本税率は大きな変更が加えられていない中、過去半世紀の間に、納税者の規範意識や経済状況といった税務コンプライアンスを取り巻く状況には大きな変化があったものと考えられる。
 また、当局の定員と比した申告件数増加や、経済取引の国際化・高度情報化の進展による調査の質的困難化等、当局を取り巻く環境が変化している中で、納税者への牽制効果が見込まれる実調率も長期的に低下傾向にある。
 そのため、当局の使命を引き続き果たしていくためには、複雑化した加算税各制度の相互作用を分析するとともに、過去の加算税制度の改正が税務コンプライアンスに及ぼした影響の分析を行うなど、納税義務の不履行に伴うペナルティの在り方について不断の検討を行い、効果的・効率的な制度改正につなげることが必要である。
 そこで、今後の制度改正や通達改正等の基礎資料として活用されることを見据え、@加算税制度と諸制度等との関係や、加算税制度の体系の理論的な整理、A加算税制度全体が複雑化していることに加え、執行に関しては、各税目別に定められた事務運営指針に基づいていることから、税目ごとに取扱いが相違しているとの指摘もあるところ、そうした取扱いが執行に及ぼす影響の分析と正当化根拠の整理、B諸外国の加算税制度や反則金(道路交通法)、課徴金(独禁法、金融商品取引法)制度との比較等を素材とした加算税制度が納税者行動に及ぼす影響の検討などを中心に、加算税制度の設計によって納税者の税務コンプライアンスの程度にどのような影響を及ぼすことが可能なのか、もしくは単独の制度としての限界はどこにあるのかを明らかにするなど、今後の加算税制度の在り方を研究・整理する。

2 研究の概要

(1)申告納税制度

イ 申告納税制度

申告納税方式は、伝統的にアメリカで用いられてきた方式であって、納税義務者が自ら課税標準および税額を確定する方式であるため、自己賦課(self-assessment)とも呼ばれることもある。これは国民が課税庁に付与した責務の一端を主権者たる国民自らも負担するという意味で、国民の納税義務が支配に対する服従ではなく自治における責任を意味していると考えられること、そして国民すべてが納税の分野で負うべき責務が市民的自覚に根ざした主体的かつ能動的なものであることを示しているとされている。
 申告納税制度が適正に機能するためには、国民が高い納税意識を持ち、自発的に正確な申告をすること、すなわち自発的な納税義務の履行(voluntary taxpayer's compliance)が必要であり 、申告納税制度の定着と課税要件事実の的確な把握のためには、納税環境(tax environment)の整備と改善が不可欠であるとされ、納税者の自発的コンプライアンスを助長するための方策の整備と改善は重要なものとなっている。

ロ 記帳・記録保存と税務調査

記帳・記録保存義務と税務調査における受忍義務(説明義務)は、申告納税制度の重要な一部を構成していると考えられる。しかしながら、課税処分を争う訴訟における認定事実を分析すると、納税者がこれらの義務を適正に履行していない事実が認定されているケースも見られ、その場合、課税処分が維持され、納税者の義務不履行ないし違反に対しては、過少申告について加算税が課されてはいるものの、記帳・記録保存義務や調査における説明義務の不履行ないし違反に対しては、何も制裁が科されていないという状況もある。

(2)加算税制度について

イ 加算税の趣旨・目的

加算税の趣旨・目的として、「申告義務および徴収納付義務の違反に対して特別の経済的負担を課すことによって、それらの義務の履行の確保を図り、申告納税制度及び徴収納付制度の定着を促進しようとしたもの」、あるいは、「加算税は、一般に、本税が納付される時点での正当税額を超えた額の金銭的負担を課すものであり、それは、その負担を避けるべく、加算税の課税要件となっている過少申告や不申告等の行為がなされなくなることを期待した制度である。」とされている。
 このような学説を踏まえ、野一色教授は、加算税の実質は、「@税法上の義務に違反した納税者に対する制裁としての機能を有することにより、過少申告等の行為の防止(結果として適正な申告)を図るものであり、同時に、A制裁としての金銭的負担に課された当該納税者のみならず、納税者全体に対して税法上の義務の遵守(違反行為の抑止)のための動機づけを有するものではないか」と説明される。

