坂井 一雄
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

与党の平成27年度税制改正大綱において、「小規模企業等に係る税制のあり方については、個人事業主、同族会社、給与所得者の課税のバランス等にも配慮しつつ、個人と法人成り企業に対する課税のバランスを図るための外国の制度も参考に、所得税・法人税を通じて総合的に検討する」(第三検討事項の5)との記述があるが、その問題意識は、1同族会社としての中小企業、特に法人成りの企業は個人事業主と同一の実態にあり、2課税の公平の観点からすれば、個人事業主における税負担と同じであるべきではないか、という点にあるものと思われる。
 法人オーナーと個人事業者との課税のバランス問題は、いうまでもなく法人と個人の課税制度が違うことに由来するが、法人の所得といっても、小規模な法人においては事実上それが法人オーナーの所得であって、納税者は、個人の税負担がより少ない事業形態を選択しようとすることにより発生する問題であるといえる。
 本研究は、個人事業者と同様な小規模な法人については、個人事業者との課税の均衡を図るべきではないのかという問題意識に対して、課税方式の一つであるパス・スルー方式を中心に、その可能性を検討するものである。

2 研究の概要

(1)法人についての課税制度

イ 法人課税の概要
 平成24年の法人の状況は、全法人の99.1%が資本金1億円以下の中小法人に分類される。また、同族会社は法人全体の96.3%であり(特定同族会社を含む。)、中小法人に分類された法人のうち96.5%が同族会社であって、大多数の会社が親族関係者等により支配されている閉鎖的な会社となっている。
 平成26年度の税制調査会法人課税DGでは、中小企業に係る議論の一つとして、個人事業と変わりがない小規模法人と個人事業との課税の不均衡が取り上げられ、「個人・法人間の税制の違いによって法人形態を選択する『法人成り』の問題は、その歪みを是正する必要がある。『法人成り』の実態を踏まえ、給与所得控除など個人所得課税を含めた検討を行う必要がある。」との指摘がされている。
 一般的に、法人成りによる主なメリットとしては、1配当額を調整することにより個人の段階での累進課税を回避し、あるいは、課税時期を繰り延べることにより、租税負担を軽減可能なこと(所得税率と法人税率とに差があること。)、2個人の資金需要に応じて、利益の中から役員報酬や不動産賃料等を支出して、法人課税所得を親族らに分配・分散し圧縮できること(親族への支払いが損金算入できること。)、3役員報酬については、個人事業形態では認められない給与所得控除を受けることができることの三つが挙げられる。これらの制度上の違いが、納税者に課税制度の選択を行わせている。
 個人・法人間の課税の不均衡問題の解決方法の一つとしては、出資者が少数の親族に限られ、株式に譲渡制限を付しその流動性を封じている閉鎖的な同族会社を対象に、組合方式により会社の所得を株主において課税することが考えられる。なお、諸外国においては、法人でありながら構成員課税とする制度も存在する。

ロ 法人課税と個人課税の相異
 法人形態により事業を行った場合と個人として事業を行った場合の、経営者の税負担に違いが生じる原因は、税率と課税ベースに違いがあることである。
 資本金が1億以下である中小法人と個人事業主の税負担比率を比較すると、中小法人の法人税については、約800万円の所得金額を境に、法人税と所得税の負担率が逆転し、それ以上所得がある場合は、法人組織における税負担率の方が低い。
 オーナー経営者自身の税負担をみると、給与所得控除により、課税所得を一定額減額することができることから、組織形態として法人を選ぶことが税負担の軽減において有利である。また、配当金については、オーナー経営者にとって法人税との二重課税が生じ、配当控除によっても完全なその排除は行われないため、個人事業者に比べ税負担率は高く、配当を行うことへの負のインセンティブが生じている。

