植田 祐美子
税務大学校
研究部教育官

要約

1 研究の目的(問題の所在)

租税法には、十分な法的安定性と予測可能性を保障するような意味内容が与えられていなければならないが、今日の複雑化・多様化する社会で行われる取引を租税法に当てはめようとすると、租税法が、依然として一般的・概括的内容であると感じられることがある。
 このため、複数の解釈が成立する場合は特に、法源以外の情報によって法の解釈・適用に係る疑問を解消することが多い。
 税務行政の発行する通達、文書回答、FAQ形式の情報(以下「FAQ」という。)も法源以外の情報に該当するところ、その発行件数は増加傾向にある。
 通達をはじめ、税務行政が発行する法の解釈・適用に関する情報(これらは法源ではないという観点から、本稿では、通達、文書回答、FAQをソフトローと呼ぶことがある。)には、租税法に関する具体的な疑問を解決する能力がある一方、法源(本稿ではソフトローと対比する際、法源をハードローと呼ぶことがある。)ではないことから、法の解釈・適用に関し、立ち入ってはならない領域がある。本稿ではまず、この点を明らかにする(本稿の第一目的)。
 通達等ソフトローは国税庁ホームページ上で公開され、税務職員だけではなく、広く一般に活用されていること、件数が増加していることを踏まえると、税務行政がどのような場合に、どのような法の解釈・適用に係る情報を提供するのが望ましいのか、検討する必要がある。このため、通達等、各ソフトローの対象領域を確認するとともに、今後の課題についても検討を加える(本稿の第二目的)。以上2点が本稿の研究目的である。

2 研究の概要

(1)法源以外の情報の必要性

租税法の基本原則(租税法律主義、租税公平主義)は憲法に由来する。租税法の解釈は、文理解釈を原則とするが、複雑・多様な社会で行われる取引等を法に当てはめるのは簡単ではない。法をどのように解釈すればよいかが、法から直接読み取ることができない場合、困窮するのは申告を行う納税者であり、均一な執行を求められる税務行政である。
 通達、文書回答、FAQなど、法源以外の情報が必要とされるのは、法的観点(租税法の基本原則と行政法の一般原則)からだけではなく、実際に、具体的な疑問を解消できる能力があるからである。
 通達等ソフトローは、納税者にとっては法的安定性と予測可能性を確保し、税務行政にとっては、法の執行の均一性を確保しつつ、個別事案に即した対応を可能とするとともに、公表することによって、税務行政の透明性の確保と説明責任を全うすることを可能にする。また、税務行政の効率化(徴税コストの削減)にも寄与する。

(2)ソフトロー研究からの示唆

税務行政が発する情報のうち、どの情報を研究対象とすべきかを決定するに当たり、社会科学一般を研究対象とするソフトロー研究を参照した。
 同研究から、研究対象の条件は、@国税庁ホームページに掲載されている情報であること、A情報の発信者が税務行政の上級機関であり、発信者名が明示されていることとした。この条件に該当する通達、文書回答、FAQを研究対象とした。
 同研究から、通達等ソフトローは、本来自由に発行してよい性質をもつため、その対象領域を明確に線引きしたり、定義付けしたりすることが困難であるということが判明した。
 確かに、既存の通達等から帰納法的に対象領域を決定することはできても、過去の例から導き出した対象領域が、新たな事象に対応した普遍的な対象領域となっていると断言することはできない。
 そこで、通達等ソフトローを作成する根拠、作成機関など、今後変更される可能性がかなり低い項目から、各ソフトローを作成する際の必須条件を決定し、当該条件を満たす領域が、各ソフトローの対象領域であると整理することで、理論的枠組み(対象領域)の輪郭を示すこととした。

(3)ソフトローが立ち入ってはならない領域

ソフトローは法源に抵触してはならないという大前提があり、法改正で対応すべきこと、法の趣旨・特色に反することは、ソフトローで定めてはならない。
 法改正で対応すべきことには、慣習法の成立を前提とすること、特定の所得を減免すること、固有概念を制定することが挙げられる。法の趣旨・特色に反することとは、例えば、所得税法157条のように、敢えて不確定概念を使用し、公平な課税を担保しようとしているところ、税務行政が不当であると認める取引を明示し、この取引だけが所得税法157条の対象となると解されるような情報を提供することが挙げられる。
 また、租税法は強行法であり、租税債務は、私法上の債務のように当事者の合意によって形成されるわけではないため、法の解釈・適用に関し、当事者の意思に委ねられた努力義務などをソフトローで課すことは、租税法の特色に反する。

