増田 輝夫

国税庁調査課


序論

 法人税の転嫁に関する議論はその背景をなす問題意識とのつながりにおいて、はじめて鮮明に映像を浮かびあがらせるものである。たとえば現在未だ解決されていない法人税についての主要な政策上の問題点を我々がいくつか検討してみると、必然的に法人税帰着の難問に遭遇する。その2、3を挙げてみると、

(1) 独立の法人税を課することは公平であるか、あるいはそれが株主に対する不公平な二重課税となるのかどうか、といういわゆる税制上の公平という問題や、

(2) 経済の全般的な活動水準、成長率および安定に対する法人税の効果、すなわち経済政策上の問題、

(3) 最近EECとアメリカ合衆国との関連で特に注目をあびてきた輸出と国際収支に及ぼす法人税の影響、などがそれである。
 これらの問題は結局その根底において法人税帰着の一部である転嫁の理論の解明に依存している(註1)。(1)から(3)までに示された問題点は、国家歳入制度において法人税がいかなる位置を占めるのが妥当であるかという問に集約される。この問をめぐり論争は複雑な様相を呈しながら展開されている。その原因は、誰が実際問題として法人税を最終的に負担するのかという法人税帰着について見解が対立している点に求められる(註2)。ある意見によれば法人は当該租税の主要な部分を他の経済部門に転嫁させることが可能であるという。この見解を支持する人々が一般に述べているところを要約すると法人税の大部分が価格を上昇させるという調整手段に依って最終的には消費者に前転され、残った法人税の負担は生産の諸要素(例えば賃金とか原材料費等)の支払を削減させる形で法人に後転されるという。この観点に立つと法人税の本質は売上げ税又は賃金税のそれと異ならないことになる。もう一方の意見によると、少なくとも短期においてはいかなる程度であれ法人税が転嫁されることはないというのである。それらの論拠は、短期における価格・生産決定は利潤に賦課される税率の変更によって何ら影響を受けるものではないことに求められている。この結論は周知の伝統的な経済学における価格決定の限界分析から直接導かれる。この見解を支持する人々は一般に、法人が投資のため資金調達を株式発行等の持分金融によって行なう場合、長期においては投資を減少させ、そのために結局は価格構造に影響を及ぼす傾向にあると指摘する(註3)
法人税が転嫁されると説く人々は、企業者は多くの場合法人税を企業経営のコストとみなしている点に言及する(註4)。これらの人々は1920年以来投下資本に対する税引後の収益率がかなり一定に保たれてきたことを指摘する。法人税率が急上昇した期間においてもこの収益率という測定基準が一定であったことは、当該租税が現実には転嫁されたのだと彼等は説明している。他方において、法人は当該租税負担を回避することが可能であるという説を疑問視する人々は、粗国民生産物GNPに対する法人部門の粗利潤の比率が同じく法人税率の急上昇期においても一定であったという研究を援用する。この研究から、これらの人々はもし法人税が転嫁されたのであればこの比率は税率の上昇に伴なって増大していたはずであるという説明をした。
上述した2つの測定基準に差異が存在している事実は資本−産出比率の変化によって説明することができるとしても、法人税帰着の論争は依然として解決されたことにはなっていない(註5)
現在、多くの研究者はこの問題に関して、以上述べてきた2つの立場の中間に位置している。例えば法人税転嫁の有無とその程度は各企業によって異なり、その差異は産業内又は産業間の競争状態(独占、寡占、完全競争)の程度、価格政策、及び企業の一般的な業況に求められるという見解である。
法人税の転嫁に関して一般的に言い得る結論としては当該租税がある程度まで消費者により負担され、またある程度まで法人の株式保有者によって負担されていることが指摘されるにすぎない(註6)
以上のようなアメリカ合衆国の現状に鑑みてこの小論では当国における比較的新らしい法人税転嫁論の幾つかを検討し、それらが内包する問題点を幾つか指摘してみようと思う。数多い転嫁論の研究の中でも(註7)特にここでは実証的な議論を2、3とり挙げてみた。論理上コンシステントな体糸をもつ転嫁論は現在までに幾つか存在している。しかし、たとえば伝統的な古典派経済学が想定する資源の完全雇用内でのホモエコノミークスによる利潤極大化行動という前提がどの程度まで現実を説明しているかという別の問題は極めて重要な意義を持ち、吟味されねばならない。しかし今日の法人税転嫁論は単なる論理的帰結のみを適用して議論されている場合が多いのである。上述したように現在極めて流動的なアメリカの経済学界の中で、法人税転嫁論は転嫁の有無や存在する場合その程度等の実証的な(計量経済等を用いた)研究は説得力ある議論の一つに数えられる。
このような理由から、ここでは収益率と市場に対する支配力の程度という2つの異なった観点から法人税転嫁論を扱った実証的な作品に限定した。
 ラッチフォードとハソは1950年代におけるアメリカ合衆国の法人税転嫁に関するサーヴェイ論文の中で転嫁論を次の3グループに分類して整理した(註8)

