福原 俊之
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

重加算税の賦課要件として、「隠蔽又は仮装」の事実が必要とされているが、所得税や法人税が売上除外や二重帳簿の作成等をその典型例とする一方で、相続税・贈与税については、事業上の取引とは異なり、いわば家庭内の話であることから、「隠蔽又は仮装」の事実を直接的に立証する証拠書類が少なく、重加算税の賦課が困難なケースも多く存在している。
 このような中、最高裁において、平成6年のつまみ申告に続き平成7年に積極的な隠蔽又は仮装の行為がない場合であっても、当初から過少申告を意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づいて過少申告をしたような場合は重加算税の賦課要件を満たす(いわゆる「ことさら過少申告」)と判示されたことを受け、その後、相続税においても、特段の行動と過少申告の意図を認定した上で重加算税を賦課する事例が増加した。
 しかしながら、これらの事例においては、税理士に対する相続財産の秘匿を特段の行動とする事例が多い一方で、平成25年の税制改正で相続税の基礎控除が引き下げられたことによって、課税割合が増加した反面、従来、税理士とは付合いのなかった納税者層が取り込まれ、税理士関与割合は減少した。
 そこで、相続税・贈与税における、ことさら過少申告等に対する重加算税の賦課要件としての特段の行動について、その意義を研究し、税理士に対する秘匿のほか、どのような事実が特段の行動に該当するかについて考察する。

2 研究の概要

(1)重加算税の意義

イ 重加算税制度の沿革

重加算税制度は、昭和24年のシャウプ使節団の税制勧告書により、詐欺行為は処罰することなく黙過することはできないから、刑事訴追を必要としない民事罰を採用することが勧告され、昭和25年の税制改正の際に、無申告加算税・過少申告加算税制度とともに導入された。
 その後、昭和36年の税制調査会の「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」において、当時、各個別法に規定されていた加算税制度を国税通則法において総合的に整備することが提唱され、昭和37年に制定された国税通則法によって、現行の過少申告加算税、無申告加算税、不納付加算税及び重加算税の体系が整備された。

ロ 重加算税の性格

重加算税は、納税者が隠蔽・仮装という不正手段を用いて行った納税義務違反に対し、経済的な負担を課すことによって、納税者の高度なコンプアライアンスによって支えられる申告納税制度等の納税秩序を維持するとともに、納税の実を挙げることを主な目的とする行政措置であると理解できるが、一方で、制裁的意義を有することも否定できず、同一の行為に対して重加算税と刑罰を併科することは憲法39条の二重処罰禁止の原則に反するのではないかという議論がある。
 判例においては、追徴税につき、最高裁昭和33年4月30日大法廷判決(民集12巻6号938頁)は、「法が追徴税を行政機関の行政手続により租税の形式により課すべきものとしたことは追徴税を課せらるべき納税義務違反者の行為を犯罪とし、これに対する刑罰として、これを課する趣旨でないこと明らかである。」とし、最高裁昭和45年9月11日第二小法廷判決(刑集24巻10号1333頁)においても、重加算税は、「違反者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目してこれに対する制裁として科せられる刑罰とは趣旨、性質を異にするものと解すべき」とされ、重加算税と刑罰の併科については違憲とならない旨確定しているといえる。

(2)「隠蔽又は仮装」行為

イ 「隠蔽又は仮装」の意義

重加算税は、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し、その隠蔽し、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき又は提出しなかったときに課されるものであるが、事実の隠蔽又は仮装とは、売上除外、二重帳簿の作成、証拠書類の廃棄、架空仕入、架空契約書の作成、取引上の他人名義の使用等をその典型とする。
 隠蔽又は仮装行為において故意を必要とするか否かについては、学説では故意必要説が多数といえ、裁判例においても、最高裁昭和62年5月8日第二小法廷判決(集民151号35頁)において、重加算税は、「納税義務違反が事実の隠ぺい又は仮装という不正な方法に基づいて行われた場合に、違反者に対して課される行政上の措置であって、故意に納税義務違反を犯したことに対する制裁ではないから、(中略)納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足り、それ以上に、申告に際し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではないと解するのが相当である。」と判示し、隠蔽・仮装行為における故意は必要であるが、過少申告の認識は不要であることが明確に示された。

