柿原 勝一
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

近年、ICTの急速な発展により経済社会構造は大きく変化し、個人の多様な価値観に基づいた働き方が可能となり、場所・乗り物・モノ・人・お金などの遊休資産をインターネット上のプラットフォームを介して個人間でシェアしていく新しい経済の動き(シェアリングエコノミー)や、インターネットを通じて単発又は短期の仕事を受注する働き方(ギグエコノミー)など、新分野の経済活動が広がりを見せている。
 このような状況下で、給与所得者が副業等を行うケースも多くみられるようになったが、現行制度においては、副業等を雑所得として申告する者に帳簿書類の作成保存の義務がないことから、行政指導や調査において、所得金額の適否の検証が十分にできていないケースが存在する。他方で、事業所得者や不動産所得者と異なり、記帳、所得金額の計算、確定申告の経験の乏しい納税者が多く、記帳まで求めることとした場合、納税者に過度の負担を強いることとなると考えられる。
 こうした点を踏まえ、副業等を行う給与所得者等が、より簡便に所得金額の計算を行って、適正申告ができるようにするために、令和2年度税制改正により、雑所得を生ずべき業務に係る雑所得を有する者のうち一定の要件を満たす者について現金主義の適用が認められるとともに、収支内訳書の確定申告書の添付義務や現金預金取引等関係書類の提出義務が課された(令和4年分以後の所得税について適用)。
 しかしながら、本改正は、「雑所得」を「雑所得を生ずべき業務に係る雑所得」と「雑所得を生ずべき業務に係る雑所得以外の雑所得」に区分し、現金主義の特例等の対象となる者を前者の所得を有する者としているが、「雑所得を生ずべき業務」の範囲が法令等において明らかにされているとは言い難く、課税庁はもとより納税者にとっても予測可能性を欠いた規定ともいえ、今後、問題が生じるおそれがある。
 また、給与所得者等が副業収入について、事業といえる規模ではないにも関わらず、事業所得として確定申告することによって、事業所得の赤字として給与所得等と損益通算を行うといった動きが課税実務上散見されるが、所得税法では、事業所得と雑所得の区分により損益通算等の差異が設けられている趣旨をかんがみると、副業等から生ずる所得について実態に見合った所得分類に区分し、適正な課税の実現を確保する必要がある。
 そこで、本改正が令和4年分所得税から適用されることを見据え、所得税法おける「事業」「業務」「業務以外」の概念について整理するとともに、個人の所得稼得形態の多様化が加速している中、事業所得と雑所得の区分の判断をどのようにすべきなのか、多種多様な性質の所得が混在する雑所得において、どのような性質の所得が「雑所得を生ずべき業務」に該当するか、「事業」「業務」「業務以外」の区分のメルクマール等について考察する。

2 研究の概要

(1)令和2年度税制改正の概要

イ 改正の背景

近年、シェアリングエコノミー等の新分野の経済活動が広がりを見せている中、国内のみならず、国際的にも、適正課税の確保に向けた取組や制度的対応の必要性が課題として共通認識されている。こうした中で、国税庁においては、新分野の経済活動に対する適正申告のための環境づくりに努めるとともに、情報収集を拡充することにより課税上の問題があると見込まれる納税者を的確に把握し、適正な課税の確保に向けて、行政指導も含めた対応を行っていくこととし、具体的な取組として、@適正申告のための環境づくり、A行政指導の実施、B厳正な調査の実施について、公表されているところである。
 令和2年度税制改正においては、こうした取組を制度面からも整備する観点から、「雑所得を生ずべき業務」に係る申告手続等について、改正が行われたものであり、働き方改革により給与所得者の副業等が増加することを見込んだ税制面の整備といえる。

ロ 改正の概要

「雑所得を生ずべき業務」に係る申告手続等について、次の3点の改正が行われた。いずれも令和4年分以後の所得税について適用されるものである。

(イ) 雑所得を生ずべき小規模な業務を行う者の収入及び費用の帰属時期の特例(いわゆる現金主義の特例)