ロ 加算税制度の沿革

(イ) シャウプ勧告

加算税制度は、戦後、申告納税制度の採用に当たり、その担保的機能を果たし、正当な納税義務を履行した者とそうでない者との負担の公平の見地から登場したものであり、昭和22年4月に所得税、法人税及び相続税について、申告納税制度が全般的に採用されるのを契機として、「追徴税」の名称で創設された。「追徴税」制度は、申告納税方式による国税につき、正当な申告がなかったこと、すなわち、法定期限内に全く申告がされなかったこと、又はそのされた申告が正当でなかったことについて、正当な理由がないときは、行政上の制裁として正当税額又は不足税額の一定割合の税を課するものであり、源泉徴収等による国税の徴収義務者についても、その徴収して納付すべき税額を法定納期限までに納付しない場合にも課されていた。一定割合は、当初、遅延期間に応じ1月ごとに5%ずつ増加し、最高で50%であったが、その後、昭和23年の税制改正により、正当税額又は不足税額に対する割合が、従来の月ごとによる増加の方式から、単一割合である25%に改められた。
 その後、昭和25年のシャウプ勧告による税制改正により、「追徴税」が現在の制度の基となった制度、すなわち、過少申告加算税額、無申告加算税額、源泉徴収加算税額、過少納付加算税額、軽加算税額及び重加算税額の制度 に改められ、各税法にそれぞれ規定が設けられた。

(ロ) 国税通則法の制定

昭和36年7月の税制調査会の「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」は、当時、各税法において規定されていた複雑な加算税制度を総合的に検討し、これを国税通則法において総合的に整備すること及び負担の軽減合理化を図ることを提唱した。これに基づいて、従来の加算税額を加算税としてその制度を統一化したことで、昭和37年4月に国税通則法が制定され、過少申告加算税、無申告加算税、不納付加算税及び重加算税の4つからなる現行制度の枠組みとなった。
 これらの加算税の課税額は、過少申告加算税が5%、無申告加算税又は不納付加算税は納付本税額の10%、また、重加算税は仮装又は隠ぺいに係る本税額の30%とされ、重加算税と他の加算税とは同一の基礎税額に対しては併課されないこととなった。

(ハ) 国税通則法制定後の改正

昭和59年度税制改正では、過少申告加算税、従来一律5%とされていたが、納税環境の整備の一環として申告水準の維持向上を図るため、申告漏れの割合により加算税の負担の差をつけ、申告漏れの割合が大きくなるに従って、過少申告加算税の実効割合が大きくなるようにするため、修正申告又は更正により納付すべき税額のうち、期限内申告税額相当額または50万円のいずれか多い金額を超える部分の税額に係る過少申告加算税を10%に加重する改正がなされた。
 昭和62年度税制改正では、所得課税の負担軽減及び合理化の一環として、過少申告加算税及び無申告加算税(自発的期限後申告に係るものを除く。)並びにこれらに代えて課される重加算税の割合がそれぞれ5%引き上げられた。
 平成18年度税制改正では、法定申告期限内に申告する意思があったと認められる場合の無申告加算税の不適用制度が創設され、期限後申告書の提出があった場合において、その提出が、その申告に係る国税についての調査があったことによりその国税について決定があるべきことを予知されたものでなく、期限内申告書を提出する意思があったと認められる一定の場合に該当してされたものであり、かつ、その期限後申告書提出が申告書の提出が法定申告期限から2週間を経過する日までに行われたものであるときは、無申告加算税は課されないこととされた。
 また、無申告加算税の賦課要件に該当する場合において、納付すべき税額(期限後申告又は決定後に修正申告の提出又は更正があったときは、その国税に係る「累積納付税額」を加算した金額)が50万円を超えるときは、その申告等により納付すべき税額に15%の割合を乗じて計算した金額に、その超える部分に相当する税額(その申告等により納付すべき税額がその超える部分に相当する税額に満たないときは、その納付すべき税額)に5%の割合を乗じて計算した金額を加算した金額とすることとされた。