ハ 法人税制と所得税制の沿革
 法人所得についての課税は、明治32年から行われたが、税率が比較的低率(2.5%)であり、また、分配された配当や賞与については、法人において課税済みであるとして個人の段階では非課税として扱われていたため、個人事業形態から法人事業形態に移行する誘因が生じていた。大正9年には、配当・賞与についても個人において総合課税されることとなり、法人を独立の課税主体として扱うこととなった。同族法人の概念及び同族法人の行為計算否認規定並びに同族法人において内部留保により配当に対する累進課税を回避する傾向に対処する規定は、大正12年の改正において創設された。
 昭和15年になって、ようやく法人税法が所得税法から分離して規定され、昭和25年には、法人擬制説の立場を取るシャウプ勧告に基づき税制改正が行われ、配当に対する源泉徴収の廃止、二重課税を排除するための措置として、法人株主の受取配当の益金不算入、個人株主の配当所得の25%を所得税から控除する配当控除などが実施された。
 留保金課税については、大正9年以降、内部留保による配当金への課税回避行為に対処する制度として行われてきた。しかしながら、平成の初期からの経済の停滞から、中小法人については税制上の支援が望まれ、一定の中小法人については、税率を低率とするほか平成19年からは留保金課税制度の適用からも除外されることとなった。個人事業者との課税の均衡がときおり問題視されるものの、その不均衡の解消に向けて、留保金への課税、あるいは税率の調整を通じた制度改正は行われていない。
 給与所得控除は、大正2年に、その原型となる「勤労所得控除」が創設され(一律10%)、昭和49年には現行と同様に所得金額に応じて段階的な控除率を定め、また、控除額の上限を撤廃したが、平成25年からは、再度、控除額の上限が設けられている。

(2)法人以外の組織体に対する課税制度

イ 構成員課税
 我が国においては、事業を行う際に利用される共同事業形態の組織体として、会社のほかに、組合、匿名組合及び信託という形態も存在する。それらは契約により成立し、収益を享受する出資者等、つまりその構成員において課税されることとされている。

ロ 組合員の税務会計処理
 組合についてどのように所得計算を行うかについては、有限責任事業組合に関するものや、一定の条件における損失の取り扱いについての規定を除き、法人税法ないし所得税法のいずれにおいても特段定めていないが、組合は社団と異なり、それ自体に損益が帰属するとは解されないことから、組合契約上発生する私法上の権利関係を基に出資者において所得の発生を把握し、出資者が個人であれば所得税課税が行われる。
 所得税基本通達36・37共−20は、任意組合等の個人の組合員における所得計算の基本原則を明らかにし、また、より簡便な計算として総額方式、中間方式及び純額方式と呼ばれる計算方式を明らかにしている。しかし、純額方式によれば、組合事業の全ての収入・費用が1つの所得に合算され、単に利益あるいは損失の金額だけを申告すればよいこととされ、例えば、分離課税対象所得の損失等も総合課税の所得として合算されることとなり、この結果、所得区分や損益通算の制限は、明文の規定なく通達上で変更されることとなり、このような通達の定めについては、学会からの批判もあるところである。
 また、通達は、組合員の所得区分を組合事業の内容によって判断することとしているが、組合員の組合事業への関り方をより重視すべきであるとも考えられ、通達の定めには議論すべき問題がある。

(3)法人からの分配

イ 法人の特質及び株式会社における株主の権利・義務
 会社は、事業を行うことによって獲得した利益を出資者である構成員に分配することを目的とする団体である。株主数が相当多数に上り、株式を公開する上場会社であるような大企業は、正に資本と経営が分離した株式会社の典型である。上場会社における個人株主の大半は、会社の経営に係る意思決定にはほとんど影響力を有せず、配当がされるのを待つばかりの存在となっている。
 株式会社の特質であるが、これを機能的にみると、1出資者による所有、2法人格の具備、3出資者の有限責任、4出資者と業務執行者の分離、5出資持分の譲渡性にあるといわれている。
 会社法において、株式会社の株主の権利として、会社から経済的利益を受ける権利である自益権としての「剰余金配当請求権」(会社法1051一)及び「残余財産分配請求権」(同条1二)を与えており、この点において、株式会社が、対外的経済活動で利益を得て、それを構成員に分配することを目的とする法人であることが示されていると解される。
 非公開の閉鎖的株式会社においては、株主平等の原則の例外が設けられており、数名の親族で設立する会社においては、株式の引受け数や議決権を恣意的に配分することにより、一人の株主に議決権の過半数を持たせ、なおかつ取締役とすることで、意思決定権を集中させることができることとなる。そして配当比率も自由に決定できることにより、法人が稼得した利益について、会社法の手続上の制約はあるものの、自由に決定・処分ができることとなる。このような支配が及んでいる会社に生じる課税上の弊害の一つとしては、会社の取引先が親族であるなどの場合には、独立第三者間の価額で取引が行われず、その親族への利益供与が行われる可能性があるということである。