所得税法67条(小規模事業者等の収入及び費用の帰属時期)について、雑所得を生ずべき業務を行う居住者のその年の前々年分のその業務に係る収入金額が300万円以下である場合は、その年分のその業務に係る雑所得の金額(山林の伐採又は譲渡に係るものを除く。)の計算上総収入金額及び必要経費に算入すべき金額は、その業務につきその年において収入した金額及び支出した費用の額とすること(いわゆる現金主義による収入費用の計上)ができることとされた(所法67A、所令196の2)。

(ロ) 雑所得を生ずべき業務に係る雑所得を有する者に係る収支内訳書の確定申告書への添付義務

所得税法120条(雑所得を生ずべき業務に係る確定申告書の添付書類)について、その年において雑所得を生ずべき業務を行う居住者でその年の前々年分のその業務に係る収入金額が1,000万円を超えるものが確定申告書を提出する場合には、その雑所得に係るその年中の総収入金額及び必要経費の内容を記載した書類(収支内訳書)を当該確定申告書に添付しなければならないこととされた(所法120E)。

(ハ) 雑所得を生ずべき業務に係る雑所得を有する者の現金預金取引等関係書類の保存義務

所得税法232条(事業所得等を有する者の帳簿書類の備付け等)について、その年において雑所得を生ずべき業務を行う居住者等でその年の前々年分のその業務に係る収入金額が300万円を超えるものは、その業務に関して作成し、又は受領した請求書、領収書その他これらに類する書類(自己の作成したこれらの書類でその写しがあるものは、当該写しを含む。)のうち、現金の収受若しくは払出し又は預貯金の預入若しくは引出しに際して作成されたものを保存しなければならないこととされた(所法232A、所規102F)。

ハ 改正に係る課題

(イ) 収入金額を基準とすることについて

現行において、青色申告の適用を受けた小規模事業者が、いわゆる「現金主義」の特例を受けるためには、その年の前々年分の不動産所得の金額及び事業所得の金額の合計額が300万円以下であることとの要件が付されている。
 これに対し、令和2年度改正においては、前々年分のその業務に係る収入金額が300万円以下である小規模な業務を行う者に限って本特例の適用ができることとされている。
 また、平成25年12月31日以前は、その年の前々年又は前年分の不動産所得の金額、事業所得又は山林所得の金額の合計額が300万円以下の白色申告者は、記帳義務者となっていなかった。
 このように、これまで所得金額が基準になっているにも関わらず、収入金額が基準となっている点については、消費税の課税事業者となる基準期間の課税売上高を参考としているのだろうが、所得金額の規模が変わらなくとも業種等によって収入金額の規模は異なることから、今後、納税者にどのような影響を与えるのか見守る必要があると考える。

(ロ) 雑所得を生ずべき業務を新たに区分することについて

近年、給与所得者等で副業等を行う者が増加してきたことにより、副業等の収入の申告の仕方について、多くの記事がネット上のサイトや市販本で紹介されている。
 しかしながら、事業所得として申告により得られる損益通算などのメリットを前面に押し出すものもあり、事業といえる規模ではないにも関わらず、所得税法上の事業の開業届を提出し、事業所得として確定申告することによって、事業所得の赤字として他の所得と損益通算を行うといった動きも多くみられるようである。
 本改正により、雑所得を生ずべき小規模な業務を行う者については、収入及び費用の帰属時期の特例(いわゆる現金主義の特例)が受けられることとなったが、「雑所得を生ずべき業務」の範囲が適切に納税者に伝わらなければ、利益調整を防止するため、収入金額300万円以下に限定しているものの、依然として利益調整が危惧されるなど、問題を生ずる恐れがある。

