横澤 佳伸
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 平成23年度税制改正において移転価格税制における独立企業間価格の算定方法が、独立価格比準法、再販売価格基準法、原価基準法の基本3法の優先適用方式から、基本3法、取引単位営業利益法、利益分割法のうち最も適切なものを採用する方式、いわゆる最適方法ルール(ベストメソッド方式)へと変更された。独立企業間価格の算定方法は移転価格税制の根幹を成す規定であり、適用順位の見直しを行った今回の税制改正は、税務当局、納税者双方に再検討を求める重要な改正であると考えられる。
新興国市場への進出、製造コスト削減等を目的に、我が国企業の海外進出が加速する一方、欧米を中心とした金融、ICT事業者をはじめ、経済発展を背景とした新興国企業等の我が国への進出も今後、一層活発になると思われる。
各国においては外国子会社配当非課税制度の導入や法人税率の引き下げ等により自国法人の海外移転を防ぎつつ、制度創設や執行体制の整備により国際課税の執行を強化しており、移転価格税制の適切な執行は今後益々重要な意味を持つと考えられる。
グローバル企業における国際分業体制の整備、充実に伴い、関連者間取引が質量共に増大する中、移転価格税制の観点では比較対象取引の把握困難を伴うほか、重要な無形資産を利用した関連会社間のタックスプランニングへの対応等、基本3法等の比較法による対応が困難なケースは増加しており、納税者、税務当局共に最適な方法として利益分割法の適用を考慮する機会は今後、増加するものと考える。
本稿では、平成23年度の税制改正において措置令上に規定された3種類の利益分割法について、具体的な独立企業間価格の算定方法について考察を加え、さらに実際に適用を検討するべき国外関連取引について事例による検討を行う。また、法令通達等に規定された事項の他、利益分割法の適用上ポイントとすべき事項について、改定されたOECD移転価格ガイドライン、争訟事例、移転価格税制に関する先進国といえる米国における移転価格規則等、国際課税の専門家の研究論文等を参考として整理、検討を行い、我が国移転価格税制の執行に資する資料の一片としたい。

2 研究の概要

(1)平成23年度移転価格税制に関する改正の概要

イ 独立企業間価格算定方法の適用順位の見直し(ベストメソッド方式の導入)
今回の税制改正は平成22年7月に公表されたOECD移転価格ガイドラインの改定を踏まえた内容となっており、中心的な存在として独立企業間価格算定方法における最適法の選定(ベストメソッド方式)が措置法66条の4に盛り込まれた。移転価格税制の制定以来、数次の改正を重ねた中でも重要な方針の転換であり、その他の手法として取り扱われてきた利益法(取引単位営業利益法、利益分割法)が、優先適用として取り扱われてきた基本3法と同列の適用順位として取り扱われ、独立企業間価格を算定するために最も適切な場合に選定可能となったものである。
これに合わせ残余利益分割法、比較利益分割法が租税特別措置法施行令内に寄与度利益分割法と並べて規定され、今回の法令通達の改正事項を踏まえて事務運営指針、参考事例集にも大幅に改正が加えられた。

ロ 独立企業間価格幅(レンジ)の取扱いの明確化
独立企業間価格の算定上、比較可能性で優劣のつけ難い複数の比較対象取引が存在する場合に現れる独立企業間幅の取扱いについて措置法通達において明文化された。独立企業間幅の取扱いに関しては既に実務上考慮されてきたものであるが、通達上での明文化は今後の納税者の予測可能性に一層寄与するものと考えられる。

(2)平成22年7月OECD移転価格ガイドライン改定内容(利益分割法について)

イ 移転価格算定方法における優先順位の改定
改定以前は独立企業間取引との比較を「取引価格」や「粗利益」で行う伝統的な取引基準法として基本3法優先適用となっていたが、関連者間における無形資産の関与する取引に対する比較対象取引の把握の困難など、これまでの「取引価格」概念を用いた基本3法優先では適正な移転価格税制の執行が困難となるに至った結果、取引の結果である「利益」を考慮せざるを得ない各国の執行の現状を踏まえ、OECDとして検討の結果、今回の改定において追認したものと考えられる。
利益法に関しては既に取引単位営業利益法や利益分割法として旧ガイドライン内に「その他の方法」として記述されていたが、今回の改訂により基本3法と同列の適用順位の「取引単位利益法」として記述され、各独立企業間価格算定方法の短所長所、取引の性質に照らした方法の妥当性、選択された方法の適用に必要な信頼できる情報の入手可能性、非関連者間取引との類似性の程度を考慮して最も適切な方法を選択することとされた。

