林 賢輔
税務大学校
研究部研究員

要約

1 研究の目的

ビットコインの運用開始から10年が経過したが、その間、色々な暗号資産が登場し、暗号資産は世間一般に広く知れ渡るようになったといえる。特に近年になって暗号資産の性質等について各方面から分析されており、匿名性が高いことなどを踏まえて、その取引について規制が強化されることとなり、税務及び会計面においてもその取扱いが整備されてきている。また、国際的にも暗号資産はマネーロンダリングや脱税に利用されやすいという観点から適正な情報把握が必要であると認識されている。このような状況の中で、国際課税の側面からの暗号資産に係る取引(以下「暗号資産取引」という。)についての検討は十分されているとはいえない。
 例えば、非居住者が我が国の暗号資産交換業者を通じて行う暗号資産取引についての課税関係を考えてみると、暗号資産取引はインターネット上のネットワークを通じて行われることから、恒久的施設(Permanent Establishment : PE)を観念できず、所得の源泉が不明確であり、現行の国際課税原則で十分に捉えることは難しいといえる。
 特に暗号資産取引は法定通貨を使用しないで国内外の者と容易に取引可能な状況を生み出し、国境を越えて利用されることが想定されるが、その所得について何を根拠にして国内源泉所得への該当性を判断するのかがあいまいな状況である。
 このような問題意識の下に、暗号資産取引としては、居住者が我が国内で居住者との間で行う暗号資産取引のほか、居住者が非居住者との間で行う暗号資産取引や非居住者が居住者との間で行う暗号資産取引が想定されるが、本研究では、非居住者が行う我が国に何らかの結びつきを持つ暗号資産取引を念頭に置いて、その取引から生ずる所得に焦点を当て、その所得の国内源泉所得への該当性を整理するとともに、国境を越えて行われる暗号資産取引から生ずる所得に対する課税のあり方について考察することを目的としている。

2 研究の概要

(1)居住者の暗号資産取引から生ずる所得の課税関係
 国税庁は主に居住者を念頭に置いた暗号資産取引の取扱いを公表しており、暗号資産の移転(売却、決済手段としての使用又は暗号資産同士の交換)については暗号資産の譲渡価格と譲渡原価等との差額等が所得として認識され課税の対象となるとし、暗号資産の分裂(分岐)による新たな暗号資産の取得については課税関係が生じず、マイニングによる暗号資産の取得についてはマイニングに係る必要経費との差額が所得として認識され課税の対象となるとされている。
 このように、居住者が行う暗号資産取引に係る課税関係はある程度示されているところ、未だ明確にされていない非居住者が行う暗号資産取引に焦点を当てて研究を行う。
 なお、非居住者の国内源泉所得は、大まかに恒久的施設帰属所得とそれ以外の国内源泉所得に分類できるが、本研究では主に恒久的施設帰属所得以外の国内源泉所得への該当性についての検討を行う。

(2)非居住者の暗号資産取引から生ずる所得の国内源泉所得への該当性
 国際課税の場面において、ある国が課税権を行使するためには、課税対象との関係で何らかのつながりが必要であるということが共通了解とされ、我が国においては、納税義務者を居住者(内国法人)と非居住者(外国法人)に区分し、非居住者に対する課税の範囲は国内源泉所得に限ることとしており、国内源泉所得に対する課税方式についても、非居住者が我が国との間で有するつながりの強弱に応じて分化されている。そして、国内源泉所得として17種類の所得を定めているところ、暗号資産取引から生ずる所得がいずれの国内源泉所得に該当するか、想定される取引の種類ごとに検討する。

