千葉 隆史
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的

2019年(令和元年)10月1日から、消費税率が10%に引き上げられるとともに、軽減税率制度が実施されたことに伴い、2023年(令和5年)10月1日から適格請求書等保存方式(インボイス制度)が導入される。
 適格請求書は、税務署長の登録を受けた適格請求書発行事業者のみが発行でき(新消法57の2@)、@免税事業者など適格請求書発行事業者以外の者が作成した「適格請求書であると誤認されるおそれのある表示をした書類(新消法57の5一)」(以下「誤認されるおそれのある書類」という。)、A適格請求書発行事業者が作成した「偽りの記載をした適格請求書(新消法57の5二)」などの適格請求書類似書類等の交付が禁止されるとともに(新消法57の5)、交付した場合の罰則(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)が設けられている(新消法65四)。これにより、事業者においては、適格請求書類似書類等の作成・交付について一定の抑制が働くことが期待できる一方、執行の観点からは、どのような書類が適格請求書類似書類に該当し、いかなる場合に罰則を科すのかといった判断基準が必要になるものと思料される。
 そこで、本稿では、誤認されるおそれのある書類及び偽りの記載をした適格請求書にはどのような記載のあるものが該当するのか。また、適格請求書類似書類を交付した(新消法65四)とはどのような行為が該当するのかなどについて考察する。

2 研究の概要

(1)インボイス制度導入後の仕入税額控除の是正

イ インボイス制度導入前における帳簿等の記載不備に係る是正

帳簿及び請求書の保存については、一定の例外を除き、取引ごとに所定の事項を帳簿へ記載するとともに、その取引の相手方が発行した、又は相手方の確認を受けた請求書、納品書及び領収書その他これらに類する書類を保存しなければ、仕入税額控除の適用が受けられないのであり、事実上、取引事実の証明ができる課税仕入についてのみ仕入税額控除が認められる仕組みとなっている。

ロ インボイス制度導入後の仕入税額控除の是正

課税事業者が仕入税額控除の適用を受けるためには、帳簿及び請求書の保存が要件とされているが、インボイス制度導入後においては、適格請求書の保存が必要となる。したがって、適格請求書として必要な記載事項を満たしていない書類を保存していたとしても、仕入税額控除の適用は認められず、仕入税額控除の対象としていた場合には是正されることとなる。インボイス制度導入後は、適格請求書発行事業者以外の者からの仕入れについては、仕入税額控除の適用が認められないことに留意する必要がある。

ハ 適格請求書発行事業者登録簿の確認

国税庁ホームページの公表サイトの閲覧を通じて、買手は交付を受けた請求書等に記載された番号が「登録番号」であるか、また、その記載された「登録番号」が取引時点において取消等を受けていないものであるかを確認することが可能である。しかしながら、免税事業者等が他者の登録番号及び氏名を盗用して適格請求書発行事業者になりすました場合、公表サイトの確認のみでは、なりすましであることが発見できないことに留意する必要がある。新規取引先と取引を開始する際には、なりすましによる仕入税額控除の是正を回避するためにも、通常の商取引において行われる範囲の本人確認書類等に基づく確認を行い、なりすましを行う者から適格請求書類似書類を受領することのないよう留意する必要があると考える。

ニ 買手が善意である場合の仕入税額控除の是正等

免税事業者が他者の登録番号等を使用して登録通知書を偽造し、買手がこの者から交付を受けた書類に基づき仕入税額控除をした場合には、仕入税額控除が否認されるものと考えられる。買手が、適格請求書等を保存することができなかったことについて、消法30Fただし書に規定する「災害その他やむを得ない事情」に該当することを立証した場合には仕入税額控除が適用されることとなるが、登録通知書の提示を受けたことのみでは、本人確認を尽くしたことにはならず、災害その他やむを得ない事情に該当することを立証したことにもならないと思料される。名義偽装に気付かなかったことによる仕入税額控除の否認を回避するためにも、新規取引先と取引を開始する際の本人確認が重要であることに留意する必要があると考える。

(2)適格請求書類似書類の交付等に係る罰則の適用対象と判断基準

イ 誤認されるおそれのある書類の例示

(イ) 取引事実を仮装した書類

実際には課税資産の譲渡等が無いにもかかわらず、買手が仕入税額 控除を受けるために、売手と買手が共謀して架空の取引内容を記載した虚偽の書類を交付(販売を含む。)することなどが想定される。

(ロ) 取引排除の回避を目的に他人の登録番号を記載した書類

免税事業者が課税事業者との取引から排除されることを回避する ために、実際の取引において、他者の登録番号を記載した請求書を交付することが想定される。

(ハ) 取引排除の回避を目的に架空の登録番号を記載した書類

上記(ロ)と同様に、免税事業者が取引から排除されることを回避するために、架空の番号を記載した請求書を交付することが想定される。

(ニ) 消費税相当額の詐取を目的に他人の登録番号を記載した書類

免税事業者が適格請求書発行事業者になりすまし、買手から消費税相当額を詐取するために、実際の取引において、他者の登録番号を記載した請求書を交付することが想定される。