(ニ) 軽減加重措置等に係る改正

平成24年度税制改正において国外財産調書、平成27年度税制改正において財産債務調書の提出制度が創設された。この制度の創設に伴い、調書の適正な提出を確保することを目的として、国外財産調書・財産債務調書に記載がある部分については、過少(無)申告加算税を5%軽減、これらの調書の不提出・記載不備にかかる部分については、過少(無)申告加算税を5%加重される軽減加重措置が講じられている(国外送金等調書法6@〜C、6の3)。
 なお、国外財産調書について、税務調査の際に国外財産調書に記載すべき国外財産の関連資料(取引明細などのフロー情報等)を指定された期限(60日を超えない範囲)までに提出しない場合には、過少(無)申告加算税の5%軽減措置は適用しない、または、更に5%加算するといった措置が講じられている(国外送金等調書法6F)。
 平成28年度税制改正においては、調査通知以後、更正・決定予知前にされた修正申告に基づく過少申告加算税の割合は5%(超える部分10%)、期限後申告等に基づく無申告加算税の割合は10%(50万超15%)とされた(通則法65@、66@)。
 また、短期間に繰り返して無申告又は仮装・隠ぺいが行われた場合には、意図的に無申告又は仮装・隠ぺいを繰り返す悪質な行為を防止する観点から、無申告加算税又は重加算税の賦課割合を10%加重する措置が創設された(通則法66C、68C)。
 令和3年度税制改正(電子帳簿保存法改正)では、電子帳簿等保存法上の一定の要件を満たす電子帳簿(優良な電子帳簿)に記録された事項に関して生じる申告漏れについては、過少申告加算税を5%軽減する措置が創設された。ただし、申告漏れに重加算税対象がある場合には適用されないこととされた(新電子帳簿保存法8C)。
 スキャナ保存が行われた国税関係書類に係る電磁的記録又は電子取引の取引情報に係る電磁的記録に記録された事項に関して生じる仮装・隠ぺいがあった場合の申告漏れについては、重加算税を10%加算する措置が創設された(電子帳簿保存法8D)。
 令和4年度税制改正では、記帳義務及び申告義務を適正に履行する納税者との公平性の観点に鑑み、帳簿の不保存・不提示や記帳不備に対し、意図しない記帳誤りや帳簿の作成能力に配慮した上で、その記帳義務の不履行の程度に応じて過少申告加算税及び無申告加算税を加重する仕組みが設けられた。

ハ 加算税制度の概要

申告納税方式による国税については、納税申告が納税義務を確定させる重要な意義を有することから、その申告の適正性を担保するため、行政制裁として過少申告加算税、無申告加算税、不納付加算税及び重加算税の制度が設けられている(通則法65、66、67、68)。

(イ) 過少申告加算税

過少申告加算税は、期限内申告書が提出された場合において、修正申告の提出又は更正があったときは、納税者に対し、その修正申告又は更正により納付すべき税額に10%(期限内申告税額と50万円のいずれか多い額を超える部分は15%)の割合を乗じて算出した金額を賦課する附帯税である。(通則法65)。

(ロ) 無申告加算税

無申告加算税は、期限後申告書の提出若しくは決定があった場合、又は、期限後申告書の提出若しくは決定があった後に修正申告若しくは更正があった場合に、その申告若しくは決定又は修正申告若しくは更正により納付すべき税額に15%(納税額が50万円を超える部分は20%)の割合を乗じて算出した金額を賦課する附帯税である。(通則法66)。

(ハ) 不納付加算税

不納付加算税は、源泉徴収等による国税がその法定納期限までに完納されなかった場合に、税務署長が、納税の告知に係る税額又はその法定納期限後に当該告知を受けることなく納付された税額に対し、原則として10%の割合を乗じて算出した金額を源泉徴収義務者から徴収する附帯税である(通則法67)。

(ニ) 重加算税

過少申告加算税に代えて課される場合の重加算税は、過少申告加算税が課される場合において、納税者がその国税の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺい・仮装して納税申告書を提出していたときは、納税者に対し、過少申告加算税に代えて計算の基礎となるべき税額に35%の割合を乗じて算定した金額を賦課する附帯税である(通則法68@)。
 無申告加算税に代えて課される場合の重加算税は、無申告加算税が課される場合(調査による更正又は決定を予知しないでされた申告による場合を除く。)において、納税者がその国税の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺい・仮装して法定申告期限までに納税申告書を提出せず、又は法定申告期限後に納税申告書を提出していたときは、納税者に対し、無申告加算税に代えて計算の基礎となるべき税額に40%の割合を乗じて算定した金額を賦課する附帯税である(通則法68A)。
 不納付加算税に代えて課される場合の重加算税は、不納付加算税が課される場合(強制調査を予知しないでされた納付による場合を除く。)において、納税者が事実の全部又は一部を隠ぺい・仮装して納付しなかったときは、納税者から、不納付加算税に代えて計算の基礎となるべき税額に35%の割合を乗じて算出した金額を源泉徴収義務者から徴収する附帯税である(通則法68B)。

