(3)適正・公平な税務行政の推進

 国税庁は、適正かつ公平な課税の観点から、税金の申告・納付に関して的確な指導を行い、特に不正に税金の負担を逃れようとする納税者に対しては、さまざまな角度から厳正な調査を実施するよう努めています。具体的には、国税総合管理システム(KSKシステム)を活用して、データベースに蓄積された所得税や法人税の申告内容などを、業種・業態・事業規模といった観点から分析して、調査対象を選定しています。

●資料情報

 国税庁は、現在、年間1億4,000万件程度の資料情報を収集し、これらの情報と申告に関係するデータをあわせて一元的にKSKシステムで管理し、的確な指導や税務調査に活用しています。
 近年の経済取引の広域化、国際化、高度情報化などに対応するため、新しい取引形態に関する資料情報を積極的に収集し、開発しています。例えば、最近では、国際化の進展に伴う海外との取引の増加に対応し、海外の税務当局との間で情報交換を積極的に行い、海外取引に関係する申告の内容の点検に活用しています。
 また、収集した資料情報のうち、裏取引や架空取引などを裏付ける情報や、個人や法人間の取引などに関する個別情報などは、調査に役立てています。

●的確な指導の実施

 税務署は、申告が正しく行われているか、行った申告の内容が適切かどうかなど、資料情報などに基づいて点検を行っています。その結果、申告していないことや申告内容に誤りがあることが分かった場合には、電話や文書で修正申告などを求めます。これらに応じていただけない場合は、税務署長の権限により、更正1決定2を行っています。
 このような納税者との簡易な接触件数は、個人課税部門では年間約70万件に及んでいます。

●悪質な納税者に対する厳正な対応

 申告納税制度を円滑に実施していくため、国税庁には税務調査を行う権限が与えられています。税務調査は、納税者の申告内容を帳簿などで確認し、申告内容に誤りがあれば是正を求めるものです。特に悪質な納税者に対する税務調査には日数を十分かけるなど重点的に取り組んでいます。
 実地調査で把握した1件当たりの申告漏れ所得金額は、平成15年分(2003年分)の申告所得税については723万円、法人税については1,165万円となっており、これを昭和60年(1985年)の実績と比較すると、実地調査1件当たりの申告漏れ所得は増加傾向にあります。
 このような調査実績を踏まえると、できるだけ調査件数を確保していくことが適正・公平な課税のために不可欠であると考えられます。申告が適正でないと認められる納税者を的確に選定し、調査することにより、悪質な納税者等に絶えず監視の目を光らせることは、善良な納税者の納税意欲を高め、広い意味での納税者に対するサービスにつながるものと考えています。

図10 実地調査で把握した申告所得税・法人税の1件当たり申告漏れ所得金額

実地調査で把握した申告所得税・法人税の1件当たり申告漏れ所得金額のグラフ

●広域的に事業展開する 企業グループへの対応

 企業は子会社や支店等を設立することによって幅広く事業展開を図っており、国税庁としては税務調査をどのように行うのか対応を迫られています。
 企業グループを調査する場合、まず、グループの全貌を把握した上で、グループ間取引を利用して不正な税務処理等が行われていないか、十分な実態把握を行うことが非常に重要です。海外に設立された子会社等に関しては、国際課税上の問題を検討することが必要になってきます。また、子会社等の実態を十分に把握するためには、現地の経済情勢や地域とのつながりなども貴重な情報になります。
 平成14年(2002年)8月から連結納税制度が導入されましたが、連結申告を行っている法人グループも企業グループの一形態であり、こうしたグループ間取引の実態把握の必要性や現地情報の重要性などは基本的に同じです。
 広域的に事業展開する企業グループや連結グループの調査に当たっては、親法人と調査必要度の高い子法人等について、全国の国税局・税務署のネットワークを活用して、緊密な連絡・調整を図りながら、全国規模で連携調査を行うなどの対応をとっています。
 企業の事業展開の広域化は、国際化やIT化と並んで近年著しく進展しています。国税庁は、今後とも、企業グループや連結グループに対する調査を重要な課題の一つとして対応していきたいと考えています。