(2)事業所得と雑所得の意義と範囲

所得税法は、副業等による収入も含めて、所得をその源泉ないし性質によって10種類に区分しているが、その種類によって、計算方法及び税負担が異なり、あるいは課税方法が異なるから、ある所得がどの種類の所得に該当するかという所得区分の問題は、納税者の利害に密接な関係があるといえる。
 そして、副業等による収入が、いずれの所得に該当するのか、また、本改正により、「雑所得を生ずべき業務に係る雑所得」と「雑所得を生ずべき業務に係る雑所得以外の雑所得」のいずれに該当するのかが、納税者の履行義務や所得計算の特例適用に直接影響してくることから、所得概念と所得区分の意義を確認した上で、事業所得と雑所得との関係について、税法上の用語の解釈を手掛かりに整理する。

イ 所得概念

我が国の所得税法をはじめ、各国の租税制度では、一般に、各人が収入等の形で新たに取得する経済的利得を所得と観念する考え方(取得型所得概念)が採用されており、この概念の下、所得の範囲をどのように構成するかについて、「制限的所得概念」と「包括的所得概念」の二つの概念が唱えられている。「制限的所得概念」は、経済的利得のうち、利子、配当、地代、利潤、給与等の反復的・継続的に生ずる利得のみを所得として観念し、一時的・偶発的・恩恵的利得を所得の範囲から除外する概念であり、これに対して、「包括的所得概念」とは、各人の担税力を増加させる経済的利得はすべて所得を構成するとする概念である。
 我が国では、所得税法が雑所得というバスケット・カテゴリーを設けていることから、すべての所得を課税の対象とする「包括的所得概念」を採用しているといわれている。

ロ 所得分類の意義

所得税には、所得をその源泉ないし性質に応じていくつかの種類に分類し、各種類の所得ごとに別々に課税する方式である分類所得税と、課税の対象とされる所得をすべて合算した上で、それに一本の累進税率表を適用する方式である総合所得税の2つの類型があるとされる。
 所得税法は、所得をその源泉ないし性質に応じて、利子所得ないし雑所得の10種類に分類している(23〜35条)。これは各種所得の金額の計算において、それぞれの担税力の相違を加味しようと意図したものであって、分類所得税の一つの名残りであるが、今日我が国では包括的所得概念が採られ、その所得分類には、他の分類に属さない所得をすべて包摂するバスケット・カテゴリーとしての「雑所得」なる分類があり、所得税法は、原則として、各種所得の金額を合算し、それに同一の税率表を適用していることから、我が国の所得税法は基本的に総合所得税であると考えられている。
 そして、所得税法が所得を10種類に分類しているのは、その性質や発生の態様によって担税力が異なるという前提に立って、公平負担の観点から、各種の所得について、それぞれの担税力に応じた計算方法を定め、また、それぞれの態様に応じた課税方法を定めるためであるが、その種類によって、計算方法、税負担、課税方法が異なることから、所得分類の問題は、納税者の利害に密接な関係を持つため、納税者と課税当局との争いの大きな要因となっている。

ハ 事業所得の意義

所得税法上、「事業」そのものについて定義されていないが、同法27条1項は、「農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令に定められているものから生ずる所得(山林所得及び譲渡所得に該当するものを除く。)」を事業所得と規定し、これを受けた同法施行令63条は、事業所得を生ずる「事業の範囲」を1号から12号に規定している。ここでは、1号から11号までは具体的な業種が列挙されているが、12号では「前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行なう事業」という包括的な規定を置いている。
 このように、所得税法では、「事業」ないし事業所得そのものの意義を明らかではない。この点について、いわゆる弁護士顧問料事件最高裁昭和56年4月24日判決 は、「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいう」として、典型的な事業についての抽象的な概念を示している。
 また、金子宏教授は「事業とは、自己の計算と危険において営利を目的とし対価を得て継続的に行う経済活動」と定義づけられるとし、「事業と非事業との区別の基準は必ずしも明確でなく、ある経済活動が事業に該当するかどうかは、活動の規模と態様、相手方の範囲等、種々のファクターを参考として判断すべきであり、最終的には社会通念によって決定するほかない。」と説明される。