ロ 重加算税の成立と隠蔽・仮装の時期

学説において、重加算税は、隠蔽又は仮装したところに基づいて納税申告書を提出していたとき又はしなかったときに課されるものであるから、原則として、法定申告期限の経過する以前の隠蔽・仮装行為のみが重加算税の対象となると解されており、下級審においても隠蔽・仮装の有無の判断は、確定申告時を基準としてなされてきた。
 一方、東京地裁平成16年1月30日判決(税資254号順号9542)では、隠蔽・仮装行為の時期について、「通則法15条2項13号において、重加算税の納税義務が法定申告期限の経過の時に成立すると定められているからといって、重加算税については、法定申告期限までにその課税要件を充たす必要があり、その後において隠ぺい又は仮装の行為に基づき修正申告がされた場合には、重加算税を課すことが許されないと解することは相当でな」いと判示され、新たな展開も見られた。しかし、東京地裁平成22年5月14日判決(税資260号順号11441)では、「通則法15条2項13号は、重加算税の成立時期を『法定申告期限の経過の時』と規定していることから、重加算税の賦課要件としての隠ぺい又は仮装行為の存否は、法定申告期限がその判断の基準となる。」と明示するなど、裁判例においては定着したものとはいえない。

ハ 行為主体

国税通則法68条1項は、隠蔽・仮装行為の主体を納税者と規定しているが、行為の主体について、学説・判例ともに、納税者本人に限定しておらず、納税者本人が、納税者本人以外の隠蔽・仮装行為を認識していることを要するか否か、さらに、認識を不要とした場合、納税者本人以外の範囲についてどのように考えるかといった議論がなされている。
 相続税・贈与税においては、申告手続等を代理する税理士等のほか、被相続人、共同相続人、贈与者等において行った隠蔽・仮装の行為に対して納税者本人に重加算税を賦課することができるかといった議論がある。

(イ) 被相続人・贈与者

大阪地裁昭和56年2月25日判決(税資116号318頁)は、「相続人又は受遺者が積極的に右の隠ぺい、仮装の行為に及ぶ場合に限らず、被相続人又はその他の者の行為により相続財産の一部等が隠ぺい、仮装された状態にあり、相続人又は受遺者が右の状態を利用して、脱税の意図の下に隠ぺい、仮装された相続財産の一部を除外する等した内容虚偽の相続税の申告書を提出した場合も含むと解するのが相当である。」と判示している。
 贈与税についての裁判例等は確認されていないが、例えば、贈与を受けた財産が匿名性の高い資産等として隠蔽・仮装された状態にあり、税務調査によっても把握困難なものであるとの認識の下で、受贈者がこの状態を利用して過少申告や無申告に至った場合はこれに該当すると考えられる。

(ロ) 共同相続人

東京地裁平成18年9月22日判決(税資256号順号10512)は、長男が相続人名義財産を申告除外した事案であるが、共同相続人である配偶者及び長女にあっては、相続税の申告手続をすべて長男に委ねていたことから、「第三者に申告手続きをゆだねた者は、ゆだねた相手が隠ぺい・仮装を行い、それに基づいて申告が行われた場合には、重加算税の賦課という行政上の制裁について納税者本人がその責めを負うものと解すべき」とし、共同相続人に対する重加算税の賦課を正当としている。これに対し、国税不服審判所昭和62年7月6日裁決(裁決事例集34集1頁)は、「無記名定期預金の存在を了知していなかった他の相続人は、右賦課要件を備えていないので、重加算税の賦課は相当でない。」とし、無記名定期預金を単独で管理・運用していた相続人以外の相続人に対する重加算税の賦課決定処分を取り消している。
 相続においては、相続人の立場であれば、相続財産の存在を知り得べき状況に置かれていることや相続人代表等に申告手続を包括的委任することが通常であるとの前提は当然に考慮されなければならないと考えるが、他方で、客観的にみて納税者が過少申告の事実を知り得ないような特段の事情があればそれはしんしゃくされることになろう。