ニ 加算税制度の体系の理論的な整理

(2)ロ(ニ)に記載した通り、近年、加算税の軽減加重措置が導入されており、加算税制度が一層複雑化している。きめの細かい加算税制度を前提とすると、納税者の責任の程度に応じて加算税率に差を設けることも考えられるが、制度の複雑化から問題があるとの指摘もある。適用状況によっては、過少申告加算税率と重加算税率の逆転現象が起こる可能性もあり、抑止効果や制度運用実務面にも影響が生ずると考えられることから、将来的には制度の整理を行うことが望ましいと考える。

(3)加算税制度と諸制度の関係

イ 罰則等との関係

行政刑罰は、納税者のコンプライアンス向上の観点からは最も強力な制裁の手段であり、あわせて間接強制の手段として納税秩序を維持する役割を負っている。
 また、過少(無)申告加算税や重加算税は、行政制裁ではあるが罰則ではなく、その情状に応じて正しい申告をしている納税者とそうでない納税者との負担のバランスをとり、申告納税制度の実効性を確保するための行政上の措置として整備され、納税者のコンプライアンス向上という観点からは、その存在により適正な申告義務の履行を非刑罰的な方法で確保する役割を果たしている。
 加算税は、@租税収入の確保を目的に、A申告納税義務の違反の事実があれば、正当な理由がない限り、量刑の余地なく定額が、B租税徴収という手続によって、課されるものである。従って、加算税が申告納税義務を怠った者に対する制裁という要素をもつことは否定できないが、反社会性、反道徳性を持つ刑罰とは目的、要件、実現の手続を異にするものとされている。また、加算税は申告納税義務の違反者が自発的に是正措置に講じたときには軽減又は免除されることになっているが、自主不問を認めない刑罰と、かかる点からも異なるものといえ、申告納税制度の下での国の歳入を確保するとともに、正当な納税義務の履行者との公平負担を図るための行政上の措置とされている。

ロ 延滞税との関係

延滞税の趣旨・目的については、「私法上の債務関係における遅延利息に相当し、納付遅延に対する民事罰の性質をもつ(合わせて、期限内に申告しかつ納付したものとの間の負担の公平を図り、さらに期限内納付を促すことを目的とする。)」ものとされ、税法上の義務の不履行に対する一種の行政上の制裁の性質を有し、申告納税制度を維持する機能を有している。
 延滞税の趣旨・目的については、「納付の遅延に対する民事罰の性質を有し、期限内の納付を促すことを目的とするもの」とされており、税法上の義務の不履行に対する一種の行政上の制裁の性質を有するものとされている。
 附帯税は、納税義務者が申告・納税の義務の履行を怠った場合に、一定の行政上の制裁(各種加算税、延滞税)あるいは金利(利子税、延滞税)を課すことにより、申告納税制度を維持する機能を有している。

ハ 青色申告の承認取消しとの関係

記帳・記録保存義務において、その義務不履行に対しては特に制裁はないが、青色申告に適合しない場合は、青色申告の承認の取消しがある。これは、「青色申告の承認を受けた者について、その承認の効力をそのまま存続させることを不適当ならしめるような事実が新たに生じたために、その効力を失わせる行為であって、行政法でいう行政行為の撤回にあたる。」とされている。納税者から種々の特典を奪う不利益処分であるため、行政上の制裁の性質を有するといえる。
 なお、個人事業者については、実体的には青色申告の要件を充足していないことを確認し、青色申告の基礎とする特例的な法律関係から白色申告による一般の法律に引き戻し、その結果不適法となる特典の享受を更正するものに止まるものであり、白色申告をしている者よりも不利益を与えるものではないから、納税者にとって制裁にならない場合もありうるとも考えられる。

