第1節 概要

 納税者が国税に関する処分により正当な権利利益を侵害されたとして不服を申し立てたときに、これを審査し救済する制度として、現在、不服申立てと訴訟とがある。不服申立てと訴訟との関係は、原則として不服申立てに対する決定又は裁決を経た後でなければ訴訟を提起できないという「不服申立前置主義」が採られている。
 この不服申立てには、税務署長などに対する「異議申立て」と、国税不服審判所長に対する「審査請求」とがあったが、平成26年6月に「行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」により関係法令が改正され、不服申立前置の見直し、不服申立期間の延長、「異議申立て」から「再調査の請求」への名称変更、標準審理期間の設定、審査請求手続における審査請求人の権利の拡充などが行われ、平成28年4月1日から施行された。

第2節 再調査の請求

1 概要

 再調査の請求(平成28年3月以前の処分に係るものについては「異議申立て」をいう。以下同じ。)は、税務署長などが行った更正・決定や差押えなどの処分に不服がある納税者が、審査請求をする前に自ら選択して、当該処分を行った税務署長などに対して、処分の取消しや変更を求めて不服を申し立てる制度である。

2 発生件数と処理件数等の状況

(1) 再調査の請求の発生件数は、昭和53年度に7万件余の件数を示したが、その後減少に転じ、平成28年度には1,600件強と国税庁発足以来最低の件数を示し、その後も2,000件前後の件数で推移している。
 また、平成21年度から平成30年度の10年間の発生件数の合計は3万960件、同期間における処理件数の合計は3万1,700件となっている。
(2) 再調査の請求の発生件数は、平成21年度の4,795件が平成30年度には2,043件となり、この10年間で42.6%に減少している。平成30年度における2,043件の内訳は、申告所得税等事案が745件(36.5%)、源泉所得税等事案が89件(4.4%)、消費税等事案が764件(37.4%)、法人税等事案が239件(11.7%)、相続税・贈与税事案が111件(5.4%)、徴収関係が94件(4.6%)、その他が1件となっており、近年における発生件数の割合からみると、申告所得税等及び消費税等の事案の割合が高くなっている。
(3) 再調査の請求の処理件数のうち、納税者の主張が何らかの形で受け入れられ、原処分の一部又は全部が取り消された件数の割合は、平成21年度の11.8%から年々低下し、平成28年度には6.8%となったが、平成29年度及び平成30年度は12.3%まで上昇している。

第3節 審査請求

1 概要

 審査請求は、処分をした行政庁の上級行政庁に対し行う不服申立てであるが、国税に関する法律に基づく処分の場合には、特にそのための第三者的機関として設置された国税不服審判所の長である国税不服審判所長に対して審査請求をすることとされている。

2 発生件数と処理件数等の状況

 国税不服審判所で取り扱う審査請求事件の年間発生件数及び処理件数については、ともに昭和50年度に1万4,000件余と国税不服審判所発足以来最高の件数を示した後、漸次減少し、平成3年度以降は3,000件前後で推移していたが、平成26年度の発生件数は2,029件、平成28年度の処理件数は1,955件と、いずれも国税不服審判所発足以来最低の件数まで減少した。
 その後、発生件数、処理件数ともに増加しているところ、平成21年度から平成30年度の10年間の発生件数の合計は2万9,001件、また、同期間における処理件数の合計は2万8,572件となっている。税目別の発生状況等の詳細については、第3編第2章第3節を参照されたい。

第4節 訴訟

1 概要

 租税に関する訴訟事件には、行政事件訴訟法に基づく処分の取消しの訴え、裁決の取消しの訴え、無効確認の訴え、不作為の違法確認の訴えなどのほか、損害賠償請求などの民事訴訟や滞納処分の一環として国が原告となって提起する各種の民事訴訟がある。これらの訴訟事件は、その判決結果によっては税務行政に大きな影響を及ぼすことになるため、各国税局及び沖縄国税事務所の課税(第一)部及び徴収部に国税訟務官室(国税訟務官)が設けられており、租税に関する訴訟の事務に従事している。

