堀金交通事故事件捜査指導官
 ただ御参考に申し上げますと、通常の死亡事故でどういう判決が出ているか、恐らく多くの方は御存じないと思いますが、大抵は罰金で終わっています。30万円とか50万円ですね。ですから、例えば自分の夫が殺されて罰金なんですかと不満に思われる被害者の方が、大変多くございます。
 この事件が大きなきっかけになりまして、法律改正が行われました。1つは、危険運転致死傷罪という法律が、これは刑法の中の一条文でありますが、作られました。業務上過失致死傷罪が通常、交通事故を起こした人が処罰される条文でありますが、5年以下の懲役禁固、50万円以下の罰金となっております。先の4年の懲役という判決は法律に携わっている方々、司法に携わっている方々の意識としては結構重いものでした。明確なルールがあるわけではありませんが、大体検察官が求刑したものの8掛けというのが相場であると俗に言われていまして、決して軽くないとも言われたのですが、国民の意識との間には随分ずれがあったということでしょう。危険運転致死傷罪の方では「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で四輪以上の自動車を走行させ、よって人を負傷させた者は10年以下の懲役」ですから倍ぐらいまで引き上げられたということです。それから、「人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。」と規定されました。刑法で有期懲役というのは15年以下ということになっておりますので、1年以上15年以下ということでございます。罰則が大幅に引き上げられました。刑に罰金の規定がないということですから、必ず刑務所に行ってもらいましょうという思想だったのですが、実は残念ながら執行猶予がたくさんついているというのが裁判の実態でございまして、遺族の方々からは、法改正の趣旨と違っているのではないかという意見が出てきております。
 この危険運転致死傷罪は実質平成14年から施行されてた比較的新しい法律ですが、大体年間300件余りが検挙されておりまして、その約半分近くがアルコールによる事故でございます。
 最高刑の15年というのは、千葉でパチンコ店の従業員が忘年会の帰りに車を運転して、同じく忘年会の帰りの男女5人をはねて即死させたという事故に対して1件だけ出ております。
 それから、合わせまして道路交通法もちょうど2年前から罰則が大幅に強化されております。どれぐらい上がったかということですが、酒酔い運転の場合2年以下の懲役、10万円以下の罰金であったものが3年以下の懲役、50万円以下の罰金になっております。それから酒気帯び運転の方が、3カ月以下の懲役、5万円以下の罰金が1年以下の懲役、30万円以下の罰金というように大幅に引き上げられております。居酒屋に入っていったお客が店の店主に「ビール」と注文をすると、その店のおやじが、「はい、1本30万円」と言ってビールを差し出したというテレビCMが評判になったそうですが、今、酒気帯び運転で検挙されますと普通の乗用車で30万円ぐらい、二輪で20万円、原付で15万円ぐらいという相場ができつつあるというふうに聞いております。今までのように、5万円ぐらいなら捕まったとき運が悪いから払えばいいやというふうにはならなくなってきているということで効果は出てきているようでございます。
 それからもう一つ、酒気帯び運転の基準が強化をされまして、従来は呼気1リットル当たり0.25mg以上のものを処罰対象にしていたのですが、これが「0.15mg以上」に引き下げられております。どれくらいの量かというのは、下の参考に書いてございますが、御存じのようにアルコールの程度は体の大小とか性別とか、それから飲んだ後の時間によって変わってきます。ですから、余り正確なことは言えませんが、大体体重60キロぐらいの方で換算しますと、従来の呼気1リットル当たり0.25mg以上というのはビール大瓶2本ぐらいでしたが、0.15mg以上に引き下げられたことで、ビール大瓶1本ぐらいになったというふうな感じで御理解いただければと思います。
 この引き下げをした理由ですが、法改正のときは平成に入ってからのデータをベースに検討したようでございまして、平成に入ってから飲酒の事故というのは1.29倍に増えており、0.25mg未満の事故では2.38倍とかなり大きな伸びを示しているということで、この対策を何とかしないといけないというのが一つでございました。それから、死亡・重症事故率が高いということがございました。これはお酒を飲んで運転した場合に、お酒を飲んでなかった場合に比べて死亡や重傷事故が起きる、つまり重大な事故が起きる確率が数学的に高いということです。因果関係がはっきりしていませんので数字だけの問題なのですが、これは要するに、お酒を飲んでない場合には全事故に占める重大事故の割合というのは8.5%なのですが、お酒が入っているときには14.1%になっているということで、2倍まではいきませんけれどもかなり高いというものでございます。
 日本の場合呼気1リットル当たり0.25mg以上を0.15mg以上に引き下げましたが、フランス、ドイツ、スペインあたりが0.25mg以上、つまり厳しくする前の日本と同じ数値でございます。0.15mg以上ですから、これは厳しい方から順番に並べた場合、スウェーデンとフランスの間ぐらいであり、日本の規定ははかなり厳しいところにあるというふうに言ってもいいのではないかと思います。フランス、ドイツ、スペイン、イタリア、デンマークと並んでおります。ちなみに、私の経験で言いますと、事故を見ておりまして大体0.5mgぐらいありますと、かなり酔っているという感じです。ですからオーストラリアの0.8mgにならないと処罰対象にしないというのは、これは論外の数字だと思います。
 次に、どれくらい検挙しているかということでございますが、改正前の1年と改正後の1年の数字を比べたものでございます。酒酔い運転は余り変化がありませんが、酒気帯びの方は、0.25以上が旧来は21万6,000件ぐらいありました。改正後はと言いますと、0.25以上が大体10万件、0.25から0.15と引き下げたところが10万件ぐらいになったということで、警察庁の方の評価としては、全体として少し下がったのではないかというふうに言っております。個人的な意見ですが、私は違うと思っていまして、先ほどお話ししたように、どれくらい捕まえるかというのは、警察活動の反映に過ぎませんから、いい例えかどうか分かりませんが、今まで大きな魚を捕まえるために網の目が大きかったのですが、もう少し小さな魚まで捕えようと、これを小さくしたところ、しょせん警察の処理能力というのは大体年間20万件ぐらいしかなく、網全体の大きさが変わらないものですから、小さい魚を捕え始めたら大きい魚が逃げてしまったのではないかと見ております。