イ 暗号資産の移転(売却、決済手段としての使用又は暗号資産同士の交換)により生ずる所得
 非居住者が我が国の居住者との間で行う暗号資産の移転(売却、決済手段としての使用又は暗号資産同士の交換)により所得を得る場合について、その移転という行為に着目して、それが資産の運用や譲渡であると捉え、暗号資産の移転により生ずる所得は所得税法161条1項二号の「国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得」又は同項三号の「国内にある資産の譲渡により生ずる所得」に該当する可能性があるといえる。この場合、暗号資産が「国内にある資産」に該当するか否かが問題となる。
 ここでの「資産」は無形資産も含む幅広い概念であると考えられており、明らかに我が国との関係が深く、我が国に所在するといえる資産であれば、「国内にある資産」に該当すると考えられる。
 暗号資産については、一般に、有体物ではなくインターネット上のネットワークにおけるブロックチェーンに記録されたアドレスに紐付けられる数量を示すデータに価値を見出し、そのネットワーク参加者の間で価値の移転を観念し共有されており、すなわち暗号資産は分散型共有台帳によりインターネット上で世界中に存在する複数の参加者に共有されている状態にあるといえることから、同項二号又は三号の「国内にある資産」として捉えることは難しいと考えられる。
 他方で、管理者が存在する暗号資産については、その管理者の所在地を内外判定の要素として取り入れることができるのであれば、我が国で発行・管理される暗号資産については、「国内にある資産」として捉えることができる可能性があるのではないか。この点については、法令や通達で取扱いが定められているわけではないので、判定基準を明らかにしておくことが望ましいと考えられる。
 さらに、移転という行為については、@暗号資産を譲渡して法定通貨を取得すること、A暗号資産を譲渡して商品やサービスの提供を受けること、B保有する暗号資産を他の暗号資産と交換することを意味するが、いずれも「譲渡」を伴うものであることから、資産を何らかの形で保持しながら所得を生み出すような「資産の運用又は保有」というよりも、「資産の譲渡」に該当するのではないかと考えられる。
 以上を踏まえると、管理者が存在する一定の暗号資産の移転から生ずる所得については、「国内にある資産の譲渡により生ずる所得」(所法161条1項三号)のうち、「非居住者が国内に滞在する間に行う国内にある資産の譲渡による所得」(所令281条1項八号)として国内源泉所得に該当する可能性があるといえる。

ロ 暗号資産の取得及び分裂による新たな暗号資産の取得
 非居住者が我が国に関係する暗号資産を取得しただけでは、居住者の取扱いと同様に新たな課税関係は生じない。また、分裂についても、居住者の取扱いと同様に分裂時点で新たな暗号資産の取引相場はなく、国内源泉所得は認識されない。
 ただし、いずれの場合においても経済的利益を認識する場合であって、役務提供の対価としての報酬額を上回る価格の暗号資産を得るときや国内において行う業務に関し供与を受ける経済的な利益に係る所得に該当するときも想定され、そのような場合には、国内源泉所得が認識される(所法161条1項十二号、十七号、所令289条)。

ハ 暗号資産のマイニング

(イ) ソロマイニング
 ソロマイニングを行う非居住者について、国内源泉所得が生じる場面はあまり想定されないが、非居住者が我が国に拠点を設けてソロマイニングを行う場合に得る所得は、その拠点を恒久的施設と捉えて、恒久的施設帰属所得(国内源泉所得)に該当する(所法161条1項一号)と考えられるほか、非居住者が大がかりな拠点を設けずに我が国でマイニング業務を行っている場合で、その業務に関し受けるマイニング報酬については、「国内において行う業務に関し供与を受ける経済的な利益に係る所得」として国内源泉所得に該当する可能性がある(所法161条1項十七号、所令289条六号)。

(ロ) マイニングプール
 非居住者がマイニングプールから得る報酬は、組合契約等に基づいて恒久的施設を通じて行う事業から生ずる利益で組合契約等に基づいて受ける配分に該当する場合には、国内源泉所得に該当する可能性がある(所法161条1項四号)。また、インターネットを介して我が国の事業者に対して非居住者がパソコンの計算処理能力を提供するという形態をとることから、その事業者の国内業務に関し、機械や装置を使用させる行為に対して対価を受け取ることと等しいのではないかと考えることができ、機械や装置の使用料として国内源泉所得に該当する可能性がある(所法161条1項十一号)。

