1 事前照会の趣旨及び事実関係

 日本国籍を有する甲(以下「甲」といいます。)は、平成16年(2004年)からアメリカ合衆国(以下「米国」といいます。)の永住権(以下「米国永住権」といいます。)を有しており、平成11年(1999年)から平成27年(2015年)まで米国A州に居住し、同国内のB社(以下「B社」といいます。)に勤務していましたが、平成27年(2015年)に甲はB社を退職したことに伴い日本に帰国し、以後は引き続き日本に居住しています。
 また、甲は、米国A州に居住していた期間中に、B社から報酬として受領した株式のほか、取得した投資信託の受益権等(以下「本件有価証券等」といいます。)を有しており、これらは所得税法第2条第1項第17号に規定する有価証券に該当するものです。
 今回、甲は、米国の永住権を放棄することとしましたが、その場合には、米国の内国歳入法の規定に基づき、一定の場合には甲が所有する全ての資産について時価で譲渡したものとみなして所得税に相当する税(以下「米国出国税」といいます。)が課されることとされており、甲はこの米国出国税が課される場合に該当しています。
 以上を前提として、甲は米国永住権を放棄し米国出国税が課された後に、我が国の居住者として本件有価証券等を譲渡する予定ですが、米国出国税の課税上、譲渡されたものとみなされた本件有価証券等の時価の金額(以下「米国出国税時価額」といいます。)は、甲の本件有価証券等の譲渡に係る事業所得、譲渡所得又は雑所得(以下「譲渡所得等」といいます。)の金額の計算上、それらの「取得に要した金額」として取り扱って差し支えないでしょうか。

2 事実関係に対して事前照会者の求める見解となることの理由

(1) 外国転出時課税の適用を受けた場合の特例について
 ある国において国外転出の際などに未実現のキャピタルゲインに課税され、国外転出先の国においても後にキャピタルゲインが実現した際にさらに課税された場合には、同一のキャピタルゲインに対して国外転出元の国と国外転出先の国との間で二重課税が生じることとなります。
 そこで、所得税法第60条の4第1項に規定する外国転出時課税の規定の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例(以下「外国転出時課税の適用を受けた場合の特例」といいます。)においては、我が国への転入者(我が国の居住者)が国外転出元の国で国外転出時等に未実現のキャピタルゲインに課税されていた場合には、その対象とされた有価証券等を譲渡した場合の我が国におけるその者の譲渡所得等の金額の計算は、その国外転出元の国で課税された資産の取得価額をステップアップすることにより、国外転出元の国における国外転出時等の課税に伴う二重課税を調整する旨規定しています。
 具体的には、我が国の居住者が「外国転出時課税の規定」の適用を受けた有価証券等の譲渡をした場合における譲渡所得等の金額の計算については、その「外国転出時課税の規定」により課される外国所得税(所得税法第95条第1項に規定する外国所得税をいいます。以下同じです。)の額の計算においてその有価証券等の譲渡をしたものとみなしてその譲渡に係る所得の金額の計算上収入金額に算入することとされた金額をもって、その有価証券等の「取得に要した金額」とすることとされています。
 この「外国転出時課税の規定」とは、外国における所得税法第60条の2第1項に規定する国外転出に相当する事由のほか、国籍その他これに類するものを有しないこととなることなど、所得税法施行令第170条の3第2項各号に掲げる事由が生じた場合に国外転出をする場合の譲渡所得等の特例の規定(所得税法第60条の2第1項から第3項まで。)(以下「国外転出時課税の特例」といいます。)に相当するその外国の法令の規定によりその有している有価証券等又は契約を締結している未決済信用取引等若しくは未決済デリバティブ取引の譲渡又は決済があったものとみなして外国所得税を課することとされている場合におけるその外国の法令の規定をいいます(所得税法第60条の4第3項、所得税法施行令第170条の3第2項)。

