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吉川 保弘

税務大学校
研究部教育官


はじめに

 内国法人・居住者に対するわが国の国際課税制度は、国内法が採用している全世界所得課税制度、外国税額控除制度及び特定外国子会社等に係る所得の課税制虔等、並びに35か国と締結されている租税条約によりこれらの一部修正の制度から構成されている。
最近の国際課税を巡る問題は、移転価格、タックス・ヘイブン、外国税額控除制度の問題に大きく分類されよう。
まず米国の関税局のダンピング問題に端を発した移転価格課税の問題は、最近におけるわが国企業最大の国際租税紛争であろう。米国内国歳入庁は、関税局に提出したわが国自動車メーカーの資料から、日本企業の本社が米国の販売子会社に不当に高く売っている疑いがあるとして調査を進め、現在法廷で審理が行われている。その結果、敗訴になれば、多額の追徴税が見込まれるなど非常に大きな衝撃をわが国産業界に与えている(1)。このため、米国の移転価格課税の根拠規定である米国内国歳入法482条をはじめとして、移転価格課税制度の研究が進められ、わが国にも導入すべきであるとの意見もある。しかしながら、適正時価の概念、対応的調整の問題など解決すべき困難な点が多い。
次に、多国籍企業は、租税戦略の一環としてタックス・ヘイブン国に利益を留保して租税回避を行っている。これに対して、米国は1962年からいわゆるサブパートF所得として課税することとし、また、西独においても1972年に国際取引課税法を成立させ、対処してきた。わが国においては、昭和53年税制改正で多国籍化したわが国企業の租税回避に対処するため、タックス・ヘイブン対策税制が租税特別措置法の中に織り込まれた。そして、この税制は、それまでの経済的実質に着目して実質主義で対処してきた執行面に対して少なからずあった批判(2)にも対応できるものであり、さらに、タックス・ヘイブン国を利用した移転価格にも充分に機能しうるものであった。そして、タックス・ヘイブン国を利用した国際的租税回避の防止を期待されていた。しかし、最近ではこのような所期の成果をあげているかどうかについて疑問が投げかけられている(3)
第3に、外国税額控除制度の問題として、わが国の代表的な多国籍企業である大手商社の多くが同制度を巧みに利用することで、わが国に租税を納付していないこと(4)が挙げられる。これは、わが国の外国税額控除制度では、国外源泉所得を第一に計算するため、国内源泉所得が縮減させられるためである。そして、一般に控除限度超過額を抱える企業の立場からみると、5年間にわたって控除できるとはいいながらも、現実に控除されるまでの間はその部分については、国際的二重課税が発生していることになる。しかも発展途上国においては、徴税技術の問題から実額計算に基づいて所得税を課することが無理な国もあり、国際的な課税原理からは所得の発生が認められないものに対する課税−例えば、単に売上があるということだけで売上高に一律に課する外形課税−が行われることもあり、このような課税体制の改革には長時間を要するであろう。かかる状況から、その控除限度超過額の解消には、困難を伴う。そして、企業は、その経済的負担がなければ、得たであろう利得を考えるとき、現下企業行動としては、何とかこれらの負担の回避を図りたいと考えるであろう(5)。その回避の一策が国内源泉所得の国外源泉所得への変換であると考えるのである。
以上のような移転価格、タックス・ヘイブン、外国税額控除制度の問題は、それぞれ個別の問題として議論されることが多い。しかしながら、国際的な租税回避に対応するあるべき国際課税制度としては、移転価格、タックス・へイブン、外国税額控除制度の組合せから発生する最終的な成果を検討することも肝要と考えるのである。
米国では、以前から米国の納税者が限度超過額を消去するため、米国源泉所得をサブパートF所得に変換する傾向があることが指摘されている(6)。かかる取引が独立企業の原則に従っていなければ内国歳入法482条によって再配分され、内国歳入庁は269条によりタックス・ヘイブン会社からの控除を認めないこともできる(7)。しかしながら、それらの規定を実際上執行する場合の適用の困難さもあり、米国では1984年改正法においてサブパートF所得を利用した国内源泉所得の国外源泉所得への変換について規制を始めた(8) 。
わが国においては、既述のごとくタックス・ヘイブンを利用した租税回避に対処するため、昭和53年に「タックス・ヘイブン対策税制」が導入された。この税制の考え方は、サブパートF条項と異なるが、それが外国税額控除制度に与える影響は似たところがある。租税特別措置法66条の6によりわが国において課税対象とされた金額は、同法施行令39条の17第7項により国外源泉所得として取り扱われるのである。法人税法には、独立当事者間取引の原則に基づいて関連企業間の所得・控除の配分を直接目的とした米国内国歳入法482条にそのまま対応する条文はない。ただ、同条と比較的類似した機能をもつ条文として22条と132条がある。これらは、税務当局に所得の増額更正の権限を与えたもので、482条のように関連企業間の所得の調整を目的としていない。さらに、移転価格問題における日米の執行面の相違として、米国では、納税者の悪意、価格の乗差の大小は問わず調整するという考え方をもっているのに対し、わが国では余りにも移転価額が適正でない、あるいは不自然である場合に発効する。このように、法人税法には482条のような規定がないため、タックス・ヘイブン国への所得の移転は容易に行われやすいと考えられる。限度超過外国税を持つ企業は、現在のために、持たない企業は、将来のために、この規定を利用して国内源泉所得を国外源泉所得に変換することによって実質的な負担の減少を意図することができる。
本稿は、米国の1984年改正法を契機として、この国内源泉所得の国外源泉所得変換問題を検討しようとするものである。
その検討の手法として、外国税額控除制度の仕組み、タックス・へイブン対策税制の考え方、趣旨、移転価格に対するわが国国内法の機能などを検討しながら主題である変換問題の解決方法を模索しょうとするものである。
なお、移転価格には、各種のパターンがあるが、ここでは棚卸資産たる製品の低価販売に焦点をあてて検討を進めたい。それほ、わが国の企業が国際取引で対象とする典型的なものであるばかりでなく、米国との移転価格の問題を考察するうえでも参考となるものと考えたからである。


(1) 昭和59年10月19日日本経済新聞(朝刊)本文に戻る

(2) 高橋元「タックス・ヘイブン対策税制の解説」91頁、金子宏「租税法(補正版)」(弘文堂)107頁本文に戻る

(3) 村井正「西ドイツ国際取引税税法(AStG)の問題点」ジュリスト781号74頁本文に戻る

(4)  昭和59年12月7日読売新聞(朝刊)、納税通信1848号本文に戻る

(5)  村井正「多国籍コンツェルンの租税回避論・序説」公法の理論下21935〜1937頁本文に戻る

(6) Richard A. Gordon「Tax Heavens and Their Use By United States Taxpayers An Overview」1981・1・12本文に戻る

(7) 269条 所得税を逋脱するためになされた所得ある者が法人の管理権を取得した場合、ある法人が他の法人の資産を取得した場合で、かつ、かかる取得が行われた主たる目的が、所得控除、税額控除、その他の控除を確保することによって連邦所得税の逋脱をなすことにあった場合、かかる所得控除、税額控除、その他の控除は認められないものとする。本文に戻る

(8) 白須信弘「タックス・ヘイブンの利用」税務弘報32巻11号82〜83頁本文に戻る

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