(ハ) 納税者から委任を受けた税理士等

一般に、代理関係において、代理人が、本人のために法的行為を行うと、その法的効果は直接本人に帰属するという関係にあるから、代理人の行為は、納税者本人の行為と解することができ、代理関係が存在している場合には、納税者が、隠蔽・仮装行為の存在について知っていると否とにかかわらず、重加算税を賦課することができるとの見解もあるが、金子宏教授は、「納税申告を依頼した第三者(代理人)の隠蔽・仮装行為に対して、納税者がどこまで責任を負うべきかについては、納税者と代理人との関係、当該行為に対する納税者の認識の可能性、納税者の黙認の有無、納税者が払った注意の程度等にてらして、具体的事案ごとに判断すべきであろう。両者の間に隠蔽・仮装について意思の連絡がある場合には、重加算税賦課の要件はみたされると解すべきである。他方、顧問税理士が納税者に無断で隠蔽・仮装に基づく過少申告をし納税者がそれを容易に認識ないし予想しえなかった場合には、重加算税賦課の要件はみたされないと解すべきである。」と制限的な立場を述べられる。
 裁判例においても、事業所得及び土地譲渡に係る譲渡所得の申告を委任された税理士が、税務職員と共謀して納税者の課税資料を廃棄させ、納税者の事業所得のみを申告し、納税者から預かった納税資金を領得していた事案がある。
 判決では、納税者が「税理士による隠ぺい又は仮装の行為による過少申告を容認し、税理士との間に意思の連絡があったということはできず、また、その余の事情も、税理士による隠ぺい行為による譲渡所得の過少申告につき、控訴人の帰責事由を認めるには足りないから、控訴人に対して本件重加算税賦課決定処分をすることはできないものというべきである。」と判示されており、事案ごとに個別・具体的に判断されるべきものと考える。

ニ 偽りその他不正の行為

ほ脱罪における「偽りその他不正の行為」と重加算税制度における「隠蔽・仮装行為」は文言の違いはもとより、ほ脱罪には罰金刑に加えて懲役刑が定められている点でその法的効果は大きく異なり、最高裁昭和45年9月11日第二小法廷判決(刑集24巻10号1333頁)において、重加算税は、「納税義務違反の発生を防止し、もって徴税の実を挙げようとする趣旨に出た行政上の措置」であるのに対し、ほ脱罪は、「違反者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目してこれに対する制裁として科せられる刑罰」と説示されており、その趣旨や性質を異にするものであるが、両者の行為自体は極めて近似しているものと理解される。
 佐藤英明教授は、「刑事罰が重加算税よりも重大な制裁であることを念頭に置いて両者の関係を合理的に説明しようとするならば、重加算税の対象となる『脱税』行為中、実質において刑事罰に値する悪質性を有するものが手続的に選択されて、逋脱罪としての非難を受ける、というほかはないものと思われる。」と説明される。
 板倉宏教授も、「重加算税は、強力な経済的苦痛をともなう懲罰としての実質を有するのであり、実務上も、すべての脱税を刑事処分の対象とすることは、国家的エネルギーの限界からみても、とうてい不可能なことであるので、脱税に対する制裁は、その大部分を重加算税という行政上の制裁手段によっているのである。」と説明される。
 このように、ほ脱犯の制度と重加算税の制度は、深い機能的連関を有するものであると理解できるが、ほ脱犯に関する裁判例が、従来、「詐欺その他不正の手段が積極的に行われた場合に限る」としていたところ、最高裁昭和42年11月8日大法廷判決(刑集21巻9号1197頁)において、「逋脱の意図をもって、その手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるようななんらかの偽計その他の工作を行なうこと」と判示され、これを受け、以降の裁判例では「ほ脱の意図」を重視するように変化した。一方、機能的連関を有する重加算税の制度においても、ほ脱犯の制度と同様の方向に変化し、「過少申告の意図」という主観的要件が重視されるようになったのである。

