1 所得税基本通達30−2の2及びその解説

《使用人から執行役員への就任に伴い退職手当等として支給される一時金》

30−2の2 使用人(職制上使用人としての地位のみを有する者に限る。)からいわゆる執行役員に就任した者に対しその就任前の勤続期間に係る退職手当等として一時に支払われる給与(当該給与が支払われた後に支払われる退職手当等の計算上当該給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われるものに限る。)のうち、例えば、次のいずれにも該当する執行役員制度の下で支払われるものは、退職手当等に該当する。

(1) 執行役員との契約は、委任契約又はこれに類するもの(雇用契約又はこれに類するものは含まない。)であり、かつ、執行役員退任後の使用人としての再雇用が保障されているものではないこと

(2) 執行役員に対する報酬、福利厚生、服務規律等は役員に準じたものであり、執行役員は、その任務に反する行為又は執行役員に関する規程に反する行為により使用者に生じた損害について賠償する責任を負うこと

(注) 上記例示以外の執行役員制度の下で支払われるものであっても、個々の事例の内容から判断して、使用人から執行役員への就任につき、勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があると認められる場合には、退職手当等に該当することに留意する。

【解説】 所得税法上、退職所得とは、「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」とされている(所法301)。ここでいう「これらの性質を有する給与」について、判例は、「勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があることを要するものと解すべき」(最高裁第三小法廷昭和58年12月6日判決)としている。
 ところで、執行役員制度とは、取締役会の担う1業務執行の意思決定と2取締役の職務執行の監督、及び代表取締役等の担う3業務の執行のうち、この3業務の執行を「執行役員」が担当するというものである。導入の趣旨は、取締役会の活性化と意思決定の迅速化という経営の効率化、あるいは監督機能の強化を図るというもので、取締役会の改革の一環とされている。もっとも、この「執行役員制度」あるいは「執行役員」については、法令上にその設置の根拠がなく導入企業によって任意に制度設計ができることから、当該執行役員の位置付けは、役員に準じたものとされているものや使用人の最上級職とされるものなど区々となっている。
 そこで、使用人から執行役員への就任時に退職手当等として支給される一時金が退職所得に該当するか否かは、個々の執行役員制度に応じて、その使用人から執行役員への就任について、最高裁判決でいう「特別の事実関係」があるか否かによって判断することとなるが、所得税基本通達30−2の2に定める要件のいずれも満たす場合には、

1 雇用契約を終了させ、新たに委任契約が締結される場合には、法律関係が明確に異なること

2 執行役員の任期は通常1年ないし2年とされており、使用人としての再雇用が保障されていない場合には、任期満了時には執行役員等として再任されない限り、会社を去らざるを得ないこと

3 法律関係を委任契約とし、報酬、福利厚生、服務規律等を役員に準じたものとする場合には、使用人に対する就業規則等は適用されず、労働基準法等の適用も制限されること

4 損害賠償責任について、使用人は、労働法上、故意又は重過失の場合に限られているのに対し、取締役は、過失責任とされており、執行役員についても、役員と同様のレベルまでは求めないとしても、役員に準ずる責任を有している場合には、地位の変動等が認められること

から、単なる従前の勤務関係の延長ではなく、その使用人から執行役員への就任について「特別の事実関係」があると認められる。
 したがって、本項は、このような「特別の事実関係」があると認められる場合に打切支給される退職給与については、税務上も退職所得として取り扱う旨を明らかにしたものである。

2 所得税基本通達30−2の2に関するQ&A

(執行役員との契約関係が雇用契約の場合)

問1 当社の執行役員制度では、使用人から執行役員に就任する場合、雇用契約をいったん解除し、新たに雇用契約を締結することとし、執行役員に対する報酬、福利厚生、服務規律等は役員に準じたものとしている。
 この場合、執行役員就任時に退職手当として打切支給する一時金は、退職所得として取り扱われるか。

(答) 原則として、給与所得(賞与)として取り扱われる。

 執行役員との契約関係が雇用契約の場合、会社との契約関係には変動がない(雇用契約が継続している)こととなる。また、報酬、福利厚生、服務規律等は役員に準じたものであるとしても、労働法上は労働者に該当することに変わりはなく、労働者としての保護を受けることから、一般的には勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があるとは認められない。
 したがって、その執行役員就任時に支払われる退職手当は、原則として、給与所得(賞与)として取り扱われる。