(ハ) クラウドマイニング
 クラウドマイニングによる報酬が国内において事業を行う者に対する出資によるもので、匿名組合契約等に基づいて受ける利益の分配に該当する場合には、国内源泉所得に該当する可能性がある(所法161条1項十六号)。

(ニ) プルーフ・オブ・ステーク及びプルーフ・オブ・インポータンス
 プルーフ・オブ・ステークやプルーフ・オブ・インポータンスにおいて報酬が発生すると仮定した場合についても、プルーフ・オブ・ワークと同様にパソコンを用いて取引の検証作業をすることにより得られる対価であるといえることから、国内源泉所得への該当性についての考え方は基本的にプルーフ・オブ・ワークと同様になると考えられる。
 また、プルーフ・オブ・ステークやプルーフ・オブ・インポータンスに関連して報酬を得るという捉え方をしたときには、我が国で行う業務に関し供与を受ける経済的な利益に係る所得であると認定できる場合には国内源泉所得に該当することになると考えられる(所法161条1項十七号、所令289条六号)。

(ホ) 実用的ビザンチン・フォールト・トレランス
 非居住者が我が国内において発行された暗号資産についてシステム管理を依頼され、我が国で人的役務の提供を行う場合には、国内において行う人的役務の提供として国内源泉所得に該当する可能性がある(所法161条1項十二号)。また、ブロックチェーンのシステムを維持・管理するための物理的な場所(パソコンの所在地や管理地)が特定でき、それが我が国にある場合には、そのシステムに基づく暗号資産は「国内にある資産」ではないと断定できず、そのような暗号資産について非居住者がシステム管理を行う場合、国内にある資産に関し供与を受ける経済的利益と捉えて国内源泉所得に該当する可能性がある(所法161条1項十七号、所令289条六号)。

ニ ICO(Initial Coin Offering)による暗号資産の発行・取得
 ICOによるトークンに係る取引の国内源泉所得の該当性については、発行者がトークンを発行する場面、購入者がトークンを使用する場面、トークンからの収益の分配を受ける場面、トークンを売却する場面といった段階において、トークンが表象する権利の種類(有価証券型、会員権型、プリペイドカード型、暗号資産(電子データ)型)ごとに、各場面における発行者側と購入者側の取扱いについて検討したところ、我が国で行う業務に関連して経済的利益を得ることが認められる場合など一定の場合について、国内源泉所得が生じると考えられる。

ホ デリバティブ取引

(イ) 現物の受渡を行うデリバティブ取引
 現物である暗号資産を資産と捉え、暗号資産の交換として、そこから生ずる所得を資産の譲渡により生ずる所得と捉えることができるが、資産の所在する場所が国内にない限り、国内源泉所得に該当するとはいえない。

(ロ) 現物の受渡を行わないデリバティブ取引
 平成31年3月25日国税不服審判所裁決において、「審査請求人が国内に恒久的施設を有しない非居住者期間に国内の金融商品取引業者との間で行った店頭外国為替証拠金取引に係る所得は国内源泉所得に該当する」とされたことを踏まえて、デリバティブ取引に係るポジションを資産と捉えた場合、ポジションの取引は資産の運用又は保有に係る取引となり、国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得として国内源泉所得に該当する可能性がある(所法161条1項二号)。

へ 外貨建取引との比較
 通貨を交換した際に発生する為替差損益については、「国内にある資産の譲渡により生ずる所得」や「国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得」として国内源泉所得を認識することは難しいと考えられる。暗号資産取引については、外貨建取引と整合的なものとする必要があるのか等について、今後検討が必要である。

(3)暗号資産取引から生ずる所得に対する課税のあり方
 暗号資産取引については、暗号資産の所在地が判然としないというのが現状であり、取引として行われている行為に着目し、何らかの結びつきを認定することで課税権を主張することができるケースもあると考えられるが、いずれにしても、既存の取引に対する課税関係との整合性などを踏まえて検討しなければならないと考えられる。
 具体的な暗号資産取引から生ずる所得に対する課税のあり方としては、暗号資産の移転については、居住地国においてのみ課税権を認める考え方、過去の規定で国内にある営業所等を通じて譲渡される有価証券等が国内源泉所得とされていたことを踏まえて、暗号資産交換業者を通じて行われる取引から生ずる所得は国内源泉所得であるとする考え方、取引に利用されるウォレット等の所在地を認定して源泉性を見出す考え方、電子経済の課税のあり方についての議論において提示された案を参考に法定通貨との交換を行う場合には、その法定通貨の発行国に源泉性を認める考え方などを挙げることができる。

