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退職給与の支給に関する課税上の諸問題−役員の分掌変更等の場合における打切支給のケースを中心として−

矢田 公一
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 法令上、退職給与という条文の定義はないが、退職所得に該当する退職手当等とは、「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」とされている(所法30丸1)。一般的には、退職すなわち勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されるものがこれに当たるのであるが、形式的にそうした事実がみられないものであっても、実質的にみて上記の「これらの性質を有する給与」に該当する場合には退職所得に該当することとされている(最判昭58.9.9、最判昭58.12.6)。
課税当局が明らかにしている基本通達においても、引き続き勤務する役員等に対して法人が支給する一時金について、それが役員の分掌変更等に伴い支給するもので当該役員が実質的に退職したと同様の事情にあると認められる場合など、一定の要件に該当するものは退職給与(退職所得)として取り扱うこととしている(法基通9−2−32、所基通30−2、30−2の2)。
しかしながら、そもそも分掌変更の場合は形式的には役員としての身分が継続している状況にあるため、法人が退職金として支給した一時金が退職給与に該当するか否かの判断を巡って、しばしば争訟が提起されている。それらの事例をみると、納税者側において通達の定めを恣意的に当てはめるなどの事例や、課税庁側においても通達の定めをいわば形式基準として硬直的に適用しているものも見受けられる。そして、最近の裁判例においては、上記通達の適用を巡って、あるいは、実質的に退職したと同様の事情にあるかどうかという事実認定を巡って、課税庁側が敗訴する事例も散見されるところである。
本問題は、もとより実質的な判断により損金算入の可否が決せられるものであるが、事実認定の困難性もあって争訟が絶えないものとなっていることは、法的安定性を害し、更には悪質な納税者の租税回避にも利用される余地が存するものと考えられる。そこで、この際、税法上の「退職」あるいは「退職所得」の意義について再検証した上で、退職給与の打切支給の場合における課税上の問題につき、新たな執行上の指針を提言すべく研究を行う必要がある。

2 研究の概要

(1)退職給与の意義(所得税法における「退職」の概念と「退職所得」の範囲)
法人税法上、退職給与について直接の定義規定は存しないが、所得税法上の退職所得と別異に解する理由もないことから、同法における「退職」及び「退職所得」の解釈論から、これを述べることができる。
所得税法上、退職所得とは「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」に係る所得をいうこととされている(所法30丸1 複合的な取引
)。そして、この場合の「退職」とは、通説では、税法上の固有概念であり、私法上の雇用契約(役員の場合は委任契約)の終了というよりは従来の勤務関係からの離脱を意味すると解すべきとされている。
また、上記の退職所得の範囲について、判例は、

丸1 最高裁昭和58年9月9日判決(民集37巻7号962頁)は、「ある金員が、右規定にいう「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」にあたるというためには、それが、(1)退職すなわち勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されること、(2)従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、(3)一時金として支払われること、との要件を備えることが必要であり、また、右規定にいう「これらの性質を有する給与」にあたるというためには、それが、形式的には右の各要件のすべてを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、右「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とすると解すべきである。」とし、

丸2 最高裁昭和58年12月6日(裁判集民事140号589頁)は、上記判決を引用した上で、更に「これらの性質を有する給与」の判断につき、「当該金員が定年延長又は退職年金制度の採用等の合理的な理由による退職金支給制度の実質的改変により精算の必要があって支給されるものであるとか,あるいは、当該勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があることを要するものと解すべき」

 と判示しているところである。

(2)現行の課税上の取扱い
実務上、いかなる支出が所得税法上の退職所得、法人税法上の退職給与に当たるかについて、課税当局は、それぞれの基本通達により、その取扱いを明らかにしている。
まず、所得税基本通達においては、退職所得に該当する退職手当等について、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与をいうとし(所基通30−1)、また、引き続き勤務する者に対し退職手当等として支払われる給与についても、打切り支給を条件とした上で、新たな退職給与規程の制定、使用人から役員への就任、役員の分掌変更等などの場合に支払われるものを退職手当等とすることとしている(所基通30−2)。
また、法人税基本通達においても、所得税の場合と同様の取扱いを設けているところであり、特に、役員の分掌変更等の場合の退職給与については、その役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合には、これを退職給与として取り扱うことができるとし、その例として、

