上田 正勝
税務大学校
研究部教育官

要約

1 研究の目的(問題の所在)

個人が有利発行有価証券を取得した場合、一般的には所得税法施行令84条2項5号により、払込み等をした日における時価から払込み等をした金額を控除した金額を所得税法36条2項の経済的な利益の価額として課税することとなるところ、有利発行有価証券を取得した者(以下「新株主」とする。)が個人の場合は所得区分の検討が必要となる。
 その際、法律関係としては、新株主は発行法人から有利発行有価証券を取得するのであるから、発行法人から経済的な利益を得たものと解して、一般的には一時所得となると考えられる。
 しかしながら経済的実質を考慮すると、この経済的な利益は既存株主が被る希薄化損失が移転したものであると評価することができるところ、既存株主から新株主への利益の供与であるとして課税する方が経済的実態に即した課税になるとも考えられる。そして、そう考えた場合は、既存株主が法人の場合は一時所得、既存株主が個人の場合は所得税非課税の上で贈与税課税となると考えられる。
 実際、法人課税においては、最高裁第三小法廷平成18年1月24日判決(以下「最高裁平成18年判決」とする。)において、既存株主(法人)から新株主(法人)に対する寄附として、既存株主に対する寄附金課税を行う課税処分が確定している。
 また、同族会社において同族関係者の一部に有利発行が行われた際に、有利発行を受けなかった同族株主からその親族である新株主へのみなし贈与を認定した判決も存在している。
 そこで、有利発行有価証券の割り当てによって新株主となった個人の受贈益に関する課税関係について改めて理論的に整理するため研究を行うこととした。

2 研究の概要

(1)有利発行についての規定

イ 会社法における規定
 株式会社が新株発行を行った場合、既存株主は、持分比率の低下による議決権等の共益権の希薄化と、それが有利発行である場合は、1株あたりの会社財産の減少による自益権の価値低下という経済的損失も被ることとなる。
 このような既存株主の被る不利益について、既存株主保護が必要である一方で、既存株主保護を完璧にすると、会社が必要な資金を集めることができず、十分な事業活動が行えない可能性が生じ、それは既存株主の利益にもならないこととなる。
 したがって、法による既存株主の利益保護が「ある程度」ないし「合理的な程度」で必要だということになる。
 日本の会社法は、上記の理論的な理由を背景に、以下のような規整を採用している。
 非公開会社(全株式譲渡制限会社)については、既存株主は新株の割当てを受ける権利を有するのが原則であり、新株発行の際に株主総会の特別決議でこれを排除することができる。
 非公開会社で既存株主の割当てを受ける権利を排除した場合と公開会社の場合については、経済的損失の面につき、既存株主への持株割合に応じた割当て以外の方法による新株発行は「公正な払込金額」で行われなければならないが、有利発行も株主総会の特別決議を経れば行うことができる。その場合、株主総会で有利発行が必要とされる理由を説明しなくてはならない。

ロ 税法における規定
 所得税法施行令84条2項5号において、「発行法人から」「株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合における当該株式を取得する権利」「を与えられた場合(株主等として与えられた場合(当該発行法人の他の株主等に損害を及ぼすおそれがないと認められる場合に限る。)を除く。)」と規定されている(法人税法施行令119条1項4号にも同様の規定がある。)。
 ここで「有利な金額」の判定については、所得税基本通達23〜35共−7において「当該株式の価額と当該株式と引換えに払い込むべき額との差額が当該株式の価額のおおむね10%相当額以上であるかにより判定する」とされている(法人税基本通達2−3−7も同様の判定基準を示している。)。

(2)現行の課税の概要

イ 発行法人説と既存株主説
 有利発行有価証券に関しては、関係する当事者等に応じて、所得税法、法人税法及び相続税法によって課税が行われているところであるが、その利益が誰から与えられたものかという点について、二つの学説がある。
 「発行法人説」は、発行法人から新株主に対して利益が与えられたとする考え方である。
  新株発行の法形式は、「発行会社と新株引受人との関係(入社契約)」であることから、法形式に則った説である。
 「既存株主説」は、有利発行を行った法人の既存株主から新株主に対して利益が与えられたとする考え方である。既存株主の損害が新株主の利益となっているという実態に即した説である。

