大野 真弓
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

更正の請求に対する税務署長の応答処分とされている更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「通知処分」という。)の法的な性質については、必ずしも明らかになっていない。
 通知処分に対して国税不服審判所(以下「審判所」という。)に不服申立てがなされ、その審理の途中において、納税者から更正の請求時、あるいは再調査の請求時までにはなかった新たな主張や事実が追加された場合、現在、通説とされている「更正類似処分説」に立てば、審判所における審理の範囲は、下限を更正の請求額とし、上限を申告額(更正があった場合は更正後の額)とするその間の課税標準等又は税額等となりえる。したがって、理論上は、その請求額の範囲内であれば、新たな主張は自由に行うことができるとも思われる。しかしながら、処分行政庁が調査等によりその適否を判断していない新たな主張等について、審判所でどのように扱うべきか実務上の対応については理論的に明らかになっていない。
 また、職権調査が認められている審判所において、納税者が更正の請求時には主張していなかった理由を、職権探知により審理の対象として審査すべきという考え方もあるが、簡易迅速な処理を掲げ、納税者の権利救済を図るよう努めている審判所において、組織、人員上の制約や運用上の争点主義の点からみれば、納税者からの新たな主張を全て受け入れて新たな争点として審理をすることについては一定の限度があるものとも思われる。
 これまで、処分行政庁による「処分理由の差替え」については、訴訟物の問題、あるいは総額主義と争点主義の対立、青色申告の理由附記等を含め様々な学説・判例があり論じられている。
 本稿は、通知処分に対する納税者からの新たな主張や理由の差替え(以下「新主張等」という。)に焦点を絞り、通知処分の法的性質に対する従来の見解、裁判例を整理した上で、通知処分の性質を再検討し、審判所における納税者の主張制限の可否について考察しようとするものである。

2 研究の概要

(1)通知処分の概要

更正の請求書が提出されると、税務署長(以下「課税庁」という。)は、その受理した更正の請求書に記載された内容に基づいて必要な調査を行い、その調査に従って更正(減額更正)をし、又は課税庁がその請求を認めない場合には「更正の請求に対してその更正をすべき理由がない旨の通知書」を請求者に通知することとされ、この通知書には、行政手続法第8条の規定に基づき、その理由を示さなければならない(国税通則法74条の14第1項)。
 通知処分は、請求内容の全てが認められない場合に通知されるが、請求の一部だけが正当であると認められる場合には、正当部分は減額更正を行うこととなり、正当と認められなかった残りの部分については理由がない旨の通知処分を含むものとなる。また、通知処分には、実務上、更正の請求期間を徒過しているなどの不適法な請求に対する却下処分に相当する場合と、課税標準等又は税額等について個別実体法に基づいて内容を調査した結果、請求内容が認められないとする棄却処分に相当する場合があり、この両者については、明確に区分されていないが、上記に述べたように通知処分にはその理由が記載されることとなっているため、その処分理由において示されることとなる。

(2)通知処分の性質の検討

イ 更正類似処分説と請求拒否処分説

通知処分の性質は、@通知処分が更正処分と同様に課税標準等を認定して税額等を確定させる機能としてみる更正類似処分説と、A更正処分とは異なり、納税者の求めた更正の請求の理由の当否に限り判断するという請求拒否処分説の二つの見解があるとされている。
 不服申立ての場面において、上記のいずれの説を採るかによって、通知処分に対して不服申立てがされた場合の審理の対象及び範囲が異なってくることになる。
 更正類似処分説によれば、通知処分は納税申告書に記載されている課税標準等が過大であるかどうかを全面的に見直し、結果として減額更正をする必要がない(又は一部の減額更正をし、更正の請求額の一部を認容しない)とする処分であり、不服申立ての審理の対象も当該納税者のトータルとしての課税標準等又は税額等であり、下限を更正の請求額、上限を申告額(更正があった場合は更正後の額)とするその間の課税標準等又は税額等が審理の範囲となる。したがって、再調査審理庁又は審判所において審理をした結果、仮に更正の請求理由の存在が認められたとしても、他に課税標準等の申告漏れが確認できれば、当該不服申立ては棄却されることとなる。
 一方、請求拒否処分説は、当該納税者の個々の更正の請求事由の存否が不服申立ての審理の対象になるとされ、再調査審理庁又は審判所において審理をした結果、更正の請求の理由が存在することが確認されれば、その余を審理するまでもなく、通知処分は取り消すこととなる。
 以上の両説の性質の差異を踏まえると、不服申立ての場面で納税者から新たな主張がされた場合、更正類似処分説によれば、下限を更正の請求額、上限を申告額とするその範囲内における新主張は可能であり、請求拒否処分説によれば、納税者の更正の請求事由の存否が審理の対象となるのであるから、当初の更正の請求事由と異なる新主張は不可ということになると思われる。