ロ 株式会社から株主への分配
 非公開会社であって、オーナー経営者が経営と所得を支配する会社の場合、意思決定機関が当人であるから、自己の判断で、また、自己の個人的な資金需要に応じて一定額を配当とすることも可能である。そして各株主に対する配分も、株主に剰余金配当請求権を平等に与えないことができることから、株式数等の比率によらず、自己あてに配当することも可能である。また、法人所得の一部を、配当という手続きによらず、取締役に係る職務遂行の対価(給与)という方法によって、自由に支出・分配できることとなる。給与のほかにも、法人による保険料の一部負担など、いわゆるフリンジベネフィットの損金算入が認められ、これについても法人からの配当によらない分配と見ることができる。

(4)法人所得と個人所得の課税ベース

イ 中小企業及び同族会社についての税制
 個人企業に実態が近い法人とは、その規模の点における類似性により判定すべきなのか、法人の経営・所得についての支配性の類似性により判定すべきなのか、様々な視点がある。類似性の基準となり得るであろう基準としては、法人の規模及び株主等の支配関係が考えられる。
 中小企業基本法は、その対象となる中小企業者あるいは小規模企業者の範囲を、資本金の額又は出資の額及び従業員数による人的規模により画することとしている。
 法人税法においては同族会社の規定を設け、特定のグループによる恣意的な所得操作について規制を行っている。そして、そのような同族法人は、所有と経営が分離しておらず、オーナーに経営が支配されている点において個人事業者類似法人として検討すべき法人であると思われる。
 同族法人を一般法人から区別したのは大正12年が最初であるが、同族法人という用語により定義されたのは、大正15年改正においてである。
 個人事業主と同様な状態にあるといえる同族会社を区別する一つの基準としては、平成18年に創設され平成22年に廃止された「特殊支配同族会社の業務主宰役員給与の損金不算入制度」において、業務主宰役員及び業務主宰役員関連者が株式又は出資の総数または総額の90%以上を保有し、かつ、常務に従事する役員の過半数を占めている同族会社を適用対象としていたことが参考となる。

ロ 課税ベースの相違点
 個人事業者においては自己への給与は認められない。オーナー経営者が法人所得の全額を役員報酬として支給した場合には、個人事業者とオーナー経営者との課税ベースに給与所得控除相当額の差が生じることとなる。
 また、課税ベースの違いの大きな原因の一つは、法人と、経営者やその家族との取引に係る対価が正当である限り法人の損金に算入できることである。これに対し、所得税法は、事業主宰者自身に対する取引を観念することはなく、また、生計を一にする親族に対しての対価の支払いは必要経費に算入されず(所法56)、世帯単位課税が行われている。ただし、配偶者や子等への給与については、一定の手続きにより青色事業専従者給与又は事業専従者給与として必要経費に算入することもできる(所法57)。
 しかし、適正対価の問題の解決があれば、原則である個人単位課税を行うべきであり、もっとも所得分散に利用されやすい家族への給与については所得税法57条において条件付きで認めている点において、同法56条はバランスを欠いている。

ハ オーナー経営者と個人事業者の課税ベースの接近
 現在においても税制調査会において個人類似の法人企業と個人企業との税負担の調整をどのように行うか議論されているように、個人事業類似の法人について個人事業者の課税ベースに近付ける合理的な制度設計は困難であり、これまで十分な実現はなかった。
 給与所得控除については、控除額に上限が設けられ、また、実額控除の選択も認められるなど、徐々に改訂がされているところであるが、所得税納税者の内訳として給与所得者が相当数を占めることから、一足飛びに完全実額制に移行することは、サラリーマンの反発や税務職員の物量的な処理能力も含めて、困難な課題である。