ロ 各税法における課税の概要

(イ)所得税法
 所得税法施行令84条2項5号において、払込み等の期日における価額(時価)から払い込むべき金額を控除した金額を、所得税法36条に規定する「経済的な利益の価額」として収入金額とすると規定している。
 またその所得区分については、所得税基本通達23〜35共−6(3)において、原則は一時所得であり、発行法人と新株主との関係によっては給与所得または退職所得となるとされている。
 ここから所得税法においては、新株主は発行法人から経済的利益を得ていると考えて所得区分を判定していると考えられることから、発行法人説に立っているといえる。

(ロ)法人税法
 法人税法施行令119条1項4号において、通常要する価額に比して有利な金額により取得をした場合には、その取得価額は、その取得の時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額(時価)とすると規定されている。
 法人税法においては取得価額の算定に関する定めがあるのみで、取得価額と実際の払込み金額との差額を益金に算入する旨の直接の規定はないが、当然益金となると考えられている。
 そして、この利益が誰から与えられたものかという点については、最高裁平成18年判決(オウブンシャホールディング事件)において、既存株主から新株主への利益移転であるとして、既存株主に寄附金課税を行うことを肯定したこと、また、東京高裁平成22年12月15日判決においては、「発行会社と新株主との間に経済的利益の移転がない場合であっても,有利発行により経済的利益を得ていれば,当該収益が益金を構成することになる。」と判示しており、「発行会社から得たのでなければ,他の株主から得たと考えるしかないので,株主間での経済的価値の移転を認識しているように読め」ることから、経済的利益は既存株主から得ているという既存株主説に立っていると思われる。

(ハ)相続税法
 相続税法9条の規定を受けて相続税法基本通達9−4は、同族会社において、同族会社の親族等に有利発行を行った場合、新株主となった親族等が同族会社の既存株主から贈与によって取得したものとして取り扱うと規定している。
 ここから相続税法においては、新株主は経済的利益を既存株主から得ていると捉える既存株主説に立っていることがわかる。

(3)会社法における既存株主の損害についての学説
 会社法においては、有利発行に際して既存株主が被る損害の性質という観点で学説(間接損害説と直接損害説)が展開されているところ、これを概観する。

イ 間接損害説
 違法な有利発行により会社は公正な払込金額と実際の払込金額の差額分だけ損害を被ると解する見解である。
 例えば、時価1株1,000円の会社が一万株発行する場合、1株1,000円で一万株発行すべきところ、実際には1株500円(有利発行)で一万株発行したとすると、その差額(1,000円−500円)×10,000株=5,000,000円だけ、会社に入るべき資金が減少するという損害(逸失利益)が生じており、株主の損害は、会社に損害が発生したことによる反射的な効果(いわゆる間接損害)であると理解される。

ロ 直接損害説
 有利発行により会社に損害は発生せず、株主の損害はもっぱら直接損害と見るべきであるとする見解である。
 イと同じ例であれば、そもそも会社は500万円(500円×10,000株)の資金需要が生じたから募集株式の発行をしたのであり、それ以上の資金は必要ないはずである。そうだとすれば、1株1,000円で五千株を発行すればよかったのであり、その場合、会社財産はいずれにせよ500万円しか増加しないのであるから、募集株式の有利発行によって会社に損害が生じたということはありえない。それ故、募集株式の有利発行による株主の損害は、会社に生じた損害の反射的効果ではなく、直接株主が受けた損害であるとされる。

ハ 取締役がなすべき行為からの検討
 実際の裁判例では、取締役の「なすべき行為」を特定し、その行為をしていれば会社財産の減少が避けられたのに、実際には任務懈怠をしたために会社財産が減少した場合、あるいは、その行為をしていれば会社財産は増加したはずなのに、実際には任務懈怠をしたために会社財産が増加しなかった場合に、当該の会社財産の減少分(積極的損害)、あるいは、増加するはずだったのに増加しなかった部分(消極的損害ないし逸失利益)が、任務懈怠と因果関係のある損害と認められることになる。
 そこで、違法な有利発行の場面で、取締役が「なすべき行為」として以下の3つが考えられる。