ニ 雑所得の意義

所得税法35条1項において、「雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」とされており、この規定については、「所得税法は、所得とは何かという定義は与えずに所得を10種類に分類し、各種所得について具体的にその内容を定めているが、最後に雑所得というバスケット・カテゴリーを設け、他の所得分類に該当しないものはすべてこの所得分類で受ける方法をとっている。」とされている。
 雑所得については、他の所得区分との関係においてのみ雑所得該当性が確認されると解しており、このような雑所得の性質からは他の所得区分との所得分類上の争点が常に問題とされやすいとの特徴を導出することができるとされている。

ホ 事業所得及び雑所得に係る損失等の取扱いの差異

副業等から生ずる所得について、「事業」に至らない規模であるにもかかわらず、少額な収入を上回る多大な経費の支出があったものとして、事業所得の計算上損失を計上し、給与所得等主たる所得と損益通算した上で、所得税の還付申告を行うといった事例も散見され、課税実務上も問題となっている。
 これは、事業所得の起因となる「事業」と雑所得に分類される「非事業」の区分が判然としないことに加え、事業所得と雑所得においては、損失等の取扱いに差異があることから、生ずるものである。
 特に、雑所得を生ずべき業務を営む者には、一定の他の所得との損益通算や、青色事業専従者給与の必要経費算入、青色申告特別控除などの特典が設けられている青色申告は認められておらず、副業等から生ずる所得について実態に見合った所得分類に区分し、適正な課税の実現を確保する必要がある。

ヘ 所得税法における「事業」と「業務」の解釈

「雑所得を生ずべき業務」該当性の判断要素を主たる研究目的としているところ、所得税法においては、「事業」と「業務」の用語の使い分けが明確でない箇所も存在する上、「雑所得を生ずべき業務」とも直接的に一致するものとはいえない。
 所得税法27条1項は、「農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令に定められているものから生ずる所得(山林所得及び譲渡所得に該当するものを除く。)」を事業所得と規定し、これを受けた同法施行令63条は、その事業所得を生ずる「事業」の範囲を規定しているが、所得税法は、「業務」についての定義規定を設けておらず、多くの条文の中で「業務」という用語を用いているが、@「事業」と対比しての「業務」的規模(事業に至らない程度の規模)を示す場合と、A業務的規模と事業的規模を併せて示す場合がある。

ト 所得税法以外の法律における「事業」概念との関係

(イ) 消費税法における「事業」概念との関係

消費税法において、「事業」の定義については規定されていないが、課税実務上は、消費税法基本通達5−1−1において、「『事業として』とは、対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供が反復、継続、独立して行われることをいう。」とされ、個人事業者が生活の用に供している資産を譲渡の譲渡は、「事業として」には該当しないと取り扱われている。この場合の「事業」とは、「同種の行為を反復、継続かつ独立して遂行すること」といえる。
 これに対して、所得税法上、事業所得を生ずる「事業」の意義そのものは明らかでないものの、@営利性・有償性、A反復・継続性、B経営の独立性及びC社会通念性のすべての条件を備えた経済的活動であると考えられることから、消費税法における「事業」の意義は、所得税法における「事業」より広い概念で捉えられるといえる。

(ロ) 地方税法における「事業」概念との関係

地方税法において、「事業」そのものの意義は明らかにされていないが、個人事業税の課税実務上は、「地方税法の施行に関する取扱いについて(道府県税関係)」により、第一種事業、第二種事業及び第三種事業に該当する事業における課税客体の範囲の認定についての取扱いが示されており、一部の課税客体に一定の事業規模が考慮されている。
 なお、個人事業税を課される「事業」は、地方税法に限定されている(地法税法72条の2第8項〜第10項)から、所得税法上の「事業を生ずべき事業」は、地方税法上の「事業」に拘束されるものではないとされている。

