鈴木 久志
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

昨今、スターバックスやグーグルなどの多国籍企業による国際的な租税負担の軽減行為に関する報道や「パナマ文書」や「パラダイス文書」の公開などが世間を騒がせている。また、国境を越えた脱税・租税回避スキームに対し、国際協調の下、戦略的かつ分野横断的に問題解決を図るため、2012年6月に経済協力開発機構(OECD:Organization for Economic Co-operation and Development)(以下「OECD」という。)の租税委員会が「税源浸食と利益移転」(BEPS:Base Erosion and Profit Shifting)(以下「BEPS」という。)に関するプロジェクトを立ち上げ、2013年7月19日に「BEPS行動計画」が、2015年10月5日にその最終報告書が公表された。当該行動計画では、行動計画6として「租税条約濫用の防止(条約締結国でない第三国の個人・法人等が不当に租税条約の特典を享受する濫用を防止するためのモデル条約規定及び国内法に関する勧告を策定する。)」、行動計画12として「タックス・プランニングの報告義務(タックス・プランニングを政府に報告する国内法上の義務規定に関する勧告を策定する。)」といった内容が盛り込まれていることなどから、租税回避行為に対する問題意識、その対応策についての関心が高まっている。
 一般的に、租税回避行為という言葉には、マイナスのイメージがあるが、これは、租税回避行為が、本来であれば租税負担が生ずるにもかかわらず、何か特別なことを意図的に仕組むことによって、その租税負担を免れているという印象を与えることから生ずる感覚的なものではないかと思われる。つまり、その根本にあるのは、その何か特別なことを意図的に仕組むことで、税負担を軽減するということに対する感覚的な拒否反応、善悪の価値観として「悪」というイメージによる道徳的な側面に基因するものなのではないかと考えられる。
 しかしながら、憲法が規定するように、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」(憲法30)のであって、「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」(憲法84)のであるから、納税者は、その「何か特別なことを意図的に仕組む」ことで、自己の租税負担を最小限とする選択をしたとしても、税法上それを否定する法令上の根拠がない限り、そのような行為は、善悪といった道徳的な価値観を別にするならば、許されるものであるということになる。
 我が国の現行税法では、学説上も裁判例上も、明文の法律の根拠なしに租税回避行為の否認は認められないものと解されているところであり、租税回避行為が行われた場合に、法令上それを防止するような個別的な否認規定がない場合には、その租税回避行為について、税務上、否認することはできないといわれている。この点、我が国には、「同族会社等の行為又は計算の否認」や「組織再編成に係る行為又は計算の否認」といった特定の分野を対象とした租税回避に対応する一般的な否認規定はあるものの、全ての分野・取引等に係る租税回避行為を包括的に対象とする一般的否認規定は存在していない。
 また、今から50年以上前の昭和36年に国税通則法制定に係る政府税制調査会から実質課税の原則の一環として我が国に租税回避に対する一般的否認規定を導入すべしとの提言がされたが、その導入は見送られることとなった。当時の事情として、導入が見送られた理由は、事柄の性質上、規定の内容が抽象的な表現とならざるを得えず、規定の解釈問題を生じ、税務当局者による拡大的、恣意的解釈に委ねることとなっては、納税者の正当な権利利益を擁護する上に大きな不安が生ずることになるのではないかという懸念を抱かせる基になること、諸外国の実情をみても、実質課税の原則について、必ずしも実定法によってではなく、主として、個々のケースにおける判例の上に立ち、その意味で具体的な相貌のものとして受け容れられているといった点を考慮したものといわれており、その後、我が国では、租税回避行為に対しては、個別的な否認規定を設けることによって対処してきたところである。
 現在、G7各国で一般的租税回避否認規定を有していないのは我が国だけであり、近年、制定法として租税回避に対する一般的否認規定を有していなかったアメリカ、イギリスがそれぞれ2010年、2013年にそれぞれ一般的租税回避規定を設けており、また、G20各国をはじめ、EU諸国のほとんどが一般的租税回避否認規定を導入してきている。また、BEPSプロジェクトにおける議論にみられるように、国際的な租税回避に対抗するためには、各国の税制のおける協調が必要であり、各国における国内法の整備が求められるところ、BEPSの報告書では、直接的に国内法に一般的租税回避否認規定を整備すべしとはされていないものの、租税回避に対する個別的な否認規定だけでは、新たなタイプの租税回避行為には対抗できず、各国が協調して国際的な租税回避に対抗するという場面では、国内法においてそのような新たなタイプの租税回避行為に対抗できない国があった場合に、それが国際的な租税回避の阻止を害する要因となってしまうことになりかねない。EUが2016年7月に租税回避対抗指令(COUNCIL DIRECTIVE)を採択し、加盟各国に対して、2018年12月31日までに「一般的濫用対抗ルール」を国内法として措置することを義務付けたのもそのような趣旨によるものと考えられる。そのような国際的な潮流の中で、我が国だけが一般的租税回避否認規定を有していないということでは、国際的な租税回避への対応という点で問題があるといった議論もある。また、国内における租税回避行為に対しても、現状の個別的否認規定では十分な対応がとれていないといった問題意識もあり、我が国に一般的否認規定を導入すべきとの意見が多くみられるところである。
 そこで、本稿では、昨今の一般的租税回避否認規定に関する国内外における議論等を踏まえ、我が国に一般的租税回避否認規定を導入することの必要性の有無を検証し、導入する場合には、具体的にどのような規定・内容とすることが適当なのか、更には、導入した場合の当該規定に実効性があるのかといった点を検討することで、一般的租税回避否認規定の導入に関する理論面における整理を目的とする。

