税金は優しさ

成田市立吾妻中学校 3年 松浦 璃音

「優しさ」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。私は友人が落とした消しゴムを拾って渡してくれた、そんな小さな思いやりの場面を思い浮かべた。人を助けたり思いやる気持ちは確かに目には見えにくい。しかし、よく考えてみると、私たちの社会にはこの「優しさ」が形となって存在している。その一つが「税金」である。
 私は以前、足を怪我して病院に通っていたとき医療費が大幅に抑えられていることを知った。支払いはわずか3割。残りの7割は国が負担してくれていたのだ。その費用は私の家族や知らない誰かが納めた税金によって支えられていた。つまり、見ず知らずの人の「優しさ」によって私は助けられていたのである。思い返せば、私たちの日常はそのような「優しさ」に満ちている。例えば道路や公園、図書館や学校。これらは誰か一人が作ったのではなく、みんなが出し合った税金で成り立っている。自分の力だけではとうてい用意できないものも、社会全体の「思いやり」によって形になっているのだ。
 そんなことを考えていたとき、東日本大震災を思い浮かべた。津波で家を失った人々に食料や住居が提供され、病気になった人がすぐに治療を受けられていた。その背後には税金による支援があった。私はそこで、税金とは単なる義務ではなく「優しさのリレー」なのだと感じた。昨日の自分が納めた税は、今日どこかの誰かを助けているかもしれない。逆に、明日の私が困ったときには他の誰かが納めた税が私を助けてくれるだろう。その循環は顔も名前も知らない人をつなぎ、社会を大きな家族のようにしている。
 もちろん、税金に対して不満を持つ人がいるのも理解できる。しかし、納税することによって誰かの命を守り、生活を支え、未来を育てている。そう考えると、税金はまるで社会全体の「優しさ貯金箱」のようだ。私の中で「納税は義務」という意識は、「納税は思いやり」へと変わった。自分が払った分は必ず誰かの役に立つ。そのことを思うと、税金を納める行為は単なる負担ではなく、未来への贈り物のように思える。
 これからの日本社会では、税に対する見方を少し変えてみてほしい。「税金は優しさである」と考えてみるのだ。そうすれば、不満や拒否感ではなく誰かの幸せを願う温かい気持ちをもって納税できるはずだ。私は一人一人が優しさを込めて税を納めることで、困った人が安心して助けを求められる社会になっていくことを願っている。税金は私たちが互いに支え合うための「目に見える優しさ」なのだ。