(3)事業所得か雑所得かの判断が争われた裁判例の検討

事業所得と雑所得の区分が争われた裁判例の多くは、納税者に生じた損失の扱いの違いに争う実益がある場合であり、納税者には暮らしを立てていくことができる給与所得などの別の所得があって、それに加えて行った経済的取引から生じた損失を、他の所得から差し引けるかどうかが、真の争点となっている。そして、事業所得と雑所得との区分をする場合、事業所得と判断されれば雑所得の該当性を検討するまでもなく事業所得となることから、裁判例等においてもまず事業所得該当性を中心に検討している。
 事業所得は、所得税法施行令63条12号の「対価を得て継続的に行う事業」に該当するものになるが、事業についての明確な判断基準はなく、社会通念上事業として認められる場合が事業となるが、判例や裁判例、裁決事例では、事業の判断について次の項目が判断要素とされており、これらの要素を総合的に勘案し、社会通念上事業という程度の活動であるか否かにより、事業所得か雑所得になるのかを判断している。

@ 営利性・有償性の有無

A 継続性・反復性の有無

B 自己の計算と危険における企画遂行性の有無

C 費やした精神的あるいは肉体的労力の程度

D 人的・物的設備の有無

E 資金の調達方法

F その者の職業、経歴及び社会的地位

G 生活状況

H 業務から相当程度の期間継続して安定した収益が得られる可能性が存するか

そして、副業等における事業所得と雑所得の判断に当たっては、特に、「取引に費やした精神的、肉体的労力の程度」と「その者の職業、経歴及び社会的地位」、「相当程度の期間継続して安定した収益が得られる可能性が存するか」が重視されており、本業のほかに行う経済活動は、いわば「片手間」で行なわれているものであって事業所得を発生させる「事業」とはいえない、と判断する傾向が強いといえる。

(4)給与所得者等の副業等とその性質的分類

イ 給与所得者等の副業等の活発化、多様化

近年、情報通信基盤が一層発達するとともに、パソコンに加えて、スマートフォンやタブレット型端末といった小型で高機能の情報通信機器の普及によって、経済や社会のあらゆる場面においてICTやIoTの活用が進む中、暗号資産取引やインターネットを利用した在宅事業など新たな所得稼得形態が普及するなど、個人や企業の活動も劇的に変化している。
 商品の購入や金融等の様々な取引は、今やオンラインで行うことが日常化した。昨今は、個人によるオンラインの中古品売買や、民泊、ライドシェア等のシェアリングエコノミーが活発化し、オンラインのプラットフォームを通じた個人の業務委託の仕組みも広がっている。その中で、個人の働き方や収入のあり方も多様化している。
 さらに、政府が推進する働き方改革の下で、副業等が推奨されたことから、正規雇用者においても、近年、副業等を解禁する動きや、職務、勤務地、労働時間等が限定された、いわゆる多様な正社員制度を導入する動きが見られる。また、自営業主等においては、全体数が減少する中、伝統的な自営業の割合が低下する一方、雇用者でないにもかかわらず使用従属性が高い働き方をする者やフリーランスの割合が上昇している。働き方の多様化と並行して、労働市場の流動化も進んでいる。
 このように、フリーランスなどの働き方の多様化や副業等の解禁の動きに伴い、複数の収入を得る者が増加するなど、個人の所得稼得形態の変化に拍車をかけている。さらに現下のコロナ禍の影響によって、リモートワークの増加など生活の変化に伴い、所得稼得形態の多様化は加速しているといえる。

ロ 副業等の性質的分類

(イ) 資産の貸付

シェアリングエコノミーにおける空き家や別荘、駐車場等の「空間」のシェアや、貸自動車サービス等の「移動」手段のシェア、不用品や今は使っていない「モノ」のシェア(貸付)などが該当する。

(ロ) 資産の譲渡

シェアリングエコノミーにおける不用品や今は使っていない「モノ」のシェア(譲渡)や、暗号資産に関する取引により生ずる損益や外貨建預金の解約等により生ずる為替差損益などが該当する。

(ハ) 役務の提供

シェアリングエコノミーにおける空いている時間やタスクといったスキル」のシェアや、インターネット上のマッチングプラットフォームを介して不特定多数の人に業務を発注する業務委託(クラウドソーシング)、インターネットを通じて個別の仕事を請け負う働き方(ギグエコノミー)などが該当する。