2 研究の概要

(1)租税回避及び一般的租税回避否認規定の意義

一般的租税回避否認規定の導入の要否を検討するに当たって、否認の対象となる租税回避行為等をどのような行為等とするのかという立法論的な立場での検討を行う上で、その対象とされる租税回避の意義、概念を確認する必要がある。この点について、租税回避に関する先人の研究等を概観したところ、租税回避は、脱税や節税と同様に租税負担の軽減を図る行為であるところ、節税と脱税は、合法か違法かで明確に区別されるが、租税回避は、「あいまいな灰色領域を指す概念」といわれている。そのように、租税回避があいまいな性質ゆえ、多くの租税法学者によって色々な形で定義されているところであるが、それらの定義は様々な表現が採られているものの、その基本的な要素としては、「租税負担の減少又は排除を図る行為であるが、租税法規が予定した軽減行為ではない」という点に集約することが可能なのではないかと考えられる。また、租税回避の定義として1「通常用いられる法形式と同一の経済効果を得られるものであること」や、1「租税負担の軽減を主たる目的としたものであること」などが加えられているものがある。この「通常用いられる法形式と同一の経済効果を得られるものであること」という点については、「租税負担の減少又は排除」が、通常用いられる法形式と比較して判定されるものといえることからすると、「租税負担の減少又は排除」という表現に内包されるものと考えられる。そして、「租税負担の軽減を主たる目的としたものであること」という点については、一般論としては、「租税法規(又は立案当局)が予定ないし意図しない手段が用いられているもの」であれば、租税負担の軽減を主たる目的として行われたものであると推測され得るところである。しかしながら、その行為等によって租税負担の軽減が図られているものの、租税負担の軽減以外にも何らかの目的があるという場合もある。そのような場合には、租税回避行為として単純に否認の対象とすることについては問題がある。反面、租税負担の軽減以外の目的による経済効果が微々たるものである場合に、単純に否認の対象としないということにも問題がある。そうすると、租税負担の軽減とそれ以外の目的との比較考量が必要と考えられることから、否認の対象として考えるべき租税回避行為の定義としては、「租税負担の軽減を主たる目的としたものであること」という点を含めて表現する必要があるものと考えられる。
 そのようなことを踏まえて、本稿では、租税回避否認規定が、その否認の対象とする租税回避の概念として、「租税負担の減少を主たる目的としたものであって、租税法規が予定ないし意図しない手段が用いられることで、租税負担が減少又は排除されるもの」ということとした上で考察することとする。

