上田 正勝
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

酒類については、酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律(以下「酒類業組合法」とする。)により酒税保全の観点から酒類の品目等について表示することが義務付けられるほか、酒類の製法、品質その他の事項について表示基準(国税庁長官告示)を定めることができるとされている。
 一方、平成27年4月から施行された食品表示法は食品の安全性等の観点から食品の表示に関する包括的かつ一元的なものとして導入され、酒類についても食品表示法が適用されている。
 これを受けて国税庁は、現行の食品表示法の取扱いを適用する際の指針として、平成27年4月に「酒類の表示の暫定取扱いについて(指示)」を、平成28年3月に「食品表示法における酒類の表示のQ&A」を策定し、国税庁HPなどで公表しているところである。
 この食品表示法は食品表示法附則第19条によって、3年後に見直しが予定されているところ、酒類に係る表示制度の改正の必要性等について酒類の表示の実情等を踏まえた検討を行うこととした。

2 研究の概要

(1)食品表示法の概要

イ 食品表示に関する規定の統合
 食品表示法は、食品一般を対象として、その内容に関する情報を提供させている法律である食品衛生法、JAS法及び健康増進法の表示に関する規定を統合して食品の表示に関する包括的かつ一元的な制度を創設したものであり、各法で異なる用語、用語の定義、表示のルール等の統一、整理等が行われた。

ロ 食品表示法の目的
 食品表示法は上記イの3法を統合して、以下の二点を目的としている。
1食品を摂取する際の安全性の確保
2自主的かつ合理的な食品の選択の機会の確保
 ここで、これらの2点の目的であるが、1の安全性の確保は全ての消費者に関係するものであるのに対して、2の選択の機会の確保は消費者の嗜好に応じて同一の表示であっても評価が異なることとなる。そのため、1安全性の確保は2選択の機会の確保に比べ、より優先度の高い項目となる。

ハ 義務表示事項の範囲についての基本的な考え方
 食品表示法以前の3法において表示が義務付けられていない事項について新たに表示や情報提供を義務付けたり、制度の適用範囲を容器包装以外にも拡大しようとする場合には、それが「より多くの消費者が重要と考える情報」かどうか、他方、それを義務付けることによってかえって見やすさが低下したり、コスト上昇を引き起こすおそれがあることなどから、改正する場合には、優先順位を考慮した検討を行う必要がある。
 さらには、規模の大小を問わず全ての事業者が実行可能であるか、また、表示内容の正しさが事後的に検証可能かといった点での検討も必要であり、このような社会的コストなども総合的に勘案した上で、消費者にとってのメリットとデメリットをバランスさせていく必要がある。
 また、食品表示については国際的な規格であるコーデックス委員会の定める一般規格等の国際的な基準との整合性も確保する必要がある。

ニ 食品表示法における「食品」の範囲
 「食品」とは、全ての飲食物(医薬品等を除き、添加物を含む。)をいう。
 「酒類」はここで除外されておらず、食品表示法における食品に含まれることとなる。

ホ 食品表示基準
 食品表示法を受けて内閣府令で以下の事項に関する食品表示基準が定められている。
1名称、2アレルゲン、3保存の方法、4消費期限(又は賞味期限)、5原材料、6添加物、7栄養成分の量及び熱量、8原産地(原産国名、原料原産地名)、9その他(内容量、食品関連事業者の名称及び住所、製造所又は加工所の所在地等)

(2)酒類における表示の概要

酒類業組合法の目的は、酒税の確保及び酒類の取引の安定を図ることにあり、同法において表示事項が規定されている。具体的には1製造者の氏名又は名称、2製造場の所在地、3容器の容量、4当該酒類の品目、5アルコール分、6酒税の適用区分等を表示させることとしているほか、酒類の取引の円滑な運行及び消費者利益に資するため、国税庁長官が表示基準を定めることができることとされている。
 このように、食品表示法と酒類業組合法の目的が異なっていることから、それぞれの法律で必要な表示事項も異なっている。
 そのような表示事項のうち一部に重複があったとしても、それぞれの法律の目的のために必要な事項であり、また、それぞれ排他性を有するものではないため、重複している項目についてもどちらかの法律の表示事項から削除するという整理は適当ではないとされ、その結果、酒類業組合法独自の表示事項は食品表示法の記載事項に加えて記載されている。
 他方、アルコール飲料であることの特性から食品表示基準において、酒類に関して適用除外となっている項目も存在する。

