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資産に加えられた損害に対する損害賠償金等を巡る所得税法上の諸問題−「法と経済学」の視点から−

篠原 克岳
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 近時、証券会社・先物取引会社の従業員の不法行為(取引的不法行為)により生じた損害に対する賠償金や、有価証券報告書虚偽記載の提出者が株式取得者に支払う賠償金等、従来の典型例(固定資産の損壊等)とは異なる事例が見受けられることから、損害賠償金等の課税・非課税について、考え方を整理する。
なお、本稿の理論的な検討においては、「法と経済学」の視点を導入し、損害を「リスクの発現」と捉えた上で、課税上これを如何に取り扱うべきか分析した。

2 研究の概要

(1)理論的検討

イ 序論
純資産増加説からは、損害賠償金は「損害」という所得のマイナス項目を補填するものなので、賠償金の支払を受けても純資産額は損害前の状態に復するだけであり、そこに所得(=純資産の増加)は生じないようにも思われる。であれば、受領賠償金は非課税所得とすべきことになろう。しかし、以下のように、損害賠償金を課税所得とすべき場合が存在する。
第一に、消極的損害(逸失利益)に対する賠償金は、被害者の純資産額を損害前より増加させるから、課税所得とすべきである。
第二に、損害が課税所得の計算において所得から控除されている場合には、これを填補する損害賠償金を非課税とすると、被害者の純資産額は損害前の水準に回復しているにも関わらず、損害控除分の課税上のメリットが被害者に与えられてしまうことになる(「二重控除」が生じる)。この二重控除を防ぐには、当該賠償金を課税所得に算入して損害の控除と「両建て」して相殺する必要がある。(あるいは、賠償金により填補された損害の控除を遡って取り止め「両落ち」としてもよい。)ここで、当該賠償金が課税所得となるのは損害と相殺するためであり、形式的には課税所得に算入されるが実質的には課税されない点に留意すべきである。
ところで、この第二の場合において、損害賠償金の課税の可否は「当該賠償金が補填する損害が所得から控除されるか否か」に依存することとなる。そこでまず、「どのような損害が所得から控除されるのか」という問題から検討を行う。

ロ 損害はいかなる場合に控除されるか
ヘイグ=サイモンズの定式「所得=純資産増加+消費」に鑑みると、資産に生じた損害は純資産を減少させるから、損害はすべからく所得から控除すべきことになりそうである。しかし、そう単純ではない。
そもそも所得税においては、何らかの支出について、新たな所得の稼得(生産)のための支出であれば所得から控除し、それが消費支出であれば控除しないことが原則である。
損害の控除の是非についても、この原則を適用すべきである。すなわち、損害の原因が生産行為であるか消費行為であるかを基準とし、「生産活動に付随するリスクから生じた損害は生産費用として所得から控除し、消費生活上のリスクによる損害は家事費に相当するものとして所得から控除しない」、という取扱いが適切である。また、譲渡所得課税対象資産に生じた損害は、キャピタル・ロスであるから所得から控除すべきである。
上記取扱いの正当性は、純資産増加説のみならず、「リスクに対する税制の中立性」という経済合理性の観点からも基礎付けることが出来る。なぜなら、上記取扱いに反し生産活動に伴うリスク費用の控除を認めなければ、リスク行為が抑制され最適生産水準を達成できず、あるいは、消費生活上のリスク費用の所得控除を認めれば、数多の消費財のうちリスクの大きな行為(の消費)を助長する効果が生じ、いずれにせよ資源配分の最適化が妨げられるからである。

ハ 損害賠償金の課税の可否
序論において、純資産増加説から「積極的損害に対する賠償金は非課税とし、消極的損害に対する賠償金は課税すべき」という結論を得たが、「税制のリスク中立性」の観点からも同様の結論が導かれる。積極的損害に対する賠償金(原状回復相当分)は事故が無ければ課税されなかった部分なので非課税とし、消極的損害に対する賠償金(逸失利益の補填)は事故が無ければ課税された部分なので課税すべき、ということである。
損害が所得計算上控除されている場合、受取賠償金を非課税とすると二重控除が生じるから、これを防ぐために賠償金を課税所得とし損害と「両建て」すべきことも序論で述べた。
以上をまとめると、事業用資産に生じた損害に対する賠償金は、積極的損害部分のうち「両建て」される部分と消極的損害部分の合計を課税所得とすべきである。生活用資産に生じた損害に対する賠償金は積極的損害部分を非課税、消極的損害部分を課税とすべきである。

