横川 幸司
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

行政事件訴訟法9条1項は、「処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴えは、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなった後においてもなお処分又は裁決の取消しによって回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。」と規定しており、多くの裁判例は、被差押債権の取立て後における債権差押処分の取消しを求める訴えの利益を否定している。そのため、被差押債権の取立てにより債権差押処分の取消しを求める訴えの利益が否定される滞納者の救済方法が問題となる。
 児童手当が振り込まれた直後の預金債権を差し押さえた事案に係る広島高等裁判所松江支部平成25年11月27日判決(確定。金融・商事判例1432号8頁。)は、被差押債権(預金債権)の取立て後における債権差押処分の取消しを求める訴えの利益を否定した上で、「本件差押処分の取消し等を経ることなく、不法行為に基づく損害賠償請求あるいは不当利得返還請求の方法によって、滞納者の損害ないし損失の回復を図ることが可能である」と説示した。このほか、近時、国税徴収法に規定する給与等の差押禁止部分を原資とする預金債権の差押えに係る不当利得返還請求、国家賠償請求又は配当処分の取消請求事案において滞納者の権利利益の回復を図る裁判例が見受けられることから、その是非等について私見を述べることとしたい。
 なお、差押禁止債権が振り込まれた預貯金債権の差押処分の違法性が高等裁判所で争われた事例として、前掲の広島高裁松江支部判決のほか、東京高等裁判所平成30年12月19日判決(上告・上告受理申立て。判例地方自治448号17頁。)と大阪高等裁判所令和元年9月26日判決(確定。D1-Law.com判例体系。)があることから、これらの裁判例を中心に検討することとする。

2 研究の概要

(1)不当利得を可とする考え方

イ 無効とする考え方
 「差押禁止財産であることが外観上明白なものを差し押さえたときは、その差押えは無効であるが、外観上明白でないものについては、徴収職員が差押禁止財産に該当するかどうかの認定を単に誤ったものとして、取消原因となるにとどまると解されている」ところ、差押禁止債権を原資とする預貯金債権の差押えについては、実質的に国税徴収法77条1項及び76条1項等により差押えを禁止された財産自体を差し押さえることを意図して差押処分を行ったといえるか否かなどにより違法性が判断されるという点において外観上の明白性について疑問が生ずる。
 この点、差押禁止債権を原資とする預貯金債権の差押えについては、民法478条により第三債務者(金融機関)の債権の準占有者(処分行政庁)に対する弁済が有効となるという前提においては、処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要がなく、差押禁止債権としての属性の承継が認められる場合(最高裁判所平成10年2月10日第三小法廷判決(金融法務事情1535号64頁。)の例外)においては差押えの要件の根幹に係る過誤であり、また、不服申立(裁決)前置の下で出訴期間内に取消訴訟が提起されているものの訴えの利益が否定される結果として滞納者に当該処分による不利益(差押禁止規定の趣旨を没却する違法な差押えに基づき被差押債権たる預貯金が取り立てられたこと)を甘受させることが、著しく不当であり、無効と考えることができる(最高裁判所昭和48年4月26日第一小法廷判決(民集27巻3号629頁)参照。)。
 差押禁止債権を原資とする預貯金債権に対する差押えが無効であれば、差押権者たる処分行政庁(徴収職員)が取立権を有していないにもかかわらず第三債務者から履行(弁済)を受けたこととなり、本来、取立権を有しない者の取立てにより被差押債権は消滅しないところ、民法478条により第三債務者(金融機関)の債権の準占有者(処分行政庁)に対する弁済は有効となり被差押債権を消滅させることから、債権の準占有者は債権者の権利の割当内容に反して(法律上の原因なく)受益したことになり(差押えが禁止されている財産から徴収したことによる処分行政庁の利得は、最低生活の保持のための資金が奪われたという滞納者の損失により生じたものとして)不当利得が生ずることとなる。
 なお、差押禁止債権を原資とする預貯金債権の差押えを無効と解することができるのは、不服申立(裁決)前置の下で出訴期間内に取消訴訟が提起されたものの取立てにより訴えの利益が否定され、かつ、差押禁止債権としての属性の承継が認められる場合に限られると考える。

