斉木 秀憲
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 近年、国際化、情報化の進展等により、企業活動が多様化、複雑化するなど企業の経営環境が急速に変化する中で、企業の競争力を確保し、企業活力が十分に発揮できるよう組織再編法制の整備が行われた。このような状況を踏まえ、組織再編税制についても、統一的、かつ、体系的に整備すべく見直しが行われたが、組織再編法制の大幅な緩和により、組織再編成の形態や方法が多様なものとなっているため、組織再編成を利用した複雑、かつ、巧妙な租税回避行為が増加するおそれがある。そのため、適正な課税を行うことができるように包括的な租税回避防止規定として組織再編に係る行為計算否認規定(法法132の2。以下「本規定」という。)が設けられている。
ところで、本規定には、同族会社等の行為又は計算の否認規定(法法132。以下「同族会社等の行為計算否認規定」という。)と同様に「税の負担を不当に減少させる」という不確定概念が用いられているとして、租税法律主義における法的安定性等の観点から、その都度個別的な否認規定を追加して対処すべきであり、本規定を適用することは極めて慎重であるべきとの見解もある。
しかしながら、組織再編成を利用した租税回避行為の形態や方法が相当多様なものとなると考えられること及び本規定の適用を検討すべき事案も散見され始めている現状を踏まえると、事後的な対応だけでは、課税の公平を確保することが困難となる。
したがって、課税当局は、税負担の公平を図るために、「税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるとき」には、的確な事実認定を行い、本規定を積極的かつ適正に適用していく必要がある。
そこで、本規定について、納税者の理解が得られるだけではなく、訴訟段階においても裁判所の理解が得られるよう、本規定の解釈及び適用に関して整理し、検討しておくことが緊要であると考える。

2 研究の概要(本規定と類似する同族会社等の行為計算否認規定との比較検討)

(1)課税要件
本規定の課税要件は、次のとおりと考えることができる。

1 合併等に係る合併等関係法人に該当すること。

2 合併等に係る合併等関係法人の行為又は計算であること。

3 この行為又は計算を容認した場合には、一定の事由により法人税の負担を減少させる結果となること。

4 法人税の負担の減少が不当と評価されるものであること。
1は、適用対象となる法人、2は適用対象となる「行為又は計算」という具体的事実の存在を要件とする事実的要件であり、「これを容認した場合には、一定の事由により法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるとき」の中に、一定の事由により法人税の負担の減少という具体的事実の存在を要件とする事実的要件とその減少が不当という評価の存否を要件とする評価的要件の二つの要件を含んでいるため、3及び4に区分した。

(2)事実的要件

イ 適用対象となる法人及び「行為又は計算」

(イ) 同族会社等の行為計算否認規定の適用対象となる法人は、文理上、同族会社等に該当する特定の法人であり、当該法人を主体とする「行為又は計算」が適用対象になるものと考えられる。

(ロ) 本規定の適用対象となる法人は、本規定一号ないし三号に列挙された合併等に関係する個別の法人(以下「合併等関係法人」という。)であり、複数存在することになると考えられ、これらの法人を主体とする「行為又は計算」が適用対象になるものと考えられる。

ロ 適用対象となる「行為又は計算」の範囲

(イ) 同族会社等の行為計算否認規定の適用対象となる「行為又は計算」の範囲は、文理上、同族会社等に係る「法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額」の「計算」に関係するすべての同族会社等の「行為又は計算」を対象としているものと考えられる。

(ロ) 本規定では、文理上、法人税の負担を不当に減少させる基因となる事由が組織再編税制による所得や税額の減少に限定されていない上、立案担当者の解説においては、本規定の対象として、「株式の譲渡損を計上したり、株式の評価を下げるために、分割等を行う」ことなど組織再編税制以外の課税関係を含めた適用例を掲げている。
したがって、本規定では、組織再編税制を含む一連の取引の「行為又は計算」を対象としているものと考えられる。

ハ 否認される主体と否認される「行為又は計算」の主体

(イ) 同族会社等の行為計算否認規定が適用され否認される主体と否認の対象なる行為又は計算主体は、いずれも一義的には単一と考えられることから、結果として一致することになる。

(ロ) 1否認される主体と否認される「行為又は計算」の主体とが同一のもののみが複数存在する読み方と2合併等関係法人の組合せにより両主体が同一のものと相異するものとが存在する読み方が考えられる。
この点については、それぞれの合併等関係法人の「行為又は計算」は、その法人だけではなく、その他の合併等関係法人の課税上の取扱いに連動する場合があるため、両者が異なる場合が読めないとすると一連の課税関係に齟齬が生ずる。また、立案担当者の解説によれば、本規定の適用例として「株式の譲渡損を計上したり、株式の評価を下げるために、分割等を行う。」ことを掲げており、この場合の否認される主体は株主となるが、分割行為は、分割法人若しくは分割承継法人の行為又は計算であって、株主のものではない。
したがって、合併等関係法人の組合せにより両主体が同一のものと相異するものとが存在すると解するのが相当と考えられる。