(ニ) 資金の提供

シェアリングエコノミーにおけるサービス参加者がプロジェクト等に資金を提供する「お金」のシェアなどが該当する。

(ホ) その他

競馬等の公営競技の払戻金などが該当する。

(5)副業等に係る所得区分等の判断基準の検討

イ 事業所得と雑所得の判断基準の検討

給与所得者等が副業等を行って申告する場合、副業等の所得区分の判断が必要となる。アルバイトなどの雇用契約の場合は、給与所得として申告することとなるが、雇用契約以外の場合(請負契約や自ら商売を行っている場合など)は、基本的には事業所得か雑所得のどちらかの所得区分となるため、その区分の判断が必要となる。
 事業所得と雑所得の区分の判断に当たっては、社会通念上事業として認められるかどうかの判断要素を総合的に勘案して判断するのが基本であるが、働き方の多様化や副業等の解禁の動きに伴い、複数の収入を得る者が増加するなど、所得稼得形態の多様化は加速しているといえ、事業所得か雑所得かの区分は、同じ内容の仕事を行っている場合でも、人によって異なる。
 事業に至らない程度とは、先に挙げた判断要素などを総合勘案して判断することになるのであるが、総合判断だけでは納税者の予測可能性の確保が困難だと考えられ、納税者における恣意性の混入と相俟って種々の問題が生ずるところである。そこで、納税者利便も考慮し、通達によって収入金額による形式な基準を導入することも必要ではないかと考える。
 そこで、「事業から生じたと認められない所得で雑所得に該当するもの」が例示されている所得税基本通達35−2に、「事業に至らない程度とは、社会通念上事業として認められるかどうかの判断要素などを総合勘案して判断するのであるが、他に主たる所得があり、過去3年間のうち、収入金額が300万円を超える年がない場合には、雑所得を生ずべき業務に係る雑所得に該当すると取り扱って差し支えない。」との形式基準を入れて納税者の予測可能性を確保してはどうかと考える。
 なお、過去3年間としたのは、開業初年度は、収入金額が低くなることへの配慮である。

ロ 雑所得を生ずべき業務と雑所得を生ずべき業務以外の判断基準の検討

所得税基本通達35−1では、主として利子所得及び配当所得に類似する所得が雑所得として例示されているが、継続性がなく事業該当性は認められないため、これらに類する所得は、「雑所得を生ずべき業務以外」に該当すると考えられる。
 また、所得税基本通達35−2では、「事業から生じたと認められない所得で雑所得に該当するもの」として、不動産所得及び事業所得に類似した所得が例示されていることから、これらに類する所得が、「雑所得を生ずべき業務」に該当すると考えられる。
 さらに、改正の趣旨等から見ると、課税当局が「雑所得を生ずべき業務」として想定しているのは、給与所得者等の副業等収入が主であり、事業という規模ではないが、一定の反復継続的な取引がこの「業務」に当たると考えられることから、事業的なものは、「雑所得を生ずべき業務」と判断でき、また、事業所得該当性を争うような事例は、「雑所得を生ずべき業務」といえる。
 ここでは、副業等の性質的分類から見た判断基準を検討する。

(イ) 資産の貸付

保有している自家用車などの貸付は、「雑所得を生ずべき業務以外」の雑所得に該当するものと考えられるが、ある程度の規模や継続性が認められれば、「業務」に係る雑所得や、レンタカー業者並みの規模となれば事業所得となることも考えられる。