 次に、交通事故はどうなったかということですが、これは劇的に減っておりまして効果があったと言っていいのではないかと思います。この1年間の増減比を比べますと、27.6%飲酒ありの交通事故が減っております。一番右側の欄、合計の欄は全事故の減少率です。これは2%程度でございます。ですから、交通事故は2%ぐらいしか減っていないのに、飲酒の関係の事故は27%と大幅に減っておりますから、何らかの対策の効果が出ているのではないかと考えております。
 それから、死亡事故ではどうだったかということですが、死亡事故もここ数年ずっと減ってきておりまして、右隅の欄の8.9%というのが全死亡事故の減少率でございます。飲酒に関するものは30%減っておりますので、死亡事故に関しても多少の効果が出ているのではないかというふうに判断をしております。
 続いて、酒を飲ました場合の責任がどうなっているかということでございます。実は、法律改正をしましたときに、週刊ポストなどを見ていますとおもしろい記事が随分出ました。例えば、ゴルフ帰りに4人で車に乗っていて1人30万円、4人合わせて120万円罰金をとられたとか、結婚式帰りにバスに乗っていて、バスの乗客全員がつかまって何百万円の罰金をとられたという話が出ていました。我々はそんなばかなことはないと分かっていましたが、こうした記事を読んで飲酒運転をやめる人が出てくればいいかなと思い、積極的に修正はしませんでした。
 平成15年中、教唆・幇助で捕まったものを示しております。教唆というのは、要するに犯意がない人に犯意を持たせたということで、飲酒運転をするつもりがない人に飲酒運転をさせてしまったというものでございます。教唆は比較的少なくて21件でございます。それから、幇助というのは、刑法的には助けたということで、まさに犯罪をしやすくしたという意味でございます。ここにありますように車両を貸与したものとか、お酒を飲ませてあげたといったようなもの、その他内訳は調べてきておりませんが、こういったものを合わせまして年間200件余りでございます。さっき見ていただいたように、年間20万件近く捕まえていますから、割合的にいうと教唆又は幇助で捕まるものというのはほとんどございません。恐らく実態を見ていきますと、車に乗って帰るのを分かっている友だちと一緒に飲んでいるみたいなケースもあるでしょうから、ぎりぎりやっていくとこの数はもっともっと増やせると思うのですが、立証が難しく、手間がかかる割に見返りが少ないということで、警察もこれをやるのならば、実際に運転している車を1台捕まえた方がいいということもございまして、力を入れにくいというのが実態でございます。
 具体例を少し持ってまいりました。まず、教唆の例ですが、「被疑者は友人数人とともにカラオケボックスで飲酒をし、そこからドライブに出発するに当たり、友人が酒気を帯びていることを知りながら自己所有の普通乗用車を貸与し、運転を依頼した。」自分も乗車していると罰が重くなる傾向があるようです。また、事故を起こしていると重くなる傾向があるようですが、この場合は罰金20万円という判決が出ております。
 それから2つ目として、「被疑者は自分が経営する会社の従業員2人とともに居酒屋で飲酒後帰宅するに当たり、従業員が酒気を帯びていることを知りながら疲れたから運転を頼むと自己所有の普通乗用車の運転を依頼した。」これは本人が乗っていて事故はないんですがやっぱり20万円。
 それから幇助の例ですが、「被疑者は、結婚式の披露宴で飲酒し、酒気を帯びている友人から人を送るので車を貸してほしいとの依頼を受け、自己所有の普通乗用車を貸した。」これは自分は乗っていませんが事故を起こし、罰金15万円をとられております。昔は、酒気帯びですと5万円が上限でしたし、幇助ですと必ず減刑するということになっていますので2万5,000円とか、最高でも教唆で5万円の罰金しかつきませんでした。それに比べるとはるかに重くなっているということでございます。
 最後に、お酒を販売している方々に何かお願いごとがあればこの際しゃべってよいというお話を事務局から伺っておりましたので、1つだけお願いしたくて持ってまいりました。これは私の個人的なお願いなのですが、警察の取り締まりとか、罰則の強化というのは心理的にやめさせるということ、あるいは、経済的に引き合わないということでやめていただこうということなのです。そういうものはもちろん大事だと思いますが、やはり自発的にそういう危険な運転はしないということを自ら実践していただきたいというのが我々の願いであります。そのためにやはり広報をやりたいということを考えております。イギリスや幾つかのヨーロッパの国あるいはイスラエルで放映されたというビデオを御覧いただきたいと思います。ドラマ仕立てですが、生々しい交通事故の映像を使ったCMを流しております。
(ビデオ放映) これは、シートベルトのCMであり、飲酒の防止のものではありませんけれども、シートベルトをしていない人が1人いたために、ほかのシートベルトをしている人たちがシートベルトをしていない人のためにけがをするというもので、シートベルトの着用を訴えるものでございます。最後にスポンサーである保険会社の名称が入っております。
 ここから飲酒運転のCMを2本、見ていただきたいと思いますが、酒類販売業の方々がこういうスポンサーにつき、こういうビデオを流していただけたらありがたいということを今日お願いとして持ってきました。
(ビデオ放映) どうも長々とありがとうございました。実際、カラーで血も流れたりしますので、なかなか生々しく日本人に受け入れられるのかとか、スポンサーがつきにくいとか、政府でやりたくてもやれるのかみたいな問題もありまして、もし、お酒を販売している方々でこういうスポンサーになってもいいというようなお考えがあれば、ぜひやっていただけると私個人としては大変ありがたいなと思っています。多くの方が事故の実態を御存じなくて、事故を起こしてしまうとどういう責任を負わなければいけないのか、また事故に遭った方がどういう苦しみを負っているのかということが分からない、知らないがために平気で運転しているというケースが多いと思っています。その辺を改めるために新たな広報方法を考えていかなければなりません。政府としてもここ10年で死者5,000人以下を目指すという大変大きな目標を出していまして、なかなか実現が難しいのかと思っております。
 どうも御静聴ありがとうございました。