ニ 法人税の負担を不当に減少させる基因となる一定の事由

(イ) 同族会社等の行為計算否認規定では、文理上、法人税の負担を不当に減少させる基因となる事由は要件とされていない。

(ロ) 本規定では、文理上、「その他の事由」によりとされていることから、その前方に列挙されている所得や税額の減少事由は例示であり、これらをまとめた一層広い事由を要件としているものと考えることができる。また、組織再編法制の大幅な緩和により、組織再編成の形態や方法が多様なものとなっているため、法人税の負担を不当に減少させる結果となる事由は、すべて想定し得ないものと考えられる。

 したがって、例示列挙された所得や税額の減少事由は、想定し得る組織再編税制の主な項目を示したものであり、この他に、法人税の負担を不当に減少させる結果となる、想定し得ない事由によるものなど、組織再編税制を含む一連の取引の「行為又は計算」に係るものが含まれるものと考えられる。

(3)評価的要件
いずれの規定も文理及び趣旨目的に照らすと、その行為又は計算による「法人税の負担の減少」により税負担の公平を維持できないことになることが、一義的には、「不当」と考える。

イ 同族会社等の行為計算否認規定における不当の評価
法人税の負担の減少が「不当」と評価されるものということは、違法ではないため、課税要件を充足していることになる。「租税法の定める課税要件は、各種の私的経済活動ないし経済現象を定型化したもの」であるから、立法に当たって想定された通常用いられる私法上の法形式は、課税要件に既に考慮されたものと考えられる。そして、通常用いられる私法上の法形式とは、「元来、取引において通常の経済人であれば当然に選択するであろう法形式、つまり経済的合理性のある取引形態」であると考えられる。
したがって、法人税の負担の減少が「不当」と評価される行為又は計算は、立法に当たって想定された経済的合理性のある取引形態ではなく、これを容認した場合に、法人税の負担の減少が租税負担公平の見地から当該規定の趣旨目的に照らして「不当」と評価される、課税要件に考慮されないものということができる。
そして、この規定の趣旨は、同族会社が少数の株主ないし社員によって支配されているため、当該会社またはその関係者の税負担を不当に減少させるような行為や計算が行われやすいことにかんがみ、税負担の公平を維持することと解される。
そうすると、個人事業者との比較において、法人が所有と経営の分離したもの、すなわち、純経済人としての行為を前提として法人税法の課税要件が定められているとすれば、税負担の減少が不当と評価され、否認されるのは、純経済人から乖離した少数の株主等の支配による行為又は計算ということになる。
金子宏教授によれば、同族会社等の行為計算否認規定により否認される行為又は計算とは、「純経済人の行為として不合理・不自然な行為・計算」であり、ある行為又は計算が経済的合理性を欠いている場合(以下「経済的合理性基準」という。)に否認できるものと解されている。そして、経済的合理性基準とは、「それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のことであり、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間での通常行われる取引とは異なっている取引の中には、それにあたると解すべき場合が少なくないであろう」とされている。
この経済的合理性基準も、純経済人から乖離した少数の株主等の支配に因る行為又は計算であることを前提としたものと考えられる。

ロ 本規定における経済的合理性基準の適用について
本規定の対象となる行為又は計算は、同族会社等に限定されず、基本的には、純経済人そのものもその適用の対象として含むことを前提としている。
したがって、本規定では、同族会社等の行為計算否認規定の経済的合理性基準の適用をすることができないものと考えられる。なお、純経済人を前提とすれば、「租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合」は、むしろ稀であり、通常は少なくともその行為又は計算には事業目的がないとはいえないこととなる。

ハ 本規定における「不当」の評価
組織再編税制の基本的な考え方によれば、本規定の趣旨は、組織再編成の形態や方法が、複雑かつ多様であり、1資産の売買取引を組織再編成による資産の移転とするなど、租税回避の手段として濫用されるおそれがあるためとされている。

(イ) 組織再編税制の基本的な考え方からの乖離
組織再編税制の基本的な考え方によれば、組織再編成の取引の実態に合った課税を行うこととし、その中心となる組織再編成により移転する資産の譲渡損益の取扱いは、移転資産の時価取引として損益を計上することを原則とする。ただし、組織再編成により資産を移転する前後で経済実態に実質的に変更がないと考えられる場合には、課税関係を継続させるのが適当と考え、移転資産に対する支配が再編成後も継続していると認められるものについては、移転資産の譲渡損益の計上が繰り延べられる。
すなわち、上記1は、組織再編税制の基本的な考え方が租税回避に手段として濫用され、この考え方から乖離した行為又は計算により法人税の負担が減少した場合には、不当と評価されることを示しているものと考えられる。