ロ 両説の検討

更正類似処分説と請求拒否処分説のいずれの性質が妥当かについて、通説では更正類似処分説が相当と解されている。その理由としては、@条文上、納税者は国税通則法(以下「通則法」という。)23条1項各号の事由を主張することが更正の請求の要件になっているが、同条4項で、「請求に係る課税標準等又は税額等について調査し」として、調査、審理の対象を請求事由に限定していないこと、A通則法23条4項にいう「更正」とは同法24条に規定する「更正」と同義であること等の理由によることが挙げられ、また、学説にも「更正をすべき理由がない旨の通知の性質については疑問があるが、請求に係る課税標準等又は税額等について調査をした結果なされる処分であるから、単なる棄却処分ではなく、数額に関する一種の更正処分と解するのが相当」とする見解もあり、更正類似処分説が妥当するものと考えられる。

ハ 性質論再考 ―通知処分が更正類似処分説と請求拒否処分説の併存的な性質を有するとした場合の検討―

(イ) 処分の性質論

上記のとおり、通知処分が更正類似の性質を有することに異論はないが、更正の請求は、通則法23条1項、2項によって納税者に与えられた権利救済の手段であり、同条4項は課税庁に応答を義務付けていることからすれば、更正の請求は行政手続法2条3号に定める「法令に基づく申請」と解することができる。そうすると、更正類似処分説に立ったとしても、通知処分が「申請を拒否する処分」であることを完全に否定はできないものと思われる。
 通知処分が、更正類似処分説と請求拒否処分説の併存的な性質(すなわち、総額的に課税標準等又は税額等を見直す更正類似の判断により申請を拒否するというような性質)を有するとした場合、更正類似処分説から当然に全ての新主張が可能というのではなく、納税者が法令上の申請権として有する「減額更正を求める権利」の侵害という観点から、新主張が一定限度で制限されると解する余地が出てくるのではないだろうか。

(ロ) 通知処分の処分性

「処分」とは「行政庁の処分その他の公権力の行使に当たる行為」と規定されており(行政事件訴訟法3条2項)、行政庁の法令に基づく行為のうち、「直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法令上認められているもの」(最高裁昭和39年10月29日第一小法廷判決)をいうとされる。更正処分の場合は、増額更正、減額更正のいずれの処分も納税者の具体的な納税義務の範囲を確定する点に処分性が認められる。その一方で、通知処分は、納税者の具体的な納税義務の範囲を確定するものではなく、納税者が自ら行った申告等に係る税額を減額しないことを確認するものにすぎない。むしろ、上記のように請求拒否処分としての性質も有するとした場合、通知処分の処分性は、納税者が法令上の申請権として有する「減額更正を求める権利」を、課税庁が法令上の審査権限を行使した結果、「ない」と確定して侵害する点にあると考えられるのではないだろうか。

(ハ) 併存的な性質を有するとした場合の新主張に対する制限

通知処分の取消訴訟や審査請求において、課税標準等又は税額等が、法律の規定違反や計算の誤りそれ自体によって税額の過大をもたらしたことについて、納税者が主張・立証すべきものと解されている。通知処分が請求拒否処分としての性質も有するとした場合、処分の違法性が、本来、納税者が法令に基づいて有する申請権を「ない」と確定したときに生じるとすると、納税者からの新主張に対する主張・立証は、課税庁が「ない」と確定した更正を求める権利とは別の更正を求める権利が「ある」ということを主張・立証していることになると考えられる。そうすると、新主張は、更正の請求という申請手続に関する問題となり、課税標準等又は税額等の租税債権の額が申告額を下回るか否かという実体判断の問題とは別の問題になることが考えられる。

(3)課税処分と請求拒否処分(申請拒否処分)の相違

課税処分は、客観的にはすでに成立している租税債権を確認し、それを具体化させるための一つの方法であり、課税庁の認定した課税標準等又は税額等が税法の規定に違反しているかどうかは、法令解釈上、手続要件とされる場合等の手続的違法以外は、それが実体的にみて実際の課税標準等又は税額等を超えているかどうかによって決定されるので、課税庁による処分理由の差替え及び納税者による理由の差替えは、いずれも実際の課税標準等又は税額等の認定根拠としては、単なる攻撃防御方法にすぎないと解される。
 しかしながら、通知処分の不服申立てを争う場面では、納税者による新主張は、更正の請求が「申請」という納税者の減額更正を求める権利に基づいて行われるものであることから、申請理由が異なれば、異なる申請理由に基づいて実体判断が行われるものと考えられ、課税処分に係る理由の差替え(攻撃防御)とは異なるものと考えられる。