ロ 不当利得の趣旨による救済との考え方
 最高裁判所昭和39年3月16日第二小法廷判決(集民72号505頁)は、「不当利得は、他の規定から生ずる結果が形式的に正当であるにもかかわらず、実質的に公平に反するときに、これを是正する制度であるから、所論充当配分が形式的に争いえなくなったことは、不当利得を否定する論拠とならない。」とし、また、「特定の財産から国が徴収しえざる税金を徴収することは、国について不当利得が成立することは疑がない。」としている。ただし、この判決は、配当処分(充当配分)と抵当権者の実体法上の権利との関係において実質的に公平に反するとするものであり、実体法上の権利関係との問題ではない差押禁止債権を原資とする預金債権の差押えにこれを単純に当てはめることはできない。
 そこで、差押禁止債権を原資とする預金債権に対する差押えについては、それが違法であれば取消訴訟により取り消されるべきにもかかわらず、滞納者側の帰責事由なくして訴えの利益が否定され、取消訴訟により権利利益の回復が図れず、その結果と被処分者(滞納者)に当該処分による不利益を甘受させることが実質的に公平に反するとして不当利得を認めたものと考える。
 すなわち、差押禁止債権を原資とする預金債権に対する差押えについては、それを禁止する旨の規定がなく、形式上、当該差押処分が法定要件を充足しているとしても、処分行政庁における意図等の具体的事実の下で差押禁止の趣旨を没却すると認められる(権限の濫用として違法とされる)場合においては、差押えがおよそ法的に不可能な債権に対する差押処分として差押えの要件の根幹に係る過誤を有するのであり、不服申し立て(裁決)前置の下で出訴期間内に当該債権差押処分の取消訴訟を提起すれば違法として取り消されるべきである。にもかかわらず、処分行政庁による被差押債権の取立てという滞納者側に帰責性のない事由によって訴えの利益が否定され取消訴訟による権利利益の回復が図れないことにより、被処分者(滞納者)に当該処分による不利益(差押禁止規定の趣旨を没却する違法な差押えに基づき被差押債権たる預貯金が取り立てられたこと)を甘受させることが、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお著しく不当である(実質的に公平に反する)として、債権差押処分の取消しを経ることなく当該差押処分に基づき取り立てた金員を保持する法律上の原因を否定し、当該差押えによって生じた処分行政庁の利得は、最低生活の保持のための資金が奪われたという滞納者の損失により生じたものとして不当利得を認めたものと考える。
 なお、この考え方においては不服申立(裁決)前置の下での取消訴訟の提起が必須であり、不服申立(裁決)前置を充たしていないことや不服申立(裁決)前置の下で出訴期間内に取消訴訟を提起しなかった場合においては、不当利得返還請求を退けざるを得ないものと考える。なぜなら、本件においては、不服申立(裁決)前置の下で取消訴訟を提起したにもかかわらず、処分行政庁による被差押債権の取立てという滞納者側に帰責性のない事由によって訴えの利益が否定され取消訴訟による権利利益の回復が図れないことによる結果として滞納者に不利益を甘受させることが実質的に公平に反するとしているものであるところ、不服申立期間の経過等による不可争的効果は滞納者側の帰責事由により生ずるものであるからである。

ハ まとめ
 以上のことから、差押禁止債権を原資とする預金債権の差押えにおいて裁判所は、差押禁止の属性の承継を認め当然無効として、あるいは、滞納者側に帰責事由なく訴えの利益が否定されることに対する不当利得の趣旨による救済として、不当利得法上の法律上の原因を否定し不当利得を認めたものと考える。
 なお、被差押債権の取立て前においては、財貨の移転が生じていないため不当利得返還請求を行うことができず、また、訴えの利益も存在することから不服申立(裁決)前置の下での債権差押処分取消訴訟の提起により権利利益の回復を図り得るが、訴訟継続中に被差押債権が取り立てられた場合、(債権差押処分の訴えの利益の消滅により当該訴えは却下され得ることから、)不当利得返還請求について提訴することで権利利益の回復を図り得ると考える。

(2)国家賠償請求による権利利益回復の可否
 被差押債権取立て後における債権差押処分の違法を理由とする国家賠償請求において、賠償責任を問われるか否かの判断基準は、処分行政庁(担当職員)において、差押禁止債権を原資とする預金債権を差し押さえたことについて、不法行為を構成する故意又は過失があったか否か、また、国税徴収法76条1項等により差押えを禁止した趣旨をできる限り尊重し、差押禁止の趣旨に反する差押処分を行ってはならない職務上の注意義務を怠った過失があるか否かである。
 前者の「処分行政庁(徴収職員)」において不法行為を構成する故意又は過失があったか否か」について裁判例は、差押禁止債権を原資とする預貯金債権の差押処分は形式的には適法な体裁をとっているため、当該故意・過失を否定している。
 後者の「職務上の注意義務を怠った過失があるか否か」については、過失を認めた事案はあるものの、国税徴収法等は差押禁止債権の振込みにより成立した預金債権については差押えを禁止しておらず、同預金債権を差し押さえることが違法となる場合がある否かなどについて法律解釈についての見解や実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相応の根拠が認められる現状において、(前者の故意・過失を否定する中で、)後者の「職務上の注意義務を怠った過失」を認定することに無理があると考える。
 よって、処分行政庁(担当職員)における不法行為を構成する故意又は過失や職務上の注意義務を怠った過失を認定することが難しい現状においては、国家賠償請求により権利利益の回復を図ることは困難であると考える。
 なお、差押禁止債権を原資とする預金債権の差押えにおいて取り立てた金銭が差押債権たる滞納国税に充当されている限りにおいては、被差押債権たる預金の減少額と充当による滞納国税残高の減少額が一致することから、当該取り立てた金銭部分については財産上の損害とはなしえず(最高裁判所昭和31年6月29日第二小法廷判決(国家賠償法の諸問題(追補1(上))379頁)参照)、取り立てられ充当された金銭については、国家賠償請求により権利利益の回復を図ることができないと考える。

