佐藤 智裕
税務大学校
研究科研究員

要約

1 研究の目的(問題の所在)

令和元年10月1日、消費税率の引上げとともに軽減税率制度が実施され、消費税率が単一税率から複数税率となった。この複数税率下で適正な課税の確保を行う観点から、令和5年10月1日から、仕入税額控除の方式が適格請求書等保存方式、いわゆる「インボイス制度」に移行される。インボイス制度への移行により、「適格請求書発行事業者」に適格請求書(以下「インボイス」という。)の交付義務が課されること、免税事業者からの課税仕入れは仕入税額控除の適用を受けることができないことなどの改正が行われるほか、電子インボイスが制度として認められることとなる。
 また、近年の経済社会に焦点を当てると、デジタル技術が日々発展しており、これらの活用が多くなされている。とりわけ、新型コロナウイルスの感染拡大が世界的に広がる中、感染防止のためには、人と人との接触を回避する必要があり、そのためにもデジタル技術を応用したオンライン等の活用の必要性が以前に増して高まっている。さらに、令和3年9月1日には「デジタル庁」が発足し、行政のデジタル化について増々検討が進み、進展が図られていくことが考えられる。
 国税庁においては、申告・納税手続などを電子化することで事務の効率化を図ってきたところ、税務行政の透明性の観点から目指すべき将来像を明らかにし、それに向けて着実に取り組んでいくことが重要であるとの問題意識の下、「税務行政の将来像」を平成29年6月23日に公表した。さらに、令和3年6月11日には、「税務行政の将来像」を経済社会の変化やデジタル技術の進展等を踏まえてアップデートした「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション−税務行政の将来像2.0−」を公表している。その中で「納税者の利便性の向上(スムーズ・スピーディ)」のための取組として「申告・申請等の簡便化」、「課税・徴収の効率化・高度化(インテリジェンス)」のための取組として「申告内容の自動チェック」などが挙げられている。
 消費税の申告は、申告納税制度が採られており、国税電子申告・納税システム(以下「e-Tax」という。)の対象とされ、多くの事業者がe-Taxを利用して申告している状況にある。消費税の申告手続は、上記の「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション」の施策の項目として明示的に挙げられているわけではないものの、インボイス制度及びデジタル技術を活用すれば、より「納税者の利便性の向上」や「課税・徴収の効率化・高度化」を実現することができると考えられる。
 そこで、本稿では、インボイス制度への移行・経済社会のデジタル化を踏まえ、これらを活用した消費税の申告手続について考察することを目的とする。

2 研究の概要

(1)インボイス制度

インボイスとは「売手から買手に対して適用税率や消費税額等を伝えるための手段」をいい、具体的には、消費税法の法定事項が記載されたものをいう。インボイス制度においては、売手にインボイスの交付義務が課され、また、買手は仕入税額控除の適用を受けるために、帳簿及びインボイス等の保存が必要となる。
 これまでの消費税制度では、請求書等について「書面」でのやり取りを前提とし、当然にその保存も「書面」でということが想定されていたところ、インボイス制度においては、電子インボイスの保存を認めることによって、電子的なやり取りも踏まえた制度設計がなされているといえる。インボイス制度後の消費税の申告手続のデジタル化を考察するに当たっては、この電子インボイスを活用することがもっとも有効であると考えられる。

(2)諸外国の取組等

イ 諸外国における電子インボイス、e-reporting、記入済申告書

諸外国のVAT制度には、電子インボイスが積極的に活用されている。EUにおいては、電子インボイスの普及促進を図るため、数次のVAT指令の改正が行われている。
 電子インボイスを導入すると、手作業による請求書の処理に係るコスト削減等の効果があり、欧州委員会の調査によれば、電子インボイスの利用拡大により、2014年から2017年の間に9億2,000万ユーロのコスト削減が図られているという。EUの電子インボイスの普及率は年々増加しており、電子インボイスの利用を義務化する国も多い。
 OECD加盟国では、VATコンプライアンスの確保等を目的に、事業者に対して申告とは別に取引情報の電子報告(e-reporting)を求める施策を行う国が少なくない。e-reportingには、@取引情報の報告(VATリスト)、ASAF-Tによる報告、BReal-time reportingの3種類があり、近年では、取引情報をリアルタイムで報告するReal-time reportingが注目されている。
 海外33か国では「納税者の利便性の向上」のため、主として給与所得者等を対象として、税務当局が把握した情報をあらかじめ申告書に記入して納税者に提供する「記入済申告書」制度が導入されている。記入済申告書は、納税者の利便性の向上に資するだけでなく、税務当局にとっても大きなメリットがあるといわれているが、コンプライアンス低下を招き得るという指摘もある。

