中上 可奈子
税務大学校
研究部研究員

要約

1 研究の目的(問題の所在)

所得税法120条に規定する確定申告書を提出する義務のある者が、その年の中途において死亡した場合、その相続人(包括受遺者を含む。以下同じ。)は、原則として、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月を経過した日の前日までに、一般の確定申告書に準じた確定申告書(いわゆる準確定申告書と呼ばれるものであり、以下「準確定申告書」という。また、相続人が準確定申告書を所轄税務署長に対して提出する行為を、以下「準確定申告」という。)を提出することとされている(所得税法124条、125条)。
 被相続人の所得税に関し、相続人が行う準確定申告、それに対する修正申告、更正及び加算税賦課決定等について、東京地裁平成29年8月30日判決(以下「本判決」という。)は、これらの申告や処分は被相続人に課されるべき税額を確定するものであって、各相続人が承継する納税義務に係る税額を確定するものではないと判示し、本判決の控訴審である東京高裁平成30年7月19日判決(以下「本判決控訴審判決」という。)においても準確定申告、当該申告に係る修正申告及び更正処分により確定する税額は、被相続人に課されるべき所得税の額であり、相続人が二人以上ある場合に各相続人が承継する納付義務に係る所得税の額については、個別に確定されるものではないとの判断が維持されている。
 しかし、準確定申告書は、各相続人が個別に提出することも許されており(所得税法施行令263条2項ただし書)、更正通知書は全ての相続人に対して送付するとされていることからすると、これらの申告や更正は、被相続人の所得税を確定させるものではなく、各相続人が承継した所得税の額を確定させるものではないかとの疑問が生ずる。また、これらに関連し、準確定申告及び相続人に対して更正決定等の課税処分が行われた後に相続分の変更があった場合、既に確定手続を行った当該相続人について、修正申告又は更正決定等の確定手続を再度行う必要があるか否かという問題が実務上生じることが想定される。
 そこで、国税通則法(以下「通則法」という。)5条に規定する納税義務の承継に関し、被相続人に課されるべき所得税を中心に、承継により各相続人に生ずる効果及び承継される国税の対象等を検討した上で、準確定申告により確定する納税義務及び納付すべき税額について考察を行い、相続人が被相続人から承継する所得税に関する納税義務全般に対する法的な考え方を研究する。

2 研究の概要

(1)準確定申告における所得税の納税義務の成立と確定

イ 納税義務の成立及び確定
 所得税法120条に規定する確定申告書を提出する義務のある者が、その年の中途において死亡した場合、被相続人の所得税は、その死亡の時に納税義務が成立し(通則法施行令5条3号)、これを確定させる手段として、相続人は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月を経過した日の前日までに、被相続人の所得税について、準確定申告書を被相続人の納税地の所轄税務署長に提出しなければならない(所得税法124、125条)。準確定申告は、被相続人の申告手続を相続人に委ねるという特殊な申告制度であって、被相続人についての課税標準及び税額は、相続人の申告によって確定するものと解されている 。

ロ 申告義務の承継
 準確定申告の制度は、もともと死亡した者が申告納付すべき所得税について、その申告納付が事実上不可能であることから、その相続人に対しこれに代わって申告納付すべきことを義務付けたもので、申告義務の承継を前提としてその申告期限等を定めたものである。所得税法124条について、形式的には相続人の固有の申告義務と規定しているが、これは、新たに申告期限を定める技術的要請等からこのような規定の仕方とされているのであって、実質的には、被相続人が生前に負っていた申告義務を相続人が承継するものであると解されており、同法125条1項についても同様に解すると考えられる。

(2)相続による納税義務の承継

イ 民法における相続
 租税法上には、「相続」の定義規定がなく、民法上の概念と同様であると考えられており、民法における「相続」とは、人の死亡を原因として財産上の地位を承継させることであると解されている。日本の相続法は包括承継を原則とするので、相続が開始すると、被相続人の財産に属した一切の権利義務は、例外を除き、全て相続人が承継し(民法896条)、相続人が数人ある共同相続の場合には、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継することとなる(民法899条)。
 また、租税債務は金銭債務であるが、金銭債務を含む可分債務の承継について、判例は当然分割説を採用しており、共同相続の場合には、遺産分割によらず各共同相続人の相続分(指定相続分又は法定相続分)に応じて承継されることとなる。

ロ 相続による納税義務の承継の効果
 納税義務の承継とは、ある者について既に成立している納税義務が、他の者に受け継がれることをいい、通則法5条1項の規定について、相続の開始と同時に被相続人の権利義務を承継すると規定する民法と同趣旨に、被相続人の納税義務は、相続開始の時において相続人に承継されると解されており、私法上の原則を確認的に規定したものであるとされている。
 包括承継の場合において、承継者は被承継者の租税法上の地位をそのまま引き継ぐことから、納税義務の承継者である相続人は、被承継者である被相続人の納税義務と同じ内容の納税義務を負う。通則法5条1項の規定による納税義務の承継があったときは、その承継者である相続人は、国税に関する法律の規定により国税を納める義務がある者となり、同法2条5号にいう納税者に当たるものと解されている。