(5)諸外国の組織体課税

イ 諸外国の組織体
 私法体系が我が国と異なる諸外国においては、それぞれの設立準拠法により組織体が設立されるのであり、また、法人の概念も、必ずしも我が国と同一ではない。
 アメリカやフランスでは、納税者自らがその課税方法を選択する制度を設けている。つまり、全く同じ実態を有する組織体において、一方は法人税の申告を行い、一方は所得税の申告を行うケースを認めている。この点は、日本において見られない制度である。また、イギリスを含め、法人格がある組織体について、パス・スルー課税を行っていたりもする。このように、ある組織体が法人格を持つかどうか、あるいはどのように課税されるかは、各国の政策上の差異と考えることができる。
 アメリカは、1997年よりチェック・ザ・ボックス規則を施行し、一定の法人として扱われる組織体を除いては、法人として課税されるか、パートナーシップとして課税されるかを、一定の届出を行うことにより納税者が選択できることとしている。また、普通法人が構成員課税を選択できるS法人制度がある。
 それ以外の国では、法人格を持つ人的会社について、構成員課税を原則としながら法人課税も選択できるフランスの制度、法人格を持つLLPについて構成員課税とするイギリスの制度なども存在する。

ロ パートナーシップの課税
 パートナーシップの取扱いや計算について次のような点で概ね各国共通する。
 パートナーシップの段階で所得計算が行われ、その所得性質を引き継いだ上で、契約上の分配割合によりパートナーに配賦がされ課税される。所得計算においては、家族との取引は適正額であれば控除でき、パートナーシップは、定められた項目ごとに所得を区分し集計し、パートナーに通知し、パートナーはそれに基づき申告を行う。パートナーシップには情報申告が求められていること等である。

ハ アメリカS法人の制度
 アメリカS法人制度は、普通法人の全株主の同意により選択することができ、法人所得を株主にパス・スルーさせて個人課税する制度である。選択できる法人の要件は、株主が100人以内であること、発行株式が一種類を超えていないこと、株主が個人等であること等である。株主の所得は、パートナーシップとほぼ同様な計算により持株割合により配賦される。株主は有限責任であるので、損失は税務基準額(出資額)までしか配賦されず、それを超える場合は翌年以降に繰り越される。法人所得について法人税が課税されず、二重課税が回避されること等のメリットから、2010年には全法人580万社のうち71%がS法人を選択している。

ニ パートナーシップあるいはS法人と任意組合の課税上の相違点
 パートナーあるいはS法人株主の所得区分はパートナーシップあるいはS法人の事業を基に決定されるが、キャピタルゲインや別途税法上区別されて課税又は計算する所得や控除については、それぞれ個別に抽出してパートナーあるいはS法人株主に通知し(残った所得は合算され利益計算される。)、また、その情報申告を行うこととなっており、我が国のような純額方式などの簡便法を定めてはいない。
 また、諸国では、パートナーシップ及び個人事業者の課税において、株主や家族との取引は、その支払い対価が適正対価であることを前提に認めている。S法人の役員である株主の場合、自分の報酬額がS法人の損金となっているが、S法人の所得金額をベースとし、株式数に応じた配賦額をそのまま申告すればよいのである。当該株主は、S法人からの配賦額のほか、その報酬額について給与収入として申告するが、給与所得控除はないので、課税ベースが減少することはない。パートナーシップやS法人がパス・スルー計算を容易に行えるもの、法人の損金、パートナーシップにおいて認められる必要経費及び個人の必要経費の範囲に大きく違いがないことが要因と思われる。

(6)小規模法人に対するパス・スルー課税

イ 任意組合の組合員と株式会社の株主との違い
 閉鎖的会社においては、法人は取引上の導管として機能しているにすぎないと見ることもでき、法人所得が事実上株主に支配され、帰属していると見ることができる点において任意組合の組合員に類似するが、株主においては、法人所得が法的には直接帰属しないことが組合員と異なる。しかし、所得の事実上の処分権を重視するならば、所得を支配している株主に、法人所得を直接帰属させて課税するパス・スルー課税制度も考えられる。
 なお、任意組合の利益分配基準は、利益分配契約の定めという合理的な基準があるが、株式会社の株主への法的な配当基準は、原則として株式数(出資額)の比率となる。所有と経営が分離している上場会社においては、このような基準が合理的であるが、所有と経営が分離していない閉鎖的会社においては、出資者が経営や事業運営にかかわっており、出資額基準のみで利益を分配すると、出資者のそれぞれの貢献度は一切無視されることとなるので、閉鎖的会社においてパス・スルー課税を行う際には、配賦基準について検討が必要である。