(ホ) 消費税相当額の詐取を目的に架空の登録番号を記載した書類

上記(ニ)と同様に、免税事業者が買手から消費税相当額を詐取するために、架空の登録番号を記載した請求書を交付することが想定される。

ロ 誤認されるおそれのある書類の交付

上記イの(イ)〜(ホ)の書類は、いずれも適格請求書類似書類に該当し、これらを交付した場合には新消法65四の罰則の適用対象になるものと思料される。また、当該行為者が罰金以上の刑に処せられた場合には、登録の拒否といった行政制裁を科す必要がある(新消法57の2D一)。
 なお、新消法57の5@は「他の者に対して交付してはならない。」と規定しており、仕入税額控除を行う者への交付のほか、例えば偽インボイスの作成業者から販売業者へのインボイスの販売に伴う交付についても罰則の対象になるものと考えられる。

ハ 偽りの記載をした適格請求書の例示

(イ) 取引事実を仮装した適格請求書

適格請求書発行事業者においても、上記イの(イ)と同様に、実際には課税資産の譲渡等が無いにもかかわらず、売手と買手が通謀し架空の取引内容を記載した虚偽の適格請求書を交付することなどが想定される。

(ロ) 対価の額を水増しした適格請求書

仕入控除税額の増額分を売手と買手双方が享受するために、譲渡対価の額を水増しした虚偽の適格請求書を交付することが想定される。また、買手から水増し請求を強要された売手が、対価の額を水増しした虚偽の適格請求書を交付し、入金後に買手へ増額分をバックするなどの不正加担が想定される。

(ハ) 売上除外を企図して名義を偽装した適格請求書

売上の一部を除外することを企図して、分割した請求書の一方を架空又は別会社の名義とした虚偽の適格請求書を交付することなどが想定される。

交付が禁止され違反した場合に罰則が適用される適格請求書類似書類の例示

適格請求書類似書類
 誤認されるおそれのある書類
(交付者:免税事業者及び適格請求書発行事業者の登録を受けない課税事業者)
 偽りの記載をした適格請求書
(交付者:適格請求書発行事業者)
 取引事実を仮装した書類  取引事実を仮装した適格請求書
 取引排除の回避を目的に他人の登録番号を記載した書類  対価の額を水増しした適格請求書
 取引排除の回避を目的に架空の登録番号を記載した書類  売上除外を企図して名義を偽装した適格請求書
 消費税相当額の詐取を目的に他人の登録番号を記載した書類  
 消費税相当額の詐取を目的に架空の登録番号を記載した書類  

ニ 偽りの記載をした適格請求書の交付

上記ハの(イ)〜(ハ)の書類は、いずれも適格請求書類似書類に該当し、これらを交付した場合には新消法65四の罰則の適用対象になるものと思料される。また、ハの(ハ)については、その規模等によっては消法64@の罰則(10年以下の懲役若しくは1千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科)が適用される可能性があるものと思料される。さらに、当該行為者が罰金以上の刑に処せられた場合などには、登録の拒否(新消法57の2D一)及び登録の取消し(新消法57の2E一)といった行政制裁を科す必要がある。

ホ 仕入税額控除を是正した場合の重加算税の適用

(イ) 取引事実を仮装した請求書を保存して仕入税額控除の適用を受けた場合(取引事実なし、イ(イ)、ハ(イ)及び(ロ))

実際には売買等の取引事実が無いにもかかわらず、売手と買手が共謀することにより架空の取引内容を記載した虚偽の請求書等は適格請求書に当たらず、買手が仕入税額控除の対象としていた場合には是正されることとなる。なお、売手と買手が共謀して架空の請求書を作成することにより取引を仮装したと認められることから、重加算税の適用対象になると考えられる。また、このケースでは、買手は偽りその他不正の行為により消費税を免れたことが推認されるため、規模等によっては消法64@の罰則が適用される可能性もあると思料される。

(ロ) 売上除外を企図して名義を偽装した適格請求書を保存して仕入税額控除の適用を受けた場合(取引事実あり、ハ(ハ))

売手が取引金額の一部を除外するために、法人名及び登録番号を偽装した請求書を買手である課税事業者に交付した場合の当該請求書は適格請求書に当たらず、買手が仕入税額控除の対象としていた場合には、新消法30Fの要件を満たしていないため是正されることとなる。買手においては隠蔽又は仮装の事実がなく、重加算税の適用対象にはならないと考えられるが、その規模や事実関係等によっては脱税幇助の罪に問われる可能性があるものと思料される。