ロ 取引単位利益分割法
今回の改訂ではその他の方法であった利益法の1つとしての利益分割法という旧OECD移転価格ガイドラインでの記述から、取引単位利益法としての取引単位営業利益法と取引単位利益分割法という記述振りへ変更され、国外関連取引について、企業単位ではなく「取引単位」で独立企業間価格を算定するというOECDの姿勢が示されている。
新ガイドラインでは取引単位利益分割法について考慮すべき長所短所を示すとともに、適用のための指針、寄与度利益分割法や残余利益分割法についての様々なアプローチ、分割対象利益の決定、分割方法としての配分キー(分割ファクター)等について記述するほか、適用に関する設例を設け、取引単位利益法の位置付けを伝統的取引基準法(基本3法)と同列に引き上げている。

(3)利益分割法を適用した争訟事例の検討
移転価格課税は権限ある当局間の相互協議での解決を図るケースや納税者の予測可能性を確保する観点から事前確認制度の利用によって課税以前に解決を図るケースも多く、利益分割法を用いた課税訴訟等で司法判断が公開されたものはないため、不服審判所裁決事例、英国で情報公開されている事例を参考に利益分割法適用上の争点、判断を中心に整理、検討を行った。

イ T事案
在香港製造子会社と本邦親法人との間での部品供給、製品製造に係る無形資産供与及び製造した完成製品の購入取引について残余利益分割法を適用して課税した事例。
不服審判所裁決において利益に寄与する無形資産の形成への貢献が認められた研究開発費をいずれの国外関連取引当事者の利益分割要因とすべきかについて、原処分庁の主張が認められず、移転価格課税の大部分が減額されている。

ロ 海外利益分割法適用事案(英国DSG)
英国で唯一移転価格課税に関する司法判断が下された事例。電気製品を購入した顧客に販売された製品延長補修保険に係る再保険契約について、マン島に設立した自家再保険会社(キャプティブ)を利用した取引に対して、適切な差異の調整は不可能であるため、比較法の適用は困難であるとして残余利益分割法を適用して電気製品販売事業を行う法人に課税した課税庁の処分に対して、特別委員会は基本的に支持する決定を下した。

(4)利益分割法適用上の理論的検討

イ 一般的事項
利益分割法は分割対象利益を関連者の貢献価値に応じて配分するものであり、果たされた機能、引き受けたリスク、使用された資産、入手可能な信頼できる外部市場データに基づいて適切に選定された分割ファクターを用いて分割対象利益を関連者間で分割する。利益分割は一定の割合に基づいて行われるものではなく、フォーミュラ配分方式とは異なるものである。利益分割法は市場のデータなしに適用される場合がある。このことが比較法との関係で第4の手法として位置付けられてきたものであることを示している。また、比較対象取引を用いない利益分割法は外部市場データに依存した客観的な数値判断によるものではなく、分割対象利益の算定、寄与度を示す分割要因の選定等が課税庁側の自由裁量、恣意的との批判や、国外関連取引金額に比して少額な分割要因が多額の移転価格金額に影響することは不合理との批判から論争ともなりうるものである。こうした点で利益分割法は納税者と当局との間で協調的に進められる事前確認に適した方法であるともいわれている。しかしながら課税事案も含めて、十分な比較可能性を有する取引についての外部市場データが入手不可能である場合や比較法が信頼できる結果をもたらさない場合に利益分割法が最適な手法となりうることは移転価格税制の執行上、重要である。
多くの種類の関連者間取引に対して適用を考慮することが可能であること、国外関連取引当事者の全てについて分析・検討を行うこと、比較法とは異なりインカムクリエーションが発生しないことも利益分割法の利点として考えられる。
特に無形資産による貢献が関係する取引において利益分割法の適用が最も適切となるケースが考えられる。無形資産の貢献のある取引とは市場収益について情報入手が困難なケースとも定義でき、特に残余利益分割法は解決のための有効な手法の1つとなりうるものと考えられる。
また、国外関連取引を行う企業のいずれも無形資産による利益への貢献を行わない場合や関連者間に非常に密接な関係があり、統合されたものであるために適切な独立企業間取引が把握できないケース(金融法人によるグローバルトレーディング)においても最適な手法となり得るのが寄与度利益分割法と考えられる。

ロ 分割すべき利益

・ 範囲
利益分割法を適用するためには利益分割の対象とする取引範囲を特定する必要がある。米国規則では分割対象利益は最も狭義に特定可能な事業活動(関連事業活動)にすべきとされている。この点でどの範囲までが国外関連取引の連鎖に関係しているのか、詳細な事実関係の確認と分析の上で決定しなければならないが、明確な関連事業活動の定義はないため、活動セグメント上の情報公開に用いられた会計基準を参考とするなど、納税者側の事業認識にも配慮した柔軟なアプローチも必要と考える。

・ 利益段階
OECD移転価格ガイドラインでは一般に営業利益であるとし、時には粗利益を分割した後、各企業に帰属する費用を控除すべきとしている。グローバルトレーディング等への適用を考慮して粗利益段階での利益分割も可能としている。