ロ 株式会社におけるパス・スルー課税の所得計算方法
 株主であれ親族であれ、所得が帰属する法的な原因(雇用契約や賃貸契約等)が発生し、経済的にも所得が移転しているのであれば、それに応じた課税がされるべきである。したがって、パス・スルー課税を行う際には、所得税法56条の適用を除外する必要があるほか、アメリカのパートナーシップ税制やS法人制度と同様に、誰に対してであろうとその取引があったものとして損金とすることが適当である。また、そうしないと、法人の所得を合理的に配賦することができない。つまり、実際に支払われ、その稼得者に所得が帰属しているにもかかわらず、法人に帰属する所得として計算し、株式数等の配賦基準により分割計算された所得を、各株主にパス・スルーさせて帰属させることは、合理的な計算とはいえない。
 労務や資産の提供や貸付けから生じた所得は、その労務等の提供者に帰属するものとして所得が認識されることで、法人所得が正しく分配されたともいえる。それら所得の分配後に残った法人の利益が、概ね出資者の出資資本に対応する利益と見ることができれば、資本の提供者である株主に、その提供比率である株式数を基準に配賦することにも合理性があると考えられる。
 なお、このような計算を行えば、所得の分散を認めることとなるのではないかという反論もあると考えられるが、本来は、所得税は個人単位課税であり、取引金額が適正であれば、それを各個人において反映させることにより公平な課税に近づくと考えられる。また、記帳の慣行や、給与支払いの慣行がないなどという理由は、平成26年度からは全事業所得者等に記帳・記録保存義務が課されており、また、同じ親族間取引の最たるものである青色事業専従者控除については既に昭和27年から認めていることからすれば説得的とはいえず、また、恣意的な所得分配の恐れは、青色専従者給与のほか、法人でも同様であるにもかかわらず家族との取引対価を認めているのであり、適正額をどのように担保するかの問題にすぎない。このようなことから、所得税法56条については、見直す時期が来ているのではないかと思われる。
 株主にパス・スルーされる所得の所得区分の問題については、法人事業所得(株主や同居親族との正当な取引額の控除後のもの。したがって、法人所得との違いはない。)は、利子、配当、分離課税、事業、不動産、雑、非課税など、所得税法に基づく所得区分により区分され、株式数に応じてその区分ごとに各株主に配賦計算すべきである。
 一般的には、小規模な法人の事業主宰者はオーナー経営者(通常1人)であると認められ、同人への役員報酬の所得区分は、法人事業所得の先取りであるから給与所得とはせず、その報酬が損金となる法人事業所得の性質を基に決定すべきである。なお、各役員も給与を受け取っているが、これについてはそのまま給与所得とすべきである(給与所得控除による課税ベースの減少の問題が残るが、パス・スルー課税により対処することは困難である。)。
 株主には、株式数に応じて各種所得がそれぞれ配賦されることとなる。事業所得についての配賦額については、オーナー経営者においては事業所得とすべきであるが、その他の株主においては、資本の提供により発生した利益の分配という所得の性格により、雑所得として取り扱うべきである。
 また、上記のように取り扱う場合には、事業、分離課税、非課税、配当、利子ほか各種所得について、法人は、所得区分に応じて費用配分を行い、各所得の明細を作成して各株主に通知するほか、課税庁に対して情報申告を行うことを義務付けることとする。
 各株主は、自己の申告において、通知された所得区分及び金額に基づき申告を行うこととなる。したがって、実務上の組合課税とは異なり、所得区分の変更が行われることはない。なお、損失の配賦については、翌年に繰り越すこととし、他の所得と通算できない。この計算については有限責任事業組合の計算方法が参考となる。
 資本と労働を投下して、そこからの余剰として利益が生じることからすれば、その利益の分配は、資本と労働の提供の度合いによって配分することが合理的である。しかし、持分会社であればともかく、株式会社は所有と経営の分離を特徴とし、株主が労務を提供することは予定されていない。そして、特に定款に定めなければ、資本の出資比率である株式数比率により配当金として利益の分配が行われるだけであって、労務の提供に応じた利益分配は予定されていない。
 個人事業類似の閉鎖的株式会社においては、株主が経営を行うことで労務を提供している実態があると思われるが、これを労務出資として加味した配賦基準(仮に貢献度加算基準という。)により利益配賦した場合は、配当金と全く一致しない机上の金額で課税することともなり、この点で不合理である。
 貢献度加算基準に対し、株式数を基準とした基準(仮に株式基準という。)は、株主の剰余金配当請求権に基づく基準であり、各人の配当所得の実現額を重視すべきであることからすれば、貢献度加算基準よりも合理的な基準である。また、労務出資相当に対応する利益については、役員報酬において獲得済みと考えることもでき、この点においても合理性が認められる。
 パス・スルー課税を行う場合、二重課税の解消という趣旨においてS法人制度も同じである。しかし、我が国で法人を個人にみなして課税しようとする目的は、法人組織を借りれば、給与所得控除等の要因により個人事業者よりも税負担が少なくなるという問題を是正しようとするものである。その結果は、法人主宰者にこれまで以上の税負担を強いるものであり、S法人制度の趣旨とは異なっている。したがって、パス・スルー課税の実施には、慎重な対応が求められる。
 パス・スルー課税の適用対象とする同族会社としては、平成22年に廃止された特殊支配同族会社の業務主宰役員給与の損金不算入制度において適用対象とされた、業務主宰役員及びその親族等の特殊関係者が株式の90%以上を保有し、かつ、常務に従事する役員の過半数を占めている同族会社(旧法法351)が適当であると考えられるが、さらに検討すべきと考える。
 上記は、支配関係による基準といえるが、規模の基準としては適当な基準が見当たらない。資本金基準、売上高基準、所得基準等が考えられるが、いずれにしろ基準額の設定に明確な理由を説明できない。なお、アメリカのS法人制度においても資本金等の基準はない。
 制度設計においては、対象法人がその基準から度々外れ、法人課税と個人課税の間を行ったり来たりするような、継続的に適用されない不安定な制度であってはならないことから、十分な検討が必要である。