(ハ) 免税事業者が取引排除の回避を目的として偽の登録番号を記載した請求書を交付し、当該請求書を保存して仕入税額控除の適用を受けた場合(取引事実あり、イ(ロ)及び(ハ))

免税事業者が取引排除を回避するために、他者又は架空の登録番号 を記載した請求書を買手である課税事業者に交付した場合の当該請求書は適格請求書に当たらず、買手が仕入税額控除の対象としていた場合には、新消法30Fの要件を満たしていないため是正されることになる。なお、買手においては隠蔽又は仮装の事実がなく、重加算税の適用対象にはならないと考えられる。

(ニ) 免税事業者が消費税相当額の詐取を目的として偽の登録番号を記載した請求書を交付し、当該請求書を保存して仕入税額控除の適用を受けた場合(取引事実あり、イ(ニ)及び(ホ))

免税事業者が買手から消費税相当額を詐取するために、他者又は架空の登録番号を記載した請求書を買手である課税事業者に交付した場合の当該請求書は適格請求書に当たらず、買手が仕入税額控除の対象としていた場合には、新消法30Fの要件を満たしていないため是正されることになる。なお、買手においては隠蔽又は仮装の事実がなく、重加算税の適用対象にはならないと考えられる。

(ホ) 記載に不備のある請求書を保存して仕入税額控除の適用を受けた場合(取引事実あり)

適格請求書発行事業者から交付された請求書の記載に不備がある(インボイス制度に基づく記載事項を満たしていない)場合、この書類は適格請求書に当たらず、買手が仕入税額控除の対象としていた場合には、新消法30Fの要件を満たしていないため是正されることになる。なお、買手においては隠蔽又は仮装の事実がなく、重加算税の適用対象にはならないと考えられる。

適格請求書類似書類に基づく仕入税額控除を是正した場合の重加算税の適用関係

適格請求書類似書類 重加算税の適用
 誤認されるおそれのある書類  偽りの記載をした適格請求書
 取引事実を仮装した書類  取引事実を仮装した適格請求書 適用あり
   対価の額を水増しした適格請求書
 取引排除の回避を目的に偽の登録番号を記載した書類  売上除外を企図して名義を偽装した適格請求書 適用なし
 消費税相当額の詐取を目的に偽の登録番号を記載した書類  

(3)電子インボイスの導入に向けた取組等

電子インボイスの使用と税務当局へのリアルタイムでの報告の義務化については、チリ、コロンビア、イタリア、韓国、メキシコ及びトルコにおいて実施されており、イギリスやフランスにおいても義務化に向けた検討がなされている。電子インボイスの使用の義務化や税務当局への報告の義務化は、不正の抑制に直結する可能性が高いと思料される。しかしながら、このような制度を導入すべきか否かについては、インボイス制度実施後の状況を十分に見極めた上で、それぞれの必要性について議論・検討がなされるべきものと考える。
 また、2023年(令和5年)10月のインボイス制度の実施を見据え、官民が連携して、電子インボイスの標準仕様の策定に向けた取組、運用管理のための体制整備などの必要な対応が進められているところである。
 インボイスの電子化によって、事業者の取引の効率化、事務負担の軽減及び取引コストの削減が図られることが見込まれること、また、業務デジタル化により、受発注から請求・支払い、会計や税務処理までの業務のデータ連携がなされた場合には、業務の途中段階におけるデータ改ざんは極めて困難となり、不正の抑制につながるものと思料されることから、電子インボイスの利用を含む、ビジネスプロセス全体のデジタル化を進展させていくことが肝要であると考える。

3 まとめ

本研究においては、適格請求書類似書類とされる「誤認されるおそれのある書類」及び「偽りの記載をした適格請求書」にはどのような記載のあるものが該当するのか、また、「適格請求書類似書類を交付した」とはどのような行為が該当するのか、さらに、これら適格請求書類似書類に基づく仕入税額控除を是正した場合の重加算税の適用などについて考察したところである。
 誤認されるおそれのある書類については、@取引事実を仮装した書類、A取引排除の回避を目的に偽の登録番号を記載した書類、B消費税相当額の詐取を目的に偽の登録番号を記載した書類などがあり、交付した場合はいずれも新消法65四の罰則が適用される可能性があると考えられる。
 偽りの記載をした適格請求書については、@取引事実を仮装した適格請求書、A対価の額を水増しした適格請求書、B売上除外を企図して名義を偽装した適格請求書などがあり、交付した場合はいずれも新消法65四の罰則が、また、Bについては、その規模等により消法64@の罰則が適用される可能性があると考えられる。
 適格請求書類似書類の交付行為については、売手が買手に対して類似書類を交付等する行為のほか、取引を偽装し偽造インボイスを販売するようなケースにおいては、偽インボイスの作成業者から販売業者への販売に伴う交付、販売業者から仕入税額控除を行う事業者への販売に伴う交付などが該当するものと考えられる。
 適格請求書類似書類に基づく仕入税額控除を是正した場合の重加算税の適用については、@取引事実を仮装した請求書等に基づき仕入税額控除の適用を受けた場合には、売手と買手が共謀して架空の請求書を作成することにより取引を仮装したと認められることから重加算税の適用対象になること、A免税事業者が取引排除の回避や消費税相当額の詐取を目的に偽の登録番号を記載した請求書を交付し、当該請求書を保存して仕入税額控除の適用を受けた場合には、買手においては隠蔽仮装の事実がなく、重加算税の適用対象にはならないと考えられる。