3 結論

不服申立ての際、納税者が再調査の請求までに主張しなかった新たな事実を主張してきた場合、その事実が、課税庁の原処分時の調査ないし再調査の請求段階までに判明していた事実であれば、課税庁は、その主張に対する反論を答弁書に記載できるが、新たに調査しなければ反論できない場合には、「不知」と答弁されることから、担当審判官は争いのある事実として扱うこととなり、争点として設定した場合には職権で調査を行うこととなる。
 「新たな事実については、すべて原処分庁に差戻しをするということは法律上規定がなく、かつ、審判所を原処分庁と一体と考えることになって許されない。」とする見解があり、その理由として、審判所は原処分庁の上級庁ではないこと、審判所の機能は争訟裁断機能であって、原処分の見直しではないことを挙げられ、審判所が有する職権により処分の違法性、不当性の存否につき調査すべきこととされている。
 この点につき異論はないが、更正請求に対する通知処分の不服申立てに限って、新たな主張は例外としてもよいのではないかと考える。理由は先に述べたように、通知処分が更正類似処分の性質も持ちながら、請求拒否処分(申請拒否処分)としての性質も有するとした場合、納税者の新たな主張は、課税庁が「ない」と確定した更正を求める権利とは別の更正を求める権利が「ある」と主張・立証していることになると考えられるからである。
 また、通知処分を更正類似処分の側面から考えた場合、審理の範囲は下限を更正の請求額、上限を申告額とするその間の課税標準等又は税額等となるから、その請求額の範囲内であれば自由に新主張が可能とも考えられるところ、「総額主義は、課税処分の同一性をその処分によって確定される租税債権の同一性によってとらえるという訴訟物の問題であり、更正の請求の際に主張していなかったことを、更正すべき理由がない旨の通知処分の取消請求訴訟において主張できるかどうかとは、別の問題」とされるように、新主張は同じ争訟の中で争うのではなく、別途の更正の請求書により、課税庁で新たに調査することとしてよいと思われる。
 さらに、更正の請求制度の趣旨からすると、通知処分における主張・立証責任は、一般的には請求者の側にあるとされ、手続上、請求者において、更正の請求書に納税申告に係る課税標準等又は税額等、その更正の請求をする理由、当該請求をするに至った事情の詳細その他参考となるべき事項を記載すべきものとし、その理由の基礎となる事実を証明する書類を添付すべきものとしていることからすれば、その提出された内容と異なる主張を行う場合には、通知処分の性質如何に関わらず、別途の更正の請求書とその事実を証明する書類を提出することが望ましいものと考える。
 そして、別途の更正の請求書の提出を求められるかという点に関しては、現実的に通知処分の不服申立てにおいて新たな主張がされた場合、上記のような根拠(通知処分の性質、更正請求制度の趣旨)があるとしても、別途の更正の請求書の提出を強制することは難しいと思われるところ、更正請求期間が1年以内から5年以内へと延長されていることからすれば、新たな主張に基づく別途の更正請求書の提出は十分に可能と思われるため、審判所から提出を勧奨することは可能と考えられるし、審査請求人の理解を得られるような説明が必要と考える。
 具体的には、更正の請求書に記載された理由と不服申立てにおいて主張された理由において齟齬が生じた状態となっていること、国税通則法施行令6条により添付された証拠書類等も新たな主張がされた場合には再提出する必要があること、何より、請求人自身が更正の請求を行っていることからすれば、更正の請求書に記載した事項と違う理由を主張していることを十分認識しているものと思われるからである。


目次

項目 ページ
はじめに 316
第1章 更正の請求制度の概要 317
1 更正の請求制度 317
2 更正の請求の要件 321
3 更正の請求の手続 322
4 更正の請求期間 326
第2章 通知処分の法的性質の検討 328
第1節 通則法23条4項に定める調査と更正 328
1 通則法23条4項の調査及び更正とは 328
2 通知処分の前提となる調査の範囲 330
第2節 通知処分の法的性質に関する考察 333
1 通知処分の法的性質に対する見解 333
2 通知処分の法的性質に触れた裁判例 338
3 通知処分の性質論再考 346
第3章 通知処分の不服申立てにおける新主張の位置づけ 350
1 新主張は理由の差替えか、別の更正請求に係る理由か 350
2 不利益処分(更正処分)と申請拒否処分の相違 351
3 更正の請求の同一性 352
第4章 審判所における審理のあり方 353
1 審判所の特色と審理の範囲 353
2 審査請求における新主張に対する制限 361
結びにかえて 366