●国際的租税回避スキームへの対応

 企業の国境を越えた事業活動の活発化に伴い、各国における税制の差異や租税条約での取扱いの違いを巧みに利用し、匿名組合契約、パートナーシップ3LLC4(Limited Liability Company)などのさまざまな事業体や新たな金融手法を駆使し、複雑に仕組まれたスキームを用いた国際的租税回避の動きが顕在化しています。
 国税庁は、国際的租税回避スキームに対しては、適正・公平な課税を実現し、我が国の課税ベースが不当に侵食されることを防ぎ、スキームにより回避された税金を最終的に善良な納税者に負担させるということがないよう、税務調査等を通じて事実関係を的確に把握するとともに、証拠書類を収集して、適正な課税に努めています。
 こうした国際的租税回避スキームに対処するためには、国際課税に関する専門的知識や調査ノウハウが必要となるため、各国税局において企業の国際取引を重点的に調査する国際税務専門官を増員するなど、調査体制の充実・強化に取り組んできました。最近では、国際課税問題が大企業から中小企業や個人の富裕層にも広がりを見せる中、平成14事務年度(2002事務年度)から、主要な国税局に「国際化対応プロジェクトチーム」を設置し、租税回避スキームの把握や実態解明を行うとともに、海外金融資産の保有などに関する情報の把握にも取り組んでいます。
 また、国際課税分野における職員の能力を向上させるため、職員研修機関である税務大学校において、国際租税法や租税条約、デリバティブ5、語学などをカリキュラムに組み込んだ国際課税に関する研修を行うほか、各国税局においても、国際取引についての調査手法を中心とする実務に即した研修を行っています。
 更に、現行税法の法解釈では対応できない租税回避スキームについては、課税ベースの逸失を防ぐ観点から、税制改正を要望しています。平成17年度(2005年度)の税制改正では、組合を利用した租税回避スキームに対処するための税制改正が行われました。

●移転価格問題への対応

 企業活動の国際化によって、いわゆる移転価格の問題が国際課税の分野において重要になってきました。例えば、我が国の親会社が海外の子会社に製品を輸出する際、その価格を低く設定することにより所得の海外移転を生じさせるなどの事例です。こうした問題に対処するため移転価格税制が整備されています。
 一方、移転価格の問題は、多国籍企業グループにおける関連企業間の取引価格の設定という取引の基本となる問題であると同時に、多国籍企業の経営方針にも関係します。また、一般的に移転価格調査は、適切な価格を算定するために多くの資料と時間が必要であり、移転価格課税の結果生じる二重課税の解決のために要するコストを考えると、この問題は企業に極めて大きな影響を与えることになります。
 移転価格問題に関する最近の動向としては、我が国企業の製造拠点の海外移転の増加に伴い、例えば、本社機能を有する親会社から製造技術や製造ノウハウといった無形資産を製造子会社に供与するとともに、経営指導や業務管理などの役務の提供が行われるケースが見受けられるなど、製造子会社に供与される無形資産に係る適正な対価を授受する必要が出てきました。このような無形資産取引については、平成16年度税制改正で導入された取引単位営業利益法6(Transactional Net Margin Method:TNMM)の適用も視野に入れて、円滑な執行を図るためのノウハウの蓄積に努めています。
 また、国税庁は、独立企業間価格の算定方法等に関し、法人の申出を受け、国税当局がこれに確認を与える事前確認制度(Advance Pricing Arrangement:APA)によって、移転価格税制に関する納税者の事務負担の軽減や予測可能性を確保し、本税制の適正・円滑な執行を図ることとしています。

●経済のIT化への対応(電子商取引への対応)

 通信手段の高度化や通信料の低減によりインターネットの利用が急増し、仮想商店街などインターネットを通じた個人間取引が広く行われるようになってきました。
 国税庁は、このような電子商取引の取引自体に関する情報収集と取引当事者の把握に努めるため、全国の国税局に「電子商取引専門調査チーム」を設置しています。このチームは電子商取引事業者等に対する情報収集を専門的かつ横断的に行い、収集した資料に基づいて税務調査を行ったり、調査手法等の開発や蓄積に取り組むとともに、各国税局・税務署の職員に対して、収集した資料や各種の調査手法等に関する情報を提供しています。