(3)配当処分の取消訴訟による権利利益回復の可否
 前掲の広島高裁松江支部判決や大阪高裁判決は、「配当処分が取り消された場合であっても、税務署長は、配当を受けた者から配当をした金銭等の返還を受けた上で、再度適法な配当処分をすべき地位に置かれるにすぎない」とした上で、配当処分の取消しによって回復すべき訴えの利益を否定している。
 これは、配当処分の取消判決では、処分行政庁は再度適法な配当処分をすべき地位に置かれるにすぎず、取立てを受けた者に対して取立てに係る金員等を返還すべき義務を処分行政庁に負わせるためには、債権差押処分と配当処分の両方を取り消す必要があるが、被差押債権が取り立てられている場合、当該被差押債権は消滅しており、また、実体法上、債権差押処分が取り消された場合にその被差押債権が復活すると解すべき根拠も認められないことから、処分行政庁において取り消すことができず、そのため、取立てを受けた者に対して取立てに係る金員等を返還すべき義務を処分行政庁に負わせることができないと説示しているものと考える。
 よって、被差押債権の取立てにより債権差押処分の取消しに係る訴えの利益を失った滞納者は、先行処分である債権差押処分の違法を理由とする後行処分たる配当処分の取消しを求める訴えにおいても訴えの利益が否定される(仮に訴えの利益が認められても、取立てを受けた者が取立てに係る金員等の返還を受けられるという目的を達し得ない)ことから、配当処分の取消しを求める訴えにより権利利益の回復を図ることはできないと考える。


目次

項目 ページ
はじめに 326
第1章 債権差押手続等 328
第1節 財産の差押手続等 328
1 財産の差押え 328
2 債権差押えの手続等 329
第2節 債権差押処分の法的効力等 332
1 債権差押処分の法的効力 332
2 取立権の効果等 332
第2章 争訟手続 334
第1節 不服申立て 334
1 不服申立て 334
2 不服申立て(裁決)の前置 335
第2節 処分取消しの訴え提起 336
1 原告適格 336
2 狭義の訴えの利益 337
(1)狭義の訴えの利益の意義等 337
(2)取消訴訟において狭義の訴えの利益の存否が問題となる具体的場面 338
第3章 債権差押処分の取消しを求める訴え 346
第1節 債権差押処分の取消しを求める訴えの利益 346
1 訴えの利益が否定される時期についての裁判所の判断 346
2 訴えの利益が否定される時期の検討 349
3 まとめ 355
第2節 債権差押処分取消しの訴えによる権利回復の可否 355
1 被差押債権取立て後 355
2 被差押債権取立て前 356
3 運用上の対応 356
第4章 不当利得返還請求 358
第1節 民事執行の場合 358
1 参考となる裁判例 358
2 違法な強制執行とする判断基準 361
3 不当利得を可とする考え方 361
(1)執行行為の不当利得返還請求権に与える影響 361
(2)執行債権(私法上の請求権)が存在しない場合 362
(3)執行行為が違法である場合 362
第2節 滞納処分の場合 365
1 参考となる裁判例 365
2 違法な差押処分とする判断基準 373
(1)考え方の区分 373
(2)判断基準 373
3 不当利得を可とする考え方 378
(1)無効とする考え方 379
(2)無効以外の考え方 381
(3)まとめ 386
第3節 悪意の受益者(民法704条)と判断される条件 387
1 民法704条 387
2 民法704条該当の有無が判断された裁判例 387
3 判断基準の検討 389
第5章 国家賠償請求 390
1 国家賠償法1条1項 390
2 差押禁止債権を原資とする預金債権差押処分に関する裁判例 393
(1)国家賠償請求を認めなかった裁判例 393
(2)国家賠償請求を認めた裁判 394
3 判断基準(故意または過失)の検討 395
4 国家賠償請求による権利利益の回復の可否 396
5 不当利得返還請求と国家賠償請求 398
第6章 配当処分の取消しを求める訴え 399
1 債権差押処分の違法性の承継 399
2 配当処分の取消しを求める訴えの利益 399
(1)裁判例 399
(2)不服申立期間 401
(3)配当処分の取消しを求める訴えの利益 401
3 配当処分の取消しを求める訴えによる権利利益の回復の可否 403
おわりに 404