(3)ことさら過少申告等に対する重加算税

イ 従来からの議論

積極的な隠蔽・仮装の行為を伴わないいわゆることさら過少申告が重加算税の賦課要件を充足するかについて、碓井光明教授は、「通則法68条1項は、『国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実』の隠ぺい又は仮装があり、それに『基づき納税申告書を提出していた』ことを要件としているのであるから、申告書における虚偽記入は、隠ぺい又は仮装に含まれないと解すべき」として消極説に立たれる。
 積極説として、「収入金額又は必要経費の一部をつまむ行為は、『各種所得の金額』の計算の基礎である収入金額及び必要経費の存在を隠ぺいし又は仮装し、ひいては、『所得税額』の計算の基礎である所得金額の存在自体を隠ぺいし、仮装するものであるから(中略)『課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実』を『隠ぺいし又は仮装し』たことに該る」と文理上も問題なしとする意見もある。
 品川芳宣教授は、文理上の問題はあるとしても、「事実関係全体からみてその不申告や虚偽申告が課税を免れることを意図して作為的に行われていると推認できるときには、これを一つの隠ぺい又は仮装行為と認定すべきであろう。」といわゆる「事実関係総合判断説」を説かれる。
 裁判例においては、過少申告行為をもって重加算税の賦課要件を充足すると明確に示したものとはいえないが、重加算税の賦課決定処分を適法としたものがある。

ロ 最高裁判決

売上除外や二重帳簿の作成といった積極的な隠蔽・仮装行為を伴わない所得税に関する事例について、真実の所得金額を隠蔽しようとする確定的な意図の下に、所得金額の大部分を脱漏し、所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の申告書を提出することは重加算税の賦課要件を充足するとした最高裁平成6年11月22日第三小法廷判決(民集48巻7号1379頁、以下「最高裁平成6年判決」という。)、納税者が当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合には、重加算税の賦課要件を充足するとした最高裁平成7年4月28日第二小法廷判決(民集49巻4号1193頁、以下「最高裁平成7年判決」という。)が相次いでなされた。
 最高裁平成6年判決は、事例判断という意見もあるが、従来から下級審において肯定されてきた「ことさら過少申告」に関し、初めて最高裁で積極的な隠蔽・仮装の行為がなくても重加算税の賦課要件を満たすと判示したことに大きな意義を認めることができる。また、正確な帳簿書類がありながら、ことさらに一部金額をつまんで過少な申告書を提出し続けるという、真実の所得金額を隠蔽しようとする確定的な意図を重要視しながら、税務調査における内容虚偽の資料の提出についてもその意図を立証できる間接事実とした点も、課税庁にとっては大きな一歩であったと考える。
 最高裁平成7年判決は、税理士に対する秘匿という行為を、申告前の過少申告の意図を外部からもうかがい得る特段の行動(隠蔽・仮装と評価すべき行為)として認定した点で、最高裁平成6年判決が指摘されていた隠蔽・仮装の行為の不明確さを取り除き、客観性を付加したものと理解される。税理士に対する秘匿は必要十分条件ではなく、十分条件であって、多様な事例においては、外部的・客観的事実、つまり課税庁が把握することができる事実や特段の行動について、複数の事実や行動を積み重ね、その結果として過少申告の意図の存在を必然的に導き出せれば、重加算税の賦課要件を充足させることができると考えられる。

(4)過少申告等の意図と特段の行動

イ 過少申告の認識

前述の最高裁昭和62年5月8日判決は、重加算税の賦課要件として、隠蔽・仮装行為における故意は必要であるが、過少申告の認識は不要であることが明確に示されているところ、最高裁平成6年判決は、「真実の所得金額を隠ぺいしようという確定的な意図」、最高裁平成7年判決は、「当初から所得を過少に申告する意図」を要求している。
 市川聡毅氏は、「典型的な隠蔽等は、(中略)隠蔽等の後、通常の経理・申告をすれば、当然に過少申告等に至るのだから、危険が実現するか否かは、納税者の過少申告等の意図の有無にかかわらない。そこで62年判決は、納税者が故意で典型的な隠蔽等を行った場合、過少申告の意図の有無を問わず重加算税の要件を満たすとしたのであろう。」とし、また、「6年判決の類型で要求される主観的要件は、単なる過少申告の意図ではない。典型的な隠蔽等どころか『特段の行動』の存在すら立証されない事案で、意図の存在自体が客観的な隠蔽等が存在するのと同程度の過少申告等の危険を作り出し、この危険が過少申告等に実現したと評価できるほどの強固で確定的な隠蔽等の意図」が必要と述べられる。
 二重帳簿の作成や売上除外等の積極的な隠蔽・仮装の行為は、それ自体で直接的に故意の存在を認識することができ、通常であれば過少申告等を招来させるものである。これに対してことさら過少申告等は、間接的に過少申告等を招来させる可能性のある事実から、確定的な隠蔽の意図や過少申告等の意図を推認するという逆の流れをたどるものである。したがって、可能性を必然性に高めていくためには、過少申告等を招来させる可能性のある間接事実の集積が必要とされる。

