平成15年7月
中企庁企画課

1.事業内容

(1) 事業概要
 A社は地場の産品を取り扱う生鮮魚介類加工卸事業者である。地元の網元等から地場の特産品である海老、イカ、マグロ等を仕入れ、切り身、冷凍にして、全国展開している大手スーパーを含め、全国の小売に幅広く納入している。特に海老については、200年以上にも渡る歴史を持った産品として、全国規模でブランド力を有しており、百貨店などでも人気の商品となっている。足もと、売上高、経常利益ともに安定した事業推移が図られている。

(2) 経理内容等概要
 経理内容等については、現在、以下のとおり。

前年度売上高 60億円 従業員数 65人 資本金 5千万円 負債総額 51億6千万円(うち金融機関単名借入38億円) 債務超過額(実質) 20億5千万円 取引金融機関(債権者) 5行 一般債権者 取引先数十社

(3) 経営困難に陥った理由
 バブル期に所有資産の担保価値の高騰を背景に多額の資金を調達した。財テクとして株式投資21億円を実施したが、バブル崩壊以降、その分の借入が固定化し、金利負担から経常赤字に陥っている。また、株式の含み損、本社工場の含み損があり、実質20億5千万円の債務超過の状態にある。取引各行はリスケジュールなどの返済緩和に応じているが、過剰債務負担大きく、このままでは経営の継続が困難な状況にある。株式投資の際に当社が受けた全融資額21億円のうち、メイン行からは、12.6億円、準メイン2行からそれぞれ6.3億円、2.1億円の融資を受けている。

(4) 事業価値
 30年前に現在の社長が創業し、全国展開する大手チェーン小売業者を含む全国ベースでの小売業者に対する社長の強力なネットワークがA社の最大の強み。特に、頻繁に変化する消費者の趣向を小売業者とのコミュニケーションを通じて敏感に察知し、その動向を元に地場の産品をより魅力的に商品化する能力が小売業者からの大きな信頼を勝ち得ている。また、製品を半冷凍のまま小売まで送り届ける冷凍技術と、それを迅速に配達する独自の全国的な流通網も充実しており、この点もA社の強みとなっている。取り扱っている特産品も、長い歴史を有しているものもあり、百貨店など小売の需要は大きい。また、このような小売業者とのネットワークが故に、マーケティング力に欠ける地場の網元からも強い信頼を得ており(地場産品の仕入れシェアは6割強)、事実上、網元は、A社なしには、販路開拓・維持ができない状況にある。

(5) 再建の可能性
 これまで売上高、営業利益ともに安定的に推移してきていることや、食品加工業という業態柄、経営者の販売ネットワーク、商品企画力、冷凍技術、充実した流通網、地場産品の競争力、地場産品の原料の仕入先である網元からの信頼などを考慮すると、今後も比較的堅調な売り上げが見込まれ、再建可能性は高い。

(6) 私的整理を行うことの債権者にとっての経済合理性
 A社に販路を依存しきっている大半の地元の網元は、A社が仮に民事再生手続など法的整理を行った場合には、それに伴う一定期間の取引停止に伴い販路を失うこととなるほか、売掛債権の焦げ付きにより、地域経済全体へ連鎖的に悪影響を及ぼす恐れがある。A社に対して貸出を行っている地方銀行や信用金庫などの金融機関は、地元の網元に対しても貸出を行っており、A社が民事再生手続きなど法的整理を行うことによって、網元など他の企業も連鎖的に業績を悪化させた場合には、金融機関はA社だけにとどまらないさらに大きな直接的な経済的損失をこうむる可能性がある。
 また、A社は商品を円滑に納入できないことで、全国ベースで得ていた小売業者からの信頼を失い、これまで強みであったマーケティング力を失ってしまう可能性がある。さらに、民事再生法申請に伴う倒産のイメージによって、地場の産品に対するブランドイメージの悪化が予想される。これらにより、民事再生法申請後に売り上げが伸び悩み、円滑な債権回収に支障を来す恐れがある。

(7) 再建計画成立のプロセス
 業績の悪化を受け、A社から協議会に対して相談を持ちかけた。再建計画の策定にあたっては、銀行出身者や中小企業診断士など中小企業の再生について知見を有している常駐の支援業務責任者等が協議し、対応について決定した。その間、A社からメインバンクにも内々に相談の上、債権放棄を含めた再建計画の策定を考えている旨の理解を得た。A社が再建計画を策定するにあたっては、協議会の中に設置された個別支援チームに、メイン銀行から派遣された担当者、公認会計士、中小企業診断士が参加して、再建計画の策定に協力した。その際、素案のできた段階で、債務者及び協議会から債権放棄を行う3行の金融機関に相談を行い、全行の合意の上、その他返済延期を依頼する2行も含めた全取引金融機関(網元などの大口取引先を含む。)に対して、一時停止通知及び債権者会議開催通知を送付した。
 債権者会議においては、再建計画の内容について決定等を行った。

2.損失負担の必要性

(1) 債務者は事業関連性のある「子会社等」に該当するか
 A社の再建計画に基づく債権放棄において、5行の銀行はA社と取引関係、資金関係等を有しており、A社は事業関連性のある「子会社等」に該当するものと考えられる。

(2) 子会社等は経営危機に陥っているか
 A社は、実質20億5千万円の債務超過に陥っており、また、利子返済が財務状況を圧迫しているため、自力による再建が困難な企業であると考えられる。(別紙B/S、P/L参照(PDFファイル/141KB)