(2)一般的租税回避否認規定の導入の要否

我が国における一般的租税回避否認規定の導入に関する消極的な意見と積極的な意見の主要な論点としては、「課税要件明確主義」と「租税負担公平主義」のいずれが重要なのかという点にあるように感じられる。
 この点については、いずれも重要であると考えられ、金子教授がおっしゃるように、「迅速に個別的否認規定が設けられるのであれば、その黙過される件数はそれほど多くはならない」ということで、個別的否認規定を設けることによる対処で「租税負担公平主義」が確保されるのであれば、個別的否認規定による対応が望ましいといえるし、そのような対応では、「租税負担公平主義」の確保は十分ではないということならば、一般的否認規定の導入を検討すべきであるということになるのではないかと考える。
 そして、いかに迅速に個別的否認規定を設けたとしても、新たなタイプの租税回避には対応できないのであり、租税回避事案で回避された税額が一千億円単位に上るものも散見されているという我が国の現状を見る限り、個別的否認規定による対応で十分に「租税負担公平主義」の確保が図られているとは言い難い状況になっているのではないかと考える。
 そうすると、少なくとも、「租税負担公平主義」の観点からすると、一般的租税回避否認規定を導入すべきということになるが、「課税要件明確主義」の観点から見た場合に、果たして明確化という点がクリアし得るのかという問題がある。この点については、我が国の司法判断において、法人税法132条の同族会社の行為計算の否認規定における「不当に減少させる」というような抽象的な不確定概念が、違憲ではないと判断されていることを考慮するならば、どのような行動が採られた場合に否認の対象となる租税回避行為と判断されるのかということを、明文をもって示すのであれば、少なくとも、現行の法人税法132条等の行為計算の否認規定よりも、明確な規定になり得るとも考えられる。そうすると、そのような規定は、租税法律主義の観点から違憲との判断はされないのではなかろうか。更に、納税者の予測可能性などを確保するという点を重視するのであれば、イギリスなどが行っているように、どのような行為等が規定の対象となるものなのか、または、規定の対象とならないものなのかといった内容をガイダンスとして公表するという方法も考えられる。加えて、納税者の権利保護を図るという観点からは、第三者機関による諮問委員会制度のようなものを設け、規定の適用に当たっては、当該諮問委員会に諮問し、その意見を考慮しなくてはならないといった制度設計をすることが考えられる。一方、個別的租税回避否認規定による対処方法には、立法が後手に回るという欠点があり、この点については、金子教授も「立法によって否認規定が設けられるまでは、租税回避は黙過されることになる。」と指摘されるように、個別的租税回避否認規定による対応を選択した場合の宿命的なものと考えられるところ、金子教授は、「立法が迅速且つ適切に対処することで、短期間に止まり、回避の件数もそれほど多くはならない」ということで割り切っておられるものの、その点が個別的否認規定による対処の限界であり、租税公平負担という点からすると看過できないものと考えられる。
 そうであるならば、個別的否認規定では「租税負担公平主義」の観点から問題があり、一般的租税回避否認規定が「課税要件明確主義」の観点からの問題点をクリアすることが可能であるということになり、一般的租税回避否認規定を設けるべきとの結論が導かれるものと考える。
 更に、国際的な観点からすると、BEPSへの対抗など、国際的な協調という観点から見た場合に、クロスボーダーのアグレッシブなタックス・プランニングに対抗するためには、各国が税制の上で協調する必要があり、各国の国内法に一般的否認規定が整備される必要が生ずるといった議論がある。現に、EUをはじめ、多くの国が国内法に一般的租税回避否認規定(GAAR:General Anti-Avoidance Rule)を設けてきており、我が国も、他国の税源浸食の要因となり得るような状況を避ける意味でも、租税回避に対抗する一般的否認規定を導入すべき時期になってきているのではないかと考えられる。

(3)一般的租税回避否認規定の導入の提言

イ 対象税目

各国のGAARを見ると、対象税目を限定しているものもあり、我が国においてGAARを導入する場合にも、所得税、法人税及び相続税といった現行の法令において同族会社等の行為計算の否認規定が置かれているような税目に絞るということも考えられる。しかしながら、租税回避行為がそのような税目に限って行われるとは限らないことから、基本的に税目を限定する必要はないのではないかと考える。

ロ 適用基準

各国のGAARの適用基準を大別すると、判断基準を事業目的(business purpose)の有無に求め、租税利益を得ることを唯一又は主要な目的とした取引等が行われた場合に否認規定が発動することとする事業目的基準によるものと、判断基準を租税法規の濫用の有無に求め、租税法規の趣旨・目的に反して租税利益が享受されている場合に否認規定が発動することとする濫用基準によるもの、とに区分される。
 これら二つの区分は、否認規定が発動される基準に違いがあるものの、必ずしも互いに相容れないものということではない。例えば、濫用基準において、濫用の有無を判断するに当たっては、その考慮要素に、その行為等に租税負担軽減以外に事業目的が無いという事業目的基準の要素を含めるという考え方も採り得るものと考える。
 現行の我が国の租税法規における行為計算の否認規定、例えば、同族会社等の行為計算の否認規定では、「●●税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるとき」に規定が発動するという表現が採られている。これまでに課税当局が問題としてきた租税回避の態様も、その基本は、「不当」に租税負担を減少する結果をもたらすようなものであると考えられ、仮に、租税回避行為について、一般的な否認規定を設けるとするならば、現行の行為計算の否認規定でも用いられている「不当に減少させる結果」となる場合に発動するという規定概念が馴染みやすく、受け入れやすいのではないかと考える。また、この場合の「不当」性の判断基準としては、ヤフー最高裁判決が示したような濫用基準が受け入れやすいのではないかと考えられ、我が国に導入すべきGAARは、濫用基準をベースにしたものとすべきではないかと考える。