ハ 承継される国税(課されるべき国税)
 相続により承継される被相続人に課されるべき国税とは、「相続開始の時において、被相続人について納付義務は成立しているが、国税に関する法律の定める手続または規定により、納付すべき税額が確定していない国税」をいう。
 これは、相続開始の時において、被相続人につき既にその課税要件を充足し、国税の納付義務が成立しているが、まだ、申告、更正決定等の確定手続が行われておらず、その結果、納税義務が具体的に確定するに至っていない国税をいい、今後において確定手続が行われるべきものである。

(3)検討
 上記内容を踏まえ、本判決及び本判決控訴審判決において判示された「準確定申告、その修正申告及び更正処分により確定する税額は被相続人に課されるべき税額であり、各相続人が承継する納税義務に係る税額を個別に確定するものではない」という点及び被相続人に課されるべき国税の対象について検討を行う。

イ 準確定申告等の確定手続により確定する所得税
 上記(1)及び(2)より、相続人は相続により被相続人の申告義務及び納税義務を承継することから、準確定申告及びその後に行われる修正申告並びに更正決定等の確定手続(以下「準確定申告等の確定手続」という。)において計算される所得税額は「被相続人の固有の税」と考えられているが、被相続人に課されるべき税額で、税務署長等が相続人に対し行う更正決定等の確定手続は、各相続人の承継税額について行うことを原則とされ、相続人ごとに計算した承継税額を更正決定通知書、賦課決定通知書、納税告知書(納付通知書)又は督促状(以下「更正決定通知書等」という。)に記載することとされており、更正決定通知書等によって、各相続人の承継税額が確定するとも考えられ、その点については本判決とは結論を異にする。

ロ 相続人の行為による附帯税への影響
 相続人は、被相続人が有していた税法上の地位を承継することとなるため、被相続人に「隠蔽又は仮装の行為」及び「偽りその他不正の行為」があった場合には、相続人に対して通則法68条の規定により重加算税が課され、また、同法70条4項の規定が適用されるが、準確定申告等の確定手続により計算された所得税に対して賦課決定等される附帯税(以下「準確定申告等の確定手続に係る附帯税」という。)については、無申告など各相続人の行為がその後の処分に影響を及ぼすことが考えられ、各相続人に対して個別に確定されるものとも考えられる。さらに、附帯税は、本税についての何らかの納税義務懈怠(違反)によってその納税義務が生ずるものであるとされ、その趣旨から考察するに、準確定申告等の確定手続において、被相続人から相続人に承継される申告義務及び納税義務に関して、相続人に対する適正な申告の担保という機能を持つ必要があるとも考えられる。

ハ 納税義務の成立時期
 被相続人の所得税はその死亡の時に成立する一方で、附帯税のうち、例えば過少申告加算税、無申告加算税及びそれらに代わる重加算税は、法定申告期限の経過の時に納税義務が成立する(通則法15条2項14号)が、準確定申告における法定申告期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月を経過した日の前日であることから、被相続人の死亡後に納税義務が成立することとなる。
 準確定申告等の確定手続により計算される所得税については、相続開始の時である被相続人の死亡の時において納税義務が成立しており、被相続人に課されるべき国税として相続人に承継されることに異論はないが、準確定申告等の確定手続に係る附帯税については、相続開始の時においては、まだ納税義務が成立も確定もしていない国税となることから、被相続人に課されるべき国税であるのか否かについて疑問が生じる。

(4)準確定申告等の確定手続により確定する国税に関する一考察

イ 民法における相続の効力から考察する被相続人に課されるべき国税の対象
 民法においては、相続開始の時点で被相続人に対して確定に至っていない金銭債権及び金銭債務であっても、相続開始時点で発生していれば相続財産として相続人に相続されるため、相続開始の時点で発生している債務は相続人へ承継され、逆に、相続開始の時点で発生していない債務は相続人へは承継されない。民法上の抽象的な金銭債務の発生と成立した納税義務との関係については、同様に考えることができるとされていることから、相続開始の時点で発生、つまり納税義務が成立している国税については相続人に承継されるが、相続開始の時点で納税義務が成立していない国税については相続人へ承継されないとすることが、民法における相続の原則とも合致するものと考える。したがって、準確定申告等の確定手続により計算される所得税については被相続人に課されるべき国税に該当し相続人に納税義務が承継される一方で、当該確定手続に係る附帯税については、相続開始時点では納税義務が成立していない国税であることから、被相続人に課されるべき国税等には該当しないため、相続人へ承継される国税ではなく各相続人に対して個別に課される「相続人の固有の税」であるということができる。