2 課税関係訴訟

(1) 発生・係属の状況
 平成21年度期首における課税関係訴訟の係属件数は305件であったが、平成21年度から同30年度までの10年間において2,194件発生し、2,317件終結した結果、平成30年度末における係属件数は182件となった。各年度における発生状況をみると、平成21年度から同25年度までは、同23年度の313件をピークとして230件以上発生していたが、同26年度からは200件を割り込み、140件から190件前後で推移している。
(2) 終結の状況
 平成21年度から同30年度までの10年間に終結した課税関係訴訟2,317件の内訳は、取下げ110件(4.7%)、却下等157件(6.8%)、国側全部勝訴1,848件(79.8%)、国側一部勝訴78件(3.4%)、国側敗訴124件(5.3%)、となっている。
(3) 注目すべき判決
 税関係訴訟のうち特に注目すべき判決には、次のようなものがある。
イ 相続税が課された生命保険年金に対する所得税の課税の可否
 所得税法9条1項15号(平成22年法律第6号による改正前のもの)にいう「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」とは、相続等により取得し又は取得したものとみなされる財産そのものを指すのではなく、当該財産の取得によりその者に帰属する所得を指すものと解される。そして、当該財産の取得によりその者に帰属する所得とは、当該財産の取得の時における価額に相当する経済的価値にほかならず、これは相続税又は贈与税の課税対象となるものであるから、同号の趣旨は、相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると解される。
 年金の方法により支払を受ける保険金(年金受給権)のうち有期定期金債権に当たるものについては、相続税法24条1項1号の規定により、その残存期間に応じ、その残存期間に受けるべき年金の総額に同号所定の割合を乗じて計算した金額が当該年金受給権の価額として相続税の課税対象となるが、この価額は、当該年金受給権の取得の時における時価、すなわち、将来にわたって受け取るべき年金の金額を被相続人死亡時の現在価値に引き直した金額の合計額に相当する。
 したがって、年金の各支給額のうち現在価値に相当する部分は、相続税の課税対象となる経済的価値と同一のものということができ、所得税法9条1項15号により所得税の課税対象とならないものというべきである(最高裁平成22年7月6日第三小法廷判決)。
 なお、本判決を受けて所得税法施行令第185条(相続等に係る生命保険契約等に基づく年金に係る雑所得の金額の計算)が創設(平成22年政令第214号)された。
ロ 法人税法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」の意義及びその該当性の判断方法
 法人税法(平成22年法律第6号による改正前のもの)132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは、法人の行為又は計算が組織再編税制に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものであることをいい、その濫用の有無の判断に当たっては、①当該法人の行為又は計算が、通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮した上で、当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否かという観点から判断するのが相当である(最高裁平成28年2月29日第一小法廷判決)。
ハ 競馬の当たり馬券に係る払戻金の所得区分等
 予想の確度の高低と予想が的中した際の配当率の大小の組合せにより定めた購入パターンに従い、年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入することを目標として、年間を通じての収支で利益が得られるように工夫しながら、6年間にわたり、1節当たり数百万円から数千万円、1年当たり合計3億円から21億円程度となる多数の馬券を購入し続けたこと、上記のいずれの年についても年間を通じての収支で利益を得ていた上、その金額も、少ない年で約1,800万円、多い年では約2億円に及んでおり、回収率が総体として100%を超えるように馬券を選別して購入し続けてきたといえることなど判示の事情の下においては、上記の購入により得た当たり馬券の払戻金は、所得税法35条1項にいう雑所得に当たる。
 また、偶然性の影響を減殺するために長期間にわたって多数の馬券を頻繁に購入することにより、年間を通じての収支で利益が得られるように継続的に馬券を購入しており、そのような一連の馬券の購入により利益を得るためには、外れ馬券の購入は不可避であったという事情の下においては、外れ馬券の購入代金は、雑所得である当たり馬券の払戻金を得るため直接に要した費用として、所得税法37条1項にいう必要経費に当たる(最高裁平成29年12月15日第二小法廷判決)。
 なお、本判決を受けて所得税基本通達34-1(一時所得の例示)の一部改正(平成30年6月29日課個2-17ほか)を行った。