ロ 諸外国の具体的な取組

本稿では、9か国の施策について確認した。その中では、特に、イタリア及び韓国の制度が注目される。
 イタリアでは、VATコンプライアンスの確保等のため、2019年1月からBtoB取引における電子インボイス義務化及びReal-time reporting導入がなされている。イタリアのReal-time reportingでは、電子インボイスは全て税務当局のプラットフォームを介してやり取りさせることにより、税務当局に収集されることとなっている。BtoC取引は、電子レジスターから、取引情報を税務当局に提供する。イタリアの取組は、VAT収入の確保につながったと評価されており、現在、フランスやドイツではイタリアを参考に同様の施策を導入することを検討している。
 韓国においては、2011年から、電子インボイス義務化及びReal-time reportingが導入されている。韓国はイタリアと異なり、売手が相手方(買手)に提供した電子インボイスを税務当局にも並行して提供する方法を採っている。韓国では、事業者向けに電子インボイスシステム(e-sero)を開発しており、事業者においては、これにより無償で電子インボイスの作成・提供をすることができる。

(3)我が国におけるデジタル(電子)化の取組

本稿では、消費税の申告手続のデジタル化の考察に当たり、これまで我が国で行われているデジタル(電子)化の施策も概観した。
 我が国の国税組織における電子化の最大の取組は、e-Taxであるといえ、消費税申告の利用率は、個人事業者が約8割、法人が約9割と高水準である。
 消費税関連でいえば、輸出物品販売場における免税販売手続の電子化がある。本施策は、これまで紙で行っていた免税販売手続を電子化したものであり、免税販売の際、購入記録情報等を国税庁のサーバーに電子的に送信するといった手続とされ、デジタルの観点で注目すべき施策である。また、代理送信をする者を制度的に認めているといった点も注目に値する。
 さらに、デジタルを駆使した施策として、年末調整手続の電子化がある。本施策により、国税庁が開発して無償で提供しているシステム(年調ソフト)とマイナポータルを利用し、従業員が勤務先に提出する控除申告書等データが自動作成され、勤務先では自社の給与ソフト等に取り込めば従業員の年税額等の自動計算が可能となった。納税者の利便性の向上に資する、非常に効果的な施策であると考えられる。
 令和3年度においては、いわゆる電子帳簿保存法が改正されている。本改正により、承認制度が廃止され、電子帳簿等の要件が緩和されるなど、その利用にあたってのハードルが下げられた。今後、利用者が増加することが見込まれている。
 電子インボイスについては、民間事業者団体(EIPA)とデジタル庁が官民一体となって連携し、標準フォーマットを策定すべく検討が進められている。電子インボイスの普及の観点、受発注システムや会計システムとの連携との観点などから、フォーマットの統一は必要不可欠であろう。

(4)我が国の消費税の申告手続のデジタル化の課題等

我が国で紙の請求書を電子化すると、日本企業全体で年間約1兆1,424億2,182万円の効果があるという試算がある。電子インボイスを導入することのメリットは、非常に多くあるといえるが、要約すると、@事務の効率化、A事務の効率化による労働時間の削減、B請求書の処理に係る(労働時間の削減による)人件費、紙代、印刷代、郵送代、保管代などのコスト削減、Cコンプライアンスの確保、Dリモートワークの実現などが挙げられる。また、受発注システム、会計システムと電子インボイスの作成・受領システムが連動しているのであれば、こうした業務の効率化が図られるほか、インボイス制度の円滑な導入に資するとの指摘もある。
 我が国において、消費税の申告手続をデジタル化する方法として、海外諸国のように、電子インボイスを義務化してReal-time reportingを導入し、これらを活用した記入済申告書制度が考えられる。これに対し、中小零細企業などにおいては、電子インボイス及びReal-time reportingの施策に対応できないという者もあり得る。こうした、事業者に対して、何らかの取組を行うことが必要である。
 Real-time reportingにあっては、ビジネスフレンドリーであること、情報漏洩防止のための機密性の確保などが課題として挙げられる。また、BtoC取引、インボイスが交付されない取引などの情報収集も課題であろう。
 記入済申告書については、国税庁がReal-time reportingにより収集した情報を基に作成し、事業者に電子的に提供することになる。可能な限り、国税庁が提供したものをそのまま提出できるようにすることが望ましい。消費税の申告書作成のためには、課税売上げ及び課税仕入れの金額の情報が必要であるところ、課税売上げの金額は、売手が国税庁へ報告した情報を集約することにより算出可能であるが、課税仕入れの金額については、いかに国税庁が保有する(売手から提供を受けた)情報と買手を紐付けるかが問題となり、課題が多いと考えられる。