(ロ) 組織再編成の濫用
立案担当者の解説によれば、「組織再編成を利用した租税回避行為の例」として、次のようなものが考えられるとされている。

2 繰越欠損金や含み損のある会社を買収し、その繰越欠損金や含み損を利用するために組織再編成を行う。

3 複数の組織再編成を段階的に組み合わせることなどにより、課税を受けることなく、実質的な法人の資産譲渡や株主の株式譲渡を行う。

4 相手先法人の税額控除枠や各種実績率を利用する目的で、組織再編成を行う。

5 株式の譲渡損を計上したり、株式の評価を下げるために、分割等を行う。

 そして、「組織再編成を利用した租税回避行為は、上記のようなものに止まらず、・・・これに適正な課税を行うことができるよう」本規定が設けられたとされている。
すなわち、2ないし5の例は、組織再編成法制が大幅に緩和され、税制もかなり柔軟なものとなっているため、組織再編成そのものを組織再編税制に係る課税だけでなく、その他の課税の租税回避の手段として濫用した行為又は計算により法人税の負担が減少した場合には、不当と評価されることを示しているものと考えられる。

(ハ) 個別防止規定の潜脱
組織再編税制においては、本規定の他に、繰越欠損金や含み損を利用した租税回避に対する個別的な防止規定が設けられている(法法573、62の7)。
従来、合併の際、繰越青色欠損金の引継ぎは認められていなかったところ、適格要件を満たしていれば、原則として引継ぎが可能となっている(法法572)。このため、繰越青色欠損金や欠損金になる前段階の含み損を利用した租税回避の可能性が高まるおそれがあることから、租税回避防止のために一定の要件を課すこととされた。
すなわち、これらの一定の要件を潜脱した行為又は計算により法人税の負担が減少した場合には、この規定の趣旨に照らしても不当と評価されるものと考えられる。

3 結論

 本規定の適用について、次の三つに類型化することができると考える。

(1)組織再編税制の基本的な考え方からの乖離
(例)

1 金銭等の株式以外の資産不交付要件の潜脱(対価の面からの売買との区分)

2 主要資産等引継要件、従業者引継要件、事業継続要件の潜脱(移転した物の面からの売買との区分)

3 事業関連性要件、事業規模要件又は役員引継要件の潜脱(共同事業の面からの事業内容及び買収との区分)

4 完全支配関係、支配関係の潜脱

(2)組織再編成の濫用
(例)

1 資産及び株式の価値の移転の利用

2 移転資産の未実現損益の移転の利用

3 資産等の移動による会社の価値の変動の利用

(3)個別防止規定の潜脱
(例)

1 共同事業要件の潜脱

2 みなし共同事業要件の潜脱

3 支配関係継続要件の潜脱


目次

項目 ページ
はじめに 12
1 研究の目的(問題の所在) 12
2 研究への態度 13
第1章 本規定の解釈について 14
第1節 課税要件 15
1 同族会社等の行為計算否認規定 15
2 本規定 16
第2節 事実的要件 17
1 「合併等に係る合併等関係法人に該当すること」及び「合併等に係る合併等関係法人の行為又は計算であること」 17
2 この行為又は計算を容認した場合には、一定の事由により法人税の負担を不当に減少させる結果となること 22
3 小括 22
第3節 評価的要件 26
1 法人税の負担の減少が不当と評価されるものであること 26
2 個別防止規定の潜脱 36
3 法人税法の趣旨からの適用要件 37
第4節 まとめ 40
1 本規定における経済的合理性基準の適用 40
2 本規定における「不当」の評価 40
第2章 適用類型 43
第1節 組織再編税制の基本的考え方からの乖離 43
1 組織再編税制の基本的考え方 43
2 組織再編税制の構造 45
3 各組織再編成の概要 50
4 組織再編税制の基本的考え方からの乖離 56
第2節 組織再編成の濫用 59
1 租税法上以外の組織再編成の濫用からの示唆 59
2 組織再編成の濫用 63
第3節 個別否認規定の潜脱 66
1 従前の欠損金の引継ぎの取扱い 66
2 繰越欠損金の損金算入制度の趣旨 67
3 具体的な事例の検討 68
4 改正の経緯 71
5 現行の欠損金の取扱いの改正 73
6 適格合併に伴う合併法人への欠損金の引継制限について 73
7 個別防止規定の潜脱について 77
第4節 小括 81
1 組織再編税制の基本的な考え方からの乖離 81
2 組織再編成の濫用 82
3 個別否認規定の潜脱 83
結びに代えて 84

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