(a)実際に発行した株式数と同数の株式を公正な払込金額で発行する。

(b)実際に調達した資金と同額の資金を、一株の払込金額を公正にして、より少ない株式の発行により調達する。

(c)募集株式の発行そのものをしない。

 ここで、(a)は間接損害説、(b)は直接損害説の典型的な考え方であるが、(c)も極めて有望であり、その場合、会社に損害は発生しようがなく、既存株主の直接損害としかいえない。
 しかし、「現実の募集株式の発行事例、とりわけ第三者割当増資の事例を見ると、資金調達目的もさることながら、募集株式の引受人に一定の株式を取得させ、それにより業務提携を行うとか、あるいは当該第三者の支配下に入る(買収される)ことが重要な目的になっていると見られる場合があ」り、「これらの取引においては、三分の一あるいは二分の一といった持株を第三者に取得させる、という判断がまずあって、その株式をできるだけ高い値段で第三者に取得させる(既存株主のために、できるだけ高い買収価格を実現する)べく第三者と交渉することが、発行会社の取締役に期待されていることのように見える。そうだとすれば、仮にこのような第三者割当増資が特に有利な払込金額でなされた場合、取締役の「なすべき行為」は、…現実に発行した株式数と同数の株式をなるべく高い金額で発行すること((a)の行為)だと考える方が、しっくりくるように思われる」し、「現実の交渉過程では、出資比率も調達資金額も可変的であって、両方の条件についてすり合わせが行われた、と推測することが自然」であることもある。
 「現実の第三者割当増資の条件がこのような形で決まっていくものだとすると、違法な有利発行がなされた場合にも、取締役の「なすべき行為」は、発行株式数を不変としてそれを公正な払込金額で発行することだとも、調達資金額を不変としてそれをなるべく少ない株式数の発行で調達すべきだとも、一概には決めがたいのではないかと思われる。」
 さらに、「企業の経営に関する判断は不確実かつ流動的で複雑多様な諸要素を対象とした総合的判断であり、取締役はその判断において広い裁量権が認められるべきであ」り「同じ状況下において、ともに合理的で会社に忠実な二人の取締役が別々の判断を下す、ということは十分にありうることである」ことから、「取締役の「なすべき行為」が一義的に特定しないという状況は、必ずしも異常なことではなく、むしろ取締役の義務の性格上、当然に起きうることかもしれない」と指摘することができる。

ニ 小括
 現実の事例からは、「取締役の「なすべき行為」は、発行株式数を不変としてそれを公正な払込金額で発行することだとも、調達資金額を不変としてそれをなるべく少ない株式数の発行で調達すべきだとも、一概には決めがたいのではないかと思われ」「現実の増資決定はもっと複雑かつフレキシブルであって、法律家による安易な二者択一を許さないのではないか」と考えられる。
 結局、「違法な有利発行においては、株主の損害は間接損害であるとも、また直接損害であるとも容易に決しがたい」と考えられるが、既存株主に損害が生じていることは確かであるところ、「株主は、代表訴訟で責任追及することも、また会社法四二九条一項により直接請求をすることも、認められると解すべき」との考えが適切であろう。
 そうすると、株主の権利が自益権と共益権を同時に包摂するものであること、さらに取締役の義務の性格からも、既存株主の損害の性質については、各事例の事実関係によってどちらとも成立しうるどころか、同一案件においても一義的に特定できないという状況は、必ずしも異常なことではなく、当然に起こりうることであると考えられる。

