沼田 渉
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

ポイントサービスの市場が拡大しており、平成31年度の市場規模は2兆円程度になると予測される。従来は、特定の企業や企業グループ内のみで利用可能な自社発行型ポイントがその多くを占めていたが、近年は、共通ポイントといわれる業種・業態を越えた企業間で利用のできるポイントサービスが増加している。また、令和元年10月の消費税率の引上げに伴い、キャッシュレス決済を前提とした5%のポイント還元策も導入されており、ポイントサービスの市場はこれまで以上に拡大している。
 会計制度に目を向けると、平成30年3月においては、「収益認識に関する会計基準」(以下「収益認識基準」という。)が公表されたことから、今後、事業者が、顧客との販売取引等において重要な権利の提供となるポイントを付与する場合には、取引価格のうちポイントに相当する部分を履行義務(契約負債)として識別し、当該部分に係る収益をポイントの消滅時に認識することとされた(同基準17項、収益認識に関する会計基準の適用指針48項ほか)。そして、法人税においても、上記会計基準に一定の要件を加えた法人税基本通達が制定された(同通達2-1-1の7等:課税の繰延措置)。
 しかしながら、これらの取扱いは、ポイントを付与した事業者側(以下「付与側」という。)の規定等であり、ポイントを取得する顧客側(以下「取得側」という。)の処理を定めた明文は存在しない。このため、取得側においてポイントは、そもそも収益として益金の額に算入する必要があるのか、また、益金に算入するとすれば、ポイントの取得時、又は交換や利用といったポイントの消滅時のいずれにおいて認識すべきか、といった疑問が生じる。
 そこで本稿では、ポイントについての法的性質ないしは経済的性質を検討することにより、法人がポイントを取得した際の所得認識について考察する。

2 研究の概要

(1)本稿で取り上げるポイントサービス
 「ポイントサービス(Loyalty Program)」は「ポイントプログラム」(以下、単に「サービス」又は「プログラム」ともいう。)とも呼ばれ、付与側となる運営主体(以下「運営企業」という。)又は小売業若しくはサービス業等の営業者が、商品又は役務(以下「商品等」という。)の販売又は提供(以下「販売等」という。)などに応じ、一定の条件で計算された点数(ポイント)をその商品等の購入又は享受(以下「購入等」という。)をする顧客に対して付与する無対価のサービスをいい、取得側に次回以降の商品等の購入対価に充当したり(以下「ポイント充当」という。)、運営企業が提供する特典や景品類との交換又は利用(以下「交換等」という。)をさせることを約する販売等に付随するサービスをいう。
 このうち、本稿では、いわゆるB to B取引において付与・交換等が行われるポイントや、電子マネー(Electronic Money)をはじめとする資金決済に関する法律(以下「資金決済法」という。)所定の前払式支払手段(資金決済法3条1項)のうち取得側が対価との交換によって取得するものを除く、不特定多数の者が無償で取得するポイント(以下「企業ポイント」という。)に焦点を当て論考を進める。

(2)企業ポイント取得時の益金認識

イ 益金を認識する際の法的根拠
 企業ポイントは、取得側からの権利行使によって具体的な使途が確定するから、取得後、交換等がされるまでの企業ポイントは債権(以下、取得後、交換等がされるまでの企業ポイントについては、「企業ポイントに係る債権」ともいう。)のまま、その状態が維持される。この点、本稿で取り上げる企業ポイントは、取得側が無償で取得するものに限られるから、企業ポイントに係る債権が法人税法22条2項所定の「資産」に当たる場合には、無償による資産の譲受けとしてその取得時に益金を認識することになる。