(取締役から執行役員へ又は執行役員から取締役へ就任した場合)

問2 当社では、所得税基本通達30−2の2に定める要件を満たす執行役員制度を採用している。 今般、取締役Aを取締役から退任させ執行役員に就任させることとし、Aに対して取締役就任期間に係る退職手当を打切支給した場合、その退職手当は退職所得として取り扱われるか。
 また、執行役員から取締役に就任させ、執行役員就任期間に係る退職手当を打切支給した場合はどうか。

(答) 原則として、退職所得として取り扱われる。

執行役員は、会社法、法人税法及び所得税法上はあくまでも使用人であって役員ではないのに対し、取締役は会社法において各種の権限や義務が規定された純然たる役員であることから、1取締役から執行役員への就任、あるいは、2執行役員から取締役への就任については、いずれもその者の法令上の地位に明確な変動がある。
 したがって、それぞれの就任時に退職手当等として支給される一時金の所得区分については、1取締役から執行役員へ就任する場合は役員を退任するという事実があることから、また、2執行役員から取締役へ就任する場合は所得税基本通達30−2(2)により、原則として、いずれも退職所得として取り扱うこととなる。
 ただし、執行役員と取締役との間の就任・退任を繰り返すような場合において、勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があると認められない場合にあっては、たとえ打切支給するものであっても、退職所得ではなく給与所得(賞与)として取り扱うこととなる。

(使用人の最上級職との位置付けの執行役員制度から所得税基本通達30−2の2に定める要件を満たす執行役員制度に変更した場合)

問3 当社では、従来、執行役員は使用人の最上級職との位置付けであったため、使用人が執行役員に就任したときには退職手当は支給していなかった。
 しかし、今般、執行役員制度を所得税基本通達30−2の2に定める要件を満たすものに改め、併せて退職給与規程を改正し、執行役員全員に対して制度改変までの勤続期間に係る退職手当を打切支給することとした。
 この退職手当として打切支給する一時金は、退職所得と取り扱われるか。

(答) 原則として、退職所得として取り扱われる。

 使用人の最上級職との位置付けである執行役員は、会社とは雇用契約の関係にあり、労働法上の労働者としての地位を有していることから、使用人から当該執行役員に就任したとしても、一般的には労働条件等に重大な変動があって「特別の事実関係」があるとは認められない。
 これに対して、所得税基本通達30−2の2に定める要件を満たす執行役員制度の下での執行役員は、会社とは委任契約の関係にあり、服務規律等も役員に準じたものとなっているため、労働基準法等の適用においても自ずと制限があり、使用人と当該執行役員とでは、労働条件等に重大な変動があって「特別の事実関係」があると認められる。
 したがって、使用人の最上級職との位置付けである執行役員から所得税基本通達30−2の2に定める要件を満たす執行役員制度の執行役員に就任させた場合には、勤務関係の性質、内容、労働条件等に重大な変動があって従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があるといえるので、打切支給する制度改変までの勤続期間に係る退職手当は、退職所得として取り扱って差し支えない。
 なお、執行役員が使用人としての最上級職との位置付けのため、執行役員就任時に退職金を支給していない場合において、取締役等の役員に就任した時に使用人期間及び執行役員期間を通算して打切支給する退職金については、所得税基本通達30−2(2)により退職所得として取り扱われる。

(退職給与規程を改正して既に執行役員に就任している者に対してその就任前の勤続期間に係る退職手当を打切支給した場合)

問4 当社では、従来、役員又は使用人が実際に退社する時に退職手当を支払うこととし、使用人が役員又は執行役員に就任した時には退職手当を支給していなかった。
 しかし、今般、退職金給付債務削減の観点から、退職給与規程を改正し、使用人から役員又は執行役員への就任時に、就任前の勤続期間に係る退職手当を打切支給することとし、役員又は執行役員については退職給与規定を設けないこととした。また、この改正に伴い、既に使用人から役員又は執行役員になっている者の全員に対しても就任前の勤続期間に係る退職手当を打切支給することとした。
 この退職手当として打切支給する一時金は、退職所得として取り扱われるか。
 なお、当社の執行役員制度は、所得税基本通達30−2の2に定める要件を満たしている。