(1) 法人税の少しも転嫁されない、または非常に僅かな部分しか転嫁されないと信ずるもの

(2) 法人税の可変的かつ、しばしば不確定の量が転嫁されると信ずるもの

(3) 法人税のすべてではないとしても殆どが転嫁されるというむしろ強い信念を表明するもの

この分類に従うとここでとり上げる研究で(3)に属すものは、

(A) 収益率に及ぼす法人税の短期的効果をテーマとしたR. Musgrave 及び M. Krzyzaniak(註9),および

(B) 市場の支配力の程度と転嫁の関連を主題としたR.Kilpatrick(註10)
 また上に掲げた研究の批判として(1)に属すものは

(C) R. Goode(註11)及び R. Gordon(註12)がそれである。

(脚註)

(註1) R. Goode 著「法人税」塩崎潤訳 本文に戻る

(註2) 88th Congress 2nd Session 1964
「The Federal Tax System : Facts and Proposals Materials Assembled by the Commmittee Staff for the Joint Economic Committee」
Congress of the U. S., Chapt.3. p. 43-65
「Corporation Income Tax」 本文に戻る

(註3) A. C. Herberger
「The Incidence of the Corporation Tax」
The Journal of Political Economy Vol. LXX no. 3
June 1962 p. 213-40 および同著者
「The Corporation Income Tax : An Empirical Appraisal」
Tax Revision Compendium Vol. 1
Committee on Ways and Means.
Nov. 16, 1959 p. 231-51 本文に戻る

(註4) C. E. Marberry
「On the Burden of the Corporate Income Tax」
National Tax Journal Vol. X1 No. 4, pp. 323-334 本文に戻る

(註5) R. E. Slitor
「The Erigma of Corporate Tax Incidence」
Public Finance XVIII, 1963 p. 330, pp. 348-349 本文に戻る

(註6) D. T. Smith
「Federal Tax Reform」p. 191 本文に戻る

(註7) R. Musgrave and M. Krzyzaniak
「Shifting of the Corporation Income Tax : An Empirical Study of Its Short-run Effect upon the Rate of Return」
Chapt. 1 欄外脚註1 p. 1
Chapt. 2 欄外脚註1 p. 8 本文に戻る

(註8) B. U. Ratchford and P.B.Han
「The Burden of the Corporate Income Tax」 National Tax Journal Vol. X No. 4 Dec. 1957, pp. 310-24 本文に戻る

(註9) R. Musgrave and M. Krzyzaniak op, cit. 本文に戻る

(註10) R. W. Kilpatrick
「The Short-run Forward Shifting of the Corporation Income Tax」
Yale Economic Essays Vol. 5, no. 2, Fall 1965 pp. 355-426 本文に戻る

(註11) R. Goode op. Cit「改訂日本版への序文」 本文に戻る

(註12) R. J. Gordon
「Incidence of Corporation Income Tax」
The American Economica Review Vol. LVII, no. 4 Sept. 1967 pp. 731-758 本文に戻る

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