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【答え】
2.商人と商人の間を仲介し、成立した売買の手数料を得る業態
【解説】
もともとの問屋の業態は、商人と商人の間を仲介して手数料を得るという2の形です。
1は荷受問屋、3は仕入問屋と呼ばれますが、どちらも2の問屋が進化した業態です。
江戸時代は江戸・大坂・京都の三都を中心にした全国市場が発達し、中央市場と結び付く形で、各地の市場経済も進展しました。各地の村や在郷町の周辺では、生活に密着した小さな市場(いちば)が開かれていましたが、それとは別に、問屋運上(租税)で免許を受けた問屋が営業していました。問屋は宿泊施設を兼ね、物を売りたい商人、物を買いたい商人が出会う場でした。そして、売買契約が成立すると、商人は問屋に手数料を支払い、次なる商売に向かいました。このような問屋の仲介手数料は「口銭」(こうせん)と呼ばれ、問屋の大きな収入源でした。
しかし、市場経済が発達すると、商人や問屋の扱う物品は多くなり、取引金額も多額になりました。1の荷受問屋は、遠距離を運ばれてきた荷主の荷物を受け取り、仲買や小売等への売買を代行し、口銭を得ました。3の仕入問屋は、売買の仲介ではなく、自己資金で物品を仕入れて売買しました。従来の口銭収入とは異なり、この売買の利益自体が問屋の所得になったのです。
このように、次第に問屋が多様化し、規模を拡大していくと、旧来の問屋運上だけで問屋を把握することは不十分となりました。そのため、問屋の業種ごとに株仲間を結成させ、仲間単位に株仲間運上を課しました。免許税としての問屋運上に対し、株仲間運上は、業種別に業者を把握し、商業を統制する色合いが強かったといえます。
(2025年8月 研究調査員 舟橋 明宏)