(3)食品表示基準において酒類が適用除外等されている項目

食品表示基準において、酒類は次のような項目が適用除外等されている。もちろん事業者が任意に表示することは望ましいとされている(ハの項目を除く)。ただし、任意であっても表示する際の表示方法は食品表示基準で定められた方式に従って表示されなくてはならない。

イ 表示を省略することができるもの
1保存の方法、2消費期限又は賞味期限、3栄養成分の量及び熱量

ロ 表示を要しないもの
1原材料名、2アレルゲン、3原産国名

ハ 制度に該当しないもの
1特定保健用食品、2機能性表示食品、3乳児用規格適用食品

ニ 限定列挙された食品のみ義務付けられているもので酒類が含まれないもの
1原料原産地名

(4)見直し時に適用除外等されている項目が見直される可能性

3年後の食品表示法の見直し時に酒類の表示に対して生じうる影響として最初に検討すべき点は(3)の適用除外が適当かどうかであろう。
 そこで、これらの項目が適用除外となっている理由を検討したところ、アルコールの性質に関する科学的知見や酒税法の規定等、食品表示法に基づく表示義務の適用が除外されているのには十分な理由があることが分かった。(詳細は本文を参照。)
 もちろん、科学的知見に基づくものは、例えば今後、新たな科学的発見(醸造、蒸留を経ても健康被害を引き起こすに十分な量のアレルゲンが酒類中に存在することが判明するなど)によって表示の義務付けが必要ということになった場合であれば、当然表示義務が課されるべきものである。しかし、そのようなことがなければ、アルコール飲料であることの特性から適用除外となっている(3)の各項目については、十分な理由があり、また、(1)ホでみた通り、食品表示法以前の3法において表示が義務付けられていない事項に義務を拡大することについてはメリットとデメリットの比較が必要であるとの食品表示全体としての方針、さらには、酒類行政については規制緩和も不断に考慮する必要がある中、酒類に関してのみ、現在義務付けられていない義務を事業者に新たに課すという方向での見直しが緊急に必要であるとは思われない。
 しかし、食品表示に関する法体系が全体としてより大きな義務を事業者に課す方向に改正されるのであれば、酒類の表示へ適用することの適否を個別に検討する必要はあるものの、その改正の方針を受け入れることとなろう。
 さらに、酒類の製造、販売の状況の変化に応じた見直しは今後とも必要であるし、既に国税庁告示、公正競争規約、業界自主基準等によって事実上実施されている項目については、これを順次整理統合する必要性が生じてくることも考えられる。そのような項目について、食品表示基準へ取り込み、一元化することの是非について検討する。

(5)国税庁告示における表示義務の性質

酒類業組合法に基づく表示義務は、酒類業組合法第86条の5と第86条の6によって定められている。ここで、第86条の5の規定は、酒税の保全を主目的とした表示義務として定められており、食品表示法とは目的が異なることから、食品表示基準と重複があろうとなかろうと、将来的にも一元化をするべきではない。
 一方で、第86条の6の規定は、「酒類の取引の円滑な運行」に加えて「消費者の利益に資するため」という目的を有しており、この点については、食品表示法第1条における「一般消費者の利益の増進」という目的と重なり合っている部分があるといえる。
 一方で、酒類業組合法に基づかない公正競争規約や業界自主基準によって規定されている場合は、それを定めた業界団体に全ての事業者が加入しているとは限らないことや、違反の際の罰則がないということを考慮すれば、食品の表示に関する包括的かつ一元的な基準を定めることを目的としている食品表示法制の趣旨からすれば、優先度が高いとはいえないにしても、全く問題がないと直ちに断定することもできないといえよう。
 そのような観点から現在適用除外となっている項目を再検討すれば、原材料名、原産国及び原料原産地名については、将来的な取り扱いにつき検討する必要もあると思われる。