丸1 常勤役員が非常勤役員(常時勤務していないものであつても代表権を有する者及び代表権は有しないが実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)になったこと。

丸2 取締役が監査役(監査役でありながら実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者及びその法人の株主等で令第71条第1項第5号((使用人兼務役員とされない役員))に掲げる要件のすべてを満たしている者を除く。)になったこと。

丸3 分掌変更等の後におけるその役員(その分掌変更等の後においてもその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)の給与が激減(おおむね50%以上の減少)したこと。

 との具体的な判断基準を示している(法基通9-2-32)。

(3)最近における裁判例の動向

イ 通達の取扱いを形式的に適用した納税者の主張が排斥された事例
分掌変更(代表取締役→取締役)後の役員給与の額が激減したことを理由に支給した役員退職給与を損金算入した納税者の申告につき、これを否認した課税処分が争われた事例において、裁判所は、形式的に通達に掲げるいずれかの事実がありさえすれば当然に退職給与と認めるべきという趣旨ではなく、実質的な退職の事実がないとして、納税者の請求を棄却した(東京高判平17.9.29訟月52・8・2602、類旨大阪高判平18.10.25未公刊)。

ロ 通達の取扱いは例示であり実質的に判断する必要があるとされた事例
取締役を退任し監査役に就任した役員に対して役員退職給与を支給して損金算入した納税者の申告につき、同人の持株割合から通達上損金算入の取扱いから除かれているとした課税庁の主張に対して、裁判所は、通達が具体的に規定している事情は例示であり、実質的に退職したと同様の事情にあると認められるか否かを具体的な事情に基づいて判断する必要があるとし、納税者の請求を認容した(東京地判平20.6.27判タ1292・161、類旨長崎地判平21.3.10未公刊)。

ハ 所得税法上の退職所得に該当するかが争われた事例

(イ) 法人の使用人たる執行役員であった者が会社法上の執行役に就任するに当たり退職金を打切り支給し退職所得として所得税を源泉徴収した納税者につき、当該法人の退職金規程等においては打切り支給する旨が定められていないため所得税基本通達に定めた退職所得の要件に合致しないとした課税庁に対して、裁判所は、執行役への就任による身分関係の変動は勤務関係に重大な変動があるものであり、当該退職金はそれまでの使用人としての勤務に対する報償又は労務の対価を一括精算する趣旨の下に支給されたものであるとして、課税庁の主張を排斥した(大阪高判平20.9.10裁判所HP)。

(ロ) 学校法人の理事長、学園長、幼稚園長及び中学・高校校長を兼務する者が、中学・高校校長を退任し、大学学長に就任(兼務)するに当たり高校の退職金規程に基づいて同人に支給した退職金につき、課税庁は、校長退任後も学校法人運営上最上位の地位にあり、広範な権限を有しているとして当該退職金は給与所得に該当するとしたが、裁判所は、同一の学校法人であっても学校ごとにその目的、性格が異なることや理事長、学園長の職に留まっていてもその職務内容、かかわり方には相当程度異なるところがあることなどを指摘し、課税庁の主張を排斥した(大阪地判平20.2.29裁判所HP)。

(4)現行の課税実務の検証

イ 最近の裁判例からみた問題点
最近の裁判例を俯瞰すれば、裁判所は、通達の取扱いを例示である旨を明言し、より実態に着目して現実の「退職」という事実が存しない場合における、実質的に退職したと同様の事情にあるかどうかについて、個々の事例の事実関係に照らした判断をしているといえる。こうした裁判例からは、現在、課税当局が実務上の解釈・適用の基準としている通達が明確な基準として機能していないのではないかとの疑問が生ずる。
例えば、前掲の法人税基本通達では、例示として3つのケースが掲げられているが、それぞれについて、その法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者等をカッコ書で除外しており、その結果、結局は実質判断を併せて行う必要があることとなり、形式基準としては不十分なものとなっているとも指摘できよう。それゆえ、同通達に掲げるケースに形式的に該当するものの、実質的に退職したと同様の事情にあるとは認められずに損金算入が否認された事例(上記(3)イ)、逆に、通達に掲げるケースに該当しないとして課税処分が行われたが、実質的な判断からそれが取り消された事例(同(3)ロ)が存するといえる。更には、通達が存することによって、かえって課税庁側において課税処分の際の実質的な判断が十分に行われなかったとの懸念も生ずるのである(同(3)ハ)。