ロ 法人税法22条2項所定の資産該当性
 民法が給付義務に裏打ちされた債権を財産とし、また、会社法及び企業会計が、資産について換金性を有する財産的価値として、@特定の企業による帰属性等と、A資産という具体的な形態を前提としたキャッシュ・フローへの貢献性がある経済的資源と観念していることからすると、租税法における資産概念については、法的な裏付けのある財産に限ることなく、社会通念や常識を踏まえつつ、担税力を認め得る程度に価値を有する債権ないしは経済的資源を支配的に所持しているか否かによって判断すべきである。そして、その判断に当たっては、租税公平主義の理念の下、大量、回帰的に発生する事象に対応すべく可能な限り画一的な基準を採るべきと考える。
 この点、企業ポイントに係る債権はそれ自体に換金性はなく、また、売買契約などの給付義務に対し付随的に生じた義務に対応する債権と考えられるが、当該債権は財産権としての実現可能性に問題があるとされるため、その財産的価値には疑問符が付く。また、私法上は、取得側からの交換等の意思表示により、目的物等の使途が確定する停止条件付の債権と解されるから、企業ポイントに係る債権は、これとは異なる性質を持った使途への転換(以下「転換」という。)が実現しない限り、資産という具体的な形態をとった経済的資源に当たるともいい難い。
 また、過去の行政機関等による整理からすれば、企業ポイントに係る権利義務は、運営企業が作成したポイントサービスに係る利用規約等の約款、及びWebに掲載されたサービス利用上の取決めに対し、取得側が合意することで成立する付合契約と解されており、それゆえ、上記規約等には、運営企業の意思に基づきプログラムそのものの廃止も可能とした解除権に属する条項が存在する。このため、取得側による企業ポイントの権利行使には不確実性が伴う。
 そして、企業ポイントには、資金決済法で認められる利用者保護のような制度もなく、また、消費者契約法や不当景品類及び不当表示防止法といった関連諸法令による財産上の請求権も存しないのであるから、転換の意思表示がなされるまでの企業ポイントは、担税力の裏付けが極めて乏しい債権というべきである。
 ところで、会計面からすれば、収益認識基準の適用により契約負債に相当する収益が繰り延べられることとの見合いとして、取得側の費用が整合していないとの見方もある。しかしながら、収益認識基準において、取得側の処理に関する文言が一切認められないことからすれば、同基準は文字どおり、取得側との契約により収益を認識する付与側の規律というべきであり、また、契約負債の金額は、付与したオプションに対し取引価格の一部が配分されているのであって、私法上その対価は従前と同様、当初取引での反対給付として授受されているのである。
 そうすると、転換の意思表示がされるまでの企業ポイントに係る債権は、法人税法22条2項所定の資産概念を充足しないと判断される。

(3)企業ポイント転換時の益金認識
 上記(2)ロのとおり、企業ポイントに係る債権は、取得側による停止条件と付与側による解除権が付された債権と解されるため、交換等の意思表示がされるまでは権利行使に不確実性が伴う。他方、上記の意思表示が行われると、企業ポイントに係る債権はその使途が具体化するところ、このうち当該債権からの転換が実現されることとなる交換等の意思表示がされた場合には、その債権に内在した財産的価値の顕在化と同時に、当該財産的価値を原資とした使途への交換とする2つの取引がなされたと観念することができるのではないか。そして、上記財産的価値の顕在化により企業ポイントに係る債権は、法人税法における資産概念を充足すると考える。
 このようなことから、企業ポイントに係る債権が上記使途に転換された場合においては、当該転換の時点において当該債権に係る譲受けがあったとして、法人税法22条2項所定の「無償による資産の譲受け」に当たるというべきであり、これについては当該債権の時価に相当する金額を収益として認識し、これを益金の額に算入すべきであろう。
 そして、上記債権に係る時価は、@前払式支払手段又は現金に転換されたものについては、これらに円貨として記載ないし記録された金額によるべきであろう。また、A食料品、衣類、家具、電気機器、生活雑貨といった物資や食事、理美容をはじめとするサービスへの交換、B食料品をはじめとする製品や食事、宿泊又は映画観賞といったサービスを無償で取得等をする優待チケット類への交換、C各種学術又は慈善事業等を行う法人等に対する寄付(チャリティ)、及びD購入等をした商品等の対価並びにクレジットカード会社及び通信事業会社からの請求金額等に対するポイント充当に転換された債権に係る時価については、その使途に係る市場価格をもって時価とするのが原則となろう。しかし、多くのポイントサービスにおいては、上記ポイント充当として利用することが可能であり、その際は円貨で表示された対価と企業ポイントとの換算レートによって交換が行われる。よって、簡便な方式として、転換に利用された企業ポイントに係る数量につき、上記換算レートによって算定するのが課税庁及び納税者の両者にとっても有益と解され、このような方式が採られることにより、時価算定の公平性も保たれると考える。