ロ ことさら過少申告に関する裁判例・裁決事例

ことさら過少申告に関連し重加算税の賦課が認定された事例では、税理士に対する秘匿を特段の行動(事例によっては直接的な隠蔽・仮装の行為)として認定しているほか、併せて、調査時の虚偽答弁やその他多くの間接事実が取り込まれていることがわかる。また、相続人名義等の状態利用や遺産分割協議書等の虚偽記載などの積極的な隠蔽・仮装と評価される余地もある行為に加え、ことさら過少申告等における特段の行動を判断要素に取り入れているものもあり、記帳や書類保存の義務のない相続税や贈与税においては、特段の行動は積極的な隠蔽・仮装の行為を包含するものともいえ、両者は全く別の枠組みではなく、事実認定上の相互補完的関係にあるものと考えられる。
 ことさら過少申告が認定されなかった事例では、原処分庁は、ほとんどの事例で税理士に対する秘匿を特段の行動として主張するほか、多くの事例で調査時の虚偽答弁を取り込んでいる。一方で、ことさら過少申告が認定された事例に比較するとその他の事実が少ない傾向が認められ、複数の事実があっても過失を否定できるほどの確固たる事実とは言い難い。これらの事例では、相続財産としての認識がなかったと判断されたものもあり、その場合は、当然に税理士に対する秘匿や調査時の虚偽答弁、共同相続人に対する秘匿等は同時に発生する。したがって、過少申告が単なる偶然や過失ではないとするためには、相続財産としての認識があることはもちろん、同時に多角的な事実の集積から総合的に判断されるべきものと考える。

ハ 特段の行動

(イ) 特段の行動の概要

品川芳宣教授は、特段の行動について、「不自然な多額な所得金額の申告除外やつまみ申告、合理的な理由もないのに借名等で申告したり取引する行為、申告書に架空の経費項目を加えたり虚偽の証拠資料を添付する行為、記帳能力等がありながら証拠隠匿を意図して帳簿を備え付けなかったり、原始記録を保存しないで行う不申告行為、不申告や虚偽申告後の税務調査における非協力、虚偽答弁、虚偽資料の提示等が複合して行われている場合(その行為いかんによって、単独で行われている場合をも含む)には、それぞれの事実関係の実態に応じて作為的な不申告行為、つまみ申告行為又は虚偽申告行為等と推認し、隠ぺい又は仮装行為と認定し得るであろう。」と述べられる。
 本稿における考察を通じて、過少申告等の意図を外部からもうかがい得る「特段の行動」を言い換えると、それ自体では直接的に隠蔽・仮装の認識を認めることはできないが、過少申告等を招来させる可能性のある間接事実のうち、通常の申告では起こり得ないような人のあらゆる行為を指すものと考える。したがって、課税庁が把握した事実に基づいて、当初から過少申告等の意図が存在したか否かを決していかざるを得ないのであるから、過失を排除するなど、その精度を高めていくためには、「仮に、一つの事実では、故意が推認し得ないとしても、二つ、三つと複数の事情が重なれば、もはや偶然ではなく、作為があったとして、推認の度合いが高まることもあろう、各判例が、要件該当行為として複数の事実を挙示しているのも、そのようなものと理解することができる。」との住田裕子氏の指摘は、課税実務において重要な示唆であろう。