3 結論(まとめ)

消費税の申告手続のデジタル化を実現するためには、電子インボイスの活用が必要不可欠であり、政府においては、電子インボイスの普及に努める必要がある。その上で、海外諸国のように、電子インボイスを義務化してReal-time reportingを導入し、これらを活用した記入済申告書制度の導入が、「納税者の利便性の向上」や「課税・徴収の効率化・高度化」の観点から望ましいと考える。
 電子インボイスの導入は、事業者にとってメリットが多くあり、Real-time reportingを活用した記入済申告書制度は、申告書作成の事務の効率化、課税売上げの計上漏れの防止、税務調査対応への事務負担の減少などの「納税者の利便性の向上」に資すると考えられる。また、「調査・徴収の効率化・高度化」の観点でいけば、Real-time reportingにより提出を受けた情報をビックデータ化してAI・データ分析することで、申告誤りの可能性が高い納税者の判定や、滞納者の状況に応じた対応の判別などに活用することができるほか、リモート調査の実施などが可能となると考えられる。
 対応が困難な事業者のための施策として、電子インボイスを代理送信可能とする制度とする必要があると考えられ、国税庁においては、韓国のような事業者向けの電子インボイスシステムの開発が必要になると考えられる。
 Real-time reportingにあっては、企業のワークフローに寄り添うこと、そして言うまでもないが、堅固なセキュリティの確保が必要である。また、BtoC取引、インボイスが交付されない取引、現金取引についても、国税庁にデジタルに報告されるような制度とする必要があると考える。
 記入済申告書制度については、Real-time reportingにより収集した情報を基に、申告に当たって必要な金額を算出し、これをe-Taxに反映する方法が考えられる。記入済申告書の作成の課題は多いが、こうした課題は、今後の技術発展とともに解決し得る問題もあるため、まずは課税売上げの金額など記入可能な一部の項目を記入する一部記入済申告書として導入し、徐々に記入項目を増やしていくことも一案である。単に課税売上げの金額のみ記入されるだけでは、納税者の事務負担の軽減の効果は限定的であると考えられるものの、例えば、簡易課税制度を適用する事業者にあっては、課税売上げの金額を基に納付税額の算出が可能であるため、一定程度の事務負担の軽減に資するほか、そうした事業者の電子インボイス導入のインセンティブにもなり得る。
 電子インボイスの義務化、Real-time reportingの導入、記入済申告書制度について、これら全てを一斉に導入することは、非常に時間を要し、納税者と政府とでともに負担が大きい。このため、まずは、電子インボイスの普及のためにBtoG取引の電子インボイスを義務化するところから始めて、その後BtoB取引に義務化を拡大するタイミングでReal-time reportingを導入し、さらにその後、一部記入済申告書制度を実施するなど、段階的に制度を導入しつつ、制度の定着・浸透を図りながら、最終的な完成形を目指していくことも一案である。