目次

項目 ページ
はじめに 140
第1章 インボイス制度の概要等 142
第1節 適格請求書等保存方式の導入 142
1 適格請求書発行事業者の登録 143
2 適格請求書発行事業者の義務 147
3 適格請求書類似書類等の交付禁止及び罰則 148
4 仕入税額控除制度の見直し 149
5 適格請求書類似書類の交付等に係る質問検査権の整備 150
第2節 EU型付加価値税におけるインボイスの機能 150
1 EU型付加価値税におけるインボイスの機能 150
2 EUにおける税額別記及び税額過大記載に係る取扱い 154
3 小括 157
第2章 インボイスの不正とインボイス制度導入後の仕入税額控除の是正 159
第1節 諸外国における不正事例 159
1 付加価値税の脱税に係るパターンの類型化(EC諸国) 159
2 インボイスの不正使用による脱税(EC諸国) 162
3 架空インボイスの発行(韓国) 164
4 インボイスの偽造による不正還付事件(タイ) 165
5 事業者番号の不正使用(オーストラリア) 166
第2節 偽装等に係る法人税等違反事件 167
1 大阪高裁(控訴審)平成26年5月13日判決(TKC文献番号25504159)法人税法違反幇助被告事件(白地領収証と脱税幇助) 167
2 大阪地裁平成29年9月7日判決(TKC文献番号25570080)所得税更正処分取消請求事件(架空給与に係る源泉徴収票を利用した不正還付請求) 170
第3節 請求書等の不実記載による仕入税額控除の是正 172
1 東京地裁平成9年8月28日判決(TKC文献番号28021531)消費税更正処分取消請求事件 172
2 帳簿等の記載不備に係る平成14年4月3日裁決 174
3 帳簿等の記載不備に係る平成21年1月28日裁決 175
4 インボイス制度導入後の仕入税額控除の是正 176
第4節 適格請求書発行事業者登録簿の確認 178
1 適格請求書発行事業者登録簿の確認 178
2 登録国外事業者制度 179
3 事業者における確認義務 180
4 本人確認に係る韓国の事例 180
5 新規取引先に対する本人確認 182
第5節 買手が善意である場合の仕入税額控除の是正等 183
1 買手が善意である場合の仕入税額控除の是正 183
2 なりすましを行う免税事業者に納税義務を課すことについて 188
第3章 適格請求書類似書類の交付等に係る罰則の適用対象と判断基準 190
第1節 諸外国における不正インボイスの罰則等 190
第2節 我が国消費税法の脱税犯及び秩序犯に対する罰則 192
1 脱税犯の範囲 192
2 脱税犯の構成要件 193
3 秩序犯 193
第3節 誤認されるおそれのある書類の交付 194
1 誤認されるおそれのある書類 194
2 誤認されるおそれのある書類の例示 196
3 誤認されるおそれのある書類の交付 197
4 経過措置期間に適格請求書発行事業者以外の者が交付する請求書 198
第4節 偽りの記載をした適格請求書の交付 199
1 適格請求書の記載事項に誤りがあった場合の対応 199
2 偽りの記載をした適格請求書 199
3 偽りの記載をした適格請求書の例示 200
4 偽りの記載をした適格請求書の交付 201
第5節 仕入税額控除を是正した場合の重加算税の適用 201
第4章 電子インボイスの導入に向けた取組等 204
第1節 電子インボイスの提供と納税環境整備 204
1 適格請求書に係る電磁的記録(電子インボイス)の提供等 204
2 デジタル時代における納税環境の整備等 205
第2節 諸外国における電子インボイスの導入状況等 207
1 電子インボイスの導入状況等 207
2 税務当局による納税者からの取引データの収集状況 210
第3節 我が国における電子インボイスの導入に向けた取組等 214
1 標準化された電子インボイスの仕組みの確立 214
2 電子インボイスに係る取組状況 215
3 デジタル・ガバメント実行計画 216
第4節 小括 217
結びに代えて 219