(ロ) 特段の行動の時期

川神裕氏は、最高裁平成6年判決の解説において、積極的な隠蔽・仮装行為がないことさら過少申告のような場合においては、「真実の所得金額を隠ぺいし、税務調査等に対しても隠ぺいし続けるための対策を施すつもりで過少の申告書を提出し、当初の意図のとおり事後に虚偽資料の提出等、隠ぺいのための具体的な行為を行った場合には、事前に工作をした上で過少申告に及んだ場合と実質的に区別すべき理由はないから、このような限りで、申告態様と合わせて申告後の行為も考慮される。重加算税の賦課要件となる『隠ぺい』に当たるためには、過少申告行為とは別に、隠ぺいの意図の客観的な表れと認められ、過少申告行為と合わせて税務調査を困難にするような行動が必要であるが、その行動の時期は、申告時点での意図の実現と見られる限り、申告時以降であってもよく、この場合、当初からの意図に合わせて申告がされている以上、『基づき』の要件は満たすと考える。」と述べられる。
 大阪地裁平成28年2月26日判決(税資266号順号12809)においても、「平成7年判決のいう『過少申告の意図を外部からもうかがい得る特段の行動』が納税申告書の提出又は法定申告期限より前のものに限られるということはできない。」と明示されている。
 二重帳簿の作成や売上除外等の積極的な隠蔽・仮装の行為が行われた時期については、原則として、法定申告期限前の行為に限られるとするのが現状では妥当な理解であるとの前提に立つとしても、積極的な隠蔽・仮装行為を伴わないことさら過少申告等については、隠蔽・仮装行為から故意を導き出すことができない。そのため、最高裁平成7年判決における、「当初から所得を過少に申告することを意図した上、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をしたものであるから、その意図に基づいて上告人のした本件の過少申告行為は、国税通則法六八条一項所定の重加算税の賦課要件を満たす」との判示が、法定申告期限前に過少申告等の意図が存在し、その意図に基づく過少申告が行われたという点で文理上の整合性を確保したと理解すれば、過少申告の意図の発現行為である特段の行動はその時期を法定申告期限前に限定する必要はないものと考えられる。

(ハ) 相続税・贈与税における特段の行動

相続税・贈与税においては、事業上の取引と異なり、証拠書類が乏しいことが多いため、単独の事実をもって過少申告の意図を推認できるケースは少なく、むしろ複数の特段の行動や多角的な間接事実の集積から過少申告の意図が導き出されるものと考える。さらに、積極的な隠蔽・仮装とも評価できる行為が存在する場合であっても、過少申告の意図を推認できる特段の行動やその他の間接事実等を付加して総合的に判断されることも少なくないことは、これまで検証した裁判例等からも看取することができる。また、過少申告の意図を推認することができる特段の行動等を総合的に勘案するに当たっては、相続人や受贈者の年齢(高齢化の状況)、相続財産が多岐にわたる場合の把握困難性、相続手続等の繁忙さ、さらには、相続人等が税務調査に不慣れであることや申告から相当期間経過した後の税務調査であることなども過少申告の意図に反対に作用する事情として当然に考慮されなければならない。
 特段の行動例として、被相続人の生前に理由なく多額の現金を出金する行為や課税庁が容易に把握し得ないような他の金融機関に相続人名義の預金口座を開設し、被相続人名義の預貯金をこれに預け替えたり、被相続人名義の預貯金を解約し、他の種類の財産にしたりする行為は、外形上、被相続人に帰属するか否かが判明しにくい状態にするものともいえ、被相続人の行為によって生じた状態を相続人が利用する行為を含め、特段の行動の一類型と考えられる。
 また、特定の相続人が他の共同相続人に対して、相続財産の存在を秘匿したり、「遺産分割協議書」等に内容過少な記載をし申告書に添付する行為も過少申告等を招来させるものである。
 税理士等に対して財産を秘匿する行為は、多くの事例で特段の行動を構成すると認定されており、重加算税の賦課要件の重要な要素となり得るが、単に税理士に対して伝えなかったことのみでは、故意か過失かを判断することができず、重加算税の賦課決定処分を取り消された裁決も存在する。
 課税庁の主張する税理士に対する秘匿といっても、そもそも相続財産としての認識がなく、その点税理士から説明がなかったために伝えなかったというものから、相続財産としての十分な認識がありながら、税理士から問われなかったことに乗じてその存在を伝えなかったもの、税理士からの問いに対して十分な確認もせずに安易に答えてしまうもの、さらには内容虚偽の資料を提示して税理士からの問いすら封じ込めてしまうものなど、税理士に対する秘匿の態様も様々である。
 さらに、税理士に対して申告手続の依頼を行う際の最初のヒアリング、遺産分割協議書作成、申告書の作成過程における税理士からの質問や照会、税理士に対する追加資料の提示、申告書提出前の申告内容説明、税務調査実施前の打合せなど、税理士に対する秘匿行為が発生する時期も多様であり、すべての機会に税理士に真実の相続財産を提示し説明し、又は指摘することができたにもかかわらずそれをしなかったケースとこのような機会がほとんどなかったケースとを同列に扱うことはできない。したがって、税理士に対する秘匿という結果が発生する過程について、税理士との接触状況ややり取りの詳細を十分に考察しなければ、過少申告の意図の程度を測ることはできないと考える。
 調査における虚偽答弁や調査非協力は、申告後に発生する特段の行動の典型といえるが、これらは過少申告等の態度を可能な限り貫こうとするものと評価されるものである。
 なお、特段の行動とはいえないものの、納税者の税に関する知識の程度、申告除外資産の金額・割合、遺産分割協議書や財産目録の作成時期、申告時期に近接して相続手続による名義変更(現金出金を含む。)や残高証明書等の入手を行っているにもかかわらず申告されていない場合、納税資金等を必要としているにもかかわらず、流動性の高い預金や有価証券などが申告されていない場合などについては、過少申告の意図を推認することができる間接事実となり得ると考える。

