民本主義や天皇機関説に象徴される大正デモクラシーの風潮は、税務行政の改善にも及びました。大正12(1923)年には「税務行政の民衆化」が提唱され、税法や税の執行方針をわかりやすく納税者に示すことが求められました。明治後期より矯正・摘発の対象となっていた密造酒の周知もされていました。こうした方針は、各地での税法改正の説明会で、税務職員が講師として説明に当たったほか、ラジオ放送や電車の広告で、広報が行われるようになりました。
 また、同じく大正12年には税務監督局に税務相談部が開設され、官民協調を推進するための税務懇話会も創設されました。
 大戦景気や大正デモクラシーといった華々しい社会風潮の一方で、同年9月1日に起きた関東大震災の影響は、税務行政に及びました。政府は歳出削減を企図して行政機関の整理を各省に求めました。大蔵省も税務機関の統廃合を推進し、丸亀税務監督局と50の税務署を廃止しました。これにより、税務署の数は345か所となり、税務署創設以来の最少数となりました。
 大正後期は、関東大震災・金融恐慌が相次ぎ、税の滞納が深刻化していきました。各地では新税の導入が模索されたほか、納税美談を刊行しての納税意識の強化が図られました。

(研究調査員 大庭裕介)

【 目次 】

13-1 大正9(1920)年 女性の社会進出と税務署

※ 画像をクリックすると、拡大することができます。

画像1

 デモクラシーの自由主義的風潮の下、大正期には女性の社会進出が増えていきました。それまでは女性の職業といえば、教員や看護師などの専門職でしたが、電話交換手・タイピストなどの事務職へも拡大していきました。そうした中で税務署でも女性職員が採用されるようになりました(福岡国税局佐世保税務署)。

(研究調査員 大庭裕介)

13-2 大正12(1923)年 税務相談部の辞令

※ 画像をクリックすると、拡大することができます。

画像1

 税務相談部は、大正12(1923)年に東京税務監督局を皮切りに各税務監督局に開設され、税に関する相談を受け付けていました。これは大正12年の税務行政の民衆化方針に基づくものでした。口頭や文書、電話での匿名の相談にも対応しました。

(研究調査員 大庭裕介)

13-3 大正12 (1923) 年頃 税務署長の冒険

※ 画像をクリックすると、拡大することができます。

画像1 画像2

 密造酒の取締りに当たる税務署長の奮闘を描いた宮沢賢治の作品です。戦前の税務行政では密造酒製造の防止取締が課題の一つでした。この作品が書かれたのは大正末頃と推測されますが、他の宮沢賢治の作品同様、刊行は彼の死後で、昭和24(1949)年に北海道酒類密造防止協力会から刊行されました。

(研究調査員 大庭裕介)

13-4 大正7(1918)年 酒類密造並納税注意書

※ 画像をクリックすると、拡大することができます。

画像1

 大正7(1918)年に仙台税務監督局(現仙台国税局)が作成したポスターです。酒の密造は国庫からの窃盗に当たる犯罪行為であると注意しています。また、酒造税のほか地租や所得税などの納期も掲載しています。

(研究調査員 大庭裕介)

13-5 大正12(1923)年 『税』創刊号

※ 画像をクリックすると、拡大することができます。

画像1

 大正12(1923)年に税務行政の民衆化方針が出されました。そのような風潮の中、税務職員には税務行政の改善を、国民には納税観念の普及を促し、官民協調による税務行政の円満な執行を目的に創刊されました。

(研究調査員 大庭裕介)

13-6 「税務署への希望欄」のある申告書

※ 画像をクリックすると、拡大することができます。

画像1 画像2 画像3

 大正14(1925)年分の第三種所得の申告から、申告書に「希望欄」が設けられ、税務行政の改善に役立てられました。要望の中には当時の社会情勢を反映したものもありました。関東大震災での被災を受けての要望や女性の社会進出に即した控除の要望なども見られます。

(研究調査員 大庭裕介)

13-7 大正12(1923)年 関東大震災直後の京橋税務署出張所

※ 画像をクリックすると、拡大することができます。

画像1

 関東大震災では、緊急勅令が出され、地租・所得税・営業税・相続税の徴収猶予・減免が決定しました。この時、多くの税務署庁舎も焼失しましたが、被災者の税の猶予や減免などの手続に対応するため、各地で急ごしらえの出張所が設置されました。京橋税務署は、銀座にテント張りの出張所を開設しました。

(研究調査員 大庭裕介)

13-8 納税美談 孝子芳松

※ 画像をクリックすると、拡大することができます。

画像1 画像2

 大正12(1923)年の関東大震災以降、日本は相次ぐ不況に陥り、税の滞納が深刻化します。各地では、一家の納税のために働く少年・少女の逸話を掲載した納税美談が刊行され、納税意識の強化が図られました。

(研究調査員 大庭裕介)