●査察

 一般の税務調査は、原則として納税者の同意を得て行う、いわゆる任意調査です。しかし、不正な手段を使って故意に税を免れた納税者には、正しい税を課すほかに、反社会的行為に対して刑事責任を追及するため、犯罪捜査に準ずる方法で調査し、その結果に基づき検察官に告発し、公訴することを求めます。これを査察制度といいます。査察制度は、大口・悪質な脱税者の刑事責任を追及し、その一罰百戒の効果を通じて、申告納税制度を守る最後の砦として、重要な使命を担っています。
 近年、経済取引の広域化、国際化、高度情報化などによって、脱税手段が複雑・多様化していますが、資料情報の充実・強化、効率的な調査展開などにより、大口で悪質な脱税者に対して、積極的な立件・告発に努めています。
 平成16年度(2004年度)においては、210件の査察調査に着手し、152件を検察官に告発しました。総脱税額は約282億円、告発事件1件当たりの脱税額は1億6,200万円となっています。着手件数、処理件数、告発件数は前年度に比べ増加したものの、告発率、総脱税額、告発事件1件当たりの脱税額は減少しています。
 平成16年度(2004年度)における脱税の手口としては、売上を故意に隠したり、原価を不当に高く計上したりといったものが目立っていました。また、海外取引に関連した脱税や、グループ法人で脱税していた事例なども見られました。
 なお、平成16年(2004年)中に一審判決が言い渡された事件は171件で、すべての事件について有罪判決が出されました。平均の懲役月数は15.3か月、罰金額は約2,700万円となっています。執行猶予の付かない実刑判決は11件出されました。実刑判決は昭和55年(1980年)以降、毎年言い渡されています。

表3 査察調査の状況

年度 着手件数 処理件数 告発件数 脱税総額
(うち告発分)
1件当たり脱税額
(うち告発分)
16 210件 213件 152件 28,224(24,680)百万円 133(162)百万円

(注)脱税額には、加算税を含む。

表4 査察事件の判決の状況

年分 1
判決件数
2
有罪件数
2÷1
有罪率

実刑判決人数
3
1件当たり
犯則税額
4
1人当たり
懲役月数
5
1人(社)当たり
罰金額
16 171件 171件 100.0% 11人 111百万円 15.3月 27百万円

(注)1 実刑判決人数及び35は、他の犯罪との併合事件を除いてカウントしている。

(注)2 犯則税額とは、偽りその他不正の行為により免れた税額をいう。


  1. 1 「更正」とは、申告などにより既に確定している税額などが過大あるいは過少である時に、国税庁がその内容を変更するために行う手続きをいいます。
  2. 2 「決定」とは、申告書を提出しなければならない者が、提出期限までに申告書を提出していないため、国税庁がその税額などを確定させるために行う手続きをいいます。
  3. 3 パートナーシップとは、「利益を目的に共同事業者として事業を行う2名以上の者の団体」をいい、主に米国において共同事業に広く利用されています。一般に、2名以上の無限責任を負うジェネラル・パートナーで構成される「ジェネラル・パートナーシップ」と、業務を執行する無限責任ジェネラル・パートナーと業務執行に関与しない有限責任リミテッド・パートナーで構成される「リミテッド・パートナーシップ」の2つに分類されます。
  4. 4 LLC(リミテッド・ライアビリティー・カンパニー)とは、米国各州が制定するLLC法に基づき、メンバーと呼ばれる有限責任の構成員のみで組織される会社をいいます。
  5. 5 デリバティブとは、債券、株式、為替、金利などの取引をベースとして先物、オプション、スワップなどの金融技術を組み合わせた新しい金融商品をいいます。
  6. 6 取引単位営業利益法(TNMM)とは、法人の営業利益率を同業種の法人の営業利益率と比較することにより独立企業間価格を算定する方法をいいます。

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