(4)国税庁が発遣する事務運営指針の検討

国税庁は、平成12年、加算税の取扱いについて定めた事務運営指針を発遣し、これを国民に広く公表した。この事務運営指針は、これまでの国税当局内部における加算税の取扱いや事務運営、裁判例の検討等を踏まえ、税目ごとに発遣されており、これを取りまとめる形となっているが、加算税は国税通則法という共通の根拠法に基づくものにもかかわらず、税目ごとに発遣されていることや、法令解釈通達ではなく事務運営指針という通達形式であることについて、疑問視する意見もある。
 これら税目ごとに発遣されている事務運営指針は、細部では表現ぶりの異なるところはあるが、国税通則法の加算税に係る規定の法令解釈が前提となっており、その根幹部分の内容や考え方が異なるものではなく、税目によって、課税要件事実とされる具体的事実、納税者の態様、記帳状況、税理士関与の有無等の状況は異なる部分があり、また、調査手法を含めた調査事務の特殊性等などの事情から、税目ごとの発遣となっていると考えられる。

(5)納税者の税務コンプライアンスを取り巻く状況

近年、ICTの急速な発展により経済社会構造は大きく変化し、個人の多様な価値観に基づいた働き方が可能となり、場所・乗り物・モノ・人・お金などの遊休資産をインターネット上のプラットフォームを介して個人間でシェアしていく新しい経済の動き(シェアリングエコノミー)や、インターネットを通じて単発又は短期の仕事を受注する働き方(ギグエコノミー)など、新分野の経済活動が広がりを見せている。
 このような状況下で、個人事業者においては、これまでの伝統的自営業と異なり、記帳、所得金額の計算、確定申告の経験の乏しい納税者が増加していると考えられる。
 また、個人の記帳を義務付けする税制改正が行われてから10年が経過し、会計ソフト等が普及しているにも関わらず、記帳水準の向上が大きな課題となっており、伝統的自営業者も含め、依然として、規範意識が低い納税者が少なからず存在するものと考えられる。
 加算税制度の趣旨として、過少申告などによる納税義務履行違反の防止や申告納税制度の維持、不適正申告者との不公平是正などが挙げられるが、調査等がなければ、適正な申告に反していても制裁を与えることができず、納税者の規範意識の向上、又はマイナス効果にどの程度影響を及ぼすのか、実調率が低下している現状において危惧されるところである。

(6)加算税制度が納税者の税務コンプライアンスに及ぼす影響の検討

行政上の義務違反に対して、金銭的不利益負担を課す制度は、将来の違反を抑制するものであり、また、金銭的負担が大きくなれば、経済的利得を求めて行われる不正行為の抑止手段として大きな効果があるとして、加算税、反則金(道路交通法)、課徴金(独禁法、金融商品取引法)等が制度化されている。
 そこで、納税者の税務コンプライアンス向上の観点から、納税者の義務の履行を確保するための方策について、諸外国の加算税制度や課徴金、反則金等のとの比較から考察するものである。
 併せて、違反行為の抑止力を高めるため、課徴金制度における加重措置や反則金の厳罰化が行われているが、効果を上げているが、制裁強化のみが妥当な方向性といえるのか、これらの制度や抑止効果を踏まえ、加算税制度の方向性について検討する。
 なお、厳罰化に関して、抑止効果の増強が理由とされるが、違反の巧妙化・密行化が進み、さらに違法活動をするという悪循環が見られないではないとの指摘もある。

イ 諸外国の加算税制度との比較

諸外国の過少申告等に対する加算税は、国ごとに区々であり、例えば、過少申告加算税であれば、課税割合は、国によって10〜200%となっており、さらに相当な注意を怠った場合でなければ賦課されない国もある。また、重加算税では、国によって35〜500%となっており、そもそも制度がなく、拘禁刑又は罰金が科される国もある。いずれも加算税の主たる役割は、その加算税の賦課による税収獲得ではなく、納税者の税務コンプライアンス思考を高めることにあると考えられる。
 例えば、イギリスの制裁金規定の特徴として、過少申告等の態様に応じて、「不注意」、「故意」、「隠ぺい行為を伴う故意」という3つのカテゴリーに区分して、それぞれに対して制裁金割合を設定しているが、「日本では、調査により修正申告又は更正が行われる場合、当然に過少申告加算税が賦課されているように見受けられ、過失の大小にかかわらず、加算税を課されるのであれば、その過失を小さくしようと努力する動機が生まれにくく、過少申告等の防止を目的とする過少申告加算税の趣旨を阻害することにつながると指摘もある。