ロ 準確定申告等の確定手続により確定する納税義務及び納付すべき税額
 所得税の納税義務の確定方式は申告納税方式とされており、納付すべき税額については、納税者が行う申告により確定することを原則としている。準確定申告等の確定手続の主体は相続人であり、相続人に申告義務が課されている以上は、準確定申告を提出する者である相続人に対して、その納税義務が確定すると考えられる。なお、当該納税義務は、被相続人の死亡の時に成立し、その納税義務が相続人に承継されるのであり、相続人に対して新たな納税義務が発生するものではなく、承継された納税義務が準確定申告等の確定手続により確定すると考えられる。
 また、準確定申告等の確定手続により確定する納付すべき税額については、被相続人の納付すべき税額が確定するとの考えと、相続人の相続分に応じた納付すべき税額が確定するとの考えがあると思料されるが、所得税法124条及び125条に規定する準確定申告に記載すべき課税標準及び税額は、同法120条に規定する被相続人の課税標準及び税額であり、被相続人の課税標準及び税額は相続人の準確定申告により確定すると解されていること、また、通則法5条の相続人の納税義務は、相続人の得た相続財産に係る物的な負担であり、相続により当該相続財産の受託者という地位に基づき相続人に承継されるものであると解されていることから、準確定申告等の確定手続により、相続財産である被相続人の納付すべき所得税額が確定し、相続人が相続財産として承継する金銭債務が確定すると考えられる。そして、金銭債務は遺産分割によらず当然分割により承継されるため、当該金銭債務が確定することで、各相続人の相続分に応じた納税義務が確定すると考えられる。

3 結論

通則法5条1項に規定する被相続人に課されるべき国税の対象は、相続開始以前に納税義務が成立しているか否かにより判断すべきであり、準確定申告等の確定手続により計算される所得税は相続人に対してその納税義務が承継される一方で、準確定申告等の確定手続に係る附帯税は承継される国税ではなく、相続人に対して個別に課される国税であると考えられる。
 また、相続が開始していない場合には、納税者によって納税者自身の納付すべき税額が確定し、当該納税者に対してその納税義務が確定するところ、準確定申告等の確定手続の主体は相続人であることから、相続人によって被相続人の納付すべき税額が確定し、その納税義務は承継した相続人に対して当然分割により確定するとの結論に至った。この点につき、準確定申告は、特別であり特殊な申告制度であるということができる。
 上記の結論からすれば、相続分に異動が生じたことなどによって各相続人の税額に異動が生じる場合であっても、準確定申告等の確定手続により計算された課税標準及び税額に異動がない場合には、既に確定手続を行った当該各相続人による修正申告書の提出又は当該各相続人に対する更正決定等の課税処分を行う必要はないと考えられる。


目次

項目 ページ
はじめに 13
1 相続による所得税の納税義務の承継 13
2 問題の所在 13
3 本稿の構成 15
第1章 準確定申告における所得税の納税義務の成立及び確定 16
第1節 所得税の納税義務の成立及び確定 16
1 所得税の納税義務の成立 16
2 所得税の納税義務の確定 18
第2節 準確定申告の概要 21
1 準確定申告における所得税の納税義務の成立及び確定 21
2 準確定申告の申告義務 22
3 準確定申告の法定申告期限 25
4 準確定申告書の提出及び納付 27
第2章 相続による納税義務の承継 29
第1節 民法における相続の効力 29
1 民法における相続 29
2 相続財産の承継 31
第2節 相続による納税義務の承継 38
1 納税義務の承継 38
2 相続による納税義務の承継 39
第3節 相続による納税義務の承継の効果と承継される国税 46
1 相続による納税義務の承継の効果 46
2 承継される国税の範囲 51
第4節 相続人に対する国税の確定及び還付手続等 53
1 相続人に対する更正決定等による国税の確定手続 53
2 還付申告書の提出等により還付される国税と相続 55
第3章 検討 60
第1節 本判決の内容等 60
1 事案の概要 60
2 判示内容 61
第2節 本判決等に対する検討 62
1 準確定申告等の確定手続により計算される所得税 62
2 相続人の行為による附帯税への影響 63
3 所得税及び附帯税の納税義務の成立時期 65
第4章 準確定申告等により確定する国税に関する一考察 71
第1節 民法における相続の効力からの考察 71
1 民法における相続と準確定申告等の確定手続により確定する所得税 71
2 抽象的納税義務の相続財産該当性 73
3 準確定申告等の確定手続に係る附帯税と通則法5条による納税義務の承継 76
第2節 他税法における相続による納税義務の承継 78
1 相続税法における債務控除と通則法5条 78
2 通則法5条により相続人へ承継される国税の対象 80
第3節 相続による納税義務の承継と確定 81
1 準確定申告等の確定手続により確定する納税義務及び納付すべき税額 81
2 準確定申告等の確定手続に係る附帯税 91
第4節 納税義務の承継における手続上及び実務上の問題点 93
1 相続分の変更 93
2 被相続人に課されるべき国税に係る更正決定通知書等による確定手続の変更 93
結びに代えて 95