3 結論

株式会社についてパス・スルー課税を行う場合は、法人とその株主との法的関係と、任意組合とその組合員との法的関係とは異なることから、任意組合における組合員の課税方式をそのまま取り入れることはできない。
 株主に帰属する利益は、剰余金配当請求権や残余財産分配請求権に基づき限定され、法人所得の範囲内であり、その分配基準である株式数割合等に拘束されていることが重要である。
 したがって、株主に分配される法人所得は、オーナー経営者や株主及び親族に対する給与や賃料等が合理的な対価である場合には、それを損金計上した後の金額とすべきである。それらの対価は受領者において所得計上され、残余の法人所得は、株式数の配賦基準によって各株主に配賦されることで、経済的実質と乖離しない課税が行われる。
 所得区分については、法人は、所得税法上の10種類の所得区分に合わせて経理する必要があり、それがそのまま株式数比率により株主に配賦される。ただし、オーナー経営者が受け取る給与は、法人事業所得に係る所得区分に変更される。また、出資だけの株主は、法人事業所得に係る所得について雑所得とする。その他、法人は計算情報を各株主や課税当局に報告する。
 対象法人については、業務主宰役員及びその親族等の特殊関係者が株式の90%以上を保有し、かつ、常務に従事する役員の過半数を占めている同族会社が考えられるが、さらに検討を要する。