(4)課税のあり方についての検討

イ 発行法人説と既存株主説についての検討

(イ)会社法における学説からの検討
 会社法分野における間接損害説及び直接損害説、そして、税法分野における発行法人説及び既存株主説のいずれも、有利発行が行われれば、新株主が経済的な利益を得て、既存株主が損害を被っていることについては共通であるといえる。そして、会社法における論争の論点の一つである、その利益と損害が発行会社を経由するのか株主間で直接移転しているのかという差異に着目すると、会社法における間接損害説と税法における発行法人説、会社法における直接損害説と税法における既存株主説にそれぞれ親和性があると思われる。
 他方、会社法における間接損害説と直接損害説は各事例の事実関係によってどちらとも成立しうるどころか、同一案件においても一義的に特定できないという状況は、当然に起こりうるということが分かったことから、税法理論においても、発行法人説と既存株主説を二者択一のものとして捉えるのではない柔軟な解釈が可能、もしくは必要ではないかと考える。

(ロ)発行法人説の問題点
 発行法人説において問題となる点は、会社法において間接損害説が批判される点である、「会社に損害は生じているのか」という論点と同様に、新株主に生じる受贈益相当額の費用が発行法人に生じないことと思われる。
 新株主については、包括的所得概念に基づき、時価よりも安価に新株を取得した段階でその差額が課税所得となること自体に理論的な問題はなく、所得税法も法人税法も無償による資産の譲受け等(低額による譲受けを含む。以下「無償譲受け等」とする。)によって得られた経済的利益について時価で課税することを原則としている。
 他方、発行法人側においては資本等取引であり、受贈益に対応する費用が生じない。つまり、発行法人からは経済的利益が移転されていないようにみえる。それにも関わらず、新株主が発行法人から経済的利益を得たとする発行法人説は成立するのであろうか。
 ここで、この問題とは別に、損益取引によって贈与等が行われ、無償譲受け等として受贈益課税が行われた場合を考えてみる。
  贈与者が個人であれば、資産によってはそもそも家事費として正確な費用が計算されないという取り扱いとなるなど、贈与者における費用の額が受贈益(時価)と一致するか否かという検討には不向きであるので、贈与者が法人である場合で考えることとする。
 贈与者が法人であれば、法人税法22条2項が無償による資産の譲渡等も益金を構成すると規定しているため、贈与側の法人の費用の額と受贈者の受贈益の額が時価で一致することになる。
 しかし、この規定については、「収益とは、外部からの経済的価値の流入であり、無償取引の場合には経済的価値の流入がそもそも存在しないことにかんがみると、この規定は、正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持し、同時に法人間の競争中立性を確保するために、無償取引からも収益が生ずることを擬制した創設的規定であると解すべきであろう(適正所得算出説)」と考えられていることから、この創設的規定がなかったと仮定するならば、贈与側は贈与した資産の簿価相当額が費用化されると考えられ、それは時価となるべき受贈益とは一致しないこともありうる。
 このように、無償譲受け等に対する時価による受贈益課税が行われる際には、受贈者の受贈益と贈与者の費用が、通常の資産の贈与のような損益取引であったとしても本質的には常には一致するわけではないことが分かる。
 有利発行有価証券の場合は、発行法人側においては、受贈益に対応する費用が生じないことによる不一致があるが、前述のように、損益取引においても創設的規定がなければ、受贈益に対応する費用が受贈益の金額と一致しない場合もあり、少なくとも受贈者の受贈益課税に関しては、このような不一致の存在を理由に、発行法人説が成立しないとはいえないものと考える。
 そうであれば、法的関係を重視して、契約関係がある発行法人から(発行法人には費用が生じてないとしても)受贈益を得たと構成する発行法人説に基づいた課税を行い、所得区分等の解釈を行うことも十分可能であると考える。

