【東京国税局 濱田鑑定官室長】

おいしさについて

おいしいというのは感情の一種であり、同じ食べ物でも、個人差、体調、環境によって感じ方が違ってくると前回紹介しました。今回は、3つのおいしさについて紹介します。

おいしさ{生理的おいしさ 習慣的おいしさ 精神的おいしさ

◆生理的おいしさ

基本的には、身体が要求するものがおいしく感じます。

空腹時 カロリーになりやすい糖分や脂肪
喉が渇いている時
身体中の塩分濃度が低い時 食塩
肉体疲労時 代謝を促進するクエン酸等の有機酸
精神疲労時 苦味の多い薬効成分

 例えば、汗をかいて喉が渇いたときは、冷たい水やビールが最高においしく感じます。一方、肉体仕事をしてお腹がすいているときは、旨味のある濃醇で甘口タイプの日本酒がおいしく感じます。
 また、スポーツで身体が疲れたときは、酸味を感じる味覚が弱まり、疲労物質の代謝を促進する酸っぱいものがおいしく感じます。
 長い会議などで精神的に疲れると、苦味の感覚が弱まり、刺激の強いブラックコーヒーがおいしく感じるのです。

◆習慣的おいしさ

 味覚や嗅覚は、食べられるかどうかを見分けるために発達したと言われるように、食べ物の基本は安心して食べられるかどうかです。したがって、いつも食べ慣れているものは安心できるので、おいしく感じるようになっています。
 お袋の味と言われるものは、正にその代表です。西洋人に鰹節のダシがよくきいた吸い物を飲ませますと、旨味はおいしいと感じるのですが、香りは生臭い、魚臭いと言って嫌います。
 また、酒造りをしている人にどこの酒がおいしいかと聞くと、必ず自分の蔵のレギュラー酒という答えが返ってきます。初めの頃、義理でそう答えていると思っていたのですが、そうではなく、飲み慣れているため、実際に自分の蔵の酒を一番おいしく感じているのだということが分かりました。

◆精神的おいしさ

 食べたり飲んだりする時、まず口にする前に、その食品に関する色々な情報から、味わいなどをイメージし期待を持ちます。そのイメージと、実際に口にした時の香味の感覚が合っている場合は、おいしいと感じます。
 その情報には、容器の形や色、ラベル、裏張りの説明文などがあります。例えば、黒ビンに楷書体の漢字で書かれたラベルに入っている酒であれば重厚な味わいを、水色のスモークビンにひらがなのやさしいラベルであれば、ソフトで軽快な味をイメージさせます。そして実際に中身の酒を飲んでみて、その香味がイメージに合っていれば「おいしい」、違っていれば「まずい」となります。

 また、仲間と飲んでいるときに、声の大きい人が「この酒はおいしい」というと、周囲の人たちも最初はそうは感じなかったけれど、なんとなくおいしく思えてしまうことがあります。お酒は特に、この傾向が強いようですが、これも精神的おいしさの一種だと言えます。

お酒の味について

 前回、味覚は口に含んだ食べ物について、栄養になる成分(甘味、旨味、塩味)や腐敗したり有害な成分(酸味、苦味)があるかどうかを見分けるための機能であることを説明しました。
 この甘味や旨味を好み、酸味や苦味を嫌う嗜好性は、人間だけでなく全ての動物に共通で、アメーバのような単細胞生物も同じなのです。顕微鏡で覗きながら、アメーバを載せたプレパラートの端に砂糖水を垂らすとそちらに向かって泳いでいき、逆に苦味物質を垂らすと逆の方向に逃げて行くのが見られます。

 ただ人間だけは、このような本能的な嗜好だけでなく、逆に苦味や酸味を好む場合もあります。ビールの苦味やワインの酸味がそうです。本能的には危険を感じながら、経験的にこの苦味は安全だということを覚えていますので、飲む時にスリルや緊張を感じて、その感覚を楽しんでいると言われています。ジェットコースターやホラー映画を好むのと同じことです。だから大体の人は、初めてビールを飲んだ時は苦いだけでおいしく感じなかったと思います。また、体調が良くないときも、おいしく感じません。
 一方清酒の主な味は、糖分の甘味とアミノ酸の旨味です。ですから本能的にも快よく感じますので、精神的にリラックスし、ゆったりした気分になれるのです。また、体調が悪い時でもおいしく感じます。

辛味、渋味について

 味は「甘、旨、塩、酸、苦」の5つしかないと説明しましたが、現実にはそれ以外に、渋味や辛味と言われるものがあります。これらは生理学上は味覚でなく、「痛い」とか「熱い」と同じで、皮膚全体で感じる触覚なのです。
 同じ辛味でも、唐辛子の「辛さ」は同時に「熱さ」も感じ、わさびの「辛さ」は「冷たさ」を感じます。だから、唐辛子は温かい蕎麦やうどんに使い、わさびは冷たい刺身に使われています。

清酒の甘辛について

 清酒で、よく甘口、辛口という表現を用います。この場合の甘口というのは確かに糖分が多く甘味が強いのですが、辛口は決して辛子のような辛さがあるのではありません。 正確には、甘味の少ないものを辛口と言います。

◆日本酒度

 業界では甘辛度を表わすのに、通常日本酒度という単位を用いています。これは、日本酒度計というガラス製の浮きばかりで計測した、比重の一種です。清酒の成分で重量的に多いものは、アルコール分と米のでんぷんが分解してできた糖分です。アルコールは水よりも軽いので、アルコール分が多くなるほど酒の比重は小さくなります。一方、糖分が溶けると比重が大きくなります。だから、お酒の比重はアルコール分と糖分の割合を反映したものになります。

◆日本酒度計

 日本酒度計は、水と同じ比重を0として、それよりも比重が小さい方に(+)の目盛りを、大きい方に(-)の目盛りを刻んでいきます。この日本酒度計を酒に浮かべたときの示度を日本酒度と呼び、(-)の数字が大きいほど甘い、(+)が大きいほど辛いとなるのです。
 現在市販されている一般的な清酒の日本酒度は、平均は(+)3ですが、(-)10から(+)15くらいまで広い幅があります。

 最近の清酒には、裏張りに日本酒度を記載してあるものが増えてきましたので、購入する際の参考にされるとよいでしょう。
 (続く)