目次

項目 ページ
はじめに22
第1章 法人についての課税制度24
第1節 法人課税の概要24
1 課税主体としての法人24
(1)中小法人課税についての最近の議論24
(2)法人と個人事業者の申告状況25
(3)法人成りについて27
2 法人税の課税対象となる法人33
(1)法人税法における法人33
(2)会社法上の会社33
(3)社団である会社と組合の違い35
3 法人税の二重課税の問題36
(1)法人税の性質36
(2)法人所得に対する二重課税37
(3)二重課税排除の方式38
(4)特殊な法人課税制度42
第2節 法人課税と個人課税の相違45
1 税率における違い46
2 給与として分配した場合48
3 配当として分配した場合50
第3節 法人税制と所得税制の沿革52
1 法人税制の沿革52
2 所得税制の沿革56
(1)配当控除56
(2)給与所得控除及び事業専従者控除等58
3 役員賞与及び給与の損金算入に関する規制59
第2章 法人以外の組織体に対する課税制度62
第1節 構成員課税62
1 民法上の組合62
2 匿名組合63
3 信託64
4 有限責任事業組合65
(1)有限責任事業組合契約に関する法律の概要65
(2)有限責任事業組合の組合員の会計68
第2節 組合員の税務会計処理70
1 法と通達の定め70
(1)法の定め70
(2)通達の定め71
2 現行組合課税の問題点74
(1)所得税基本通達36・37共―20通達の規定75
(2)通達計算方式の主要な問題点76
(3)その他79
第3章 法人からの分配81
第1節 法人の特質及び株式会社における株主の権利・義務82
1 持分会社の特質82
(1)社員の責任83
(2)定款の記載事項83
(3)業務の執行84
(4)利益の配当84
(5)持分の譲渡84
2 株式会社の特質84
3 株式会社における株主の権利・義務85
(1)株主の権利の概要85
(2)出資者の有限責任85
(3)出資者と業務執行者の分離86
(4)出資持分の譲渡性86
4 閉鎖的株式会社の特殊性87
第2節 株式会社から株主への分配89
1 配当による分配89
2 役員報酬等の非配当形態での分配89
3 労務出資に係る分配91
第4章 法人所得と個人所得の課税ベース93
第1節 中小企業及び同族会社についての税制94
1 中小企業あるいは中小法人とは94
(1)中小企業基本法2条1項における中小企業者の定義94
(2)中小企業基本法2条5項における小規模企業者の定義95
(3)法人税法における中小法人95
2 同族会社96
(1)同族会社の意義97
(2)同族会社の範囲99
(3)同族会社に対する課税上の特別規定99
第2節 課税ベースの相違点105
1 給与所得控除による課税ベースの減少105
2 課税所得から控除される損金又は必要経費の範囲107
(1)所得税法56条関係(親族へ支払う事業上の対価)107
(2)所得税法57条関係(事業に専従者する親族への給与)108
第3節 オーナー経営者と個人事業者の課税ベースの接近110
1 法人の課税ベースを個人の課税ベースに近付ける制度110
2 個人を法人とみなす制度111
3 その他112
第5章 諸外国の組織体課税114
第1節 諸外国の組織体114
1 アメリカ115
2 その他の国116
第2節 パートナーシップの課税117
1 アメリカ118
2 イギリス(English Limited Partnership)121
3 フランス122
4 ドイツ124
第3節 アメリカS法人の制度125
1 沿革125
2 取扱いの概要126
3 アメリカでの問題点128
第4節 パートナーシップあるいはS法人と任意組合の課税上の相違点128
1 所得区分129
2 パートナーシップとパートナーとの取引129
3 損失の配賦130
第6章 小規模法人に対するパス・スルー課税131
第1節 任意組合の組合員と株式会社の株主との違い132
1 利益・資産に対する組合員又は株主の権利と課税132
2 経営への参加及び決定権134
3 利益の各組合員又は株主への分配方法134
4 課税時期135
5 所得区分135
6 小括136
第2節 株式会社におけるパス・スルー課税の所得計算方法137
1 配賦額を計算するに当たっての問題点137
2 法人と株主との取引額の経費性及び所得税法56条の問題139
(1)所得税法56条の制度趣旨とパス・スルー課税139
(2)パス・スルー課税における所得税法56条の取扱い142
(3)パートナーシップ税制における家族間取引の取扱い143
(4)小括143
3 所得区分の判定及び役員報酬等の所得区分145
(1)所得区分の判定145
(2)役員報酬の所得区分146
(3)損失の配賦148
(4)具体的な各種所得の計算148
(5)小括150
4 配賦基準の問題151
(1)問題の所在151
(2)配賦基準案152
(3)小括154
第3節 パス・スルー課税の対象法人155
1 支配関係の基準156
(1)非公開会社であること157
(2)特殊支配同族会社であること157
2 規模の基準159
3 その他160
4 小括160
おわりに162
(参考) 所得税及び法人税の変遷164

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