(2) 米国出国税について
 米国の内国歳入法上、市民権(国籍)を有する者(以下「米国市民」といいます。)は、米国内に居住しているか否かを問わず、すべての所得(国内源泉所得及び国外源泉所得)を課税対象(全世界所得課税)として我が国の所得税に相当する税が課されるところ、米国永住権を有している者(いわゆるグリーンカード保持者)についても米国市民と同様にすべての所得が課税対象とされています(内国歳入法規則1.871-1)。
 また、米国市民が市民権を放棄した場合又は長期居住者が永住権を放棄した場合(以下「永住権等放棄」といいます。)に、その放棄をした者が次に掲げるいずれかに該当する場合には米国出国税の対象となり、原則として全ての資産を対象として、永住権等放棄をしたものとされた日の前日における時価により資産が売却されたものとして、その資産の値上がり益(キャピタルゲイン)に対して課税されることになります(米国内国歳入法877、877A)。
イ 永住権等放棄前の5年間の所得税の平均年額が一定水準を超えていること。
ロ 永住権等放棄時の純資産額が200万ドル以上であること。
ハ 永住権等放棄前の5年間について、所得税の申告内容に誤りが無い旨の宣誓証明をしていないこと。
 なお、上記の「長期居住者」とは、米国永住権の保有者でその放棄前15年のうち8年以上米国の永住権を保有していた者とされています。

(3) 本件への当てはめ
 上記(1)のとおり、外国転出時課税の適用を受けた場合の特例は、国外転出に相当する事由のほか、国籍その他これに類するものを有しないこととなることにより、我が国の国外転出時課税の特例に相当する外国所得税の規定による課税(有価証券等の譲渡があったものとみなして未実現のキャピタルゲインに対する課税)を受ける場合を対象としています。そのため、本件において外国転出時課税の適用を受けた場合の特例の適用があるというためには、米国永住権が国籍に類するものであって、かつ、米国永住権を有しないこととなることにより課税される米国出国税の規定が、我が国の国外転出時課税の特例に相当する外国所得税の規定である必要があります。
 この点、米国永住権を有する者は、①一般的に米国の滞在可能期間や就労に関する制限がなく、また、年金制度への加入、兵役登録及び国外保有金融資産等の開示義務があるほか、②米国内国歳入法上、米国市民及び米国永住権を有する者のいずれについてもすべての所得が課税対象(全世界所得課税)とされているなど、多くの部分で米国市民と同等の権利を与えられ、義務を課されています。
 また、米国出国税は、上記(2)のとおり、永住権等放棄を契機として、米国市民のみならず永住権を有する者(長期居住者)についても未実現のキャピタルゲインに対して課税することとしていますが、この米国出国税は、原則として株式等を含む全ての資産を対象として、永住権等放棄をしたものとされた日の前日における時価によりその資産が売却されたものとして、その資産の未実現の値上がり益(キャピタルゲイン)に対して課税するものです。
 一方、我が国においては、株式等のキャピタルゲインについて、株式等の売却等により実現した時点で、その株式等を売却した納税者が居住している国において課税されることが原則となっているところ、こうした仕組みを利用して、含み益を有する株式を保有したまま国外転出し、キャピタルゲイン非課税国において売却することにより課税逃れが行われることを防止する観点から、我が国の国外転出時課税の特例は、一定の国外転出者に対して、国外転出直前に株式等の対象資産を譲渡してこれを同時に買い戻したものとみなして、その未実現のキャピタルゲインに課税するものであり、そうすると、米国出国税の規定は、我が国の国外転出時課税の特例に相当する外国の法令の規定であると考えられます。
 このことからすれば、本件有価証券等は、米国永住権を放棄することにより米国出国税の課税を受けることになるものであることから、国籍に類するものを有しないこととなることにより我が国の国外転出時課税の特例に相当する外国転出時課税の規定の適用を受けた有価証券等に該当すると考えられます。
 したがって、甲が我が国の居住者として本件有価証券等を譲渡した場合に、その譲渡所得等の金額の計算における「取得に要した金額」は、米国出国税時価額(ただし、所得税法施行令第170条の3第1項の規定に基づき当該価額について外国為替の売買相場により換算した金額)になると考えます。