(ハ)既存株主説の問題点
 既存株主説において問題となる点は、新株発行に際して、新株主と既存株主の間に、私法上は法律関係が生じないことである。 課税関係を考慮する際に、有利発行が行われた場合の法形式を考慮する必要があるが、私法関係としては、新株主は本来、発行会社としか関係をもたないはずである。どのような論理構成をもって、既存株主と新株主との間での利益移転に対する課税が可能となるのであろうか。
 最高裁平成18年判決について、以下のように、法形式としては新株の発行主体が発行法人であったとしても、既存株主と新株主との間の資産価値の移転という事実上の合意の存在という「法的実質」を捉えたものであって、「私法の法律構成の否認」による課税ではないとの理論が提示されている。
 「最高裁判決は「取引」の内容として当事者の「合意」を要すると解している。ただし,この「合意」は,第三者有利発行により「資産価値」の移転という「事実上の合意」である。なぜなら,一般的な法律行為であれば合意により直ちに合意の内容の発生=法律効果が生ずるはずであるが,新株の発行の効果はその引受人が払込みを行わない限りその効力は生じないからである。」
 「旧株主と新株引受人とは,その事前の合意に際して有利な払込金額による新株の発行がDL (既存株式の希釈化)を惹起することは十分に予知したうえで合意に達しているのである(有利発行が合意の成立する条件になっている)。かつ,この合意の内容に従って旧株主は,株主総会において議決権を行使し決議を成立させ(単独株主である旧株主),これにより,会社にその合意の内容に従って新株を発行させるのである。
 他方,会社は,株主総会決議に基づいて会社法が定める新株の発行手続を履行し,新株が成立する(法形式)。新株の発行主体はその会社であり,またその発行手続を行うのもその会社の取締役である(法形式)からといって,旧株主と新株引受人との合意,およびその内容(法的実質)が変わるものではないといえる。
 つまり,旧株主と新株引受人との間の合意,およびその内容に従って新株の発行が行われるのであって,その発行主体が,法形式上,その会社であっても,その新株の発行は,その発行時点で合意の内容が実現し,旧株式の資産価値が減少する。
 したがって,第三者有利発行に伴うDLによる旧株式の資産価値の減少に関し限定的であるが同法22条2項の規定が適用される,と考える。」
 さらに私法の観点からの検討を行うと、我妻・有泉コンメンタール民法によると「契約は、相対立する二つの意思表示の合致によって成立する」とされており、最高裁平成18年判決における「上告人において意図し,かつ,B社において了解した」という認定がまさにこれにあたるといえよう。
 また、交渉の開始から契約の成立に至るまでに、かなりの時間の経過と交渉の曲折を要する場合における契約の成立と法的効果について、以下のように記述されている。
 「通常の場合を想定すると、(a)AとBが契約締結に目標をおいて接触を開始する段階、(b)契約の内容や諸条件をめぐっての交渉を行う段階、(c)両者がほぼ契約締結の意思を固めて、相互に契約締結のための準備…を行う段階、(d)両者が…契約を締結する段階、などの各段階を踏んで、契約が成立するに至るということが考えられる。
 この場合に、当事者A・Bが意図した本来の契約が成立するのは…(d)の段階(時点)においてである。しかし、それ以前の段階(契約締結前段階)において、両者の間になんらの法的効果、すなわち相互の権利・義務も生じないと考えるのは適切ではない。とりわけ、(c)の段階(契約準備段階)に入れば、両者は相互に一定の拘束を受けることになり、…A・B間に一定の合意形成があり、いわば契約準備契約ともいうべき契約…が成立していたと構成することも考えられるであろう。」
 ここで、(c)の契約準備契約の存在とその法的効果を認めるとしても、新株の有利発行においては、(d)の契約の当事者が発行法人と新株主であるのに対して、(c)の契約準備契約の当事者が既存株主(もしくは既存株主の支配下で既存株主の代理人として行動する取締役)と新株主であるという点が上記の例と異なることとなる。
 また、契約準備契約の当事者を、本来の契約の当事者である発行法人の意思決定を行う機関としての取締役が実行したものと捉えて、契約準備契約の当事者も本契約と同じく、発行法人と新株主であると考えることもできる。むしろ、特定の既存株主が発行法人を支配できていない場合、交渉を行った取締役は発行法人の意思決定を行っているのであって、契約準備契約の当事者は発行法人と新株主であろう。しかし、本件のように、「上告人は,A社の唯一の株主であったというのであるから,第三者割当により同社の新株の発行を行うかどうか,だれに対してどのような条件で新株発行を行うかを自由に決定することができる立場にあったという事実関係の下では、発行法人の唯一の株主であった既存株主は、契約準備契約の当事者になることができないとはいえないであろう。
 つまり、唯一の株主として自らの意図したとおりに発行法人に本契約を締結させることが可能であるという事実関係の下では、本契約の契約当事者とは異なる既存株主が契約準備契約の当事者となりうることも認められるべきではないかと思われる。
 このような理解に基づいて、本件の判決を解釈すると、既存株主の意図とそれを了解した新株主との意思の合致によって契約準備契約が成立し、それに基づいて、発行法人と新株主との間で新株発行の本契約が成立したと考えることが、私法理論としても十分成り立つと思われる。
 以上の検討からすると、新株主と既存株主の間にも、それを法的実質と呼ぶか、契約準備契約と呼ぶかはともかく、合意に基づく私法上の法律関係が生じる場合があることから、法律関係がないとの理由で既存株主説を排斥することはできないと考える。