(3) 支援者にとって損失負担等を行う相当な理由はあるか
 A社においては、再建策を講じることなく倒産等により法的整理となった場合、債権者(各金融機関)の非保全債権の回収額見込み総額が破産清算の場合、600百万円、民事再生の場合、5年間の回収見込額が500百万円、私的整理の場合、5年間の回収見込額が1100百万円と見込まれる。また、各行ベースで見ても、シェアを超えて債権を放棄するA行B行それぞれにおいても、私的整理の場合の非保全債権の回収見込額が法的整理の場合を上回っており、私的整理を行い再建を支援することは法的整理によるよりもその損失が少ないと見込まれる。
 これは、私的整理によってA社の倒産イメージが回避されることから、長年に渡って培った地元での販路や地元名産品の取扱いによる安定的な営業利益の確保が継続できることによるものであって、これにより当該再建計画に基づいた私的整理による損失の負担には相当の理由があると考えられる。
 なお、本協議会手続においては、金融機関5行の債権者の適切な調整が予定されており、計画策定や調整に係る手続が効率化するため、本協議会手続の活用は、債権者にとっての経済的な合理性が補完されるものである。

3.再建計画等の合理性

(1) 再建計画の具体的内容
 本業の水産加工卸事業自体は、営業利益は黒字で推移していることから、本体事業については、基本的に現状を維持する。一方、不採算品目の取扱い縮減による利益率の向上や65人の従業員を5人削減することによるコスト削減などのリストラを着実に行う。また、債務解消のため固定資産や有価証券の処理も同時に進める。本社工場を売却(特損7億円)して、賃借に切替え、借入を4億円削減、投資有価証券(株式)の売却(特損15億円)により借入を5億円削減する。
 債権放棄により、利子返済が圧縮されるため、計画策定後1年目で黒字転換を予定している。
 現在の債務超過額は、固定資産の整理、有価証券の売却、工場の売却等を行い、実質20億5千万円である。社長の個人資産の提供(1.5億円)、毎年の予想経常利益(1.7億円)による返済及び13億円の債権放棄等により、計画策定後5年目での債務超過解消を目指す。
 なお、これまで営業利益は安定的に黒字で推移していることや、食品加工業という業態柄、経営者の販売ネットワークなどを考慮すると、今後も比較的堅調な売り上げが見込まれ、債権回収の確実性が高いと考えられる。その一方、A社は、債務超過解消のための処理すべき固定資産や、返済のためのキャッシュフローに限りがあることから、これらの事情を勘案し、債務超過解消までの期間を5年と設定したものである。
 また、私的整理ガイドラインにおいて、債務超過解消までの期間が3年とされているが、本件のような案件については、上述のとおり、再建可能性は高く、合理的な例外事例として問題はないものと考える。
 自己資本の増強については、株主責任の観点から100%減資を行った後、地元の網元など取引先からの出資の協力を受け、10百万円を新たに増強する。今後の運転資金については、主力行から引き続き調達することとしている。

(2) 損失負担額(支援額)の合理性
 (1)で述べたように、A社の再建計画については、メイン行の担当者、公認会計士、中小企業診断士などの専門家を含む個別支援チームがその作成を支援しており、債権放棄額が、経営危機を回避し再建するための必要最小限の金額か、十分に吟味したものである。吟味にあたっては、本社工場の売却、不採算品目の取扱い縮減、有価証券の売却、人員整理などのリストラの状況、現経営者からの不動産など個人資産の提供を踏まえ、今後の返済計画を綿密に検討しているものである。
 なお、債権放棄割合については、後述のように、各金融機関が協議の上、現在の窮境に陥った原因やこれまでの融資の関わり方を勘案した割合により行うこととしているが、この場合も、各行のそれぞれの放棄額は非保全債権の額内にとどまっている。
 また、100%の減資を行い、既存株主の株主責任を明確にする。その上で資本金を十分に増強するため、地元の網元など取引先の協力をあおぎ、10百万円の増資を行う。

(3) 再建管理等の有無
 A社の再建計画については、協議会及び債権者に対して、年2回その状況を報告することとなっている。また、A社においては、社長の持つ全国の小売業者との大きな信頼関係や、小売とのコミュニケーションを基礎にした商品構想力、網元との深い取引関係が、A社の事業戦略上、不可欠であることから、現在の社長は、私的整理後も、経営者として留任が必要である。しかしながら、事業が窮境に陥った経営責任をとる観点から、社長はA社の負っている債務に対する保証債務を履行することとし、主たる資産である社長宅、車売却の上、約1.5億円を提供し、手元には、賃貸住宅の賃料、通勤のための車など、生活に必要な資産に限り残すこととする。加えて、銀行から派遣する第三者を副社長に据え、今後、適正に経営改善が行われるよう監視を行って、再建過程を監督する社内体制の整備を図るほか、食品業界で長年経験を積んできた人材をコンサルタントとして中途採用し、新たな販路開拓や流通網の整備を進める。

(4) 支援者の範囲の相当性
 A社の再建計画については、取引金融機関5行すべての同意を得て、債権放棄や返済延期が行われており、また、網元などの大口取引先についても返済延期や増資に応じていることから、複数の金融機関等が債権者として関わっているので、相当であると考えられる。

(5) 負担割合(支援割合)の合理性
 再建計画を実施する際の債権者間の債権放棄負担割合に関しては、当初債務者、メイン銀行が支援協議会と相談してとりまとめた再建計画の素案では、負担割合を各行の非保全債権の融資額をベースにしていたが、その後、銀行間で協議を行い、現在の窮境に陥った原因や、これまでの融資の関わり方を勘案した結果、D信金及びE信金は取引関与度合いが低いことから返済延期の支援にとどめ、早急に再建計画を実施すべくメイン銀行及び準メイン銀行の上位3行(負担割合6:3:1)による負担で合意されたものであり、合理的に決定されている、と考えられる。

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