奥村座長
 大変すばらしい御説明ありがとうございました。数分間時間がございますので、お尋ねになられたい方ございましたらよろしくお願いいたします。どうぞ。

水谷氏
 損害も保険協会がやってます。「一本30万円」というCMは非常にうけて、ものすごく事故が減ったと言っておりました。ですので、警察で取り締まらなくてもいいのではないか、罰則をさらに強化すればやはり効果があったのではないかと感じたのですが、どうでしょうか。

堀金交通事故事件捜査指導官
 おっしゃるように、我々も事故あるいは死亡事故の件数を見てもはっきり効果が出たと思っております。ただ、一般論として申し上げますと、罰則の引き上げというのは、一時的な効果はあるけれども永続性については疑問の声もございまして、3年とか5年とか見た上で引き上げの効果を判断しなければいけないのではないかと思っております。例えば殺人罪のように死刑まであるような犯罪でも、毎年1,000件近くの事件が起きておりますから、そういうことを考えますと、罰則の引き上げの評価について最終的な評価をするにはもう少し時間が要るのではないかと考えております。

奥村座長
 矢島先生、いかがですか。

矢島氏
 ほぼおっしゃるとおりで、罰則の強化というのは一時的に一、二年は効果があっても三、四年経つとだんだんと効果がなくなるという場合があるので、その辺のところはやはり三、四年ぐらい見ておかないとまずいと思います。
 それからもう一つですけれども、大体罪を犯す人というのは捕まったら大変だというのと、おれは捕まらないというのがありますから、犯罪をやったら捕まる危険性が高いのだという認知・知識が低い限り、幾ら罰則を強化してもだめなもので、やはりこれは取り締まりを強化した方が有効だと思います。

堀金交通事故事件捜査指導官
 そうですね。全く先生のおっしゃるとおりだと思いますが、今警察官も人手不足の状態で、車を運転していて警察官の検問に遭ってとめられたという方は余りいないと思います。ところが、事故を起こした人を見ますと、違反で検挙されたり、行政処分で免許の停止などを受けた者がたくさんいますので、やはり悪質な運転手というのはやはりどこかで違反を犯したり、事故を起こしています。どの辺が適正な規模なのかよく分かりませんけれども、もう少し警察官も街頭に出る等の努力をしております。しかし、先生がおっしゃるようなところまではまだ行き着けてないのではないかと思っています。今後もそこは努力をしていきたいと考えております。

奥村座長
 酒を売った方に対しては、道交法では何もないわけですか。

堀金交通事故事件捜査指導官
 そうですね。酒を勧めること自体に対して道路交通法には罰則がございませんので、飲酒運転をしたという結果が起きたときに、その共犯として教唆犯とか幇助犯という形で処罰をしております。ですから、居酒屋さん等の実際にお酒を販売した方が検挙されているケースももちろんございますし、あるいは友だちが遊びに来て車で帰るということを分かっていながら酒を勧めて飲ませたとか、場合によっては電車がなくなったらおれの車を運転して帰ればいいよとみたいな形で車を貸したとか、そういう方々は共犯として検挙されております。ですので、そういうものについて直接の処罰規定はございませんけれども、野放しになっているわけではございません。

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