ロ 反則金(道路交通法)制度との比較

交通反則通告制度とは、自動車等を運転中の軽微な交通違反につき、反則行為の事実を警察官等により認められた者が、一定期日までに法律に定める反則金を納付することにより、その行為につき公訴を提起されず、又は家庭裁判所の審判に付されないものとして道路交通法に定められる制度である。
 この制度は、導入後既に50年以上の運用実績があり、令和2年版犯罪白書によると、令和元年中に反則行為として告知した件数は549万5,784件、非犯則事件として送致された件数が24万1,391件で、道路交通法違反の取締件数中に占める反則適用率は95.8%とされており、この制度は、実務の運用においては、確実に定着しているといってよいと考えられる。一般に、行政刑罰の機能不全が問題となっているが、交通反則金制度に関しては、納付しなければ刑事手続に移行するという仕組によって、反則金の納付が事実上担保されており、そのようにして納付される反則金は、刑罰ほどの威嚇力はないにせよ、違反者に金銭的負担を与えることによって、違反行為に対する一定の抑止力になっていると考えられる 。その意味で義務履行確保の手段として見た場合、この制度は有効に機能していると評価できるとされている。
 また、令和元年12月1日施行の改正道交法で罰則が強化された「ながら運転」では、警察庁によると罰則強化後の3か月間の取り締まり件数は6万4,617件で、前年同期(17万2,465件)と比べ62.5%減少、「ながら運転」よる交通事故も363件で、前年同期(660件)から45.0%少なくなった。
 このことから、近年の反則金等の罰則強化に大きな抑止効果があったほか、マスコミや運転免許センター等における広報啓発や交通指導取締等の推進が大きな効果があったものと考えられる。

ハ 課徴金(独禁法、金融取引法等)制度との比較

課徴金とは、個別の法律の規定により一定の違反行為に対して行政庁によって課される金銭的な負担をいい、この個別法は、@私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独禁法)、A金融商品取引法(金商法)、B公認会計士法、C不当景品類及び不当表示防止法(景表法)及びD医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)がある。
 導入当初は違法に得た利益を行政的に剥奪することを意図したものであったが、現在は違反者が得た不当な利得の剥奪を直接の目的とするものではなく、あくまでも違反行為の摘発に伴う不利益を増大させて、その経済的誘因を減少し、違反行為の予防効果を強化することを目的とする行政上の措置と位置付けられている。また、歴史的には独禁法や金商法における規制対象である不当な金銭的利得を直接的な目的とした経済犯が対象とされていたが、景表法における広告規制が対象とされたことで広がりを見せている。
 また、その機能は、一定の国家目的の実現に向けた誘導措置としての機能、違反行為を行う者に対する「制裁」とされており、財政法3条には、「租税を除く外、国が国権に基づいて収納する課徴金及び法律上又は事実上国の独占に属する事業における専売価格若しくは事業料金については、すべて法律又は国会の議決に基づいて定めなければならない。」とされている。
 平成28年税制改正のおける無申告や事実の隠ぺい・仮装を繰り返す納税者への新たな措置として加算税の加重措置が創設されたが、独禁法や金融商品取引法の課徴金制度における加重措置を参考としたものとされ、適正な申告を促す観点から、加算税の制裁を強化し、抑止効果を高める方向性が採用されていると考えられる。