(4)通達の対象領域と今後の課題

イ 対象領域

多数の納税者が継続的かつ将来に渡って行う取引や社会現象が発生し、複数の解釈や執行方針が成り立つ状況下で行政部内の意思統一を図るため、上級機関が下級機関に対して命令を下す必要があると認めた場合を対象とする。

ロ 今後の課題(緩和通達)

緩和通達は、法の根拠なく、租税を減免することから、ソフトローが立ち入ってはならない領域に踏み込んでいる。
 裁判例には、緩和通達そのものが租税法律主義の見地から許されないと批判するもの(東京地裁昭和60年3月22日判決(判例時報1161号27頁))と、合理性があるとするもの(大阪高裁昭和63年3月31日判決(訟務月報34巻10号2096頁))、両方が存在する。
 大阪高判では、少額不追求(所得税法9条から導き出すことのできる合理性)だけではなく、所得を得る状況、課税技術の問題、国民感情など、課税した場合に生じる現実問題に焦点を当て、緩和通達が合理的であると判示している。
 確かに、緩和通達の対象所得を全て課税するとなれば、源泉徴収義務者の負担が著しく増加し、源泉徴収制度そのものの維持が難しくなるという現実問題の発生も予想される。
 緩和通達がどのような所得をどれくらい課税していないのかという実態を把握し、順次法令化を進めるのが望ましいと思われるものの、課税されない所得に対する申告義務がないため、実態把握は難しい。
 そこで、税務行政が、課税しなくて差し支えないとした理由を個別具体的に提示し、その理由が妥当でないものから、順次法令化を進めるという対処策が考えられる。具体的な理由を把握することは、法令化(廃止)した場合に起こり得る問題(源泉徴収義務者の負担の増加、執行の不足、国民感情)を具体的に想定し、無用な混乱を回避した上で、円滑な法令化(廃止)を進めることを可能とするのではないだろうか。

(5)文書回答の対象領域と今後の課題

イ 対象領域

既に発行されているソフトローから税務行政の採用する法の取扱いが不明であり、かつ回答するために必要となる情報の全てが照会者によって示される場合が対象となる。
 なお、現在の文書回答は、将来行う予定の取引も対象としている。

ロ 今後の課題(信義則)

照会者は、文書回答に従って申告すれば、税務行政が自己の申告を否定しないであろうと確信するところ、このような納税者の確信を保護する規定は租税法上にない。租税法における信義則の適用の問題は、合法性の原則と法的安定性の確保の対立であると解されるところ、最高裁昭和62年10月30日判決(訟務月報34巻4号853頁)は、租税法の適用における納税者間の平等を犠牲にしてもなお、その納税者の信頼を保護しなければ正義に反する特別の事情が存在する場合に、信義則の適用を検討する必要が生じると判示している。
 特別の事情があるか否かを判断する際には、少なくとも、@税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を示したこと、A公的見解が示されたことにより、納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したこと、B公的見解に反する課税処分が行われたこと、C課税処分のために納税者が経済的不利益を受けたこと、D納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないことという5点は必ず考慮すべきであると判示している。
 文書回答の対象が将来行う予定の取引であった場合、最高裁の示した5つの考慮要素全てを満たすこともあり得る。
 このため、最高裁で示された5つの考慮要素と通関行政における事前教示制度の諸条件を踏まえ、照会者を保護するための要件として、5つの考慮要素のほかに、例えば回答に基づく申告を容認することが、憲法に由来する租税法の基本原則(租税法律主義と租税公平主義)を著しく毀損することにはならないことという要素を加えた上で、文書回答通達上、納税者の信頼を保護する行政上の措置を導入することを検討すべきであると考える。

(6)FAQの対象領域と今後の課題

イ 対象領域

税務行政が、所掌事務(納税環境の整備と適正かつ公平な税務行政の推進)の遂行のために必要であると判断した場合を対象とする。FAQの作成は、税務行政部内の手続で完了するため、迅速性が求められる局面に対応することが可能である。
 税務行政が必要であると判断すれば、既存の通達や文書回答から法の解釈・適用の結果が導き出せる場合であっても、平易な言葉を用いた解説や計算例を示したものをFAQとして発行することができる。
 このため、FAQは、通達、文書回答がカバーできていない領域(迅速性が求められる領域。例えば災害発生時など)をカバーしていると考えられる。