ハ 課税要件の明確化

現行の各個別法における行為計算の否認規定などでは「不当に……」といった表現が採られており、課税要件としては、やや明確性を欠くが、対象としているものの性格上そのような表現を採らざるを得ないといった規定は少なからず存在している。そして、それらの規定の合憲性が争われた裁判において、そのように明確性を欠くことを理由として違憲であるとの判断がされた例は無いことから、少なくとも、租税回避に関する一般的否認規定を設けた場合に、直ちにそれが違憲であると判断されることはないものと考える。
 しかしながら、課税要件明確主義の観点から問題ありとする意見も多く、課税当局側における統一的な適用を図るといった観点から、否認の対象となる租税回避について、明文の規定をもって、ある程度の明確さを有する表現とする必要があるものと考える。
 その場合もやはり、ヤフー最高裁判決の判断枠組みにおける「不当性」の判断基準となった「濫用基準」が参考になるものと考える。

(4)一般的租税回避否認規定の実効性の検証等

一般的租税回避否認規定を設けた場合の実効性の有無を検証する上で、租税回避が問題とされた訴訟事件で、国側敗訴となった三件の事件について検証を行うこととした。
 一件目の武富士事件では、住所の判定基準が生活の本拠がどこであるかという点であると考えられることから、本件会社によって香港現地法人を買収し、贈与を受ける者であるXを当該香港現地法人の役員に就任させ香港において業務を行わせ、また、香港における滞在日数が国内滞在日数を大幅に上回るように調整することで、Xの生活の本拠が香港であるといえるような外形を整えたものであったが、否認規定を設けた場合の条文案(以下「条文案」という。)では、そのような住所の移転というものも、取引等という概念に含めることを考えており、住所の移転によって、租税負担の軽減が不当に行われているという場合には、規定の発動がされることになるため、このような租税回避が行われた場合であっても、条文案のような規定によって否認が可能ということになろうかと考えられる。
 また、二件目のIBM事件では、「本件各譲渡とそれ以外の本件一連の行為とは、その主体、時期及び内容が異なる上、本件税額圧縮という共通の目的の実現のために一体的に行われたという控訴人の主張事実も認められない以上、本件一連の行為について、全体として経済的合理性を欠くかどうかを判断することが相当であるということはできない。」と判示された点につき、条文案では、取引等が租税負担の軽減目的で行われたものであるかの判定や租税負担を不当に減少させる取引等であるかは、その取引等に影響を与えた全ての取引等を一連の取引等として、当該取引等に含めて判断することとしていることから、仮に、その主体や時期及び内容が異なるものであったとしても、判断における要素となる上に、国外関連者が関係する取引等については、内国法人に対して、その取引等に係る関係書類の提出を求めることができることとしていることから、どのような経緯、目的で各取引等が行われたものであるかを確認することが可能となり、少なくとも、本判決のような門前払い的な判断はされないものと考えられる。加えて、租税負担の軽減額を考慮した場合に、租税負担の軽減が主たる目的であるとの認定が可能であり、更に、本件において行われた一連の取引等が通常の手順等によって行われたものであるのか、本件で用いられている自己株取得スキームに合理的といえる事業目的があるのか、法人税法のループホールを突くような濫用的なものではないか、などといった点を考慮することとなることから、否認規定の適用が可能になるものと考えられる。
 そして、三件目の岩瀬事件では、個人と法人との間で土地・建物を補足金付交換契約によって所有権移転すると、時価取引課税とされ当該個人に対して多額の譲渡所得課税が生ずることになるため、それを回避することを目的として、双方の売買契約における取引価格を時価よりも3億円低額となる売買契約を結び、当該契約金額に基づき、代金決済を相殺と差額金の支払という法形式を選択したものである。本件のような事件について、条文案のような否認規定があった場合には、まず、租税負担の軽減を目的としているという点について、疑義は無く、通常であれば行われないような低廉譲渡が行われており、その低廉譲渡が行われたことについて租税負担の軽減以外の合理的な事業目的があったということはできないであろうことから、否認規定が適用されることになるものと考えられる。
 以上のように、条文案のような否認規定があった場合には、過去に租税回避が問題となったような事件について、その租税回避行為を税務上否認することが可能になるものと考えられ、当該規定には十分な実効性があるといえる。

