【東京国税局 濱田鑑定官室長】

お酒の熟成について

1 お酒の賞味期限について
 食品衛生法では、製造後に変質したり腐敗する恐れがある食品については、安心して消費できる期限の表示を義務づけています。しかしお酒については例外として、賞味期限等の表示をしなくてもよいことになっています。それは、含有するアルコールにより、人体に有害な腐敗等の恐れがないこと及び製造後の期間と品質劣化の間に明確な関係がないことからだと思われます。
 詳細は、こちらの【酒類の表示】をご覧ください。⇒国税庁ホームページ「お酒についてのQ&A」

2 製造後の品質の変化
◇生鮮食品
 魚肉類や野菜果物は、微生物による腐敗や食品自体による成分変化が激しいので、一般的に熟成をするという考えはなく、新しいほど安心でおいしいと言っても大きな間違いではないと思います。(厳密には、魚肉は採れたてより少し時間が経った方が、自己消化によりアミノ酸や核酸が増えるので旨味は増すのですが。)

◇発酵食品
 一方食品の中には貯蔵し熟成させることで良くなるものがあり、その代表が発酵食品です。
 発酵食品には味噌、醤油、酒のほか、漬物、チーズなど様々なものがありますが、いずれも特殊な微生物の活動を利用して保存性を高めたものです。そして多くの発酵食品では、保存性が高まったことから、元の材料中の成分や発酵により生成した成分に結合や分解などの化学的変化が起きる熟成という過程をとっています。それにより香味の「複雑性」「豊かさ」が増して、元の食べ物よりおいしくなっています。

◇お酒
 発酵食品の代表とも言えるお酒については、アルコールによって特に長期間の貯蔵ができるので、一般的に、出来立てよりも熟成させた方に価値の高いものが多くなっています。ワインでは、新鮮なフルーティーさだけのものより、熟成してコクや深みが増したものが高級とされています。ウイスキーやブランデーも、蒸留したままでなく樫タルに貯蔵をするようになって、世界的な高級酒として発展しました。清酒も、「新酒」より、厳冬に製造された酒をひと夏熟成させた「冷おろし」が上等だと言われていました。
 このように、一般的にお酒は熟成することでおいしくなるものですから、世界でも、お酒の賞味期限を設けている国はほとんどありません。

お酒の熟成による香味の向上
 ○アルコールと水分子の会合  なめらかさ
 ○容器(かし樽、杉樽)からの溶出  豊かさ、華やかさ
 ○酒成分間の化学反応  複雑性、コク

 
◇「生」嗜好
 ただ近年は、都市化により消費地域と生産地域の乖離が進み、新鮮な食べ物が身近に入手しにくくなったため、「生」や「新鮮」であること自体が食品の価値になってきました。
 お酒の世界でも、ヌーボや生ビール、清酒の生酒などの人気が高くなっていて、それが、お酒全体でも新しい方がよいのではないかという考えに繋がっているように思われます。
 しかし清酒については、第1回(テーマ03)で紹介したように、生酒や果実様の香りが高い吟醸酒のように冷しておいしい酒は概してフレッシュな方が良いけれど、普通にお燗で食中酒として日本酒本来の味わいを楽しむ酒は熟成した方がおいしく感じます。

◇びん詰め後の変化
 よく酒造蔵で貯蔵中に変化するものは「熟成」で、びん詰めした後に変化するのは「劣化」だと単純に割り切って言われる場合があります。でも清酒の場合、びん詰め後適切な条件下で保管した場合に起きる化学変化は、酒造蔵の中だろうが出荷後であろうがほとんど同質です。経験的に、びん詰め後半年くらいは全く問題ないし、逆に1、2ヶ月経った方がびん詰め直後の品質が落ち着いておいしいと私は思っています。また1年以上でも冷暗所に保管されていたものは、熟成のおいしさが増している場合もあります。もちろんこのことは適切な条件下で保管された場合であり、日光に当たったり高温の場所に保管した場合は1、2ヶ月でも劣化するのは当然です。

酔いとお酒の質について

最後に、お酒を飲む目的によって、酔い方やそれに合う酒が異なることを紹介します。

目的 機能 要求される効用 合う酒
感情、感覚のマヒ 心身の苦痛を緩和 香味は関係なく、アルコールによる酔いだけが重要 安価で、高アルコール
理性のマヒ 感情の高揚
コミュニケーションの促進
ほろ酔い状態を、できるだけ長く続けること 低アルコール
身体の快感 味覚のリフレッシュ
食欲増進
料理の味わいを引き立て、飲み飽きしないこと 香味成分の豊かな酒
精神の快感 自分の時間・空間を楽む 精神的満足感があること こだわりの酒

 
◇感情、感覚のマヒ
 とにかく神経や脳全体をマヒさせ、心身の苦痛を緩和させる飲み方で、「悲しい酒」などの演歌の世界です。この場合はアルコールそのものの効果が重要で、品質には余りこだわらないので、とにかく安く酔える酒が適しています。

◇理性のマヒ
 大脳の外側部分の新皮質は理性的思考を司っていますが、それをマヒさせると、内側の感情や本能的な部分が活発になります。それにより、普段の社会生活で抑えられている感情が高揚して、喜怒哀楽が激しくなります。また、打算や警戒心が弱まることで本音のコニュミケーションが図りやくなります。
 この効果を楽しむためには、完全に酔っ払うところまで行かないで、ほろ酔い状態を長く続ける必要があります。そのためアルコール濃度の低い酒や、和ぎ水などと交互に飲む方法が好まれます。

◇身体の快感
 色々な料理を楽しむためには、舌表面の味覚細胞に結合した前の料理の味成分を洗い流して、舌をリフレッシュする必要があります。アルコールは水溶性成分も油溶性成分も溶かす能力が高いので、速やかに多くの味成分を除くことができます。ですから、料理を楽しむためにはお酒は欠かせません。
 またアルコールは食欲を増進させますので、第1回(テーマ03)で紹介した「生理的なおいしさ」が増えます。
 かといって酒の中のアルコールだけでなく、他の香味成分も重要です。酒の香味成分と料理の成分の相性が悪いと、おいしさが半減してしまいます。
 従ってこの快感を期待するには、少量で口直し効果が出るようにややアルコール分が高く、かつ料理の味に負けず、かといって邪魔もしない味わいの酒が適しています。

◇精神の快感
 気持ちの良い酔い方をすると、現実社会の様々なしがらみから解放され、自分の時間や空間に浸ることができます。かつ酔っている現在の状況を、舞台の芝居を見るように第3者的に眺めて楽しむことができます。そのためこの酔いは、日常生活のストレスを解消するとともに、普段は見えない自分の隠れた性格や能力が発現されることもあるので、自分らしさの再発見に繋がります。
 こうした酔いが得られるためには、こだわりのある酒をゆっくり味わいながら飲む必要があります。

 このように、お酒の品質によって酔い方も変わってきます。ぜひ、人生が豊かになるような飲み方をして、酒を楽しんでいただけることを願っています。
 (完)