ニ 無申告事案への対応

(イ) 無申告事案における特段の行動

無申告事案についてもことさら過少申告と同様に、納税者が、当初から課税標準等及び税額等を申告しないことを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づき期限内申告書を提出しなかった場合には、重加算税の賦課要件が満たされるものと解されている。
 無申告事案における特段の行動については、例えば、現金出金や無記名財産等の外形上は被相続人に帰属する財産であることが判明しにくい状態にする行為を行った上、相続税の基礎控除額を超えないよう外形を整え無申告に至るケースなど、前述した過少申告事案における特段の行動(場合によっては、積極的な隠蔽・仮装の行為と考えられる行為を含む。)と併行して考慮すべきものも多い。
 無申告事案固有の特段の行動例として、おおよその相続財産を認識しており、それをもって相続税の申告が必要であると認識していたにもかかわらず、財産調査を行う能力等がありながらあえて何もしないといった不作為によって、申告期限を徒過させ無申告に至った場合は、一つの特段の行動の類型とする立場も考えられようが、この不作為のみをもって無申告の意図を推認するというより、その他の特段の行動や間接事実が複合していることが前提となるものと考える。
 「相続についてのお尋ね」に対する回答書の虚偽記載は、無申告事案に対して重加算税を賦課する上で重要な要素と考えられるが、過失や誤認を排除するため、単に真実の相続財産より過少な記載があったことのみで判断せず、記載内容が異なる理由いかんで判断していかなければならない。例えば、現金や金地金等の無記名資産、名義財産等について、相続財産としての認識があったにもかかわらず、外形上、相続財産と判明しにくい状態を利用してこれを記載せず提出する行為は虚偽記載の典型と判断されるものと考える。また、課税庁に対して何らの情報も提供したくないと考え、お尋ね回答書を提出しない行為も、その他の間接事実等を併せ考え、一種の調査非協力と同様の行為と捉えられる場合もあるものと考える。
 さらに、相続税や贈与税の申告が必要か否かを判断するため、申告書を入手して税額の試算を行うことや税務相談等を利用するなどして不動産等の評価方法を確認することなどは、直接的に無申告の意図を推認できるものではないが、申告の必要があるとの認識に作用する事実であるから、特段の行動と併せて考慮されるべき間接事実となるであろう。