ロ 解釈上の問題点
上述の法人税基本通達(法基通9-2-32)について、これまでの変遷をみていくと、昭和44年の法人税基本通達制定前は、役員が常勤役員から非常勤役員となる場合等その職務の内容が激変した事実があり、かつ、その後の報酬がおおむね50%以上減少した場合を退職給与として取り扱うこととしていた。その後、法人税基本通達制定時に役員報酬の額の50%以上の減少要件を必須とせず、これを例示にとどめ、更に、昭和54年の改正により、おおむね現行と同じ内容となり、取締役から監査役への就任が例示に追加されるとともに、その実質的な判断基準として、「その分掌変更等によりその役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められる」かどうかにより判断することとされ、前掲最高裁判決における退職所得の範囲と合致する内容となっており、基本的には、解釈上の問題点は存しないと考える。
しかしながら、例えば、同年の改正で盛り込まれた取締役から監査役への分掌変更の例示では、その者が使用人兼務役員とされない同族会社の主要株主グループに属する役員である場合には適用対象とされないこととされているが、これは、退職所得の意義からは導けない要件であるともいえ、解釈上の疑義も生ずる。また、従来から設けられている、給与(報酬)の50%以上の減少要件についても、同様に、退職所得の意義からは当然に導けるものといはいえないものであろう。

ハ 小括
現行の課税実務において、通達の定める分掌変更の場合の退職所得(退職給与)の取扱いは、例示の形式を採りながらも、前掲最高裁判決が判示する、合理的な理由による退職金制度の実質的な改変や勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があるなどの特別の事実関係にあるかどうかにつき、実質的に退職したと同様の事情にあるかどうか、引き続き法人の経営上主要な地位を占めていることはないかといった観点から、一定の具体的な基準を示している。そして、最高裁判決のみでは必ずしも具体的・客観的な基準が明らかにされていない中で、課税当局、納税者の双方にとって、課税実務として定着、機能していたものと評価できる。
しかしながら、現行の通達は、あくまで判断基準を例示したにとどまるものであるはずであり、それが上述のような問題が生じていることからすれば、通達が長年存在していたために、課税当局、納税者の双方が例示的に明らかにされている通達に過度に依存し、かえって課税上の取扱いが不明確になっていると指摘することができる。

(5)新たな執行上の指針の検討

イ 検討の方向性
上述までの検討から明らかなように、現行の基本通達が明らかにしている判断基準は、課税実務の中で一定の具体的基準を果たしてきたという評価ができるものの、本来、実質的に判断すべき分掌変更等引き続き勤務している者への退職所得(退職給与)の判断につき、例示をもって基準を示さざるを得ないという限界から、その弊害も生じているところである。さらには、その内容には、退職所得の解釈論からは直ちに導くことができないものも付加されていると指摘できる。
したがって、今後の執行上の指針を検討するに当たっては、本来の解釈論、すなわち前掲最高裁判決に示された内容とその判断要素を示すにとどめ、いったん例示による判断基準を廃止することが適当であると考える。

ロ 法人の種別、規模等に着目した判断要素
役員退職給与の打切支給について、それが法人税法上の退職給与、所得税法上の退職所得に当たるかどうかは、現行の取扱いと同様、上述の「特別の事実関係」にあるかどうかにつき、実質的に退職したと同様の事情にあるかどうか、引き続き法人の経営上主要な地位を占めていることはないかといった観点から、判断すべきと考える。そして、その判断要素として、法人の種別や規模に応じた指標を設けるべきであろう。
例えば、上場会社などの公開会社で比較的大規模な法人や根拠法等による監督がなされている法人については、第一義的な判断基準として、関係法規(会社法等)や設立根拠法(例えば、学校教育法や私立学校法)から、法人内部の機関とその権限を明らかにした上で、退職給与規定の内容及びその運用状況、退職給与の支給の前後におけるその者の勤務関係を明らかにすることにより、「特別の事実関係」があるかどうかを判断することとなると考える。