ニ 保険金
保険は、リスク回避的な経済主体がリスクをカバーするために購入するものである。保険に対し税制が中立的であるためには、[a]保険料を所得から控除し保険金を課税する、[b]保険料を控除せず保険金は非課税とする、のいずれかであればよい。但し、実務的利便性を考えれば、損害が控除される場合には保険金は課税所得とし([a]の取扱い)、損害が控除されない場合には保険金を非課税とする([b]の取扱い)ことが便宜である。

(2)現行所得税法における取扱い
資産に生じた損害、損害賠償金、保険金について、現行所得税法の規定は複雑だが、基本的な枠組みは上述の理論的検討に沿ったものとなっている。但し、種々問題もある。

イ 損害
事業用資産に生じた損害は必要経費として控除される(固定資産につき法51、棚卸資産につき法47、令104)。
生活用資産に生じた損害は控除されないが、例外として、雑損控除(法72)は災害等により生活用資産に生じた損失の控除を認めている。これはリスク回避行為の取りにくい事故(予見困難、保険商品の不存在等)から生じる損失について、政策上配慮した特別措置として理解すべきである。
譲渡所得対象資産に生じた損害は、売却価格の低下を通じて実現時に控除される。

ロ 損害賠償金
被害者の受取賠償金は原則非課税(法9丸1十七、令30二)だが、令94丸1により消極的損害の賠償金は非課税所得から除外されるので、結果、積極的損害の賠償金のみ非課税となる。
また、令30柱書括弧書により必要経費となる損害を補填する賠償金も非課税所得から除外されている。これは二重控除を防ぐための「両建て」を定めた規定である。個別の損害控除規定においては「両落ち」処理を定めている場合がある(法51、72等)。

ハ 保険金
原則として上述の[a]、事業所得等については[b]、の取り扱いとなっている。(損害保険料控除は平成18年末に廃止された。)

(3)論点

イ 譲渡所得課税対象資産に生じた損害に対する賠償金
譲渡所得課税対象資産に生じた損害は売却価格の低下を通じ所得から控除されるので、理論的には、これを補填する賠償金は二重控除防止のために課税所得とする必要がある(「両建て」処理の場合)。ところが、上述のように譲渡所得課税対象資産に生じた損害は、必要経費としてではなく、売却価格の低下を通じ譲渡損失として現れるので、当該賠償金には令30柱書括弧書が適用されない。このため、二重控除が生じている。
対処策としては、損害を被った資産が既譲渡の場合は受取賠償金を課税所得に算入し、未譲渡の場合は将来の譲渡時点で賠償金を譲渡所得に加算することとして、通時的に損害と賠償金を「両建て」処理すれば、二重控除を防止できると考える。

ロ 非課税となる損害賠償金は「不法行為」(令30二)に基因するものに限られるか
令30二は非課税とされる損害賠償金について「不法行為により加えられた損害につき支払われるもの」旨規定するが、例えば債務不履行による損害賠償金はこれに含まれないのであろうか。経済理論的には、損害賠償は債務不履行によるものも不法行為によるものも「外部費用の内部化」という機能を有する点で等しく、従って受取賠償金の取扱いにおいて区別すべき理由はない。(不法行為の場合と同様に、積極的損害の賠償金は非課税、消極的損害の賠償金は課税、とすべきだろう。)但し、契約により実損を超える違約金が定められた場合には、実損填補を超える部分は所得の移転であり課税すべきである。

ハ 損害賠償が和解による場合
マンション建設に反対する近隣住民への補償金の支払いなどは、損害賠償の名目で金銭が授受されても客観的に損害が発生していなければ損害賠償金とは認められず、一種の解決金として課税所得とすべきである(判例同旨)。ゲーム理論を用いると、外部性の解決ルールとして被害者側に差止請求権を認めた場合に、協力解(すなわち和解の場合)において被害者が実損以上の支払いを受け得ること(所得移転が生じること)が理論的に示される。

(4)個別の問題

イ 商品先物取引における不法行為に対する損害賠償金
商品先物取引会社の従業員の不法行為(取引的不法行為)により生じた損害賠償金について、令30柱書括弧書ないし令941二の適用等を理由に課税した事案があるが、下級審(大分地裁H21.7.6等)はこれを否定した。
当該賠償金は積極的損害に対する賠償金であるから実質的には非課税とすべきだが、損害が所得から控除されているならば、二重控除防止のために受取賠償金を課税所得とし「両建て」する必要がある。(本事案では損害が雑所得上の損失となるため損益通算が制限されており、当該損害が所得から控除される可能性は低いが、取引的不法行為による損害が事業損失や譲渡損失として計上されることも考えられ、その場合は損害が所得から控除される可能性が高い。)ところが、取引的不法行為による損害は、所得計算上「必要経費」を経由せず各種所得に直接的に損失として計上されるので、令30柱書が適用されない。つまり、二重控除防止規定が存在しない状態であり、この点は、前述の譲渡所得課税対象資産の場合と類似する。
結局、問題は、令30柱書括弧書が二重控除防止のために賠償金を課税所得とすべき範囲を「必要経費を補填する部分」に限定しているところにある。所得から控除される損害が全て「必要経費」として控除される訳ではないのだから、二重控除防止のためには、損害が所得控除を受けている場合には、それを補填する賠償金を全て課税所得とし、損害と「両建て」すべきである。