(答) 原則として、退職所得として取り扱って差し支えない。

 使用人から役員になった者に対しその使用人であった勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与で、その給与が支払われた後に支払われる退職手当等の計算上その給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われるものは、退職所得として取り扱うこととされている。この退職手当等とされる給与には、退職給与規程の制定又は改正をして、使用人から役員になった者に対しその使用人であった期間に係る退職手当等を支払うこととした場合において、その制定又は改正の時に既に役員になっている者の全員に対し当該退職手当等として支払われる給与で、その者が役員になった時までの期間の退職手当等として相当なものも含まれる(所基通30−2(2))。
 また、所得税基本通達30−2の2の取扱いは、同通達に定める要件を満たす執行役員制度の下では、その執行役員の労働条件等は一般の使用人のそれとは異なるものと解されることからすると、退職給与規程を改正して既に執行役員に就任している者に対して就任前の勤続期間に係る退職手当を打切支給する場合においても、執行役員就任時までの期間の退職手当等として相当なものであれば、退職所得として取り扱って差し支えない。

(使用人としての職制上の地位を有する執行役員に就任させた場合)

問5 当社では、使用人Aとの雇用契約をいったん解除し、新たに委任契約を締結して執行役員に就任させるが、当社の執行役員制度では、執行役員の業務執行範囲を明確にするため、「執行役員営業部長」といった使用人としての職制上の地位も付与する。
 このような使用人としての職制上の地位を有する場合であっても、所得税基本通達30−2の2に定める要件を満たす執行役員制度の下での執行役員であれば、打切支給する執行役員就任前の勤続期間に係る退職手当は、退職所得として取り扱ってよいか。

(答) 原則として、退職所得と取り扱って差し支えない。

 執行役員が使用人としての職制上の地位を有する場合であっても、所得税基本通達30−2の2に定める要件を満たす執行役員制度の下での執行役員であれば、会社との法律関係、労働条件等及び会社に対する責任の違いから、一般の使用人とは労働条件等に重大な変動があって特別の事実関係があるといえるので、打切支給される執行役員就任前の勤続期間に係る退職手当等は、原則として、退職所得として取り扱って差し支えない。

(執行役員の任期満了後、使用人として再雇用した場合)

問6 当社では所得税基本通達30−2の2に定める要件を満たす執行役員制度を導入し、使用人から執行役員に就任したAに対しては、その就任前の勤続期間に係る退職手当を打切支給していた(退職所得として課税済み)。
 今般、Aは任期満了により執行役員を退任することとなったが、Aは社内業務にも精通していることから、引き続き使用人として再雇用することとした。この場合、過去に支給した退職手当は給与所得として是正しなければならないのか。

(答) 原則として、過去に支給した退職手当を給与所得として是正する必要はない。

 所得税基本通達30−2の2でいう「執行役員退任後の使用人として再雇用が保障されているものではないこと」とは、労使慣行や当事者間の契約において再雇用を前提としていなければよく、結果的に再雇用するに至ったとしても、同通達に定める要件を満たす執行役員制度の下で支払われる退職手当は「退職所得」として取り扱われる。
 ただし、事実認定の問題として、再雇用が予定されていることが事実上明らかと認められるような場合についてまで同通達の要件を満たすものと取り扱うものではない。

(執行役員はみなし役員に該当するか)

問7 当社では所得税基本通達30−2の2に定める要件を満たす執行役員制度を採用している。この制度の下での執行役員は法人税法施行令第7条に規定するいわゆるみなし役員に該当することとなるのか。

(答) 所得税基本通達30−2の2に定める要件を満たす執行役員制度の下での執行役員が、直ちにみなし役員に該当するとは限らない。

 法人の使用人(職制上使用人としての地位のみを有する者に限る。)以外の者でその法人の経営に従事しているものは、税務上役員とされる(法法2十五、法令7)。
 ところで、執行役員制度とは、取締役会の担う1業務執行の意思決定と2取締役の職務執行の監督、及び代表取締役等の担う3業務の執行のうち、この3業務の執行を「執行役員」が担当するというものである。
 この執行役員制度の下での執行役員は、一般に、代表取締役等の指揮・監督の下で業務執行を行い、会社の経営方針や業務執行の意思決定権限を有していないことから、「法人の経営に従事しているもの」には該当しないものと考えられる。
 したがって、所得税基本通達30−2の2に定める要件を満たす執行役員制度の下での執行役員が、直ちにみなし役員に該当するとは限らない。
 なお、個々の執行役員制度によっては、その執行役員が会社の経営方針や業務執行の意思決定に参画することも予想され、その場合にはみなし役員に該当することとなる。