赤い灯と白い灯

練馬区立中村中学校 3年 牧野 優花

「減税」、最近の選挙でよく聞く言葉だ。でも私は、その言葉に少しだけ不安を感じている。税金は、ただ「取られるお金」ではないのではないか。そう思うようになったのは、通学路で気づいた「赤い灯」がきっかけだった。
 少し前、通学路の交差点に新しい信号機がついた。それまでは、車の通りが多いのに信号機がなく、周囲の大人たちも心配していた。登校中に小学生の子どもが渡ろうとして、車が急ブレーキをかける場面に出くわしたこともある。あと数秒ズレていたら、事故になっていたかもしれない。
 それからまもなくして、工事が始まり、信号が設置された。赤い光が灯るその信号は、まるで「ここは安心して渡っていいよ」と言っているようだった。私は、ほっと胸をなでおろした。そして後で知った。あの信号は、区が設置したもの、つまり税金でつくられたものだったのだ。
 その出来事をきっかけに、「他にも税金が使われている場所ってあるのかな」と考えるようになった。
 ある日、夕方にランニングをしていて、近所の公園のそばを通った。そこで、公園のトイレが明るく照らされているのに気づいた。以前は中が薄暗くて、夜は近づくのもためらう場所だったのに、今は中までしっかり明るく、安心して使えそうな雰囲気だった。あとで調べてみると、区が防犯のためにLED照明を導入したと書かれていた。これも税金によるものだった。
 信号の「赤い灯」も公園の「白い灯」も、どちらも私たちの安全を守ってくれている。でも、もし税金が減ったら?信号の設置が後回しにされたら?夜の公園がまた暗くなったら?そう考えると、「減税」という言葉には見えない危うさがあるように思えた。
 もちろん、税金は高ければいいというわけではない。でも、「何に使われているのか」「誰を守っているのか」を知らないままに、「減らすべき」と言い切ってしまっていいのだろうか。
 税金は、目に見えにくい形で、安心を届けている。私は、そのことを忘れたくない。そして、ニュースや選挙の話をただ聞き流すのではなく、自分の生活とつなげて考えられる人でいたい。私はまだ税について深く知っているわけではないけれど、それでも、考えることの大切さを実感している。
 赤い灯と白い灯。どちらも、静かに私を守ってくれている。