ロ 有価証券報告書虚偽記載(粉飾決算)による損害賠償金
虚偽記載等のある有価証券報告書の提出者は、当該書類の公衆縦覧期間に有価証券を取得した者に対し損害賠償の責を負う(金融証券取引法21の2、2項に損害額の推定規定あり)。当該損害賠償金は課税されるか。
譲渡資産に生じた損害に対する賠償金の一類型と考えるが、株式等の譲渡損益は分離課税されるため、二重控除防止のために損害と賠償金を「両建て」することが一層難しくなっている。粉飾決算事件は今後も発生すると予想されるので、立法的に対応すべきであろう。

ハ 遅延損害金
損害の発生した日から損害賠償金の支払日までの遅延利息に相当する金額が、遅延損害金として損害賠償金に加算されて支払われた場合、これに課税すべきか。経済学的には遅延利息は消極的損害の賠償であるから遅延損害金は課税所得とすべきと考えるが、どのように法律構成すべきかが問題である。

3 結論

 損害賠償金は原則として非課税とされるが、消極的損害の賠償金は課税すべきであり、また、損害が所得から控除されている場合には二重控除防止のため賠償金を課税所得として損害と「両建て」する必要がある。現行所得税法は概ねそのような取扱いを行っているが、種々問題もある。
特に、令30柱書括弧書が二重控除防止のために「両建て」すべき損害賠償金の範囲を「必要経費を補填する部分」に限定している点が問題である。有形資産が損壊を受けるような典型的な不法行為についてはこの規定で対応できるのだが、取引的不法行為のように、損害が「必要経費」を経由せず直接的に各種所得の損失となるような場合に、二重控除が防止されないからである。
取引的不法行為や有価証券報告書虚偽記載のような事例は、損害賠償金に関する現行所得税法の諸規定が定められた昭和37年当時には存在しなかった「新しい」損害賠償事例である。こうした新しい事例に対応し、二重控除を防止し適正な課税を行うには、「損害が所得から控除されている場合には、それを補填する損害賠償金は課税所得とする」という「両建て」処理の原則を、立法論的にも解釈論的にも定着させる必要があると考える。
以上の結論を得る過程で、本稿では随所で「法と経済学」のアプローチを取り入れた。こうした手法により、法解釈論のみでは得られない考察を一定程度行いえたのではないかと考えている。


目次

項目 ページ
序論 11
1 損害賠償金を課税すべき場合の存在 11
2 本稿の構成 12
3 用語等 13
第1章 理論的検討 14
第1節 損害 14
1 包括的所得概念における損害の取扱い 14
2 「リスクに対する中立性」による基礎付け(経済学的な見方) 15
3 考察 20
第2節 損害賠償金 25
1 「法と経済学」における損害賠償制度の機能分析 26
2 加害者における支払賠償金の課税上の取扱い 27
3 被害者における受取賠償金の課税上の取扱い 27
第3節 保険金 30
1 課税のない場合 30
2 課税のある場合 31
3 会計実務上の便宜 33
第2章 現行所得税法における取扱い 35
第1節 現行所得税法における取扱い 35
1 損害 35
2 加害者の支払賠償金 39
3 被害者の受取賠償金 39
4 保険金 43
第2節 論点 44
1 譲渡所得課税対象資産に生じた損害に対する損害賠償金の取扱い 44
2 損益通算・繰越控除の制限と令30条柱書括弧書 49
3 令30条二号の解釈論 51
4 損害賠償が和解による場合 55
第3章 個別の問題 58
第1節 商品先物取引における不法行為(取引的不法行為) 58
1 概要 58
2 論点 58
3 考察 60
第2節 有価証券報告書虚偽記載による損害賠償金 64
1 概要 64
2 考察 64
第3節 遅延損害金 66
1 遅延損害金の課税所得性 66
2 考察 66
第4節 弁護士費用賠償金 68
1 概要 68
2 課税上の取扱い 68
3 補論:弁護士費用賠償金に生じた遅延損害金の取扱い 69
結論 72
1 損害賠償金等の課税の是非 72
2 「法と経済学」の視点 73

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