(ニ)小括
 これまでの検討で、発行法人説と既存株主説のどちらかが理論的に成立しないとするのは適当ではなく、会社法における学説と同様に、税法理論においても、発行法人説と既存株主説を二者択一のものとして捉えるのではない柔軟な解釈が必要であると考える。
 どちらが適用されるべきか認定する際は、既存株主の持株比率による発行法人に対する支配の程度、既存株主と新株主との関係、経済的価値の移転以外の事業目的がどの程度あるのか、といった要素を総合勘案する必要があると思われるが、まずは、既存株主の持株比率による発行法人に対する支配の程度が、発行法人説と既存株主説の適用関係に大きな影響を与えることになると思われる。

ロ 既存株主の持株比率の影響

(イ)持株比率と法人の支配
 持株比率によって会社に対する支配力が質的に変容するレベルを考えると、大きく分けて、1一人会社や同族関係者だけが株主の同族法人、1支配株主は存在するが他の少数株主も存在する法人、1支配株主が存在しない法人に分類することができると考える。

(ロ)持株比率の違いによる課税関係の検討
1のような法人であれば、どの既存株主も発行条件まで含めた新株発行手続を発行法人に対して履行させることはできないのであるから、既存株主と新株主との間の合意といった法的実質(契約準備契約)があるとは思われないため、既存株主説によるよりも、発行法人説に立った課税が適切と考えられる。
 他方、1のような法人であれば、新株発行以前に既存株主が新株引受人(新株主)との間で、どのような条件で増資を行うのかなどの「合意」に達している場合が多いと考えられる。そのような場合は、その合意を内容とする法的実質(契約準備契約)による法律関係が既存株主と新株主の間に存在していると認定しうるため、既存株主説の適用の可能性を検討すべきである。
 そうすると、残るは1のような、支配株主と少数株主が同時に存在する法人の場合の考え方である。
 既存株主説を適用した課税を行うのは一人株主の場合のみとすべきという考え方もあるが、本稿においては、発行法人説と既存株主説を二者択一のものとして捉えるのではない柔軟な解釈が必要であると考えているところ、事実認定に基づく適用の幅があると考える。
 つまり、既存株主説は、法的実質(契約準備契約)の内容につき、既存株主と新株主が合意しているかが重要な要素であるため、既存株主のうちの支配株主がこの合意の当事者になっていたとしても、その他の少数株主はその合意の当事者になっていない可能性が高く、その場合、各関係者間に存在する法的実質を含む私法関係を個別に事実認定していくことにより、支配株主である既存株主と新株主の間では既存株主説が、少数株主である既存株主と新株主の関係においては発行法人説が適用されうると考える。
 この考え方においては、どの程度の持ち株比率で1と同様の支配株主とすべきか、1と同様の少数株主とすべきかという基準の問題が残されることとなる。
 考えられる持ち株比率を例示すれば、一人会社(100%)、株主総会の特別決議を自力で成立させることができる三分の二超、取締役を自在に選任可能な過半数、株主総会の特別決議を自力で否決できる三分の一超、金融商品取引法における大量保有報告制度の基準である10%(特例報告)及び5%(一般報告)などが考えられる。
 本研究で取り上げている有利発行に関しては、三分の二超であれば特別決議を自力で成立させることが可能なので、1の一人株主と同様の支配株主として事実関係を調査すべきであろう。また、過半数であっても、支配株主としての既存株主と新株主が合意したと認定可能かどうか、取締役会に対する支配の程度などより細かく事実関係を精査すべきであろう。さらに三分の一超の場合も、株主総会の特別決議に際して賛成した理由について事実関係を精査する必要があろう。
 逆に5%未満の株主は1でいう少数株主と同様であると考えて差し支えないであろう。
 このように、既存株主の持株比率を主なメルクマールとして、支配株主が関与している際には、その支配の程度を踏まえつつ、既存株主と新株主との関係、経済的価値の移転以外の事業目的がどの程度あるのか、といった要素も総合勘案したうえで、支配株主と新株主との合意の有無についての事実認定を行い、それに基づいて既存株主説の適用の可能性を検討し、逆に支配力のない少数株主に対しては、発行法人説による課税の適用を検討することが適切であると考える。