(ロ) 資産の譲渡

資産の譲渡については、原則的には譲渡所得となるが、棚卸資産の譲渡に当たれば事業所得となる。
 ただし、暗号資産に関する取引により生ずる損益や外貨建預金の解約等により生ずる為替差損益のように、利子的要素を持つ、あるいはキャピタルゲイン的要素を持たない金融資産所得については、譲渡所得には該当せず、「雑所得を生ずべき業務以外」の雑所得に該当するものと考えられることから、所得税基本通達35−1に「営利を目的として継続的に行われる譲渡及び交換並びに解約等から生ずるものを除き、業務以外の雑所得に当たる旨、例示することが相当であると考える。
 なお、準棚卸資産の譲渡や営利を目的として継続的に行われる譲渡又は交換並びに解約等から生ずるものであれば、「業務」に係る雑所得に該当するものと考えられる。

(ハ) 役務の提供

役務の提供に係る報酬など、規模等によって事業所得となるものについては、「業務」に係る雑所得に該当するものと考えられる。

(ニ) 資金の提供

出資等により取得した利子や配当に類似した雑所得は、株式の譲渡と異なり、利子や配当に事業・雑の区分がないことから、「雑所得を生ずべき業務以外」の雑所得に該当するものと考えられる。

3 結論

近年、情報通信基盤が一層発達するとともに、経済や社会のあらゆる場面においてICTやIoTの活用が進む中、フリーランスなどの働き方の多様化や副業等の解禁の動きに伴い、複数の収入を得る者が増加するなど、個人の所得稼得形態の変化に拍車をかけている。さらに現下のコロナ禍の影響によって、リモートワークの増加など生活の変化に伴い、所得稼得形態の多様化は加速しているといえる。
 投資的なものを含めて副業等の所得稼得形態が多様化することにより、雇用契約に基づく給与所得に該当するものを除いては、事業所得の起因となる「事業」と雑所得に分類される「非事業」の判定が困難となり、課税実務上問題となることが少なくない。
 特に副業等から生ずる所得について、「事業」に至らない規模であるにもかかわらず、少額な収入を上回る多大な経費の支出があったものとして、事業所得の計算上損失を計上し、給与所得等主たる所得と損益通算した上で、所得税の還付申告を行うといった事例も散見され、中には高額の給与所得者が副業等に係る巨額の赤字を発生させ損益通算を行っている例もみられるなど、看過できない問題となっている。
 こうした中、本改正が令和4年分所得税から適用されることを見据え、所得税法おける「事業」「業務」「業務以外」の概念について、次のとおり整理した。
 まず、事業所得と雑所得の区分の判断に当たっては、事業に至らない程度とは、社会通念上事業として認められるかどうかの判断要素を総合勘案して判断するのが基本である。しかしながら、特に副業等を開始したばかりの納税者など申告等の知識が乏しい者にとって、総合判断では予測可能性の確保が困難だと考えられる。そこで、納税者利便も考慮し、収入金額による形式基準を導入すべきと考えた。
 そこで、事業から生じたと認められない所得で雑所得に該当するもの」が例示されている所得税基本通達35−2に、「事業に至らない程度とは、社会通念上事業として認められるかどうかの判断要素などを総合勘案して判断するのであるが、他に主たる所得があり、過去3年間のうち、収入金額が300万円を超える年がない場合には、雑所得を生ずべき業務に係る雑所得に該当すると取り扱って差し支えない。」との形式基準を入れて納税者の予測可能性を確保してはどうかと考える。
 次に、「業務」と「業務以外」の区分の判断であるが、所得税基本通達35−1では、主として利子所得及び配当所得に類似する所得が雑所得として例示されているが、事業該当性は認められないため、「雑所得を生ずべき業務以外」に該当し、また、所得税基本通達35−2では、「事業から生じたと認められない所得で雑所得に該当するもの」として、不動産所得及び事業所得に類似した所得が例示されていることから、「雑所得を生ずべき業務」に該当すると考える。
 また、改正の趣旨等から見ると、課税当局が「雑所得を生ずべき業務」として想定しているのは、給与所得者等の副業等収入が主であり、事業という規模ではないが、反復継続した取引がこの「業務」に当たると考えられる。
 ただし、暗号資産に関する取引により生ずる損益や外貨建預金の解約等により生ずる為替差損益のように、利子的要素を持つ、あるいはキャピタルゲイン的要素を持たない金融資産所得については、譲渡所得には該当せず、「雑所得を生ずべき業務以外」の雑所得に該当するものと考えられることから、所得税基本通達35−1に「営利を目的として継続的に行われる譲渡及び交換並びに解約等から生ずるものを除き、業務以外の雑所得に当たる旨、例示することが相当であると考えた。
 最後に、課税当局では、「シェアリングエコノミー等新分野の経済活動への的確な対応(令和元年6月)」を公表するなど、重点課題として当該分野での適正課税の確保に向けて取り組んでいるとしている。今後、給与所得者等の副業等がさらに増加することが見込まれる中、本改正の趣旨を踏まえ、適正申告のための環境づくりはもとより、オンライン上での行政指導・調査といった簡易な接触を積極的に実施するなど、雑所得についても適正な課税が実現されることが期待できると考える。