ニ 行動経済学との関係

比較対象とする基準である参照点との差から価値を感じる人間行動であるとする「プロスペクト理論」と損失を利益より大きく評価する傾向にある「損失回避性」、多数派の行動に同調することが社会規範となり、同僚・隣人の行動や社会規範を参照点とする行動である「同調効果」、選択肢の提示のされ方に意思決定が影響を受ける傾向である「フレーミング効果」など行動経済学の知見は、税務コンプライアンスの向上に向けて加算税の在り方を検討するのに有効であると考えられる。
 神山教授は、行動経済学と租税遵守の関係について、「従来の脱税の説明は、合理的経済人が期待的効用論のもとで、脱税が発覚する確率及びペナルティ大きさと、租税法規を遵守する際の税額等を比較考量して意思決定しているとしてきた。行動経済学の知見は、人々の租税遵守についても、新たな見方を提供してくれる。」そして、「申告を正直に行うか否かについて、納税者が申告納税(追加的租税支払い)を損失と捉えれば、納税者はリスク愛好的な態度をとり、不正申告や不申告が多くなる。それに対して、申告納税を利益(還付)と捉える場合には、納税者はリスク回避的になり、不正申告は減ることとなる。さらに規範的議論として、源泉徴収によって、申告時に税還付がもたらされるよう多めに徴収しておけば、申告納税(還付)が利益と納税者に映ることになり、リスク回避的態度から、租税遵守が上昇する可能性が期待できるというのである。」と説明されている。
 また、永田氏は、「加算税制度は、行動経済学から見ると条件付き罰則戦略と理解でき、適正な申告に反することがあれば罰(加算税)を与えるという戦略は、調査がない限り、いつまでたっても罰則を与えることがないことになり、このことはインセンティブを与えることと同視できる。」とされ、「加算税を加重するに際しては、単純かつ軽微な期間損益の誤りによる過少申告のみであった者に対して大胆な免除規定(免除該当の金額基準の引上げ)を設けることも、より誠実な行動をとる納税者の増加育成をする上で、納税行動経済からみても重要」と指摘する。

3 結論

国税庁は、「納税者の自発的な納税義務の履行を適正かつ円滑に実現する。」という使命を掲げているが、わが国では、税については強制的に取られるものという意識が依然として根強いと考えられる。このような中、納税者の自発的な税務コンプライアンスの維持・向上には、納税者の立場を尊重し規範意識を助長することを基本としながら、それに反する者に対する公権力に基づく制裁による抑止施策が重要となる。その一つである加算税制度については、本来の目的に見合う効果が得られる構造となっているか否かを不断に検討していく必要があると考える。
 近年、加算税の軽減加重措置に係る改正が続けて行われており、加算税制度が一層複雑化しているが、制裁的な抑止効果の点では一定の効果はあるものと考えられる。しかしながら、加算税の主たる役割は、その加算税の賦課による税収獲得ではなく、納税者に適正申告を行うよう注意を促すことにあり、納税者のコンプライアンス意識を促進させることにある。したがって、周知広報を徹底し、予見可能性を高める必要があるとともに、執行では裁量性が増えることがないよう運用することが必要であると考える。
 現在の加算税については、諸外国と比べても抑止効果としては十分とは言えないのではないかと考える。一方、過少申告加算税については、納税者が過失や故意による過少申告ではなく、納税者の帰責性が低い場合にも制裁を受けるというのであれば、その納税者はそれを不当な制裁と認識し、目的とは逆に順法意識を阻害する方向に働くことにもなることから、納税者の帰責性が低い過少申告には、加算税を減免することも必要であると考える。
 納税者の悪質度に応じてメリハリをつけることにより、加算税に関する納税者の公平感を高めることは、納税者の自発的なコンプライアンス意識の向上につながると考えられる。


目次

項目 ページ
はじめに 22
第1章 申告納税制度 24
第1節 申告納税制度 24
第2節 記帳・記録保存義務と税務調査 25
1 記帳・記録保存制度 26
2 税務調査 27
第2章 加算税制度について 30
第1節 加算税の趣旨・目的 30
第2節 加算税制度の沿革 32
1 シャウプ勧告 32
2 国税通則法の制定 34
3 国税通則法制定後の改正 35
4 軽減加重措置等に係る改正 37
第3節 加算税制度の概要 49
1 過少申告加算税 49
2 無申告加算税 50
3 不納付加算税 51
4 重加算税 51
第4節 加算税制度の体系の整理 52
第3章 加算税制度と諸制度の関係 54
第1節 罰則等との関係 54
第2節 延滞税との関係 56
第3節 青色申告の承認取り消しとの関係 57
第4章 国税庁が発遣する事務運営指針の検討 59
第5章 納税者の税務コンプライアンスを取り巻く状況 61
第6章 加算税制度が納税者の税務コンプライアンスに及ぼす影響の検討 62
第1節 諸外国の加算税制度との比較 62
1 アメリカ 63
2 イギリス 64
3 ドイツ 66
4 オーストラリア 66
第2節 反則金(道路交通法)制度との比較 68
第3節 課徴金(独禁法、金融取引法等)制度との比較 69
第4節 行動経済学との関係 73
1 行動経済学における事実解明的分析 73
2 行動経済学と租税遵守 76
第7章 加算税制度の今後の在り方 78
結びに代えて 80