3 結論(まとめ)

非居住者が行う暗号資産取引の国内源泉所得の該当性について、暗号資産取引ごとに分けて、どのような場合に国内源泉所得が認識されるか。さらに、非居住者が行う暗号資産取引から生ずる所得に対する課税のあり方を検討した。
  暗号資産取引については、国内で完結する取引ではなく、国境を越えて取引されることから、非居住者の課税関係が問題となる場面も想定されるところ、納税者の予見可能性や法的安定性の観点からは、必要な取扱い等が示される必要があると考えられる。特に技術の進歩とともに取引の多様化も想定され、電子経済の課税のあり方については、OECDを中心に議論が活発化しており、各国の協調が見られるところであるが、電子経済(デジタル経済)というよりもデジタル資産としての暗号資産に対する考え方や取扱いについても各国が協調して早急に対応していかなければならない。


目次

項目 ページ
はじめに 112
第1章 暗号資産の概要 115
第1節 暗号資産の特徴 115
1 暗号資産を巡る状況 115
2 暗号資産の類型 117
3 暗号資産の仕組み 118
第2節 暗号資産の私法上の性質 126
1 暗号資産の私法上の性質に関する一般的な理解 126
2 暗号資産の私法上の位置付けに関する議論 128
第3節 暗号資産に係る取引の種類 130
1 暗号資産の移転 130
2 暗号資産の取得 131
3 暗号資産を原資産とするデリバティブ取引 133
4 暗号資産交換業者を通じて行う取引 134
第2章 居住者の暗号資産取引から生ずる所得に対する課税関係 136
第1節 消費税法上の取扱い 136
第2節 居住者に対する所得税の取扱い 137
1 国税庁が公表した取扱いの内容 137
2 暗号資産の譲渡に関する議論 140
第3節 会計上の取扱いと令和元年度税制改正の内容 141
1 会計上の取扱い 141
2 法人税法における改正 142
3 所得税法における改正 143
4 小括 144
第3章 非居住者の暗号資産取引から生ずる所得に対する課税関係 145
第1節 国内源泉所得の内容 145
1 非居住者に対する課税の概要 145
2 国内源泉所得の種類 147
第2節 暗号資産取引から生ずる所得の国内源泉所得へのあてはめ 149
1 暗号資産の移転 149
2 暗号資産の取得 162
3 暗号資産のマイニング 168
4 ICOによる暗号資産の発行・取得 175
5 暗号資産を原資産とするデリバティブ取引 192
第3節 外貨建取引との関係 196
1 外貨建取引の所得計算 196
2 外貨建取引における為替差損益に対する課税 197
3 国内源泉所得との関係 199
4 外貨建取引と暗号資産取引との比較 201
第4節 相続税法における取扱いからの分析 202
第4章 租税条約における取扱いと各国の状況 205
第1節 租税条約における取扱い 205
1 暗号資産の移転 206
2 暗号資産の取得 207
3 暗号資産のマイニング 208
4 ICOによる暗号資産の発行・取得 213
5 暗号資産を原資産とするデリバティブ取引 219
第2節 諸外国の暗号資産取引に対する課税 220
1 米国 220
2 英国 222
3 オーストラリア 225
第5章 非居住者の暗号資産取引から生ずる所得に対する課税の一考察 228
第1節 暗号資産取引から生ずる所得の源泉性 228
第2節 暗号資産取引から生ずる所得に対する課税のあり方 229
1 暗号資産の移転 229
2 暗号資産の取得 235
3 暗号資産のマイニング 235
4 ICOによる暗号資産の発行・取得 236
5 暗号資産を原資産とするデリバティブ取引 237
結びに代えて 238