ロ 今後の課題

FAQには、緩和通達と同様の課題が発生する危険がある。
 すなわち、FAQを用いて租税を減免する場合、緩和通達と同様の問題が生じる可能性がある。

(7)全体を通してみた場合の今後の課題

イ 法に立ち戻る必要があること

法の解釈・適用の中心は法であり、租税法は文理解釈を原則とすることから、どのようにソフトローを活用したとしても、最終的な法の解釈・適用の結果は、法源に沿って説明できなければならない。
 この点、最高裁令和2年3月24日判決(裁判所ウェブサイト)では、宮崎裁判官が補足意見として、「ある通達に従ったとされる取扱いが関連法令に適合するものであるか否か、すなわち適法であるか否かの判断においては、そのような取扱いをすべきことが関連法令の解釈によって導かれるか否かが判断されなければならない」としている。

ロ 取引段階と時の経過に応答する必要性

取引段階と時の経過に応じて、活用できるソフトローは変化するため、そのときに必要とされるソフトローを生成し続ける必要がある。例えば、全く新しい取引を行おうとした場合、その取引内容がはっきりしていない段階では、基本通達を活用することが多いだろう。取引内容が具体的になった段階では、文書回答を活用することができる。税務行政がFAQを発行することもあるだろう。
 新しい取引が1つの取引類型として定着した段階では、文書回答やFAQが蓄積され、学術的な研究が進展している場合もある。このような段階では、個別取引を集約・分析することで、通達が発行されることもあるだろう(法令改正で対応することが望ましいタイミングでもある。)。
 税務行政は、今現在、どのような取引が発生しようとしているのか、新しい取引の規模や数等をできるだけ正確に把握し、取引段階や時の経過に応じたソフトローを発行する必要があると考えられる。
 また、少なくとも、取引の基本的共通的事項については法令化し、法の解釈・適用の過程において、法が中心となるよう、法設計すべきである。

3 結論

税務行政の発行するソフトローが増加している今、ソフトローについて、俯瞰的・理論的アプローチを試みてよい時期であると考え、ソフトローの立ち入ってはならない領域、各ソフトローの対象領域(作成必須条件)並びに今後の課題について検討を加えた。
 本稿で行った俯瞰的・理論的アプローチは、個別のソフトローの妥当性の検証とともに、今後も続けられる必要があるだろう。
 ところで、近年では、平易な言葉を用いたFAQや通達だけを頼りに、法の解釈・適用の結論を出すことがあるようである。
 しかしながら、法の解釈・適用の中心に位置するのは法源であり、ソフトローだけで結論を導き出そうとすることは、租税法律主義からみて問題がある。今後は、法令自体を読みやすくするなど、誰の目からみても、租税法の解釈・適用の中心が法となるよう、法令自体の設計変更も視野に入れる必要があるだろう。


目次

項目 ページ
はじめに 380
第1章 租税法の解釈・適用とソフトロー 382
第1節 租税法の概観 382
1 租税法の特色 382
2 法体系の中での立ち位置 383
3 基本原則 383
4 法源 389
5 租税確定手続 390
6 小括 390
第2節 租税法の解釈・適用の概観 391
1 法の解釈・適用の概観 391
2 租税法の解釈方法 395
3 納税者の状況 397
4 税務行政の対応 398
5 小括 399
第3節 ソフトローの必要性 400
1 はじめに 400
2 租税法からみた場合 400
3 行政法の一般原則からみた場合 401
4 小括 405
第4節 ソフトロー研究からの示唆 405
1 はじめに 405
2 研究対象の決定 406
3 研究対象としたソフトローの特徴 408
4 研究の流れ 409
第5節 内容確認 410
1 確認項目 410
2 法令 411
3 通達 416
4 文書回答 422
5 FAQ 429
第6節 特徴分析 434
1 拘束力 434
2 射程範囲 435
3 作成手続に関する統制 435
4 作成期間 436
5 個別問題解決能力 437
第2章 対象領域の検討と今後の課題 439
第1節 ソフトローが立ち入ってはならない領域 439
1 大前提(法源への抵触) 439
2 法改正で対応すべき領域 439
3 法の趣旨・特色に反する領域 441
第2節 通達の対象領域 443
1 これまでの検討 443
2 作成のための必須条件 444
3 対象領域 444
4 今後の課題 445
第3節 文書回答の対象領域 448
1 これまでの検討 448
2 作成のための必須条件 449
3 対象領域 449
4 今後の課題 450
第4節 FAQの対象領域 455
1 これまでの検討 455
2 作成のための必須条件 456
3 対象領域 456
4 今後の課題 457
第5節 全体を通してみた場合の今後の課題 458
1 法に立ち戻る必要があること 458
2 取引段階と時の経過に応答する必要性 459
終わりに 461