(ロ) 単純無申告ほ脱犯処罰規定の創設

平成23年度の税制改正において、積極的な所得隠蔽行為は伴わないものの、故意に「納税申告書を法定申告期限までに提出しないことにより税を免れた者」、いわゆる「単純無申告ほ脱犯」を処罰する規定が創設された。
 単純無申告ほ脱犯の構成要件は、@納税義務者であること、A申告義務があること、B申告を行わなかったこと、C税を免れたこと、DBとCの間に因果関係があること、E@〜Dについての認識(故意)とされているが、いずれも積極的な所得隠蔽行為を伴わないものであるから、現状では、行政制裁としては無申告加算税の対象と整理されている。
 これに対し、単純無申告ほ脱犯では構成要件上、申告しない意図が存在しているのであるから、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動を認定することによって、無申告事案に対する重加算税の賦課要件を充足するものと考えられる。
 単純無申告ほ脱犯の告発件数は、令和元年度に11件と過去最多の件数となっているが、絶対数としては未だ多いものではなく今後の事例の集積が必要であろうが、行政上の措置として、全く無申告で放置しておけば無申告加算税だけで済んだものが、少しは税金を納めようと思って一部だけを過少に申告したばっかりに重加算税を賦課されるのは不公平であるとの指摘もある。佐藤英明教授が、「重加算税の制度は、逋脱犯の制度と深い機能的連関の下に構築されるべき」と指摘されるように、また、過少申告事案について刑事罰と歩調を合わせるように主観的要件が重視されるよう変化し、つまみ申告が重加算税の賦課要件を充足するとされたように、無申告事案についても行政制裁としての重加算税の賦課事例を積み上げていく必要があるものと考える。

3 結論

ことさら過少申告等の判断枠組みにおける「過少申告等の意図を外部からもうかがい得る特段の行動」について、「それ自体では直接的に隠蔽・仮装の認識を認めることはできないが、過少申告等を招来させる可能性のある間接事実のうち、通常の申告では起こりえないような人のあらゆる行為」を指すものと整理し、相続税・贈与税において考えられる特段の行動を例示列挙した。重加算税は、納税者が隠蔽・仮装という不正手段を用いた場合に、これに特別に重い負担を課すことによって、申告納税制度及び源泉徴収制度の基盤が失われるのを防止することを目的とするのであるから、過失や誤認に基づいて発生する過少申告等とは明確に区分されなければならない。そのため、相続税・贈与税におけることさら過少申告等においては、多角的な間接事実や複合して行われる特段の行動を集積し、それらを総合勘案して確実に過少申告等の意図が存在することが示されなければならない。


目次

項目 ページ
はじめに 269
第1章 重加算税の意義 271
第1節 重加算税制度の沿革 271
1 シャウプ勧告 271
2 国税通則法の制定 272
第2節 重加算税の性格 274
1 重加算税の趣旨・目的 274
2 二重処罰の禁止との関係 275
第2章 「隠蔽又は仮装」行為 277
第1節 「隠蔽又は仮装」の意義 277
1 「隠蔽又は仮装」に関する学説 277
2 裁判例に見る「隠蔽又は仮装」と故意 279
3 事務運営指針における「隠蔽又は仮装」の定義 281
第2節 重加算税の成立と隠蔽・仮装の時期 283
1 基本的な学説 283
2 裁判例の動向 284
第3節 行為主体 288
1 納税者本人以外の者 288
2 被相続人・贈与者 290
3 共同相続人 291
4 納税者から委任を受けた税理士等 293
第4節 偽りその他不正の行為 298
1 裁判例の変遷 298
2 主観的要件重視の傾向の背景 301
3 重加算税との関係 302
第3章 ことさら過少申告等に対する重加算税 305
第1節 従来からの議論 305
1 学説 305
2 裁判例 307
第2節 最高裁判決 308
1 最高裁平成6年判決 308
2 最高裁平成7年判決 309
第3節 最高裁判決に対する評価 311
1 最高裁平成6年判決に対する評価 311
2 最高裁平成7年判決に対する評価 314
3 小括 317
第4章 過少申告等の意図と特段の行動 319
第1節 過少申告の認識 319
1 積極的な隠蔽・仮装行為における過少申告の意図 320
2 ことさら過少申告等における意図 320
第2節 裁判例・裁決事例 322
1 ことさら過少申告が認定された事例 322
2 ことさら過少申告が認定されなかった事例 336
第3節 特段の行動 351
1 特段の行動の概要 352
2 特段の行動の時期 353
3 相続税・贈与税における特段の行動 355
第4節 無申告事案への対応 365
1 無申告事案における特段の行動 366
2 単純無申告ほ脱犯処罰規定の創設 378
結びに代えて 383