目次

項目 ページ
はじめに 23
第1章 令和2年度税制改正の概要 25
第1節 改正の背景 25
第2節 改正の概要 26
1 雑所得を生ずべき小規模な業務を行う者の収入及び費用の帰属時期の特例(いわゆる現金主義の特例) 26
2 雑所得を生ずべき業務に係る雑所得を有する者に係る収支内訳書の確定申告書への添付義務 27
3 雑所得を生ずべき業務に係る雑所得を有する者の現金預金取引等関係書類の保存義務 28
第3節 改正に係る課題 29
1 収入金額を基準とすることについて 29
2 雑所得を生ずべき業務を新たに区分することについて 29
第2章 事業所得と雑所得の意義と範囲 31
第1節 所得概念 31
第2節 所得分類の意義 33
第3節 事業所得 34
1 事業所得の意義 34
2 事業所得の沿革 35
第4節 雑所得 36
1 雑所得の意義 36
2 雑所得の沿革 37
第5節 事業所得及び雑所得に係る損失等の取扱いの差異 39
1 雑所得の計算上生じた損失の取扱い 40
2 雑所得の計算上生じた損失以外の取扱い 41
第6節 所得税法における「事業」と「業務」の解釈 41
1 租税法の解釈 41
2 所得税法における「事業」と「業務」の解釈 42
第7節 所得税法以外の法律における「事業」概念との関係 44
1 消費税法における「事業」概念との関係 44
2 地方税法における「事業」概念との関係 45
第3章 副業等の所得区分が争われた裁判例等 47
第1節 副業等が、事業所得ではなく、雑所得に該当し、損益通算はできないとされた事例 47
1 金銭の貸付けによる業務から生ずる所得 47
2 商品先物取引により生ずる所得 50
3 有価証券先物取引により生ずる所得 51
4 外国為替証拠金取引(FX取引)により生ずる所得 53
5 執筆及び講演等の業務から生ずる所得 54
6 服飾レンタルによる業務から生ずる所得 57
7 絵画の販売による業務から生ずる所得 58
8 猟銃製造による業務から生ずる所得 59
9 競走馬保有による業務から生ずる所得 60
10 船舶(一船室のみ)の貸付業務から生ずる所得 61
11 不動産の譲渡から生ずる所得 63
第2節 事業所得該当性と雑所得該当性の検討 64
第4章 給与所得者等の副業等とその性質的分類 67
第1節 給与所得者等の副業等の活発化、多様化 67
1 シェアリングエコノミー 68
2 暗号資産取引 72
3 インターネットビジネス 74
第2節 給与所得者等の副業等の性質的分類 75
1 資産の貸付 76
2 資産の譲渡 76
3 役務の提供 76
4 資金の提供 76
5 その他 76
第5章 副業等に係る所得区分等の判断基準の検討 77
第1節 事業所得と雑所得の判断基準の検討 77
第2節 雑所得を生ずべき業務と雑所得を生ずべき業務以外の判断基準の検討 79
1 資産の貸付 80
2 資産の譲渡 81
3 役務の提供 81
4 資金の提供 81
結びに代えて 82