(4)還元ポイント等の益金認識
 消費税率の引上げに伴うキャッシュレス・ポイント還元事業における消費者に対する還元は、企業ポイント(以下、ポイント還元事業で付与される企業ポイントを「還元ポイント」という。)又は前払式支払手段(ポイント還元事業で付与される前払式支払手段と還元ポイントを併せて、以下「還元ポイント等」という。)の付与によって行われるところ、この還元に係る還元方法には、ポイント付与、即時充当・即時還元、引落相殺、口座充当の4種類がある。
 このうち即時充当・即時還元は、還元ポイントの付与の対象となったキャッシュレス決済に係る取引から直接、還元ポイントに相当する金額が即時に充当される。また、引落相殺及び口座充当に基づくポイント充当並びに前払式支払手段によるポイント付与は、還元ポイント等の付与と同時にその使途が確定する。
 よって、上記の還元方法が適用される還元ポイント等の債権は、その付与時において、上記(2)ロで述べた民法上の給付義務に裏打ちされた債権に該当し、また、会社法及び企業会計にいう換金性を有した財産的価値があるものとして、@特定の企業による帰属性等と、A資産という具体的な形態を前提としたキャッシュ・フローへの貢献性がある経済的資源として顕在化したというべきであるから、法人税法における資産概念を充足すると考える。
 このようなことから、上記還元ポイント等の債権については、その取得時において当該債権に係る譲受けがあったとして、同法22条2項所定の「無償による資産の譲受け」に該当するというべきであり、当該債権の時価に相当する収益の額を益金として認識すべきであろう。そして、上記時価については、各還元ポイント等が該当する円貨との換算方法に基づき算定するのが合理的であろう。
 また、企業ポイントによるポイント付与が行われる還元ポイントの債権については、転換の意思表示がされるまでは資産概念を充足しないと考えるべきであろう。


目次

項目 ページ
はじめに 93
第1章 ポイントサービスの現状と経理処理等 95
第1節 ポイントサービスの現状 95
1 はじめに(ポイントサービスの現状と本稿で取り上げるサービスについて) 95
2 ポイントサービスの現状と利用の意義 96
3 市場規模 99
4 ポイント還元事業 99
第2節 企業ポイントに関する経理処理 101
1 はじめに 101
2 付与側の経理処理 101
3 取得側の経理処理 111
4 収益認識基準処理を適用した場合の両当事者の経理処理(モデル取引) 112
第3節 企業ポイントを取得した場合の法人税の取扱い 114
第2章 企業ポイント取得時の益金認識 117
第1節 企業ポイント取得時に益金を認識する際の法的根拠 117
第2節 資産該当性に関する考察 118
1 法人税法における資産概念 118
2 企業ポイントに関する過去の検討状況 120
3 関連諸法令による法的規制 124
4 利用規約等に関する具体的検討 127
5 収益認識基準等からの検討 131
6 収益面からの検討 132
第3節 小括(益金の認識に関する検討) 134
第3章 企業ポイント転換時の益金認識 138
第1節 企業ポイントの帰属 138
第2節 企業ポイントの使途 138
第3節 益金の認識に関する検討 139
1 法人税法22条2項の検討 140
2 具体的検討 142
第4節 転換先となる使途の処理 147
第5節 役員等が企業ポイントを取得した場合の課税関係 148
第4章 還元ポイント等に関する益金認識 151
第1節 はじめに 151
第2節 益金の認識に関する検討 152
1 即時充当・即時還元、引落相殺及び口座充当並びに前払式支払手段によるポイント付与 152
2 企業ポイントによるポイント付与 154
結びに代えて 155
別添資料1ないし12 157