ハ 同族会社への対応を踏まえた判断要素
例えば、閉鎖的な同族会社にあっては、その分掌変更後の役員について、その者が実質的に退職したかどうかの判断に当たっては、事実認定に特に困難がつきまとうと考える。例えば、取締役が監査役に就任した場合において、このような法人では、監査役がその職務に徹し、今後、その経営に従事することがないのかについて、疑問が生ずるようなケースも少なからず存在することなど、関係法規などの規定と現実が乖離していることも十分に考えられる。また、主要株主や役員の多くが同族関係者であることが一般的であるから、その者が実質的に退職したことにより、もはや法人の経営上主要な地位を占めていないかどうかの事実認定は極めて困難であろう。
したがって、閉鎖的な同族会社にあっては、役員が分掌変更等により実質的に退職したと同様の事情にあるかどうかは、法人の内部関係における状況のほか、例えば、主要な取引先や取引金融機関への周知の状況、法人の借入金について個人保証がある場合のその変更の有無、その者の生活や就労の状況等といった間接的な事象をも、その判断の指標とすべきと考える。換言すれば、そうした間接的な事象が認められない場合には、原則として、その者に支出した臨時的給与を法人税法上の退職給与、所得税法上の退職所得として取り扱うことはできないと考える。

3 結論

 上記検討のとおり、分掌変更等の場合における退職給与の打ち切り支給の取扱いについては、例示の形式をもって判断基準を示す現行の通達を改正し、合理的な理由による退職金制度の実質的な改変や勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があるなどの特別の事実関係にあるかどうかにつき、実質的に退職したと同様の事情にあるかどうかといった実質的な判断を行うこととするのが適当である。その際、法人の種別、規模等による判断要素を列挙し、さらに、閉鎖的同族会社において特に留意すべき判断要素を付記することとすべきである。


目次

項目 ページ
はじめに 13
第1章 退職給与の意義と現行取扱いの概要 15
第1節 税法上の退職給与の意義 15
1 税法上の「退職」の概念 15
2 退職の概念と退職所得の範囲 16
第2節 通達における取扱いの概要 23
1 所得税基本通達における取扱い 23
2 法人税基本通達における取扱い 28
3 現行取扱いのまとめ 30
第2章 最近における裁判例の動向 32
第1節 法人税法上の退職給与を巡る裁判例 32
1 通達の取扱いを形式的に適用した納税者の主張が排斥された事例 32
2 通達の取扱いは例示であるとして実質判断により課税処分が取り消された事例 34
第2節 所得税法上の退職所得を巡る裁判例 36
1 使用人(執行役員)から執行役へ就任した者に対して支給した退職金を巡る事例(大阪高判平20.9.10裁判所HP) 36
2 学校法人の理事長等が兼務する中学・高校校長を退職した際に支給した退職金を巡る事例(大阪地判平20.2.29裁判所HP) 38
第3節 小括 39
第3章 現行の課税実務の検証 41
第1節 最近の裁判例からみた問題点 41
1 「実質的に退職したと同様の事情」の事実認定と現行通達の機能の再検証 41
2 現行通達が果たしてきた役割とその限界 43
第2節 解釈上の問題点 44
1 退職給与(退職所得)の打切支給に係る通達の変遷 45
2 法解釈と課税実務 55
第3節 小括 62
第4章 新たな執行上の指針の検討 64
第1節 検討の方向性 64
1 法解釈に配意した対応の必要性 64
2 事実認定のための判断要素(指針)の必要性 65
3 新たな指針への方向性 66
第2節 法人の種別、規模等に着目した検討 66
1 大規模な上場会社における判断要素 67
2 特別法の適用、規制を受ける法人 67
3 同族会社への対応 68
第3節 まとめ 69
おわりに 70

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