3 結びに代えて

租税回避については、過去から優れた先行研究が数多くあり、また、近年、租税回避についての議論が活発に行われており、更には、BEPSにおける議論や、各国におけるGAARの導入などといったこともあり、多くの文献、論文等に接する機会をいただいた。
 本稿では、一般的租税回避否認規定の導入の要否を考察する上でまず、どのような行為が租税回避行為の概念として受け入れられているのかという視点で考察し、税務上否認の対象とすべき租税回避行為をどのようなものとして捉えることができるのかを検討した。
 次に、租税回避行為に対する対応策として、一般的否認規定と個別的否認規定では、いずれが望ましいか、一般的否認規定による対処に係る問題点は解消不能なものなのかという観点で検討したところ、個別的否認規定で対処することには限界があり、一般的否認規定による対処の方が望ましく、一般的否認規定における問題点は解消不能ではないという結論に至った。そして、具体的にどのような規定として一般的否認規定を設けることが望ましいかを検討した上で、そのような規定に実効性があるのかという検討を行ったのであるが、飽くまでも、本稿は、一般的租税回避否認規定を導入することの要否を検討した一考察にすぎず、それぞれの検討過程、検討内容、検討結果に対して、異なる意見が多数あろうかと考える。
 一般的租税回避否認規定の導入の要否を議論する上では、抽象的な、表面的な議論をしていても何ら議論が深まることはなく、踏み込んだ具体的な議論がされることが望ましいものと考える。そのような観点から、本稿では、一般的租税回避否認規定を導入すべきと結論づけた上で、導入する場合の対応について、その条文案を示すなど可能な限り、具体的な提言をしたものの、力不足のため、そもそもの結論付けに問題があるという考えもあろうかと思われるし、条文案自体についても、個々に問題があるという意見もあろうかと思われるが、このような考え方もあるということで寛容に受け止めていただきたい。
 本稿では、一般的租税回避否認規定の適用場面におけるあるべき引き直し計算の方法、租税回避国際的な租税回避を検討する上での条約との関係、一般的租税回避否認規定以外の方法による租税回避への対抗手段(例えば、義務的開示ルール(Mandatory Disclosure Rules:MDR))との関係などといった細部に係る検討をすることができなかったが、それぞれが興味深い論点を有する内容であり、別の機会に挑戦してみたいと考える。
 今後、各国において更に一般的租税回避規定の導入が進んでいくことが予想されており、我が国に一般的租税回避否認規定を導入すべきとの議論は、益々盛んになるものと考えられることからも、様々な角度から、具体的で建設的な議論がされることを期待したい。


目次

項目 ページ
はじめに 17
第1章 租税回避及び一般的租税回避否認規定の意義 20
第1節 租税回避の意義 20
1 「脱税」及び「節税」との差異 20
2 税制調査会答申における租税回避の意義 22
3 租税回避の意義についての学説 23
4 裁判例における租税回避の意義 38
5 小括 41
第2節 一般的租税回避否認規定の意義等 42
1 租税回避の否認の意義 42
2 租税回避行為の否認の類型 44
第2章 一般的租税回避否認規定の導入の要否 50
第1節 通則法制定時の議論 50
1 税制調査会の答申 50
2 税制調査会の答申に対する批判等 51
3 租税回避否認規定の法令化が見送られた理由 56
第2節 近年の一般的租税回避否認規定の導入に関する議論 60
1 一般的否認規定と個別的否認規定の利害得失 60
2 平成10年1月の日本税理士会税制審議会の答申 61
3 一般的租税回避否認規定の導入に対する意見 62
第3節 諸外国の一般的租税回避否認規定 73
1 導入の状況等 73
2 各国が導入している一般的租税回避否認規定等 76
第4節 小括 80
第3章 一般的租税回避否認規定の導入の提言 84
第1節 提言 84
第2節 一般的租税回避否認規定を導入する場合に考慮すべき事項 85
1 否認基準 85
2 納税者の権利保護 89
3 立証責任 93
第3節 具体的な条文案 94
1 否認規定の発動場面、否認の効果(引き直し)に関する規定 94
2 租税負担の減少目的の判断要素に関する規定 98
3 不当性(濫用)の判断枠組みに関する規定 99
4 一連の取引に関する規定 100
5 国外関連者が関係する取引等に係る書類等の提示等に関する規定 101
6 諮問委員会の設置に関する規定 103
第4章 一般的租税回避否認規定の実効性の検証等 105
第1節 過去の裁判例を題材とした検証 105
1 最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決(武富士事件) 105
2 東京高裁平成27年3月25日判決(IBM事件) 114
3 東京高裁平成11年6月21日判決(岩瀬事件) 121
第2節 小括 124
結びに代えて 127