イ 原材料名
 原材料名は、酒税法によってそもそも原料が限定されていることもあって適用除外となっていると考えられるが、酒類の種類によっては、原材料によって商品価値に影響があるとも考えられており、種類によって根拠は異なるものの、原材料名の表示が行われている。
 こうして実際はほぼ全ての酒類において原材料は表示されていることから、これについてなんらかの方法で統合していくということの優先度は必ずしも高くないと考えるが、将来的な課題としては考慮する必要もあると思われる。その際は、その網羅性という点からすると、国税庁告示で全ての酒類について原材料名表示を義務付けるか、食品表示基準に規定するかであろう。

ロ 原産国
 原産国は、既に自主基準によって記載されていることから適用除外となっていると考えられるが、これも、優先度は高くないものの、将来的な課題としては考慮する必要もあると思われる。
 原産国の情報は、消費者のし好及び酒類の種類に応じて、その価値が変動すると考えられる。また、原産国の判定についても酒類の特性を考慮した基準が必要となる場合がある。さらには、清酒や単式蒸留しょうちゅう、最近は果実酒といったような国産酒類のブランド価値を高めていくという酒類行政の方針もある。

ハ 原料原産地名
 原料原産地名の表示義務の拡大については加工食品全体の問題として消費者からの要望が大きい項目であるところ、酒類をターゲットとしてという訳ではなく全ての加工食品について原料原産地名の表示義務が課される方向で食品表示法が改正される可能性も十分ありうる。
 その際には原則として拡大した表示義務を受け入れることとなるであろう。

ニ 国税庁の知見の活用
 上記イ、ロ、ハにおいて、将来的には原材料名、原産国及び原料原産地名を包括的に義務付ける規定を設けることを考慮する必要もあると考えた。
 一方、酒類の特性として、酒類の品質は原材料名と同時にその製法等も大きな影響を与えるため、現在、清酒と果実酒については、製法等も含めて国税庁告示で規定していることを考慮すべきである。
 これらを総合して考えると、原材料名、原産国及び原料原産地名の情報はそれ単独ではなく、製法、生産地、原料原産地、原料の品種等を一体として規定することが酒類の品質をより的確に表現し、消費者のニーズに適合した表示となると考える。そして、そのような酒類の特性を踏まえた基準を作成し執行することは、酒類に関する専門的な知見を有する国税庁によることがより適切であり、原材料名、原産国及び原料原産地名の表示についても、将来的には国税庁告示として他の項目とともに包括的に規定する方向性で検討を行うことが適当であると考える。
 ただし、このことは食品表示法において全ての加工食品に対して一元的に表示義務を課すという方向性の改正が行われることを否定するものではない。
 また、既述の通り、今般の食品表示法の導入に際しては、新たに義務を課すことについては慎重にすべきであるという方針で行われてきたところ、酒類業組合法と食品表示法では、罰則適用に差があるため、規定の仕方によっては、違反等した場合にこれまでより重い罰則が適用されることになる可能性も考慮する必要がある。そして罰則規定について比較したところ、違反時の公表のタイミング、刑事罰の重さなど食品表示法の方が厳しいものとなっており、新たな義務付けという観点からすると食品表示法は現状よりもかなり拡大するといえる。逆に国税庁告示であれば、原材料名の表示を重要基準とするかどうかによって、酒類の種類に応じて原材料名等が品質に与える影響に対応した重さの措置で担保する義務付けを行うことができるということもメリットとして考えられる。

(6)酒類の製造、販売の状況の変化に応じて見直す必要があると思われる項目

アレルゲン表示については、(4)において、醸造、蒸留を経ても健康被害を引き起こすに十分な量のアレルゲンが酒類中に存在することが判明するなどの科学的知見が得られなければ見直す必要がないと論じたところではあるが、昨今、蒸留酒に果汁、糖類、甘味料等を混和して製造される低アルコール飲料が人気であり、そのような商品が多く開発されている。
 ここで、醸造、蒸留を経た後においては健康被害を引き起こすに十分な量のアレルゲンが酒類中に存在するとは考えられていないとしても、これらの低アルコール商品においては、醸造、蒸留等を経ていない原材料が混和されていることからすれば、そのような原材料については、アレルゲン表示を義務付ける必要があるのではないかと考えられる。さらに、今後とも活発に行われるであろう商品開発がどのようになるかは予測がつかないこと、EUやオーストラリアなど表示義務を課している国もあることからすると、酒類であるからといって、一律にアレルゲン表示を適用除外とするということについては、再検討を行う必要があるものと思われる。

