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菅野 保文

税務大学校
租税理論研究室助教授


序説

 周知のように、各税法においては、当該職員の質問検査権とともに、その行使に対して相手方が協力しなかった場合の罰則を規定している。例えば、所得税法においては、234条1項において当該職員の質問検査権を、また、242条8、9号において「(質問に対して)答弁せず若しくは偽りの答弁をし」、「(検査を)拒み、妨げ若しくは忌避」、「(検査に関し)偽りの記載をした帳簿書類を提示」の各行為をした者に対する罰則を、それぞれ規定している。
この罰則をめぐって、近時多くの議論がなされている。それらはいずれも具体的な訴訟事件を通じて議論されるにいたったものであるが(注1)、そこにおいて何が問題とされているかをみると、調査に協力しない者に刑罰の罰則をもって臨んでいること自体に合理性が認められるかということと、この罰則が「不答弁や検査の拒否がどのような場合にも1年以下の懲役または20万円以下の罰金にあたる(注2)」ような不当な罰則であるかということのふたつに集約することができるようである。
この問題については、いろいろな角度から研究することができるであろうが、本稿においては、

1 税務調査に対する受忍義務の根拠は何か

2 質問検査不答弁犯等に対して刑罰の制裁をもって臨む必要があるのか

3 課税庁に推計による更正(決定)の手段が認められていることと、罰則との関係をどう考えるべきか

4 不答弁犯に対し刑罰の制裁をもって臨んでいることと、憲法上国民に保障されている黙秘権との関係をどう考えるベきか

5 罰則の適用要件からみて、この罰則が不当な適用に対する歯止めのない不当な罰則であるのかどうか
の各面から検討することとしたい(注3)

(注1)質問検査権に関する議論は、いわゆる「民商事件」が契機となって多くなされるようになったものである。その経緯については、次の文献が簡潔にまとめている。
広瀬 正「租税事件史(第14回民商事件)」税務事例3巻1号60頁 本文に戻る

(注2) いわゆる荒川民商事件として知られる所得税法違反被告事件の第一審判決(東京地裁昭44・6・25判決 判例時報565号46頁)における表現である。 本文に戻る

(注3) 本稿では、所得税法の規定を対象に検討した。
なお、所得税234条1項に基づく質問検査権の行使を称して、「調査」の語を用いている。 本文に戻る

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