3 徴収関係訴訟

(1) 徴収関係訴訟の特色
 徴収関係訴訟には、滞納処分等の取消し又は無効確認を求める抗告訴訟に加えて、滞納処分等に関連して国を被告として提起される損害賠償請求訴訟等の民事訴訟及び滞納処分の一環として国が提起する差押債権の取立訴訟、詐害行為取消請求訴訟、不動産の名義変更訴訟、これらの訴訟に関連する保全処分、強制執行などの民事訴訟が含まれる点において、課税関係訴訟にはみられない特色がある。
(2) 訴訟事件の推移
イ 国側原告事件
 平成21年度から同30年度までの10年間における徴収関係訴訟のうち国側原告事件は1,700件発生し、1,721件終結している。
 その発生状況をみると、平成21年度及び平成22年度は年間おおむね200件であったが、平成23年度以降は、年間おおむね160件前後で推移している。事件別では、債権取立事件が最も多く、強制執行と債権届出がこれに続き、これらを合わせると全体の3割を占めている。
 また、終結した国側原告事件1,721件の内訳は、取下げ112件(6.5%)、国側全部勝訴354件(20.6%)、国側一部勝訴6件(0.3%)、国側敗訴5件(0.3%)、その他(和解その他勝訴・敗訴の区分がされないもの)1,244件(72.3%)となっている。この「その他」のうちには、相続財産管理人選任申立等により国側の請求が認容されたものが多数含まれており、全体として国側原告事件の大部分が国側有利に終結している。
ロ 国側被告事件
 平成21年度から同30年度までの10年間における徴収関係訴訟のうち国側被告事件は551件発生し、574件終結している。
 その発生状況をみると、平成21年度から平成26年度までは、年間おおむね60件前後で推移しているが、平成27年度以降は、年間おおむね40件前後で推移している。
 また、終結した国側被告事件574件の内訳は、取下げ97件(16.9%)、却下33件(5.7%)、国側全部勝訴403件(70.2%)、国側一部勝訴7件(1.2%)、国側敗訴12件(2.1%)、その他(和解その他勝訴・敗訴の区分がされないもの)22件(3.8%)となっている。
(3) 注目すべき判決
 徴収関係訴訟のうち特に注目すべき判決には、次のようなものがある。
イ 遺産分割協議と第二次納税義務
 遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであるから、国税の滞納者を含む共同相続人の間で成立した遺産分割協議が、滞納者である相続人にその相続分に満たない財産を取得させ、他の相続人にその相続分を超える財産を取得させるものであるときは、国税徴収法39条にいう第三者に利益を与える処分に当たり得るものと解するのが相当である(最高裁平成21年12月10日第一小法廷判決)。
ロ 離婚に伴う財産分与と第二次納税義務
 離婚に伴う財産分与も国税徴収法39条所定の「譲渡」に当たると解されるところ、財産分与に関し当事者の協議等が行われてその内容が具体的に確定され、これに従い金銭の支払、不動産の譲渡等の分与が完了すれば、当該財産分与の義務は消滅するが、この分与義務の消滅は、それ自体一つの経済的利益ということができるので、財産分与として不動産等の資産を譲渡した場合、分与者は、これによって、分与義務の消滅という経済的利益を享受したものというべきである。
 しかるところ、財産分与が不相当に過大である場合には、当該財産分与の内容や性質に照らし、社会通念上、当該財産の分与により消滅すべき分与義務に係る債務の額(この債務の消滅により得られる経済的利益が当該分与を受けた財産に対する対価であるとみることができる。)は通常の取引に比べて著しく低いものであると認めることができるものと解するのが相当である(最高裁平成30年9月13日第一小法廷決定)。