(7)食品表示法制定時に合意されずに見送られた項目

3年後の食品表示法の見直しにおいては、前述の酒類の特性といった観点とは関係なく、現在の食品表示法制定の際に、結論が見送られた項目や実際の運用によって欠点が見えてきた項目についても、議論が行われることが予想される。
 食品表示法制定時に合意されずに見送られた項目には、原料原産国名の表示義務の拡大、原材料割合表示の義務付け、表示免除となっている添加物の表示義務拡大、添加物の物質名表示の必要性、中食・外食における表示(特にアレルゲン)、インターネット販売における表示(画面上で義務付けるべき表示の程度)等がある。もちろん食品表示法制全体として表示義務をこれらの項目へも拡大するということとなれば、酒類に関して考慮すべき点を申し入れる必要はあるものの、表示義務拡大の方向性そのものに対して反対するべき性質のものではないであろう。
 なかでも、インターネット販売における表示に関する議論は、既に消費者庁において始まっているところ、これに何らかの結論(既に義務付けられている食品表示の各項目をどのようにホームページ上でも表示するのかという点等)が出た場合は酒類のインターネット販売にも影響があるものと考えられる。
 現在は、酒類のインターネット販売については、「未成年の飲酒防止に関する表示基準」において、未成年飲酒防止の観点からの規制が行われており、これは食品表示法としての規制と関係なく酒類の特性として必要な規制であるので告示から削除するべきではない。そのため、インターネット販売に関して、食品表示法に基づく新たな基準によって記載すべき内容が既に容器包装に記載している内容と同じであれば、内容として反対すべき理由はないと思われるが、国税庁としては、酒類のインターネット販売について、記載すべき内容が現行の容器包装における記載内容から拡大しないか、酒類の特性に適合しない基準が策定されないかといった点にも考慮しつつ、消費者庁における議論の推移を注視していく必要があるものと考える。

3 結論

現状においては、酒類に関する表示は概ね適当であり、国税庁においては高い優先度で見直す必要はないと考える。
 しかし、消費者庁においては、既にインターネット販売における表示についての検討は開始されており、その結論はインターネットによって酒類を販売する際に影響を与えることになるため、国税庁としても議論を注視していく必要があると考える。
 他にも、食品表示法制全体として表示義務を他の項目へも拡大するということとなれば、酒類に関して考慮すべき点を申し入れる必要はあるものの、表示義務拡大の方向性そのものに対して反対するべき性質のものではないと思われる。
 また、酒類について適用除外されている項目の内、原材料名、原産国、アレルゲン表示及び原料原産地名は、緊急性は低いとしても、酒類の品質をより的確に消費者に伝えるためにも、将来的に国税庁の持つ知見を活かした国税庁告示として包括的に規定する方向での検討を始めることが適当であると考える。


目次

項目 ページ
はじめに356
第1章 食品表示法の概要357
1 食品表示に関する規定の統合357
2 食品表示法の規定の概要362
第2章 酒類業組合法367
1 酒類業組合法の目的367
2 酒類業組合法の規定する表示事項367
第3章 酒類における表示と食品表示法の関係370
1 法の目的の相違と表示事項370
2 食品表示基準において酒類が適用除外等されている項目370
3 食品表示法上の表示義務が酒類について適用除外等されている理由371
第4章 酒類の表示の見直しの必要性374
1 見直し時に適用除外等されている項目が見直される可能性374
2 酒類を取り巻く状況の変化に応じた見直しの必要性375
3 見直しを行う際に考慮すべき点381
4 食品表示法制定時に合意されずに見送られた項目が見直される可能性384
結論387

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