目次

項目 ページ
はじめに 221
第1章 消費税導入時の経緯等 225
第1節 消費税創設の経緯 225
1 消費税創設の議論等 225
2 売上税法案の廃止、消費税法の成立 226
第2節 消費税の構造等 227
1 消費税の構造 227
2 仕入控除税額の計算方法等 229
3 消費税の申告手続 229
第2章 税制改正の動向 231
第1節 平成6年度税制改正 231
1 改正前(帳簿方式) 231
2 改正の概要 231
第2節 平成28年度税制改正 232
1 平成28年度税制改正大綱等 232
2 消費税の軽減税率制度 233
3 インボイス制度 235
第3章 諸外国の取組等 245
第1節 EUにおける電子インボイス等 245
1 EUにおけるインボイスの概要 245
2 EUにおける電子インボイスの概要等 246
3 電子インボイスの導入による影響等 248
4 VAT申告と電子報告等 248
5 政府との取引(BtoG取引)に関する電子インボイス利用の義務化 251
第2節 VAT逃れ対策のためのブロックチェーン技術の活用 251
1 ブロックチェーン技術の概要 251
2 EUにおけるVAT逃れの概要 254
3 VAT制度におけるブロックチェーン技術の活用 254
第3節 記入済申告書 256
第4節 各国における具体的な取組 257
1 イタリア 257
2 フランス 260
3 スペイン 262
4 ハンガリー 262
5 ポルトガル 263
6 ポーランド 264
7 イギリス 265
8 韓国 266
9 中国 269
第5節 小括 270
第4章 我が国のデジタル(電子)化の施策等の 概要 273
第1節 デジタル社会の実現に向けた政府全体の取組方針等 273
1 政府全体の取組方針 273
2 財務省デジタル・ガバメント中長期計画 274
第2節 電子申告(e-Tax)の取組 275
1 e-Taxの導入及び概要 275
2 e-Taxの利用状況 277
第3節 大法人のe-Taxの義務化等 278
1 大法人のe-Taxの義務化の経緯等 278
2 大法人のe-Taxの義務化の概要 278
3 e-Taxの利便性向上施策等 279
第4節 国税情報システムの高度化 280
1 概要 280
2 次世代システムの開発の方向性 280
第5節 輸出物品販売場における免税販売手続の電子化 282
1 輸出物品販売場における免税販売手続の電子化の経緯 282
2 平成30年度税制改正 282
第6節 年末調整手続の電子化 286
1 年末調整手続の電子化の経緯 286
2 年末調整手続の電子化の概要 287
3 年末調整手続の電子化によるメリット 288
4 年調ソフトの仕様等 289
第7節 電子帳簿等保存制度の見直し(令和3年度 税制改正) 290
1 電子帳簿等保存制度の改正経緯 290
2 電子帳簿等保存制度の見直しの内容 293
第8節 民間事業者団体の取組(電子インボイスの フォーマット標準化) 302
1 民間事業者団体の概要 302
2 電子インボイスの日本標準仕様 303
3 Peppolを導入するための課題等 306
第9節 小括 309
1 デジタル化の方針等 309
2 各施策等の参考となり得る点 310
3 デジタル化への法整備 311
4 電子インボイスの標準仕様の策定 312
第5章 消費税の申告手続のデジタル化 313
第1節 我が国における電子インボイス導入の効果、課題等 313
1 電子インボイスの導入のメリット 313
2 電子インボイス導入のデメリット 315
3 電子インボイスの標準フォーマット 316
4 電子インボイスを普及させるために 317
第2節 BtoG取引における電子インボイスの利用の義務化 317
1 目的等 317
2 我が国の政府調達の概要 318
3 BtoG取引の電子インボイスの義務化 319
第3節 BtoB取引における電子インボイス義務化及び Real-time reportingの導入 319
1 電子インボイスの義務化及びReal-time reporting導入の目的 319
2 Real-time reportingの方法、課題等 322
3 対応が困難な事業者への施策 325
4 非課税取引、国境を超えた取引(輸出入取引) 326
5 インボイスが交付されない(インボイス交付義務免除)取引への対応等 327
6 仕入明細書 329
7 国税庁の電子インボイスシステム等 329
第4節 BtoC取引等におけるReal-time reporting 330
1 BtoC取引におけるReal-time reportingの目的 330
2 電子レジスターの導入 331
第5節 Real-time reportingを活用した記入済申告書の導入 332
1 我が国における記入済申告書制度 332
2 記入済申告書のために必要な情報の取得方法及び課題 333
3 その他記入済申告書制度の課題等 336
4 小括 339
第6節 仕入税額控除の適用要件の改正 340
1 Real-time reportingの導入による変化 340
2 現行における帳簿及び請求書等の保存の意義(最判平成16年12月16日判決) 340
3 仕入税額控除の要件に関する改正 341
第7節 小括 342
結びに代えて 345