3 結論

新株主に生じる受贈益相当額の経費が発行法人に生じないことについては、無償譲受け等によって時価による受贈益課税が行われる場合、受贈者の受贈益と贈与者の費用は必ずしも一致するとは限らず、少なくとも受贈者に対する受贈益課税に関しては、このような不一致の存在を理由に発行法人説が成立しないとはいえないと考えた。そのため、発行法人に費用が生じていないとしても、法的な契約関係を重視した発行法人説に基づいた課税を行うことも可能であると考える。
 他方、既存株主の持株比率によっては、自らの意図したとおりに発行法人に新株発行契約を締結させることができるような支配株主が存在する場合があり、そのような支配株主が本契約に先立って新株主と発行条件等に関して合意に達しているのであれば、その合意は法的実質または契約準備契約と考えられることから、既存株主と新株主との間に法律関係がないとの理由で既存株主説を排斥することはできないと考える。
 つまり、支配株主と新株主との合意の有無について、既存株主の持株比率を主なメルクマールとして、支配株主が関与している際には、その支配の程度を踏まえつつ、既存株主と新株主との関係、経済的価値の移転以外の事業目的がどの程度あるのか、といった要素を総合勘案したうえで、支配株主と新株主との合意の有無についての事実認定を行い、それに基づいて既存株主説の適用の可能性を検討し、逆に支配力のない少数株主に対しては、発行法人説による課税の適用を検討することが適切であると考える。
 これを個人が新株主になる場合に当てはめると、同族株主間で利益の移転がある場合は贈与税課税となり、それ以外の場合は、発行法人から得た利益として一時所得(従業員等であれば給与所得または退職所得)となるのが一般的であろう。


目次

項目 ページ
はじめに383
第1章 有利発行についての規定385
第1節 会社法における規定385
1 会社法による株式発行に対する規整の必要性385
2 有利発行389
3 特に有利な払込金額389
第2節 税法における規定389
1 所得税法における規定390
2 法人税法における規定390
3 有利発行とならない場合390
第2章 現行の課税の概要393
第1節 発行法人説と既存株主説393
1 発行法人説393
2 既存株主説393
第2節 各税法における課税の概要394
1 所得税法394
2 法人税法394
3 相続税法395
第3章 会社法における既存株主の損害についての学説396
第1節 取締役の第三者に対する責任396
1 悪意・重過失による任務懈怠の責任396
2 間接損害と直接損害397
第2節 間接損害説と直接損害説397
1 間接損害説397
2 直接損害説398
3 間接損害説と直接損害説の具体的な差異398
4 判例の状況400
5 取締役がなすべき行為からの検討402
6 小括407
第4章 課税のあり方についての検討409
第1節 発行法人説と既存株主説についての検討409
1 会社法における学説からの検討409
2 発行法人説の問題点410
3 既存株主説の問題点413
4 小括419
第2節 既存株主の持株比率の影響420
1 持株比率と法人の支配420
2 持株比率の違いによる課税関係の検討420
おわりに423