ハ 分割要因
選定された利益分割法により選定されるべき分割要因は異なる。寄与度利益分割法、残余利益分割法の各算定方法の特性、適用対象取引に応じて分割対象となる利益への寄与を示し、最も適切な利益分割結果をもたらす分割要因を用いることが求められる。規範的な分割要因の設定は望ましくない。
また、1つ又は複数の分割要因により分割を行い、複数の分割要素の場合には相対的な貢献を決定するために必要に応じて分割要因の加重を考慮すべきケースも考えられる。分割要因の発生と利益への貢献との間のタイムラグ、分割要因が関連者間取引の結果データに基づかない内部データに依拠すべき点、実際の利益への貢献を示す数値として利用可能である点も重要である。
何よりも自由裁量による恣意的な分割要因であるとの批判を受けることのないような、そして独立企業間の合意において期待される結果の近似値となるような利益分割結果をもたらす適切な分割要因の選定が求められる。

3 結論

 現状、十分な比較可能性を確保した上で取引単位営業利益法等の比較法を適用して適切な独立企業間価格を算定しているケースもあるが、納税者がアクセス可能なデータには限界があるため十分な比較可能性が確保されていないケースも決して少なくないと思料される。
一方、国外関連取引の切出し計算、独立企業間価格算定計算の煩雑さ、国外関連者財務データ等の開示、分割要因等の独立企業間価格算定上の諸要素についての税務当局との見解相違等への懸念から、利益分割法の採用を躊躇するケースも十分に想定される。
しかしながら利益分割法は無形資産の関係する国外関連取引をはじめ、比較対象取引が見出し難い取引や機能の異なる国外関連者が一体となって利益を生み出す国外関連取引においても適用可能な独立企業間価格算定方法として有用であり、適用を検討すべきケースは相当程度存在しているものと考えられる。
移転価格問題は独立企業間価格との僅かの利益率の違いが多額の追徴課税となる可能性がある。また、課税訴訟ともなれば解決には更に長期間を費やすこととなり、課税対象年度以降の取扱いも含めて納税者、税務当局双方に非常に多くのコストを発生させる。事前確認制度や課税事案における納税の猶予制度も利用可能であるが、納税者側が適切な独立企業間価格を算定して申告を行うことが当局にとっても最も望ましいものと考えられる。
今後、最も適切と認められる場合の独立企業間価格算定方法として利益分割法が納税者にとってより適用しやすいものとなるような取扱いについても積極的な検討が行われることを期待して本稿のまとめとしたい。


目次

項目 ページ
第1章 平成23年度移転価格税制における独立企業間価格算定方法に関する改正 111
第1節 主な法令改正の内容 111
第2節 独立企業間価格算定方法の適用順位見直し 113
第3節 独立企業間価格幅(レンジ)の取扱いの明確化 120
第2章 2010年7月改訂OECD移転価格ガイドラインにおける独立企業間価格の算定方法(利益分割法を中心に) 124
第1節 2010年7月改訂経緯等について 124
1 2010年7月の大幅な改訂に至る経緯等 125
2 利益分割法に関する検討状況 126
第2節 2010年改訂内容(利益分割法に関するもの) 127
1 独立企業間価格算定方法 127
2 取引単位 127
3 長所短所 128
4 適用のための指針 129
5 寄与度分析、残余分析 129
6 分割すべき合算利益、配分キー 130
第3章 不服裁決等に見る利益分割法による独立企業間価格の算定方法をめぐる議論 131
第1節 東京国税不服審判所裁決事案(平成22年1月27日) 131
1 概要 131
2 争点 133
3 争点に関する審判所判断への考察 134
4 考察のまとめ 146
第2節 DSG事案(英国特別委員会 平成21年4月23日) 147
1 概要 147
2 まとめ【特別委員会判断の含意】 165
第4章 利益分割法の理論的検討 169
第1節 共通的事項 169
第2節 比較利益分割法 191
第3節 寄与度利益分割法 194
第4節 残余利益分割法 202
第5節 その他の利益分割方法(使用資本利益分割法) 208
第5章 利益分割法適用の課税要件 212
第1節 課税要件検討の意義 212
第2節 利益分割法の課税要件等の整理(設例を用いた検討) 212
1 共通事項 212
2 比較利益分割法 216
3 寄与度利益分割法 220
4 残余利益分割法 229
第3節 利益分割法の適用可能性等 235
1 一般 235
2 無形資産問題(OECD移転価格ガイドライン 第6章 無形資産における利益分割法への言及) 236
3 問屋(コミッショネア) 238
4 移転価格執行上の単純化に関するOECDの検討 241
5 単純利益分割法 243
結びに代えて 248

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。